2 / 5
第二話
しおりを挟む
高校受験が終わって2週間後、合格発表の日を迎えた。
この合格発表では通常、各高校の正面玄関などに合格者の受験番号が書かれた掲示物が張り出され、それを見に多くの受験生や保護者たちが集う風物詩があるが、残念ながら、ここではそれは無い。
合格発表は、発表日当日の新聞の朝刊や、インターネットの専用ウェブサイトで、各高校ごとに合格者の受験者番号が一斉に掲載される。だから、この日は朝日が昇る頃から新聞配達が来るのを自宅玄関前で心待ちにする受験生や、パソコンの前やスマートフォンを片手に、発表の瞬間を待つ受験生らの姿が見られるのだ。
その日の早朝、冨喜家に養子として住んでいる冨喜蒼蝶はいつも通りの時間に起床して、朝刊が届く玄関先の郵便受けに向かった。
蒼蝶は2週間前の高校受験した当日の夜に、とある事情により自分の受験結果を既に知ってしまったので、朝早く起きて玄関先で新聞配達を待つ必要はなかった。でも、確認のために、玄関先で朝刊を開き、合格発表のページを見た。
「うわっ、本当に載っている!」
見開きの合格発表のページには、学校毎に細かい字で合格者の受験番号がびっしり書かれている。そして、その見開きページの左側には、学校ごとに1人ずつ『特待生』で合格した受験生らの名前と顔写真が掲載され、その中に冨喜蒼蝶の名前と顔写真が載っていた。
2週間前の夜、蒼蝶は『高等学校教育 統括本部』の美濃支部に勤務する氏家直元から、『尾張の国 織田清州高校』に『特待生』として入学を許可する合格通知書を受け取った。
『特待生』は、各学校の面接合格者の中から、その学校の校長の独断により1人選出される。特待生に選ばれると、高校入学から卒業までの学費が全額免除され、その功績を称えるため、合格発表の際に、こうして新聞などに合格した学校名と顔写真付きの名前が掲載され、その瞬間に世間から一躍注目を集める事になる。
しかし、蒼蝶はこの特待生に選ばれる事はおろか、自身が高校受験に合格できるとは、思いもよらなかった。筆記試験は全教科を十分合格できるほどの優秀な学力をもっているのに、本番中に突然の眠気に襲われて5教科中3教科しかまともに回答できなかったし、面接なんて自分を全くアピールできず、そのかわり、自分の前の番で緊張して意識を失って倒れた受験者を見捨てるな、助けてあげてと、自分の意思とはまるで関係なく不本意ながら、切羽詰って口から咄嗟に出ただけだ。どう考えても、自分は筆記も面接も不合格で、まさか新聞に自分が特待生として入学を許可されるなんて、微塵も思えなかった。この新聞の記事を見るまでも、ずっと不信感が募っていた。
蒼蝶を『特待生』として入学許可したのは、世間から評判が著しく悪い不良高校といわれる織田清州高校の校長、織田信長だ。面接では、大勢の各高校の校長全員が面接官となり受験者1人だけで相手をするのだが、信長だけは面接の場に相応しくない奇抜な服装(ハワイ帰りらしきアロハシャツと白の短パン、ビーチサンダル姿)だけでなく、面接中にも関わらず平然と風船ガムを噛んでいた、という面接官としては前代未聞の醜態だ。校長がコレだから、世間からの評判が悪いのも納得できる。
蒼蝶は元々、信長の弟の織田信行が校長に君臨している、世間から絶大な人気を誇る有名優秀進学校の『尾張の国 織田末森高校』への入学を希望して受験した。織田末森高校への入学は残念ながら不合格となってしまったが、信長がどういう理由なのか、独断で蒼蝶を自分の織田清州高校に滑り止めという形で合格させ、さらに各校で1人しか選ばれない『特待生』にも選んだのである。
「いったい何で信長は私を合格にして、しかも特待生に選んだの? どうして?」
疑念は残るが、とにかく落第は防げた。しかし、『特待生』として入学できた学校が世間から悪名高い織田清州高校だから、その心中は複雑だ。
「なんだ、こんなモノ!」
そう言って、突然、蒼蝶が手にしていた朝刊を後ろから強引に奪い取ったのは、冨喜家の主人である冨喜頼明である。頼明は蒼蝶が見ていたページを見ると、怒りを露わにした。
「我が息子の彦太郎は『準特待生』だったのに、オマエが『特待生』で合格なんて、そんなのは絶対ありえんし、断じて認めないからな!」
