最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

朝陽天満

文字の大きさ
156 / 157
御子誕生編

  黒幕の覚悟と悔恨《side ハルス》

 鉄格子越しに顔を見下ろすと、近衛騎士団副団長のオラシオン・アン・トロイメライはいまだに憤った表情を隠さなかった。

「あなたがアイン殿下を陥れ、『赤百合の塔』などに幽閉したのだろう? そのようなことをしておきながら、どうしてあなたは鉄格子のそちら側にいるのだ」

 私を睨みつける瞳は、憎悪に歪んでいた。
 どうしてこれほどの憎悪を今まで隠しおおせていたのか。
 いや、片鱗は見えてはいた。ただ、私がアイン殿下の側近だったときはとても好ましい人柄だったので、私が無意識に見て見ぬふりをしていたのだろう。

 彼の犯行が浮上したのは、ツヴァイト閣下が命からがら戻ってきたときに、メノウの森に運ぼうとしていたのがオラシオンの身内ばかりだと教えてくれたことによる。
 彼自身は騎士団の訓練所で部下たちに手ほどきをしており、事件が起きた時に驚いた顔すらして見せた。
 その後、何気なさを装って『赤百合の塔』に近付いたところを、私が独断で捕まえた。
 ブルーノに敵愾心を抱いていた宮廷医の相談に乗り、遠征をしたときに伯爵領に一泊したこともすぐに判明した。けれど彼は、私の前で一度だけアイン殿下は冤罪だとさも当たり前のように言ったことがあった。
 ヴォルフラム陛下への態度は普段と変わりなかったけれど、ミラ王妃殿下と会話する姿は今まで一度も見たことがなかった。それどころか、シェザール騎士団長に『あなたのご子息は大変そうだ』と言ったこともあるとか。その意味をどうくみ取っていいのかわからず、一度だけ私に零したことがあった。
 なんてことはない。蓋を開ければ、オラシオンの無知と偏執的な妄執による騒動だった。

 思い返せば、彼は殿下が罪を犯した王族が入る『赤百合の塔』に幽閉されてから、私と目を合わせることがなくなった。前と同じような人好きのする笑顔で挨拶はする。が、しっかりと私を正面から見ることはなかった、と思う。
 彼はアイン殿下の専属護衛だった。職務に忠実で、人柄もよく、その腕も確かだったことから、アイン殿下が幽閉されてからシェザール侯爵が近衛騎士団の副団長として迎えた。
 副団長としての動きも優秀だと聞いていたし、私が見る限りしっかりと団を率いることが出来る人物だと思っていた。
 しかしその思想は、このようなことを起こしてしまうほどに追い詰められていたようで。
 呆れの溜息を飲み込むと、私はその歪んだ顔に白けた視線を向けた。

「アイン殿下のことに関しては、陛下の決定は英断だったと今でも私は思っている」
「あなたは昔からアイン殿下に対して否定的だったな。側近にまで取り上げてもらったのに」
「私は殿下を信頼できなかった。ただそれだけだ」

 妻がいるのに言い寄る王女殿下を止めることもせず、手助けすらして見せた。妹に選ばれて光栄じゃないかとでも言わんばかりに。それなのに、血を分けた弟にはとても冷たく当たるのを目の当たりにし、信頼など出来るわけがない。
 しかも妻が亡くなったあと、フローロを後妻に迎えようとしたときに「男爵家などを」と吐き捨て、婚姻届けの無効を言い渡そうとする始末。陛下が「そこまでの介入は越権行為だ」と止めて下さらなかったら、私もオルシスのように王宮を氷漬けにしていたかもしれない。
 そのこともあり、喜々として王宮を辞したのだが、この男はそのことを忘れているのか、冗談だと思っているのか。些末な戯れだとでも思っていたのだろうか。

