これは報われない恋だ。

朝陽天満

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449、瞳を覗いて

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「俺も聞いちゃったあ。蘇生薬って、あの夢の蘇生薬? このゲームでは諦めてた夢のアイテムの事? 普通は一つくらい蘇生用アイテムがあるはずなのにADOにはほんとないから諦めてたあの蘇生薬、あるの?」



 乙さんも俺たちの間ににゅっと割り込んできて、目を輝かせる。

 俺とヴィデロさんの間に陣取った二人に遅れて、さらにミネさんとムコウダさんが割り込んでくる。

 皆目を輝かせてることから、全員に蘇生薬のことは聞こえたらしい。

 ヒイロさんから色々習ったおかげで作れるようになったんだと教えると、『マッドライド』のメンバーはハハハと空笑いした。



「なんつうか、錬金術といい蘇生薬といい、マックはもうなんでもありだな」

「今度からマックの動き方を真似すれば、俺たちも面白いスキルとかゲットできるんじゃないかな。例えば現地のエルフと恋愛するとか」



 乙さんがそう言った瞬間、ミネさんのローキックが乙さんに炸裂した。

 頽れながらいいじゃんエルフ美人と恋愛、とかなんとか呟いている乙さんを置いて、俺たちは村周辺を見回ることにした。









 村の周辺の森は、村から一時間ほど離れると、端に到達した。

 森が続いているように見えるのに、そこから先には行けないんだ。何かの壁に阻まれたようになって。

 透明な壁を触っていると、一緒に来てくれた獣人さんが苦笑しながらその壁のことを教えてくれた。



「そこから先に出ちまうと次元の狭間に落ちるぞ。帰ってこれなくなるから気を付けろよ。俺たち獣人が住んでる場所はお前らが活動してるところと違って、狭間に固定されて出来てるからな。だから他の村とは地続きじゃないんだ。転移魔法陣を介さないといけねえんだ」

「狭間ってなんだ?」

「人族の世界とはまた違う世界ってことだ。何つうか、色んな世界に通じる空間の中だな。言葉にすると難しいんだけどな、この世界は水の中にある泡みたいなもんだと思って貰ったら早いかもしれねえ。その泡の一つが人族がいる世界で、その周りにあるのが俺らの村。他の泡には他の世界があるし、ここはそんな広い水の中の一つって感じらしい。詳しく知りてえならオランさんに聞くこったな。俺はそこまで詳しくねえから」



 ハルポンさんの疑問にも、獣人さんは丁寧に答えてくれた。皆感心したように獣人さんの話を聴いていた。

 詳しく訊きたい。今度オランさんに聞いてみようかな。

 そんなことを思いながら草をかき分けて進んでいると、獣人さんがフッと顔を上げて、「微かに甘い匂いがする」と鼻をヒクつかせた。

 匂いを頼りに進んでいくと、まだ生えたてとみられるリルの蔦が見つかった。

 魔物に食べられた形跡はなく、ホッとする。

 俺は枯死薬を取り出して、そっと蔦に垂らした。

 シュンと一瞬で灰になったリルの蔦を見届けて、他にはないか草をかき分ける。

 特に実は見つからなかったので、次に移動する。



 途中、毒にならない魔物を倒して進む。

 出てくる頻度はそう多くはないけれど、強さはエルフの里に行く道に出てくる魔物より少し強いくらいらしい。

 『マッドライド』が魔物を難なく倒しているのを見ると、しっかりと限界突破後レベルを上げてたんだってことがわかる。もしかしてエルフの里に通い詰めてたりして。



「それにしても不思議だな。閉ざされた空間なのに魔物が出て来るなんて」

「不思議でも何でもないぞ。魔物は魔素溜まりから生まれるからな。魔素溜まりなんて魔素がある場所ならどこにでも発生するものだ。ましてやここは閉ざされた狭い空間だ。魔素が濃くなっても何もおかしくない」

「そうなのか。あんたなんでも知ってるんだな」

「俺はまだまだだな。今知識を蓄えてるとこだ」



 あんたすげえな、というハルポンさんの称賛の声を聴いて、獣人さんは照れたようにフン、と鼻を鳴らした。





 一通り森をまわって、他には特に見つからないまま村に帰ったころには、すでに空は暗くなりかけていた。

 残り時間を調べるためにクエスト欄を開いてみて、俺は「え」と声を上げた。

 クエスト欄には、見慣れない村の名前が書かれていた。なにこのサービス機能。



『麻薬果実の中和剤作成と殲滅をせよ



 緊急に麻薬果実の中和剤を作成せよ

 麻薬果実の蔦を殲滅する薬剤を作れ

 作った物を使って麻薬果実を獣人の領域から殲滅せよ



 タイムリミット:41時間27分



 クリア報酬:獣人の村解放 新果実入手 獣人好感度上昇

 クエスト失敗:時間内に殲滅できなかった 獣人の村内果実蔓延 獣人の村半消滅



 モッ村89%  ナム村100%  ハイ村100%  サウ村100%

 バー村74%  バイ村54%  ボン村98%』



 これ、獣人の村の名前かな。そして実と魔物の殲滅の数字かな。

 俺はハルポンさんと話している獣人さんに声を掛けた。



「ここの村の名前って何村って言うの?」

「ここの村? ナム村だ」



 教えて貰った名前を見ると、100%になっている。

 ってことは全部殲滅できたってことか。



「じゃああとはもう大丈夫ってことだ。思ったよりは時間がかからなかった」

「なんでわかるんだ?」



 獣人さんが首を傾げたので、どう説明していいかわからなくて首を傾げていると、同じような依頼を貰っていた『マッドライド』の人たちもクエスト欄を開くために宙をタップした。