と蒼蝶に向かって唾が顔に飛ぶくらい強く怒鳴ったあと、頼明は朝刊を持ったまま家に戻っていった。
あり得ないという部分では、頼明と同じ思いである。
頼明の一人息子である冨喜彦太郎は、蒼蝶と同じく高校受験生だった。毒舌で、態度も悪くて、蒼蝶にとっては嫌いな人物の1人だが、彦太郎もあの夜に氏家から『準特待生』として『織田末森高校』への入学を許可された合格通知書を貰っていたのだ。『準特待生』では、入学から高校卒業までの学費が半額免除になるだけで、新聞やインターネットで世間に公表はされない。蒼蝶に一泡ふかされた事が、怒りの原因だ。もっとも、蒼蝶本人が仕掛けたわけではないのだが、結果的にそうなってしまったようだ。
蒼蝶は、玄関から自室に戻った。相変わらず、狭い小さな物置部屋のような場所だ。受験結果を知らされた夜以降、頼明たちがこの物置部屋に不要物をどんどん放り入れていくおかげで、実質的な面積は都度狭くなっていった。散らかった不要物を蒼蝶1人で何時間もかけて片付けて、ある程度マシな面積を確保できた。それでも、やっぱり窮屈だ。
蒼蝶は、その物置小屋の片隅に置いた段ボール箱の蓋を開けた。その中に入っていたのは、つい先日届いたばかりの、清州高校の制服一式に体操服、ジャージ、運動靴、カバンなどである。
合格通知を受け取った日以降、何人かの担当者が蒼蝶を訪ねてやって来て、その度に色々な手続き書類に記入したり、制服の採寸などを取ったり、蒼蝶を新聞に載せる為の顔写真を新聞社のカメラマンが撮りに来たり、地元テレビ局のニュース番組に使用されるニュースのコメント収録など、色々と準備で慌ただしい2週間だった。
ちなみに、蒼蝶は学費などが全額免除となる特待生扱いなので、これら一式全て無料で支給され、しかも担当者が採寸の為だけにわざわざ家に来てくれる高待遇なのだが、学費が半額免除となる準特待生扱いの彦太郎は、他の一般生徒と同様、制服も体操服もジャージ類もすべて自己負担で、更に自分で街の取扱店に出向き採寸し、購入し、受け取りに行かなければならない。この扱いの差を嫌でも間近で見せつけられる度に、頼明や、頼明の妻の牧子、そして彦太郎の3人が指を銜えて悔しさを滲ませ、その腹いせとして、その日の内に蒼蝶の部屋に3人の色々な不要物が次々に投げ込まれていく、という余談がある。
蒼蝶は段ボール箱に入った出来上がりの新品の制服一式を手に取ると、着ていた服を脱いで試着してみた。試着すると部屋の中にある姿見鏡の前に立ち、自分の姿を見た。
全体的に紺とやや碧が混ざった紺碧色に統一された長袖セーラー服には胸元に白いリボンが付いており、丈が膝あたりまでの長さの紺碧色のスカート、紺碧色の靴下に、紺碧色の革靴。これが織田清州高校指定の女性向け学生服である。
「うん……、意外と可愛くて、似合うかも。サイズもピッタリ」
先行きに不安はあるけれども、これを着ると、もうすぐ自分が高校生になるんだな、と実感できる。
蒼蝶は制服を着たまま、自分のベッドに腰を下ろし、段ボール箱に同封されていた小冊子を手に取った。表紙には「入学のしおり」と記された文字がパソコンで印字されていた。
それによると、日本国にある全ての高校が、その学校が管理する学生寮へと強制的に入寮となる全寮制を導入しており、蒼蝶が入学する織田清州高校も同様、学校の敷地内にある学生寮に入り、在校生らと共に、共同生活を送ることになる。清州高校では学生寮は1つだが、建物内で各階ごとに学年と性別が分けられているようだ。1年生と2年生は1部屋8畳ほどの広さに2人が共同で住む2人部屋で、3年生になると大学進学の勉強などを考慮して、1人1部屋ずつの個人部屋になるそうだ。光熱費や食事代などの寮費は学費に含まれており、蒼蝶は寮費も卒業まで全額無料だが、彦太郎は半額を支払うことになる。
「相部屋か……。いったい、どんな人と一緒になるんだろう? 仲良くなれると良いなぁ」
だが、織田清州高校は、とにかくガラの悪い不良生徒たちが多く集まると噂の学校だ。そういう意味では、相部屋の相手がどんな人なのか、あまり期待しない方が良いかもしれない。
「大丈夫かな、私……」
蒼蝶は、深いため息をついた。
