平凡次男は平和主義に非ず

朝陽天満

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31、新たな面倒

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 ノームたちのお陰で軌道に乗って来たグラシエール領は、とても忙しい。
 まだまだ統合を希望している村はあるし、鉱山の方もノームたちだけじゃなく領民たちの手も少しずつ入れていきたい。
 農地だってまだまだ拡大の余地はあり、というか拡大しないと酒の生産が伸びない。
 相変わらず俺とアラン様は領事館に落ち着くことはなく、雪のない季節は領内を走り回り、ゆっくりする暇が全くできなかった。
 
「騎士団の団長は正式な血筋じゃないとだめっていう規則はいらないと思うんですよね」

 馬車に揺られながら、俺は王宮から届いた書簡をヒラヒラさせた。
 そこには、新設した騎士団の騎士団長採用不可の文字が大きく書き込まれている。
 何でも、国を守る騎士団は格式を求めるので、その団を預かる者は相応の血筋が必要なんだとか。これは国の法律でも決められているんだそうだ。
 戦時の土壇場で、怖気づくことがなく立ち向かえる誇りを持つ貴族が団を率いるべきだという理由らしい。わからなくはないけど……っていうか土壇場で真っ先に逃げ出しそうなのも相応の血筋のものだと思うんだよな。敢えてツッコまないけど。

「今、我が領には貴族の血が引かれている者は私とマーレ、それと文官たちの数名のみ。村や街はそこまで大きなところはなかったので、そのすべてを私がまとめる形だったから」
「厄介な国法ですね。流石に文官の人たちを騎士団長に据えるのはどうかと思いますし……あの傭兵団員たちをまとめられるのって、ゴウドさんしかいないと思うんですよね。今更他の人が上に立つって言っても納得しなそう」
「マーレが治めるか?」
「俺? 形だけになっちゃいますよ?」

これから大きくなっていく騎士団を率いるのは、絶対に名ばかりじゃなくて、皆を率いる力のある人じゃないとだめだ。そして、最初が肝心でもあるのに。

「少し考えるか……」

 アラン様も俺の持つ書簡を見て、溜息を吐いた。
 けれど、そんな考える時間が取れないということが、次の日に判明した。
 王宮から来た手紙でだ。

「該当者がいなければ、ニールをその任に充てる……って、陛下は何を考えておられるんだ……」

 アラン様の手の中で、陛下からの手紙がグシャッと潰れる。
 昨日の今日でこの手紙は、流石に呆れる以外の反応が出来ない。

「期限は一月って、せっかちすぎ。しかも人選間違ってる。あのク……王子がここで騎士団をまとめるなんて笑い事にもならない。かといってゴウドさんをどうにか貴族籍にするとなるとさすがに一月では手続きも終わりませんよね」
「そもそも最終的に裁可をするのは陛下だから、却下されて終わるだろうな」
「うへぇ」

 どうしてこうもこっちに関わろうとしてくるんだよ、と悪態をつく。
 陛下は反省したんじゃなかったのか。幻獣様たちに好かれたいからと、ちょっとは改心してくれると思ったのに。

「体のいい厄介払い?」
「ふっ……、いや……どうやら北の地でニールの性根を鍛えて欲しいらしいぞ」
「だったらなおさら騎士団長の地位なんて渡しちゃだめでしょ。こっちに来るなら下っ端一択」
「マーレの言うとおりだな。誰か納得のいく者を探そう」

 アラン様は潰した手紙を適当に机の引き出しに詰め込むと、眉間の皺を消して顔をほころばせた。さっきの笑いはきっと、アラン様もそう思ったんだよね。
 アラン様の困った顔は見たくないのにあいつらは次から次へと。
 呆れよりも怒りがふつふつと湧き上がる。
 
「アラン様、騎士団長の件、ちょっと考えがあるんですが」

 ニヤリと笑った俺に、アラン様は楽しそうに顔を緩めた。


 
「うわ、本当に来た」

 思わず呟いた言葉に、アラン様とサウスさんが苦笑する。
 遠くに見えるのは、領都の道をこちらへまっすぐ向かってくる王家の馬車。
 ガタガタしていて乗り心地が悪そうだ。
 あの後、アラン様にはニール第二王子殿下を北で預かる旨は手紙で送ってもらった。けれど、それは下っ端としてだ。騎士団長として赴任してくるのであれば、こちらが用意した騎士団長候補と戦って勝った場合に限ると条件を出した。
 第二王子は学園内では剣技はいけるほうだとは思うけれど、それはあくまで学園内だけだ。勿論俺よりは強いけれど、ネーベルが本気を出したらきっと瞬殺。兄さんだって瞬殺できる程度だと思う。
 アラン様は剣が苦手だと苦笑していたけれど、アラン様は後ろでデンと構えていて、周りを守らせる司令塔だから問題なし。
 馬車はゆっくりと館の前に停まると、中から意気揚々と第二王子が出てきた。
 とても得意げな顔をしているから、騎士団長に既になったつもりでいるんだろう。そうなるといいね。