「あれほど素晴らしい方はいなかったというのに」
「あなたが見ていたアイン殿下も、私が見ていたアイン殿下も、一面しか見えていなかったのだろう」

 すでに私に対する感情を隠すことのなくなったオラシオンは、私の言葉は全く何も響かないようだった。
 この騒動で、騎士団の五人が命を落とした。ツヴァイト閣下を魔物に襲わせようとした者たちが、逆に魔物に襲われて。
 閣下とブルーノが手を打ったとはいえ、すぐに隣国の問題が解決するわけもなく、いまだアンフィニ山脈の麓には手強い魔物も現れる。それを知って意識のない閣下を置き去りにしようとしたことも、部下を亡くしたことも、この男にとっては些末なことのようだった。その心根に反吐が出る。

「アイン殿下が国王になるべきだと、なぜわからない」
「あなたは、なぜアイン殿下が『赤百合の塔』に入ったか、理由をお聞きにならなかったのか」
「冤罪の罪状など、聞いてどうする。陛下が宣言してしまったのなら、取り消しも出来ない。裁判を起こすわけでもなく、最初から決まっていたのだからな」

 その瞳が、お前のせいでと訴えている。
 最初から、冤罪だと思っていたわけだ。私が殿下を陥れ、まんまと塔に幽閉したと。

「あなたの行動により、無関係の二名が瀕死の重傷を負い、五名の騎士の命がなくなり、十一名が牢に入れられた。二家が没落、一家は降格した。言いたいことがあるなら、なぜあなた一人で行わなかった。どうして周りを巻き込んだ」
「牢に入れるのが間違っているのだろう。あの者たちは皆、アイン殿下を待っている。この国を正しく治められるのは、アイン殿下ただお一人だ」

 なるほど、聞く耳も持たないようだな、と溜息を飲み込み、私は後ろを振り返った。
 牢から見えない場所に、頭まですっぽりとマントに包んだ者が、騎士団長のシェザール侯爵に寄り添われて控えていた。
 私が頷いて見せると、その者が足を踏み出した。

「オラシオン……」

 牢の中に声をかけ、そのフードを上げる。
 現れた顔を見て、オラシオンは目を見開いた。
 幽閉されているはずの、アイン殿下だった。
 アイン殿下は、オラシオンの前で、目を伏せた。
 しばしの沈黙の後、アイン殿下は口を開いた。

「私は……お前が思っているような人間ではない」
「殿下! そんなことをおっしゃらず! あなたはとても素晴らしい人だ!」

 私に向けていた冷たい瞳とは熱量の違う視線をアイン殿下に向けるオラシオンに、殿下は首を力なく横に振った。

「私は……生涯幽閉されてもおかしくないほどの罪を犯した。取り返しのつかなくなるような罪だ。だから、お前がどれほど私の復権を叫ぼうと、私が王宮に戻ることはない。お前が犯した罪は私の罪。……共に、償わなければ、ならない……」
「アイン殿下……っ、いったいあなたは、どんな罪を犯したというのですか。そんな、生涯幽閉など、そんな……嘘なのでしょう……? すべて、あなたのことを疎ましく思った者たちに仕組まれたのでしょう……?」

 アイン殿下は目を伏せ、自嘲気味に口の端を持ち上げた。

「お前は、そう思っていたのか……本当に、あの時の私は、反吐が出るほど愚かしい……」

 それだけ呟き、アイン殿下は口を閉じた。
 彼は、一連の事件の話を聞き、責任を感じたらしかった。本来であれば二度と外に出ることのかなわなかった塔の中で、妃殿下の前で床に頭をこすりつけるようにして、オラシオンに会いたいと頼み込んだ。
 妃殿下はシェザール騎士団長が見張るのであれば、と許可を出し、今ここにアイン殿下が来ているのだ。
 私が同席するのも、陛下に頼まれたからだ。私が行っても無駄だとはお伝えしたんだが……どうやら陛下もオラシオンを少なからず信頼していたので、ショックを受けているようだった。
 そこまでしてここに出向いてきたアイン殿下は、秘匿されていたことの一端を、その口で自ら語った。