それから数日の間に、中学校の卒業式行われた。
中学の卒業式の終わりに、担任の先生が蒼蝶に「志望校とは違う学校だけれど、特待生に選ばれて誇りに思う。これから色々大変だろうけれど頑張って」と言って送り出してくれた。筆記試験で体調をしっかり整えていれば、もっと良い言葉を貰っていたかもしれないと思うと、内心複雑な気持ちだ。
そして、いよいよ高校入学の朝を迎えた。
この日も朝からいつも通り、蒼蝶が支度した朝食を済ませ、蒼蝶は台所で後片付けをしていた。まだ時間に余裕があるので、頼明と牧子、そして彦太郎の3人は食卓で蒼蝶が用意したコーヒーを飲み、一息ついていた。コーヒーを一口飲んだ牧子が言った。
「あ~あ、今日でしばらく彦ちゃんともお別れになっちゃうのかぁ~。母さん、寂しいなぁ。アナタも、そう思わない?」
「ああ。彦太郎がいないと、気持ちが落ち着かんよ」
「大丈夫だよ、父さん母さん。寮では、ある程度自由ができるし、土日休みの時にだって、外泊届を寮に出せば、家に帰って外泊しても良いんだぜ」
「でも、もしも彦ちゃんが運動系の部活動に入っちゃうと、なかなか帰って来られないんでしょ?」
「なんとか用事をつけて、なるべく帰って来られるようにするよ」
「1日1回は家に電話してきてね。心配だから」
「ああ、分かっているよ、母さん」
相変わらず、子離れ、親離れが全くできていない、この家族。将来が心配だ。
「それはそうと、蒼蝶」
「何でしょうか、牧子おば様」
「アタシ達に、何か言わなきゃならない事があるんじゃない?」
「えっ?」
「はぁ~、まったく。気遣いが無い子だね、アンタは。それでも特待生かい? 今すぐ特待生を返上した方が良いんじゃないかい?」
と、ため息まじりに言った。それでも蒼蝶は牧子の意図が理解できなかったので、再び牧子はため息をついた。
「いいかい。アンタは両親がいなくて養子としてアタシ達に引き取られたんだ。アンタが特待生になって高校入学できたのも、アタシ達がアンタに大金をかけて育ててきたからこそ成しえた事なんだ。だから、育ての親に向かって、感謝の言葉の1つくらい言ったら、どうなんだい?」
何だか少々腹が立つ言い方だが、確かに、牧子の言っている事はもっともだ。
蒼蝶には両親がいない。実の母は蒼蝶が生まれた時期に病で死去。実の父は蒼蝶が生まれる前から既に蒸発していて行方不明。蒼蝶は、両親の顔や名前すら知らない。他に身寄りはなく、転々として、最終的にこの家に養子として迎え入れられた。頼明や牧子は養子の蒼蝶を、ほとんど家政婦と同様の扱いだったが、中学までの義務教育を終えられ、今日こうして高校入学を迎えられたのは、確かに義理の両親の影響も少なからずあるのは事実だ。
蒼蝶は、それに気づくと、頼明と牧子の前に立った。
「頼明おじ様、牧子おば様。今日この日まで、こんな未熟者の私を育てて下さり、ありがとうございました」
と、蒼蝶は深々と頭を下げて礼を言った。それを頼明と牧子の2人は、黙って見ていた。
朝食の後片付けを終えて、出発前の支度をする為、蒼蝶は自室へと戻って来た。今までは中学の制服を着ていたが、今日からは高校の制服を着る。姿鏡を見ながら新しい制服を着ると、夕べのうちに私物や私服など荷物をぎっしり詰め込んだ大型スーツケースと、背中にリュックサックを背負った。身支度がこれですべて整った。
蒼蝶はそれら荷物を持って部屋を出て行こうとした時、ふと立ち止まり、振り返って部屋の中を見た。
この家に養子として迎え入れられてから今日までをずっと過ごしてきた部屋。狭くて、暗い物置小屋だったけれど、良い時も悪い時もずっと共にしてきた部屋。そんな部屋を、今日からしばらくの間、去る事になる。
「ありがとうございました」
蒼蝶は、やや涙ぐみながら、誰もいない自室に向かって深々と一礼して、再度部屋に向かって言った。
「元気でね。時々帰ってくるから、その時はまたヨロシクね」
蒼蝶は、そう言うと、部屋の扉をゆっくりと閉め、荷物を持って玄関へ向かって歩き出した。
玄関に着くと、そこに彦太郎の姿は既になかった。その代わり、意外な人物がいた。頼明と牧子の2人である。
