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6巻
6-1
しおりを挟むプロローグ
『光凛夢幻∞デスティニー』――お気に入りの攻略対象者と共に、能力を上げて最終的に国を救う、そんな乙女ゲーム。そのゲームの中で、『ラオネン病』という不治の病によって命を落とす、『最推しにとって思い出の義弟』として転生した俺、アルバ。
最推しであるオルシス様……兄様と、もう一人の攻略対象者であるブルーノ君と出会った俺は、二人の努力の末、ゲームのセンターを張っていたツヴァイト第二王子殿下も巻き込んで、ラオネン病を克服した。
しかし、そんなこんなの中で、俺が実は『刻魔法』という特殊な魔法属性を持っていたことが判明してしまう。
その魔法で見たのか前世の記憶を覚えていたのかわからないけれど、俺は兄様と共に、まるでゲームのストーリーのようにこの国を救ってしまった。
結果として、『思い出の義弟』となることなくすくすくと育ち、俺はとうとうゲームの舞台である王立ソレイユ高等学園に入学することができたのだった。
ゲームの中では表情筋が死滅していた兄様は、いつでも蕩けるような素晴らしい笑みを浮かべるようになり、最高に美麗でかっこいい兄様に成長した。
さらに紆余曲折の末俺の婚約者となり、今は隠し攻略キャラでこの国の王となったヴォルフラム陛下の側近として日々を過ごしている。
ちなみに王妃となったのは、ゲームでは主人公だった、庶民出身のミラ嬢だ。
本来だったらすでに天に召されていたはずの俺は、最推しが活動した高等学園で学生生活を謳歌しながら、『魔術陣技師国家資格』に合格し、国直属の魔術陣技師となった。これで、学園が長期休みに入ったら兄様と一緒に王宮に通える! 今から脳内がフィーバー中だ。
セドリック君とジュール君は相変わらず俺と仲良くしてくれて、何くれとなく気にかけてくれている。
友達もできたし、最推しオルシス兄様とこ、こ、婚約もできて、人生を楽しみまくっている俺だけれど、この国周辺は、なかなか落ち着いていない。
我が国――テスプリ王国は、守護宝玉に魔力が満たされて、立ち直った。
けれど、この国に隣接する二つの国にある守護宝玉の魔力もまた、枯渇に近い状態になっていることが判明している。
一つはこの国の西側にあるブルーニュ王国。
もう一つは、この国の南側に位置するドローワ王国だ。
俺はある日、ドローワ王国とテスプリ王国の国境にあるダンジョンから、ドラゴンの魔物があふれ出して我が国を襲うという映像を『刻魔法』で視てしまった。
それをヴォルフラム陛下とミラ妃殿下に伝えたところ、乗り気になったのは他でもないミラ妃殿下。誰よりも男前だと思っていて妃殿下は、行動もまた男前だった。
「私が行くのが一番手っ取り早いわ」
女性、しかも今やこの国で一番尊い女性となったミラ妃殿下は、そう言ってさっさとドラゴンの闊歩するダンジョンへ向けて出発した。
兄様がドラゴンを倒す雄姿が見たくて、俺も一緒についていくことにした。そうしたらセドリック君も「アルバは僕が守るからついていきたい」と挙手をして――……
結果、このドラゴンダンジョンはセドリック君と、巻き込まれたジュール君のレベル上げの場となった。
このダンジョン、ゲーム内では一度メインのストーリーをすべてクリアしないと出てこないばかりか、そこら辺を闊歩している雑魚ドラゴンがまあ強いんだよ。そして最奥で待っている大きなドラゴンは、その時に選んだ攻略対象者にとって、最も相性の悪い属性で登場する。
ミラ妃殿下とくっついたのは、闇属性のヴォルフラム陛下。
ストーリーで言えば、攻略対象者はヴォルフラム陛下ということだ。
だからてっきり闇属性のドラゴンが出てくると思っていたのに、俺は目の前に現れたドラゴンが氷属性だったことに動揺してしまった。
――氷属性は、最推しの属性だから!