「私は取り返しのつかないことをした。この国を、文字通り消してしまうところだった。だからこそ、もう二度とそのようなことを繰り返さないために『赤百合の塔』に入ったんだ。もう少しで、私は……世紀の愚か者となるところだった……っ。それを止めてくれたのが……ツヴァイトと、サリエンテ家の者たちだった」
「そんな……そんなこと、あなたが出来るわけがない」

 あくまで認めようとしないオラシオンに、アイン殿下はやはり力なく首を横に振った。

「私にとって、ツヴァイトが命がけで守った国は、とても軽い物だったと今ならわかる。国王という重責は、私が背負った瞬間国と共に潰れてしまうと、恥ずかしながら幽閉されてから気付いたよ。私は表に出ていい者ではない」
「殿下……っ」
「私はすぐにまた塔に戻る。二度と私を表に出そうとしないでくれ。私は、もう国を背負う資格はない」
「……っ」 

 アイン殿下は鉄格子の前から踵を返し、外へと通じるドアへと足を向けた。
 もう振り返ることはなかった。
 シェザール騎士団長も私と目が合うと一つ頷き、殿下の後を追う。
 牢の中では、オラシオンが呆然としゃがみこんでいた。

「私のしたことは、無駄だったのか……」
「あなたのしたことは、無駄であり、王家への反逆だ。生ぬるい刑になるとは思わないことだ」

 オラシオンにそう言い捨て、私も地下牢から外へ向かった。
 世界中から期待されたラオネン病特効薬の第一人者ブルーノを害し、ツヴァイト閣下を害した罪は重く、貴族牢になど入れるわけないだろうと地下牢に詰め込まれた男は、崇拝する本人によってその罪を突き付けられた。もう、反撃する気力もなくなっただろう。

感想 1,001

あなたにおすすめの小説

塩対応の同室αが実は俺の番を狙っていた

雪兎
BL
あらすじ 全寮制の名門学園に入学したΩの俺は、入寮初日から最悪の同室相手に当たった。 相手は学年でも有名な優等生α。 成績優秀、運動もできる、顔もいい。なのに—— めちゃくちゃ塩対応。 挨拶しても「……ああ」。 話しかけても「別に」。 距離も近づけないし、なぜか妙に警戒されている気がする。 (俺、そんなに嫌われてる……?) 同室なのに会話は最低限。 むしろ避けられている気さえある。 けれどある日、発情期トラブルで倒れた俺を助けてくれたのは、 その塩対応αだった。 しかも普段とは違い、必死な顔で言われる。 「……他のαに近づくな」 「お前は俺の……」 そこで言葉を飲み込む彼。 それ以来、少しずつ態度が変わり始める。 距離は相変わらず近くない。 口数も少ない。 だけど―― 他のαが近づくと、さりげなく間に入る。 発情期が近いと察すると、さりげなく世話を焼く。 そして時々、独占欲を隠しきれない視線。 実は彼はずっと前から知っていた。 俺が、 自分の運命の番かもしれないΩだということを。 だからこそ距離を取っていた。 触れたら、もう止まれなくなるから。 だけど同室生活の中で、 少しずつ、確実に距離は変わっていく。 塩対応の裏に隠されていたのは―― 重すぎるほどの独占欲だった。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中

兄が僕を避けていた理由〜嫌われていたはずなのに、血の繋がりがないと分かった途端溺愛が始まりました〜

ryon*
BL
16歳の、成人の儀の直前。伯爵家の次男ステファンは両親から、自分は実の息子ではないのだと聞かされる。 そのことに傷付くステファンだったが、それ以上に不仲な兄のリオルが、嬉しそうに笑う横顔を見てショックを受ける。 幼い頃は仲の良かったリオルにここまで嫌われているのであれば、兄が爵位を継げば、早々に家を追い出されてしまうに違いない。 そう考えたステファンは積極的に結婚相手を探そうとするが、なぜか毎回リオルに妨害されて……!?

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!