いつもならば2人は、彦太郎を見送るため玄関先に出て、彦太郎の姿が見えなくなると同時に、2人の姿も消え、後から家を出た蒼蝶を見送りもしないのだが、今日に限っては2人の姿が玄関先にあった。
「アンタ、何をノロノロやっているんだい。彦ちゃんはもう先に出発しちゃったよ。相変わらず遅いんだから」
「おじ様、おば様。どうして、ここに?」
「オマエとも、今日でしばらく会えなくなるんだ。今日ぐらい、ここでオマエを見送りしたって良いだろ」
頼明のその言葉に、蒼蝶は心を打たれ、感激した。夢でも見ているのではないかと思った。
「ホラ。アンタ、少し服が乱れているよ。しっかりしな!」
と、牧子が乱れた部分を直してあげた。初めての事なので、蒼蝶は戸惑った。頼明が言った。
「養子とは言え、今のオマエは戸籍上、冨喜家の1人だ。冨喜家の恥さらしになるなよ」
「アタシらには彦太郎しかいなかったけれど、アンタを養子として迎え入れた日には、まるで実の娘ができたように2人で嬉しくなった。その日の時を、今も鮮明に覚えているよ」
「ああ、オマエがいてくれて良かった。感謝している」
2人の言葉を聞いて、蒼蝶は感激のあまり涙ぐんだ。今までずっと言えなかった、感謝の言葉。それが今ここで聞けた事が、なにより嬉しかった。
「そろそろ時間だ。俺は、これから新しい家政婦を雇わなきゃならんから忙しいのだ」
「ほら、さっさと行きな。遅れちまうよ。特待生のくせに、初日から遅刻する気かい? ホント、生意気な子だね」
それを聞いて、蒼蝶、頼明、牧子の3人が笑った。この3人で笑ったのは、これが初めてだ。
「行ってきます。お義父さん、お義母さん」
「ああ、行っておいで」
「気を付けて行くんだよ」
蒼蝶は涙ぐみながら見送ってくれた2人に大きく手を振って家を出た。2人も蒼蝶に手を振って見送った。
蒼蝶は、いつもとは違い、ルンルン気分で最寄駅を目指した。
駅に向かう途中、近所の人が突然、蒼蝶に声を掛けた。何か蒼蝶の背中に紙がついているらしい。その紙を取ると、紙には手書きでこう記されていた。
『私は、バカで生意気な特待生です♪』
おそらく、これを貼ったのは牧子で、服が乱れていると言って直した時に、さりげなく貼ったのだ。
それに気づいた瞬間、蒼蝶は怒りで紙を強く握りしめて、天まで届くほどの大きな声で叫んだ。
「アイツら~!!」
自宅の最寄駅から電車に乗り、乗換駅で電車を幾つか乗り換えた末、ようやく目的地である織田清州高校の最寄駅へと到着した。
ここまで、荷物の詰まった大型スーツケースを転がし、背中にもリュックサックを背負っているから、接続時間が短い電車の乗り換えには苦労し、既に体力を半分以上を使ってしまった感じがする。
さて、高校の最寄駅だが、中心部からだいぶ離れた郊外の、自動改札機が1台しか稼働していない小さな無人駅だった。駅の周辺には小さめのロータリーがあるが、人通りはほとんどない。商店も幾つか並んでいるが、ほとんどの店がシャッターを閉めてあって閑散としている。
シャッターが閉まった店の数々をよく見ると、そのシャッターにはスプレーで落書きされたり、シャッターがボロボロに壊されていたり、店舗の窓ガラスも所々が割れていて、ガムテープなどで簡易的な補修がされてあったり、ゴミもあちらこちらで散らかっているなど、まるで廃墟感が漂っている。そう言えば、駅構内も色々と破壊されてボロボロだったり、ゴミが散乱していたりして寂れていた感じだった。
もう街全体が廃墟に近いその光景に、蒼蝶は降りた駅に間違いがないか、手元の地図と駅舎の駅名看板を照らし合わせて何度も確認したが、この駅で間違いないようだ。
なんだか随分と辺鄙なところへ来てしまったようだ。
蒼蝶はため息をつくと、気を取り直して、地図を見ながら学校へ向けて歩き出した。
道中、ほぼ廃墟と化した商店街を通り抜けたが、そこで奇妙な事に遭遇した。
ようやく初めて地元民らしき、足が不自由で不健康そうな老人女性とすれ違ったのだが、その老人女性が、すれ違いざまに、初対面の蒼蝶を見るなり、
「やめてくれ、やめてくれ。もう金は無いんだ。堪忍してくれ~」
と、怯えた表情で叫び、慌てて逃げるように立ち去ったのである。それには蒼蝶も戸惑ってしまった。まるで蒼蝶が老人をカツアゲでもしたかのような言い方に、蒼蝶は不快感を覚えた。蒼蝶自身は全く何もしていないのに、である。
