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第弐章 西伐の狼煙
第拾壱話 内政家 萌香あづみ
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中津東の領主に返り咲いた乱馬は家臣を集め、正式に自らが領主であることを承認させた。その両脇には、雷堂と慈電が控えていた。大人しく数親に従っていた家臣たちを乱馬が心から信頼することはない。だが、彼らなくしては領国が成り立たないのも事実である。
雷堂が数親との一対千五百の合戦を制したことは、領内には広まっている。そのあまりに現実味のない勝敗を、多くの人間はそのまま信じようとしなかった。だが、兵力の数字は誇張を含むとしても、少なくとも乱馬の勢力が数親を武力で真っ向から制圧した事実は、間違いないと受け入れられた。
あとは地位と身分の保障である。乱馬は家臣たちに今まで通りの俸禄で、今まで通りの身分の維持を保障することを約束してやった。忠義心とか、志とか、そういうもので数親に従っていたものはいない。要するに各々の面子と生活が保たれれば、奴らはいうことを聞くのだ。光るもののない家臣どもを眺めながら、乱馬は心中嘆息した。
「戦の助っ人はする気はないが、内政面で何かあればわたしは協力するぞ。」
家臣を相手にした一通りの儀礼を済まし、自室に落ち着いた乱馬に、萌香が声をかけた。
「・・・何を協力しようとお考えか?」
「それは、そなたが決めることぞ。頼みがあれば聞くと申しておるのだ。少なくとも我が自国で行っていた政程度なら、手伝ってもよい。兵士の訓練や、水田の開墾、年貢の徴収などな。」
燻隠れの里では、萌香は家老の地位であった。「老」とついているが、老人ということではなく、重臣という意味だ。萌香自身は齢30を超えたあたり。見た目はそれよりは10は若く見える。
燻隠れは、せいぜい百人程度の小さな里である。端島の国は、ほとんどこの里の人口ですべてなので、家老とほいっても大国の家老と比べれば大したものではない。だが逆に、人材が少ないので、家老の地位にある萌香は、一人何役もこなして国を切り盛りしてきた。歳は若いが、内政において一通りのことは経験済みである。
「・・・」
「ふふ、わたしにどこかへ寝返られるのを恐れているか?」
「いや、そういう訳では。」
言葉では否定したが、そういう訳である。ただ寝返られるだけでなく、国の内情まで筒抜けにされては、さしもの乱馬も白旗を上げざるを得なくなる。
「安心されよ。御子柴の翁も我もそなたを潰そうなどとはもとより思っておらん。潰す気なら、このように回りくどいことをせず、そなたが力を持つ前に速やかにたたく方が明らかに有利であろう。」
確かにそのとおりである。味方を装い、寝返りによって打撃を与える策は、大概は強国に対して正面から戦うすべのない弱小の国が取る計略である。乱馬は個人としては戦闘力が高いが、国として一枚岩の組織力を発揮できるかは、これからの努力である。
燻隠れの忍が中津東を落とす気なら、面従腹背で国の内部に入り込み、機を伺って裏切るよりも、今まさに一気呵成に攻め落とした方が、よほど時間も労力も少ない。
「では、なぜ。」
「なに、そなたの将としての成長を思えばこそ。我らが全面的に加担せば、労せず東国の諸国を平定することはできよう。しかし、それを己の実力と勘違いしてもらっては困る。敢えて自らの汗を流し、東国を平定する実力を見せてもらわねば、例え勝ってもその先が望めぬ故な。
そなたは竜ヶ崎一門に弓を引いた。竜ヶ崎に弓を引くとあらば、天下を取る戦いをするということ、さもなくば死あるのみ。将としての経験を積み、一門の指導者とならねば、倭の国を制することはかなわぬ。」
「・・・委細承知した。親心故と受け止め、せいぜい精進させていただきましょう。」
とはいえ、家老の萌香がここに滞在して果たして里は大丈夫なのか。乱馬は気になり、問うた。萌香がいうには全く問題ないらしい。
若年の萌香が家老に就いた時、燻隠れでは年寄り衆との間で少なからず軋轢があった。彼らに家老の枠を返上することで、返って里内の調和は保たれるという。
「・・・それでは、萌香殿の功績が全く評価されないということではないか?貴殿の新田開発、灌漑工事が里を成功させたことは、私もよく知るところ。
ようやくその恩恵を享受できようという時に、年寄り衆が労せず甘い汁を吸う事となるぞ?」
「よいのでは?」
萌香の返答は実にあっさりとしたものだった。
「その方が里内のしこりも解消しようというもの。年寄り衆にはせいぜいうまい汁をすすってご機嫌になってもらおうではないか。」
「」
「もっとも、私はこちらに身を置く方が余程面白いと思うがな。」
これも若気の至りよ、と軽く笑う萌香を見て、乱馬は己の心に火が灯る感覚を覚えた。
失望させてはならないと、固く思うのだった。
「ところで乱馬殿。」
そう言いながら、萌香は懐から一通の書簡を取り出した。
「7人衆揃ってここに来る際に預かった。」
「──燕女・・・」
8歳で燻隠れの里に入った時、最も良くしてくれたのが、同い年の那須野燕女だった。それ以来、修業も遊びも常に共に過ごしてきた仲だった。