「ようこそいらっしゃいました。届いた荷物は既に第二王子殿下のお部屋に運び込んでおります」

 俺がそう言うと、第二王子はうむと頷いた。

「早速案内してくれるか。ところで予定していた騎士団長候補との対戦はいつ頃だ?」
「そうですね。それは着いてからご説明しますね」

 にこやかにそう言うと、さ、と今下りたばかりの馬車を指さした。
 もちろん第二王子の部屋に案内するためだ。
 ここ領事館の敷地内には第二王子の部屋なんて用意していない。
 だって下っ端だからね。
 もう砦に行くのか? と首を捻る第二王子を急かして馬車に乗せると、御者さんに説明して、俺たちも自分たちの馬車で向かうことにする。外観は王子の馬車の方が豪華なんだけど、乗り心地は多分全然違うから。
 前方で案内する形で馬車を走らせる。今日は子フェンたちではなく普通に馬を使っているので、小さめの馬車だ。

「それにしても、マーレも人が悪いな」

 目の前に座っているアラン様が笑いながらそんなことを言う。
 
「こんな俺は嫌いですか?」
「いや、とても楽しいな。こんなわくわくする気持ちになったことなど、今までほとんどなかった。マーレがいてくれるから、毎日が楽しくて困る」
「じゃあもっと気合いを入れて困らせないとですね!」

 くくく、と笑うと、アラン様が隣の席をトントンと手で示した。
 そっと場所移動して、アラン様の隣に座る。
 すると、首に腕を回されて、そっと顎を持ち上げられた。
 綺麗な顔が間近に迫り、唇にアラン様の唇が重なる。
 ちゅ、ちゅ、としばらくリップ音が馬車の中に響き、甘い雰囲気が漂う。
 仕事中は努めて上司と部下然としているけれど、たまにはこういうのも悪くない。それどころか、どうして今は昼で、仕事中で、第二王子の接待なんてしないといけないんだろうなんて不埒なことを想ってしまう。夜で、寝室だったらやることは一つなのに。
 アラン様の唇がそっと離れていく。 
 残念な気分でその顔を見上げれば、アラン様も物足りなさそうな顔だった。

「殿下なんか放っておいて寝室にアラン様を連れ込みたい……」
「それは心惹かれるものがあるな……」

 俺の冗談でもない冗談をアラン様も冗談で返してきた。
 本当に離れがたい。

 その気持ちは車中ずっと続いていて、砦に着いても雰囲気は甘いまま。
 馬車を降りる時も手を繋ぎ、第二王子が見ている前でもそっとアラン様に寄り添っていた。
 俺たちのラブラブを見てどう思ったのか、第二王子はとても嫌そうな顔をして、イライラと「早く案内しろ!」と怒鳴っていた。
 普段は聞きたくもない第二王子の怒鳴り声も、アラン様に散々甘やかされた後の俺は、笑ってスルー出来る程に寛大だった。

「殿下、こちらです」
「とりあえずお前ら手を離せ!」

 アラン様と手を繋いだまま宿舎に案内しようとすると、第二王子が俺たちの手を剝がそうとしてくるので、サッと逃げる。
 そのまま二人で宿舎の方に入っていくと、第二王子は文句を言いながらもちゃんとついてきた。

「叔父上! 顔が緩んでいてみっともないですよ!」
「すまないな。新婚なんでね。寛大な心で許してくれ」
「アラン様は微笑み顔も素敵ですよ」
「マーレ殿、そんな演技は見ていて醜悪なのでやめて貰おう!」
「演技なんて……俺、普段はこんな感じですよ。ね、アラン様」
「そうだな。いつも通りだな」
「なんなんだよこいつら!」

 ブチ切れる第二王子を煽りまくっているうちに、宛がった部屋に着いた。
 そこは独身見習い騎士が入る一番狭い部屋で、持ってきたであろう荷物が部屋に入りきらずに廊下まで山積みになっていた。これじゃ中に入れないんじゃないかな。
 廊下だってそこまで広くない。せいぜい人が二人並んで通れるくらいだ。
 きっと俺たちの館の一室を想定して荷物を厳選したんだろうけれど、それでもここまでの荷物はいらないよな。一体何が詰め込まれているのやら。

「殿下……これ、荷物多すぎですよ。ここでは飯も出る、制服は支給されるし剣だって最初は見習い用なんですから、下着くらいしかいらないですよ」
「な、な、な……っ!」
 
 廊下に豪華な箱が積み上がるという惨状を目の前に、第二王子は言葉もないようだった。

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