自宅の最寄駅からこの駅までの電車の中では、合格発表日に新聞などに特待生としての顔写真が掲載された影響もあって、電車に乗り合わせた様々な乗客たちが、好奇の目で蒼蝶をチラチラと見ているのを感じ取っていた。まるで自分が人気芸能人になったかのように思わずほくそ笑んでしまったのだが、電車を何度も乗り換えるにつれて、その好奇の目は少なくなり、次第に蔑む冷たい視線に変わっていったのが、不思議になった。こちらも蒼蝶は普通に電車に乗っていただけで、特に何かしたワケではない。
その疑問の答えは、通りがかった誰もいない小さな公園の入口に掲げられた看板を見て、ようやく分かった。
『施設内破壊する迷惑行為の為、織田清州高校の生徒は何人たりとも立入を禁ずる』
その看板は町の役所が掲示したものだが、その看板の内容を見る限り、この公園内で清州高校の生徒が暴れたりなどで度々破壊された事で、怒った役所が公園への立ち入りを禁じた、と読み取れる。
そう言えば、ここへ来る途中にも、似たような内容の看板や注意書きを度々目にしてきて、その都度嫌な予感をしてしまったのだが、残念ながら的中してしまったようだ。
この街全体が廃墟と化したり、通りがかりの人から避けられたり、電車内で蔑む視線を感じたのは、どうやら、名高い不良学校として恐れられている清州高校の生徒達の数々の迷惑行為が原因のようだ。その迷惑行為っぷりが今の街を作り出したのだろう。それだけ周りの人から凄く嫌われているようだ。あの老人女性が蒼蝶を見て慌てて立ち去ったのは、蒼蝶が着ていた制服が清州高校の制服だったので、カツアゲされると思ったのか恐怖心で慌てて立ち去った、そんなところだろう。不良の欠片も微塵もないし、しかも今日が入学初日となる蒼蝶にとって、迷惑千万極まりない。
「もう帰りたいよう……」
蒼蝶の心は、すっかり意気消沈していた。
と、その時だった。ふと蒼蝶の背後に人の気配を感じた。
すぐに振り返ってみると、そこに背が高く筋肉質な体格で金髪頭のガラの悪い強面の若い男が蒼蝶のすぐ背後に立っていて、蒼蝶を上から見下ろすように鋭い眼力で睨みつけていた。その強い威圧感に、蒼蝶は思わず怯んだ。
「邪魔だ、退け」
そう言うと、男はそのまま蒼蝶に強引に体当たりして退け、一切振り向きもせず学校の方角に向かって歩いて立ち去っていった。
「な、なんなのよアイツ、いきなり!」
徐々に遠くなっていく男を後ろからよく見ると、今蒼蝶が向かっている織田清州高校の男子生徒の制服を着ていて、中くらいのボストンバッグを肩越しに引っ掛け、堂々とヤンキー歩きをしていた。
織田清州高校を含め日本国内にある全ての高校が全寮制となっている。上級生らは寮にいるので、今この近辺を歩いているのは今年入学する新入生の可能性が高い。つまり、あの男は蒼蝶と同じ清州高校の新入生かもしれないのだ。
しかし、みるからに凄くケンカ強そうな風貌だ。同級生と言えど、あまり関わりたくないし、怒らせたくもない。できれば一緒のクラスにもなってほしくない感じだが、こういう時、運命とは残酷なもので、大抵その嫌な予感が高確率で的中してしまうものだ。それを更に確信へと近づけるかのように、身震いも既に感じている。
不吉な予感が外れていてほしいと切に願いながら、蒼蝶はその男から一定の距離を保ちつつ、学校へと向かった。
しばらく歩き、広い田園地帯に到達すると、ようやく目的地の織田清州高校の建物が見えた。広大な田園地帯に四方を囲まれるように学校があるようだ。
敷地の塀の至るところが破壊されていたり、落書きされていたり、所々が敗れた張り紙が数多く貼ってあるなど著しく荒れた感じが、この学校がどんな学校なのかを物語っているようだ。
あの同級生っぽい強面男はそれらを全く気にも留めず、そのまま正門から中に入っていった。それから50メートルほど離れていた蒼蝶も正門から中に入ろうと正門に近づいたその時、正門から黒縁メガネを掛けた中高年らしき白髪交じりの七三分け頭の男が慌てた様子で出てきた。