そんな俺を『だって宝玉に魔力を入れたのはお前とオルシスじゃないか』とブルーノ君が一笑に付したことで動揺は収まったけれど。
ラスボスのドラゴンは、ミラ妃殿下とブルーノ君、そして氷属性と相性抜群のアドリアン君の三人によってサクッと討伐された。
ラスボスのドラゴンが魔素に還り、増えまくった雑魚ドラゴンは兄様が無双して倒した。
つまり、ドラゴンダンジョンのMVPは兄様。
本当にかっこよかった。この世の者とは思えないくらいに美しく、気高く、それでいて強く……
というのは置いておいて。
ドローワ王国と、我が国からドラゴンの脅威は去った。
俺の視た『刻魔法』によるドラゴンの襲撃は、イケイケのミラ妃殿下により回避された。
そんな中、国中を揺るがす重大ニュースが報じられたのだった——
一、国の重大発表
『ミラ王妃殿下がご懐妊』
そのことが報じられたとき、国はお祭り騒ぎとなった。
市井の出で、魔力がとても多い光属性の少女が王家に見初められ、王妃となる。
その王妃は、陛下ととても仲睦まじく、善政を敷いている。
まるでどこぞの歌劇のような内容に加えて起きた、更なる慶事。
誰よりも盛り上がったのは、市井の女の子たちだったという。
そして何やら俺たちの学園に入りたいという女の子たちの問い合わせが殺到したようだ。兄様たちが疲れ切った顔をしていたので、捌くのが相当大変なんだろうと思う。
今年から市井からの生徒の受け入れも試験的に始まったからね。
ここに入って貴族と仲良くなれば貴族夫人も夢じゃない、なんて夢を見てしまった女の子たちが沢山いたようだ。
それはそれでちょっと問題のような気がする。
サリエンテ邸の温室で勉強をしながらそう思っていると、フレッド君が苦笑気味に付け加えた。
普段街を歩かない俺には、王都がどんな様子かいまいちわかっていなかったんだけど、ご近所に住む女の子たちが勉学に力を入れ始めたそうだ。
今まではどうせどこかに嫁に行ってそこで一生を終えるんだから、と読み書き計算をさらっと覚えるくらいしかしなかったのに、市井の学校では今や女の子の勉強フィーバーが起こっているそう。
それを聞いた時、俺は思わず「そっかあ……」と声を上げてしまった。
国内の学力が底上げされるのはとてもいいことなんだけど、理由がそれでいいんだろうか。
……まあ、俺もすべてのやる気の源が兄様だから人のことは言えないんだけど。
でも兄様の周りに綺麗な女性が増えるのは、ちょっと怖いかも。
俺はちらっとフレッド君を見た。
「……もしかして、嫁ぎ先を探すことが目当ての女の子が入ってきちゃったりもするのかな」
「するでしょうね。隣の家のアンナなんて二年後絶対受験するって鼻息荒くしていたらしいですから」
目の前でレポートをめくり、文字を目で追いながら、フレッド君が即答する。
俺は膝にルーナを、隣の椅子にルフト君を座らせて、一緒にお勉強中なのだ。
「そっかあ」とお返事をしながら、俺は読んでいたレポートをテーブルに置いた。
今ちょっと憂鬱になったのは、そんな話だけではない。
目の前に置かれている課題への不安もある。
覚えの悪い俺の頭は、日々ちゃんと予習復習しないと何一つ身につかないのだ。
そんな泣き言をフレッド君の前で溢したら、すっごく意外そうな顔をされてしまった。
「ジュール様もアーチー様もアルバ様を大変優秀とおっしゃっていましたので、なんでもスッと覚えてしまわれるのかと思っていました」
慌てて首を横に振る。
「それはブルーノ君です。ブルーノ君は一度読んだら全部記憶できますからね。羨ましいものです……あ、でも僕の脳味噌の許容量は小さいので、記憶できたって焼き切れちゃうでしょうけど」
もう少し立派な頭脳が欲しかったです……と呟くと、フレッド君が笑いながら「立派な頭脳ってなんですか」とツッコんできた。
最近こうして気安く話をしてくれるのが楽しい。
思わずふふふ、と笑うと、ルーナも顔を上げて微笑んだ。