「そなたを大層恋しがっておったぞ。あれも立派な影一族の一人。己が身を守る術は充分持っておる故、そろそろ呼び寄せてもよいのではないか?」
「はっ、あの女がね。」
いかにも面倒臭そうに鼻を鳴らす乱馬であった。が、書簡を握りしめ、東の空を見やる姿を萌香は見逃さなかった。
雷堂が数親との一対千五百の合戦を制したことは、領内には広まっている。そのあまりに現実味のない勝敗を、多くの人間はそのまま信じようとしなかった。だが、兵力の数字は誇張を含むとしても、少なくとも乱馬の勢力が数親を武力で真っ向から制圧した事実は、間違いないと受け入れられた。
あとは地位と身分の保障である。乱馬は家臣たちに今まで通りの俸禄で、今まで通りの身分の維持を保障することを約束してやった。忠義心とか、志とか、そういうもので数親に従っていたものはいない。要するに各々の面子と生活が保たれれば、奴らはいうことを聞くのだ。光るもののない家臣どもを眺めながら、乱馬は心中嘆息した。
「戦の助っ人はする気はないが、内政面で何かあればわたしは協力するぞ。」
家臣を相手にした一通りの儀礼を済まし、自室に落ち着いた乱馬に、萌香が声をかけた。
「・・・何を協力しようとお考えか?」
「それは、そなたが決めることぞ。頼みがあれば聞くと申しておるのだ。少なくとも我が自国で行っていた政程度なら、手伝ってもよい。兵士の訓練や、水田の開墾、年貢の徴収などな。」
燻隠れの里では、萌香は家老の地位であった。「老」とついているが、老人ということではなく、重臣という意味だ。萌香自身は齢30を超えたあたり。見た目はそれよりは10は若く見える。
燻隠れは、せいぜい百人程度の小さな里である。端島の国は、ほとんどこの里の人口ですべてなので、家老とほいっても大国の家老と比べれば大したものではない。だが逆に、人材が少ないので、家老の地位にある萌香は、一人何役もこなして国を切り盛りしてきた。歳は若いが、内政において一通りのことは経験済みである。
「・・・」
「ふふ、わたしにどこかへ寝返られるのを恐れているか?」
「いや、そういう訳では。」
言葉では否定したが、そういう訳である。ただ寝返られるだけでなく、国の内情まで筒抜けにされては、さしもの乱馬も白旗を上げざるを得なくなる。
「安心されよ。御子柴の翁も我もそなたを潰そうなどとはもとより思っておらん。潰す気なら、このように回りくどいことをせず、そなたが力を持つ前に速やかにたたく方が明らかに有利であろう。」
確かにそのとおりである。味方を装い、寝返りによって打撃を与える策は、大概は強国に対して正面から戦うすべのない弱小の国が取る計略である。乱馬は個人としては戦闘力が高いが、国として一枚岩の組織力を発揮できるかは、これからの努力である。
燻隠れの忍が中津東を落とす気なら、面従腹背で国の内部に入り込み、機を伺って裏切るよりも、今まさに一気呵成に攻め落とした方が、よほど時間も労力も少ない。
「では、なぜ。」
「なに、そなたの将としての成長を思えばこそ。我らが全面的に加担せば、労せず東国の諸国を平定することはできよう。しかし、それを己の実力と勘違いしてもらっては困る。敢えて自らの汗を流し、東国を平定する実力を見せてもらわねば、例え勝ってもその先が望めぬ故な。
そなたは竜ヶ崎一門に弓を引いた。竜ヶ崎に弓を引くとあらば、天下を取る戦いをするということ、さもなくば死あるのみ。将としての経験を積み、一門の指導者とならねば、倭の国を制することはかなわぬ。」
「・・・委細承知した。親心故と受け止め、せいぜい精進させていただきましょう。」
とはいえ、家老の萌香がここに滞在して果たして里は大丈夫なのか。乱馬は気になり、問うた。萌香がいうには全く問題ないらしい。
若年の萌香が家老に就いた時、燻隠れでは年寄り衆との間で少なからず軋轢があった。彼らに家老の枠を返上することで、返って里内の調和は保たれるという。
「・・・それでは、萌香殿の功績が全く評価されないということではないか?貴殿の新田開発、灌漑工事が里を成功させたことは、私もよく知るところ。
ようやくその恩恵を享受できようという時に、年寄り衆が労せず甘い汁を吸う事となるぞ?」
「よいのでは?」
萌香の返答は実にあっさりとしたものだった。
「その方が里内のしこりも解消しようというもの。年寄り衆にはせいぜいうまい汁をすすってご機嫌になってもらおうではないか。」
「」
「もっとも、私はこちらに身を置く方が余程面白いと思うがな。」
これも若気の至りよ、と軽く笑う萌香を見て、乱馬は己の心に火が灯る感覚を覚えた。
失望させてはならないと、固く思うのだった。
「ところで乱馬殿。」
そう言いながら、萌香は懐から一通の書簡を取り出した。
「7人衆揃ってここに来る際に預かった。」
「──燕女・・・」
8歳で燻隠れの里に入った時、最も良くしてくれたのが、同い年の那須野燕女だった。それ以来、修業も遊びも常に共に過ごしてきた仲だった。
「そなたを大層恋しがっておったぞ。あれも立派な影一族の一人。己が身を守る術は充分持っておる故、そろそろ呼び寄せてもよいのではないか?」
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