「あ~! またやられちゃっているよ! こんなに沢山荒らされて、もう今週だけで何度目だよ。直しても剥がしても吹いても、あっという間に元通り。ホント、もう毎回毎回嫌になる! ホント、キリがないったら、ありゃしない!! どうしてこう、ウチの生徒は、やりたい放題なんだ!? いつも直すのは俺だぞ!」
と、その男は憤りを隠さず言いながら、塀に貼られた破けた紙を一枚ずつ手で剥がし取っていった。
「まったくもう、しょうがない奴等ばっかなんだから~! って、なんだキミは?」
その男が蒼蝶に気が付いた。蒼蝶が返事しようとしたら、先にその男が蒼蝶の恰好を見て言った。
「その恰好……。キミ、見ない顔だけどウチの生徒か?」
「あっ、はい! 今日から新入生としてお世話になる、冨喜蒼蝶って言います」
「おお、キミは返事して、しかも名乗ってくれるのか。キミは偉い子だなぁ。ようやく、こんな清純そうな可愛らしい美少女がうちの学校に来てくれた。涙が出てくるよ。今さっきそこですれ違った強面の新入生野郎とは大違いだ。新入生かと聞いたら、最初から眼中にないのか完全無視しやがった。正直、あの威圧感が怖くて殴られるかと思って身構えてしまったが、こんな奴等ばっかだ!」
「あ、あの~……」
「おお、スマンスマン。いつものクセで……。俺は竹之内一平。主に、この学校の事務や用務をしている。用務といっても、こんな風に荒らされたところを直したりする日々だがな。ホント、もう2、3人くらい直す人員を増やしてくれても良いのに、校長は俺1人に押し付けるんだもんな~。俺の本業は事務だっていうのに!」
「ええと……」
「ああ、スマンスマン! またクセが出てしまった。新入生は、まずは学生寮に行って受付を済ませなさい。部屋に案内されて、その重そうな荷物が置けると思うから」
「あっ、はい、分かりました。ありがとうございます」
と、蒼蝶は竹之内に一礼した。
「学生寮は、この正門を通ってまっすぐ行き、十字路を右手に行った先の建物だ。十字路のところに、俺が1時間前に設置した『学生寮はコチラ→』と書かれた案内板が置いてあるから、それを目印にすると良い」
「案内板ですね。分かりました。ありがとうございます」
蒼蝶が再び礼を言ったその時、竹之内の携帯に着信が入り、竹之内が「スマンな」と蒼蝶に謝ってから、電話に出た。蒼蝶は、竹之内に会釈してから歩き出した。
「なに!? 校舎3階の廊下の窓ガラスが割られているだと!? また!? もう毎日連続だぞ!? それも1枚じゃない!? 割られている枚数は!? ……えっ、3階の廊下の窓、ぜ、全部!? 全部なの!? 何で!? 何でそうなった!?……えっ、分からない? んなもんオマエら突き止めろよ! ……えっ、自分には手に負えないから応援に来てくれ!? あ~もう、分かった、今そっち行くから待ってろ!」
竹之内が「まったく、もう!」と憤りながら電話を切り、歩いていた蒼蝶の横を急いで走って通り過ぎていった。電話の内容が全部筒抜け状態だったし、その電話の内容も内容で、とにかく色々大変そうだなと思った。
蒼蝶は正門から学校敷地内に足を踏み入れた。
正門から入ってすぐ左手には教職員用の、右手には来客者用の駐車場があり、10台ほど駐車できる来客者向けには1台も車はなく、30台ほど止められる教職員用には空きスペースがほとんどないくらい普通車が駐車していたが、その中には一際目立つように高級そうな赤いスポーツカーも止まっていた。この車の持ち主が誰なのか、なんとなく分かったような気がする。
その駐車場を抜けて、40メートルほど歩いた先に、竹之内が言っていた十字路があって、蒼蝶はその十字路の真ん中で一旦立ち止まった。
十字路から正面奥に向かって50メートルほど進んだ先には、左右大きく広がるように建つ4階建てのコンクリート造りの校舎が見える。十字路を左に曲がった先には体育館らしき大きな建物があり、体育館の北側1階と奥の校舎の2階を斜めに繋ぐ屋内連絡通路が見える。残るは十字路から右に曲がった先、つまり体育館に向かい合うように建つ7階建ての建物が生徒達が共同生活する学生寮というわけだ。
十字路の端に、竹之内が1時間前に設置したと言っていた『学生寮はコチラ』という案内看板がポツンと立っていたが、残念ながら意地悪な誰かに壊されたのか既に半壊され、肝心の方角を示す『→』部分だけが無くなっていた。これでは進む方向は分からないが、見渡してみる限り、建物の形でなんとなく正解が分かりそうだ。