ああ、かわいい。俺の妹はとってもかわいい……
それからすぐルーナは、俺の手元にあるレポートを覗き込んで、何やら文字を目で追っている。
内容を理解してるのかな? してるんだったら、確実に天才だ。
視線を隣に送ると、ルフト君はニコニコしながら一生懸命お菓子を食べていた。
ルフト君はラオネン病を発症していたけれど、特効薬であるレガーレ改を食べたことで無事に病を克服した。
今のところ、魔力暴走もなく、毎日穏やかに過ごしていてホッとする。
ただ、彼も俺と同じく『刻属性』の可能性があるのだ。
一応ルフト君が何かを見たら、それはヴォルフラム陛下に必ず教えることになっている。それは俺と一緒だ。そして俺やルフト君の視た内容を周りの大人たちがまとめ、情報を精査して、それによって導き出される事象をある程度絞り込んで回避、もしくは備えるために行動することになっている。
とはいえ、ある程度大きな災害はもう解決しているから、細々なんだけどね。
竜の群れもミラ妃殿下先頭に蹴散らしてきたし。
俺も小さな竜の鱗をたくさんGETできてホクホクだ。
小さくても魔力は込められるようなので、ツヴァイト閣下が光属性の付与魔法を使ってアミュレットを作ると息巻いていた。付与魔法凄すぎる。俺もあとで習おうと心に決めている。
その時、ふと気がつくと温室の入り口が開くのが見えた。
そこから麗しの兄様が入ってくる。
「兄様!」
温室の中の柔らかい日光を浴びる兄様は今日も麗しく、ほんの少しだけ疲れの滲むその顔が俺と目が合った瞬間微笑に変わる。その表情があまりにぐっときて、これは駆け寄るしかないよね、と俺は立ち上がって、兄様を迎えに行った。
そんなこんなで、無事何事もなく、冬のパーティーを迎えることができた。
学園の行事の一つで、修了式と卒業式の前にある、お疲れ様会のようなものだ。
卒業のお祝いも兼ねているから、卒業生がメイン。
一学年、二学年がまず会場に入り、ホールの中央を花道として、左右に分かれて席に着く。そんなスタンバイが終わったところで楽団の生演奏が始まる。
そこから、着飾った最上級生が入場を開始し、俺たち下級生は拍手で迎えるのだ。
今回初参加の市井の生徒たちは、しっかりと学園から礼服を借りてお洒落している。フレッド君を含む五人ともガチガチに緊張している様子だ。
小さい声で「汚したら弁償できない……」と呟いたのは、トミィ君だ。
青くなっている彼の気持ちがわかってしまった俺には、まだきっと庶民感覚を忘れていないんだと思う。わかるよ……俺も、いまだにぞわっとするもん。
ぎゅっと手を握って心の中で応援していると、新しい生徒会長が壇上に上がった。彼が代表で最上級生をもてなし、お祝いの言葉を添える。
前生徒会長がそれに応えて、パーティーが始まった。
ちなみに、このパーティーには学外の人間は参加できない。だから高等部に入る前の俺は兄様たちが参加していると知っていても、血涙を流しておうちでお見送りとお出迎えしかできなかった。
その時の兄様の服はもちろん、俺デザインだ。
あまり華美ではないように色や生地を抑えつつ、上品さと美麗さを損なわない刺繍。
兄様を最高に輝かせる礼服を作り上げたんだ。
そして今、俺が身に着けているのは、それの色違いのおそろい。兄様の似合う色は正直俺には全く似合わないので、色違いのおそろいしかできないんだ。兄様を飾るための装飾なんだから、俺には似合わなくってなんの問題もない――……うん。溜息しか出ないよね。
学園長や生徒会長たちの挨拶も終わり、全員が飲み物を手にする。
そこで、奥の扉が開いた。
皆が注目し、入ってきた人物に皆が息を呑む。
俺もびっくりして目を見開いた。
演奏が最高潮に盛り上がり、中央を歩いてくるのは、ヴォルフラム陛下とその腕に手を添えるミラ妃殿下。
そしてその後ろにいるのは、ツヴァイト閣下と――麗しき側近の制服を着た兄様!