 そしておおお、と歓声を上げた。ってことは、ハルポンさんたちも村のことは最初は載ってなかったんだ。

 どうしたんだろう、クエスト欄難易度低下? それともレガロさんのサービスだったりして。なんてね。

 俺の代わりに、『マッドライド』が状況を説明してくれた。



「クエストの中にその村の殲滅度が出てたんだよ。ここがナム村だとすると、すべて片付いたってことだな。あとは、バイ村が一番低い。ハイ村サウ村はすべて片付いたってのが、俺らプレイヤーは一発でわかるようになってる」

「って言ってもわからないかな。依頼書っての見た事ある? あれが、私達には直接来るの。こうして宙を弄ると自分にだけ見えるんだけど」

「確かに、お前の目に何か光が映ってる。それが依頼書か? 知らねえ文字だな」

「目? ねえリーダー、目に映ってる?」

「お! 映ってる! 気付かなかった。クエストはこの世界の文字じゃねえなやっぱり。俺らが見てる通りに映ってる。すげえ」



 獣人さんとハルポンさんは、ミネさんの目を覗き込んで感嘆の声を上げた。

 どれどれともっとちゃんと見ようと、獣人さんがミネさんの顔にさらに接近した。



「確かに、俺の知らない文字だな」



 俺の目を覗き込みながらヴィデロさんが呟く。

 これ、タップ一回で英語にも出来るんだよな。すぐに戻せるし。

 ってことで英語表記にしてみると、ヴィデロさんの目が見開いた。



「……ストレングス、バイタリティ、デクステリティ、アジリティ、インテリジェンス、ラック……これが、マックの能力か……?」



 文字を読むために滅茶苦茶近寄って俺の目の中を覗くヴィデロさんは、英語で表記された文字を本当にしっかりと読んでいた。

 って言うかこれ、はたからみるとキスする直前に見えてない? 役得だけど!

 ついつい目の前のイケメンどアップに口をとがらせてチュッとキスすると、ヴィデロさんの口から笑い声が洩れた。



「っかー。リア充かよ!」



 吐き出すように乙さんが呟いたので、見られてたことを知る。ふへへ、いいだろ。

 乙さんに向かってサムズアップしていると、ミネさんが「ちょ、待って!」と声を上げた。



「バー村のパーセンテージ下がった! これ、時間が経つと減ってくってやつなの!? 先に言ってよ!」

「マジかよ!」



 ミネさんの言葉に、慌ててクエスト欄を開いてみると、確かに100%以外の村のパーセンテージがさっきより2から3%下がっていた。ってことは、魔物が食べたか蔦が繁殖したか。

 どちらにしてもその能力の高さに、俺たちは騒めいた。



「殲滅完了した村はもう大丈夫なんだな? じゃあ他の村に手伝いに行くぞ」

「おう!」



 気合いが入ったところで、ヒイロさんの所で必要なアイテムの補充と腹ごしらえをした俺たちは、違う村を助けるべく森に分け入った。





 パーセンテージの一番低いバイ村の森に着くと、獣人さんは顔を顰めた。



「匂いが強すぎる。何かが実を喰ったか、潰したか」



 確かに、甘い匂いが辺りに漂っていた。

 マップには赤い点とプレイヤー数人の点が現れていることから、交戦中だということがわかった。

 既に戦闘人員は剣を構えてそっちに向かって走っている。

 俺も遅れながらも後ろを付いていくと、大きなカマキリのような魔物が、鎌を振り回していた。

 頭上のHPは緑色。まだあと二本丸々残ってるってことか。

 足元の実は全部潰れていて、魔物が食べれる状態じゃなかった。もしかして、それで激高してるのかな。ブーストが掛かってるみたいに魔物から威圧がガンガン出てる気がする。

 鎌に身体を薙ぎ払われてこっちに飛んできたプレイヤーは、木にぶち当たって身体を止めた。その指先からキラキラと光に変わっていく。

 俺は慌ててその人に駈け寄ると、インベントリから蘇生薬を取り出して頭から掛けた。

 すると、宙に舞ったはずの光がまた集まり出して、消えていたはずの手がだんだんと戻っていく。

 消えたはずの指先がしっかりと戻ったのを見て、俺はホッと息を吐いた。

 そういえばプレイヤーにこの蘇生薬を使ったのって初めてだ。ああやって蘇生するのか。ってことは、今HP30なのかな。また一撃でやられるからまずは回復。

 自分の指先を見て驚いているプレイヤーにはい、とハイパーポーションの瓶を渡すと、その顔のまま瓶を受け取ったプレイヤーは、俺の顔を見てさらに目を見開いた。



「え、何で?」

「薬師は回復させるのが仕事だから」



 プレイヤーの呟きにそう答えると、俺は後ろの方でおろおろしている草花薬師の方に走って行った。



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