と、言う事で、蒼蝶は十字路をまっすぐ……もとい、十字路を右に曲がった。
7階建ての学生寮の玄関前に着くと、蒼蝶は立ち止まって学生寮を見た。正面から見たことで初めて分かったのだが、学生寮の建物は全部で3棟に分かれているようだ。
まず、正面玄関がある2階建ての棟が中央にあり、その中央の棟を左右から挟むように、左右同じ造りの7階建ての五角形の建物が建てられている。中央棟を軸とした左右対称のデザインだ。おそらく、左右どちらかの建物が女子棟または男子棟で、中央の棟にある連絡通路からそれぞれの棟へ行く事になるのだろう。この学生寮が、これから3年間の半分を過ごす場所だ。
「これから3年間、よろしくお願いします」
と、蒼蝶は学生寮に向かって一礼した。顔を上げて「よしっ!」と意気込むと、「失礼します」と言いながら、中央棟の正面玄関を開けて中に入った。すると、さっそく、目を疑うような光景を目の当たりにした。
玄関を入ると、そこは男女共有の広々とした玄関ホールがあり、正面には2階へ続く階段があって、数段上った先の突き当りで左右に分岐している。玄関から入ってすぐ左右には、管理人室や食堂などそれぞれの共有施設と繋がる出入口もある。
蒼蝶が驚いたのは、その玄関ホールに、頭がモヒカン刈りの男性グループだったり、髪を茶色に染めて派手すぎる化粧やネイルをしたギャルグループだったり、いまどき珍しいリーゼント頭の男子グループやガングロ系の女子グループがいたりなど、男女それぞれ特徴が異なった恰好をしたガラの悪そうなヤンキーたちが大勢いて、それぞれ集団でホール内のあちらこちらに分かれて屯していて、それが異様な雰囲気を作り出していたのだ。
ある程度は予想していた事だが、この学校は不良生徒の巣窟と呼んでも過言ではない場所だ。そんな場所に、いわゆる真面目に制服をしっかり着た優等生タイプの蒼蝶の方が、明らかに異質でかなり少数派、浮いたような存在だ。そんな存在は、この集団の中では逆に目立つ。
案の定、蒼蝶が玄関の扉を開けて中に入った瞬間、そこにいた彼ら全員の睨みつけるような視線が、一斉に蒼蝶に向いたのだ。その視線に、蒼蝶は怯えてしまった。
「おいっ、アレみろよ」(ヤンキー男子A)
「うわっ! あの子、めっちゃ可愛くね?」(ヤンキー男子B)
「マジだ。マジ、パネェ!!」(ヤンキー男子C)
「俺らと同じ新入生か?」(ヤンキー男子D)
「ナンパしようぜ、ナンパ」(ヤンキー男子E)
「制服ちゃんと着て真面子(まじこ)ちゃんのつもりか?」(ヤンキー男子F)
「なに、あのムカつく女」(ヤンキー女子A)
「ヤバっ! マジ受けるんだけど」(ヤンキー女子B)
「あれ絶対、浮いているよね?」(ヤンキー女子C)
「なんで、あんなのがココにいるの?」(ヤンキー女子D)
「受験、失敗したんじゃね?」(ヤンキー女子E)
「それな」(ヤンキー女子F)
彼らの蒼蝶に向けた様々なヒソヒソ声が痛い程突き刺さる。特に、受験失敗という単語は蒼蝶にとって一撃死といっても過言ではないほど効果は抜群だ。力のない浮いた存在の蒼蝶は、ただただ畏縮するばかりだ。
「ヘイっ、そこのキミ、めっちゃ可愛いね!」
玄関ホールで屯していたグループの1つ、数人のチャラチャラした格好の男子ヤンキーグループが蒼蝶に駆け寄って取り囲んだ。不良が苦手で引いていた蒼蝶に構わず、そのヤンキーたちのリーダー格らしき風貌の男が、さりげなく勝手に蒼蝶の肩を組んで言った。
「ねえキミ、もしかして新入生でしょ。名前、教えてよ」
「な、何ですか、急に!?」
「俺、3年の梶岡って言うんだ、よろしく。良かったらさ、俺らが案内してあげるよ。終点はそうだねぇ……、俺らの部屋って言うのはどうかな?」
そう言うと梶岡は、蒼蝶の耳元で、自分の舌をベロリと舐める仕草をした。それを見ていた梶岡の仲間の男たちも「賛成!」と賛同している。蒼蝶は全身一気に震えが走り、咄嗟に「やめてください」と声を上げて、梶岡を突き返した。突き返された梶岡は、ギロッとした鋭い目つきで蒼蝶を睨んだ。