あまりの神々しさと神がかった美しさに、眩暈がしそうだった。
兄様のお姿に一人アワアワしていると、隣にいたセドリック君がまったく……と呆れたように囁いた。
それから普通ぐらいの音量で、セドリック君の声が耳に届く。
「妃殿下、どうしても市井の奴らを応援したいって、陛下に我が儘を言ったらしいよ」
遮音の風魔法を展開したみたいだ。横を向いてもセドリック君が声を出しているようには見えない。その言葉を聞いているのは俺のみ。
俺はできるだけ声を潜めて、それに返事をした。
「そんな、今一番大事な時なのに。体調は、大丈夫なんでしょうか……」
「最近は公務を少しお休みしているようなんだけどね。体調が優れないからって。陛下の方が真っ青になって妃殿下を気遣っていたよ……それなのにこんな無茶をするんだから」
「ヴォルフラム陛下はお優しいですもんね。きっとミラ妃殿下の願いは叶えたいんでしょうね」
「違うんだよ。妃殿下がお腹に大事な御子がいるっていうのに動き回ろうとするから……市井では生まれる直前まで働くのが普通だとかなんだとか言って」
「なるほど……」
陛下の心労、凄そうだなあ。
でも大人しく寝ている妃殿下を想像することもできない。誰よりもアグレッシブな方だからね。
そうなると兄様とツヴァイト閣下の心労もまた……
「……兄様が最近お疲れの意味がわかった気がします……」
思い出されるのは、この前へろへろで帰ってきた兄様の姿。きっとあの調子の妃殿下に振り回され続けてるんだろうなあ……
俺が遠い目をすると、セドリック君が肩をすくめた。
「まあ、妃殿下もさすがに、自分にしかできない仕事に絞ってはいるみたいだけど、まだまだ王宮は人手不足だからね……僕も卒業したらしばらくは父の下で勉強だけど、さっさと卒業して手を貸したい……」
はぁ、と溜息を吐いてから、セドリック君は風魔法を解除した。
正面では、キラキラの陛下と妃殿下が優雅に立ち、俺たちを見下ろしている。
皆は固唾を呑んで、陛下たちに注目していた。
普通はこういうところに陛下が顔を出すなんてあり得ない。今年は王族もいないし。セドリック君は妃殿下の義弟だけど、さすがにそれだけでここに来ることなんてあり得ないはずだ。
陛下の後ろに立つ兄様に視線を向けながらそんなことを考えていると、兄様とバッチリ目が合った。
兄様の目がスッと細められる。
口元は変わりないのに、目線だけで兄様が嬉しそうなのがわかってしまい、蕩けそうになる。
無表情の喜び……! それもまた、尊い……!
悶えている間にも、ヴォルフラム陛下の素晴らしい言葉が紡がれていく。
陛下が取り入れた制度で学園が変わったか、そして皆が成長したかどうかを視察に来た、とのこと。
取り入れた制度というのは、市井の子を学園に入学させるという試みだ。
前に会った時に五人の成績を見たヴォルフラム陛下は、「これからも取り入れて良さそうだな」とまんざらでもなさそうだったので、そのことを言いに来たのかもしれない。
でもねえ、市井では男子よりも女子が、シンデレラストーリーを夢見て勉強を開始しているって言ってるから、ちょっと陛下たちの思惑とはズレちゃってる気がしないでもない。でも、俺が気付くくらいだから、兄様たちも気付かないはずがない。
それ込みで国の役に立つのなら、絶対にやるべきだ。
「――まだ一年目の試みなので、皆も戸惑っていることと思う。しかし、身分関係なく、我が国民はすべて私の宝。得がたいものだ。皆で協力し、切磋琢磨し、私を支えてほしい」
フワリと笑う陛下に、生徒たちが盛大に拍手をする。
ミラ妃殿下は、優雅に微笑んで立っている。
けれど、目力が何やら凄い。
陛下の言葉は柔らかいのに、隣の妃殿下の雰囲気で、「いじめとかしやがったら承知しないぞ」と言われている気分になる。そんなことを思うのは俺だけだろうか。
一瞬、ミラ妃殿下と視線が交わり、ニコ! と笑われる。
俺はドキッとしつつ、頭を下げる。
ヴォルフラム陛下が言葉を続けた。
「卒業する者、おめでとう。これからは、学園で培ったその力を思う存分ふるってほしい。そして、在学生たち、君たちは残りの学園生活で、大いに学び、大いに楽しむよう。学園で得た友人は、尊いものだ」
陛下はチラリと横を向き、ツヴァイト閣下と兄様に目配せした。
ツヴァイト閣下と兄様がその視線を受けて、頼もしく頷く。
それが二人から陛下への信頼の証のように見えて、俺は思わず手を合わせて天に祈りを捧げた。
学園の、学生しか参加できないパーティーで、こんな尊い兄様のお姿を拝見できるなんて。
来年も頑張ろう。大いに頑張ろう。
――そんなことを思っている間に、陛下たちは壇上から降り、控えの間の方に向かって行ってしまった。
あああ、尊い姿がなくなってしまった……
がっくりしていると、隣にいたセドリック君が俺の肩をトントンと叩いた。
「アルバ、陛下たちの控え室に行くけど、アルバはどうする? そっちで合流する予定だったんだ」
「もちろん行きます」
食い気味に答えて、セドリック君と共にそっと会場を抜ける。
少し離れたサロンの方に陛下たちは向かったらしい。そこで例の超豪華な食事をして王宮に帰るんだそうだ。セドリック君は、そのサポートを生徒会長に依頼されたから陛下たちの行動を把握していたんだって。さすが。
回廊を歩く中でそう言うと、セドリック君は照れくさそうに胸を叩いた。
「俺も次の生徒会長を引き継ぐからね。今から少しずつ会長について勉強しているんだ」
「さすがセドリック君、凄いですね……」
勉強が苦手な俺としては尊敬しかない。
すると、セドリック君が苦笑する。
「学生のうちに魔術陣技師になるアルバの方が凄いんだけどな。自覚しろよ」
「起動する魔術陣を描けさえすれば誰でもなれるらしいですからねえ……そこまで凄くはないのでは? トライする人が少ないだけで」
気楽に受験してね、なんてノイギア先生も言っていたし。
そう言うと、セドリック君が足を止めた。
どうしたんだろう、と思ったら、びしりと指を突き付けられる。
「凄いんだよ……僕も、アルバが簡単そうに製作しているからって、無理言って父上に紙とインクを用意してもらって、描いてみたことがある」
えっ。そうだったんだ!
うわあ、セドリック君が描いた魔術陣、絶対見てみたい。
そう言おうとした瞬間、セドリック君は突き付けた指を垂らし、そのまま頭を抱えた。
「でもあれは、無理だ! 絶対に無理! なんだよ器具も何も使わずに円を綺麗に描く必要があるって。あの文字一体なんなんだよ。わざと描きづらく綴られているようにしか見えないよ! どう頑張っても、基礎の陣すら描けなかったよ! 誰でもなんて、無理!」
しおしおの顔をして、セドリック君が嘆く。その声が人気のない廊下にも響き、思わず目を見開いた。
セドリック君がくるっとこっちを向いて、俺の両手を掴む。
「いいか、絵心がないと魔術陣なんて描けない。……実はジュールも少し練習したことがあったらしいけど、どう頑張っても正確な図形が描けなくて断念したって言ってたぞ。あと、多少は絵心があるって言ってたうちの家門のやつも挑戦したけど陣が発動しなかったらしくてさ、あれ正確に描けても発動するかどうかは資質があるって」
最後の言葉に、息を呑んだ。
「そうだったんですか……! 知らなかった」
「知らなかったのかよ!」
ぶっは! と噴き出したセドリック君の笑い声が、再び廊下にこだまする。
資質なんてあったんだ。だからあれだけ受験生が少ないのかな。
「じゃあ僕はラッキーだったんですね」
「ラッキーで済ますなよ。……でも、アルバが魔術陣技師になったってことは、僕が父上の手伝いに王宮に行ったら、アルバと遊べるってことだよな! そう思うと勉強が捗るよ」
俺の返事に苦笑して、でもブランコのように揺らしてから、セドリック君が俺の手を離す。
さっきとは打って変わってご機嫌になって弾むように足を進めるセドリック君の背中に向かって、俺はひっそりごめんなさいと呟いた。
俺なんかと会えることを喜んでくれるのは嬉しい。
でも、セドリック君が通うようになる王宮の建物と、俺が通う場所は違う棟なんだ。
だからほぼ会えないんだよね……
今それを言ったらこの喜びに水を差してしまいそうだから言えないけど。セドリック君とジュール君は同じ棟で仕事をすることになると思うんだけどね。
正直言えば、セドリック君とも兄様とも職場ではそんなに会えないと思う。でも兄様と一緒に王宮に通えるってだけで満足だから。それに加えてたまにちらっとお姿が見られればもうそれだけで満足だからね。今はほとんど会えないから余計に。
そう思うと卒業が待ち遠しい。
気分が軽くなって、俺も鼻歌を歌う勢いで、足取りを軽くしてセドリック君を追いかけた。
サロンに着くと、王宮の騎士たちが入り口を固めていた。
真面目な声で、セドリック君が彼らの前に立つ。
「生徒会から依頼を受けました、セドリック・ソル・セネットとアルバ・ソル・サリエンテです」
そう声をかけると、騎士たちは洗練された動きでドアを開けてくれた。
中に入ると、ヴォルフラム陛下とミラ妃殿下、ツヴァイト閣下と兄様が待っていてくれた。
「二人とも進級おめでとう」
部屋に入るなり、ヴォルフラム陛下がそう声をかけてくれた。
隣ではミラ妃殿下がとても楚々とした笑みを浮かべている。
「ありがとうございます。ミラ妃殿下も、この度のご懐妊、おめでとうございます」
きっとお二人の子だから、可愛いに決まってるよね。
そんなことを思いながらお祝いを述べると、ミラ妃殿下は頷いてくれた。そんなわずかな行動にも妃殿下の気品が滲んでいて、俺は背筋を伸ばす。
勧められた席に腰を下ろすと、テーブルに次々豪華料理が並べられていった。前に新入生歓迎会の優勝特典で頼んだ特別なランチだ。
俺とセドリック君の前にも並べられていって、俺はまた一つ、兄様とこのランチを食べるという夢を叶えることができた。もちろん前とは少しずつメニューは違うし、果物も今回はセドリック君の領地のものじゃないらしい。
「セドリックもアルバも遠慮せず食べてくれ。この特別メニューは私も学生時代に一度行事の優勝賞品で頼んだきりだったんだ」
「僕も昨年頼みました。その時はセネット公爵領の果物がメインだったんですが、本当に美味しくて。何とかして兄様と一緒に食べることができないかと生徒会長に訊いたくらいです」
「そのような素晴らしい昼餐でもてなしてくださって、本当にありがとうございます」
ミラ妃殿下がおしとやかな所作でニコリと微笑む。
並べられていく料理は見た目にも華やかで、それでいて上品な飾り付けがなされていて、目にも楽しい。妃殿下がそれを見て「素敵……」と呟いているのが聞こえて、体調も悪くなさそうだとホッとした。
給仕してくれる人が一つ一つ料理の説明をしてくれる。その都度陛下は微笑を浮かべて「ありがとう」「美味しそうだ」「食べるのが楽しみだ」などと相槌を打っていた。これぞ上に立つ者という貫禄と優しさを兼ね備えたそのお姿には、学生時代に垣間見えた闇は見当たらなかった。
すべての料理が並ぶと、さっと部屋にいたお手伝いさんたちが退出していった。
端に立つアドリアン君を含む騎士数名だけが、このサロンに残っている。
その状態になった途端に、ミラ妃殿下の顔が緩んだ。
先ほどまでの微笑が、一瞬にしていつもの快活な笑みに変わった。
「やだアルバ君、制服が馴染んでるじゃない! 最初に会ったときはあんなに小さかったのに~。でもアルバ君は最初から紳士だったわよねえ。ハンカチを貸してくれて」
ふわっと笑うその表情は学生時代によく見た顔のままで、ふっと肩の力が抜けた。
妃殿下は懐かしそうに目を細めていた。
「あの頃はまだ、アルバ君は『ラオネン病』だったのでしょう? そう思うと感慨深いわよねえ……ねえ、オルシス」
「はい。あの頃の私は、アルバがずっと私のそばにいて、笑っていてくれることだけを考えていましたから」
声を掛けられた兄様がふわりと微笑む。その顔が尊くて、ウッと胸を押さえていると、それを見た陛下が苦笑した。変わらないな、とその口だけが動く。
ああほらせっかくの料理、食べましょ、という妃殿下の言葉で、俺たちは食事を始める。
柔らかく煮た何かの肉が口の中で溶けてなくなってしまう。美味しい。
付け合わせの野菜もしっかりと味が染みていて美味しい。
ポタージュを品よく口に運んだ妃殿下も、目を輝かせている。
デザートも楽しみだけれど、その前にお腹いっぱいになってしまいそうだ。
そう思いながら一口ずつ味わっていたら、兄様が微笑みながら「もし食べきれない場合、教えてね」とセクシーボイスで救済の手を差し伸べてくれた。俺はにやけるのを我慢しながら頷く。
本当はこういう席で残り物を食べてもらうのはよくないんだけれどね。
給仕が下がって部屋にいるのが陛下たちの護衛だけだから、お二人ともニコニコと頷いている。
「こうして王宮以外で顔を合わせられて嬉しいよ。セドリックも、一年後には学園と王宮の往復かな」
陛下の言葉に、セドリック君がニヤリと笑う。
「そうですね。頑張ります。そのころには僕の甥っ子、もしくは姪っ子も生まれているでしょうし」
「そうだな……戸籍部門がとても忙しそうだった。今年は婚姻ラッシュ、そして来年はベビーラッシュになるだろうな。アドリアンも今年の夏には婚姻を結ぶから」
なんてことないように話す陛下の言葉に、俺は首を傾げた。
ベビーラッシュ……って、あれか。次代の王の側近や妃にするために自分たちも同年代の子を作る流れがあるのか。
貴族って大変だなあ。いや、違う。そうじゃなくて……
「……アドリアン君が、結婚……?」
ようやくそのワードが脳に届いて、俺は時間差で盛大に驚いた。
そういえば、もう乙女ゲーム時代はとっくの昔に終わっているから、攻略対象者のそういう話もおかしくなかったんだ!
そうだよね! 兄様は俺と婚約していて、ブルーノ君はルーナと婚約、ミラ妃殿下とヴォルフラム陛下がまとまった。もちろん他の人だって誰かと結婚したりするんだよね。
しかももれなくお子様たちは側近候補になるんだから、釣書なんてわんさか届いているんだろう。
特に、アドリアン君とツヴァイト閣下は陛下の近くにいるんだからさらに。
ちらりと部屋の壁側に立つアドリアン君に視線を向けると、目が合った彼は口元だけをクッと上げた。
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その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
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