「あ? なんだテメェ、先輩の俺様に向かって、その態度は」
「ご、ごめんなさい」
「そんな簡単な詫びで済むと思っているのか? オイッ!」
「ご、ごめんなさい!」
蒼蝶は、涙を浮かべて再び謝った。だが、梶岡は首を振った。梶岡の仲間の男たちは、ずっとニヤニヤしている。
「許さねぇ。おい、ちょっと面を貸せ。俺の部屋で、四六時中みっちり教育してやるよ」
と、梶岡が蒼蝶の腕を掴み、強引に連れて行こうとした。
「はーい、そこまで!」
腕に受付係と書かれたワッペンを付け、肌色のジャケットスーツとタイトスカートを着た20代くらいの黒髪の長い若い女性が、蒼蝶と梶岡たちの後ろを仁王立ちするように立っていた。よくみると、その女性は、絶世の美女という程の美しくて整った顔立ちをしていて、女性の蒼蝶でも思わず見惚れてしまうくらいだ。梶岡たちも見惚れてしまったが、梶岡はすぐにハッと我に返って、その女性を睨みつけた。
「んだァ、テメェ!?」
「その子の腕を今すぐ放しなさい。怖がっているでしょ」
「は? 関係ねぇ奴は黙ってろ! それとも何か、テメェもこの女と一緒に俺らの部屋に来て楽しむってか? それでも俺は全然構わないぜ。むしろ大歓迎だ。なあ?」
と、周りにいた仲間たちに向かって言った。仲間たちは喜んでいた。
「キミたち、そんな事を言っていて良いのかな~? 今すぐ止めた方が、身の為だと思うんだけどなぁ~」
と、その女性はニヤリと笑って言った。
「うるせぇ! 初めて見る面だが、テメェ、先公だろ。先公だろうと、誰だろうと容赦はしねぇ。身を案じた方が良いのはテメェの方だ」
「だってさ、お兄ちゃん」
「は? お兄ちゃん?」
次の瞬間、天井から突然、刃先の長い刀を二本両手に構えたアロハシャツと短パンを着た男がその女性の前に勢いよく飛んできた。突然現れた謎の乱入者に、その場にいた全員が呆気にとられた。
荒々しい吐息をしながら、刀を持ったアロハシャツの男は、両刀で×印のように構え、正面を見ながら後ろに立つ女性に向かって、
「俺の妹に手を出そうとする奴は、どこのどいつだ」
と、とても怒りのこもった声で言った。その女性が返事しようとする直前に、男は目の前で立ちすくむ梶岡たちを、×印に両刀を構えた隙間から、強い威圧感をもって睨みつけた。
「オマエらか……。俺の妹に手を出そうとした不届き者は……」
「い、いきなり現れて、な、何なんだよ、テメェ!!」
「俺か? 俺はこいつの兄だ」
「そりゃそうだろ。ってか、テメェ、自分で俺の妹だって言ったじゃねぇか。バカなのか!?」
すると、両刀を持った男が、片方の刀の矛先を梶岡の顎の先に突き付けた。
「オマエ、誰に向かって口聞いているか、分かっているんだろうな?」
「テメェなんか知らねぇよ。何者だ? 不審者か?」
確かに不審者に見えてもおかしくない二刀流の男が、梶岡に向かって再度、両刀を構えて言った。
「知らぬなら、殺してやろう、ホトトギス」
「は? 何だよ、それ」
ちょっと文言が違うが、どこかで似たような句を聞いた事がある感じがする。
「お兄ちゃん、殺しちゃダメだよ。仮にも、自分の生徒たちなんだからね! あと、分かっていると思うけれど、腕を掴まれているその女の子は被害者だよ」
「えっ、ウソでしょ? 私も狙われていたの!?」
いつのにか蒼蝶が、刀を構えた男の攻撃対象になっていた。その男は、梶岡に腕を掴まれた蒼蝶も視界に入っている。その女性から忠告をしていなければ、その男は蒼蝶までも巻き添えにしようとしていたのか。
あの男は刀を構えたまま、今にも蒼蝶や梶岡たちに向かって攻撃しようとしてきている。そうなると、被害者の蒼蝶まで巻き添えになってしまう可能性は、例え大丈夫だと言われても、ゼロではないと思う。一刻も早く、ここから逃げ出した方が良い。
蒼蝶は梶岡から逃げようとしたが、腕を力強く掴んでいた梶岡は蒼蝶を逃がさず、なんと蒼蝶を盾にするように自分の前に引き寄せてしまった。
「へっ! やれるもんならやってみろ。この女がどうなっても良いと言うのならな!!」
「冗談でしょ~(涙)」
逃げ出すつもりが、最悪の事態になってしまった。このままでは確実に巻き添えを食らってしまう。
「お兄ちゃん……」
女性は心配した様子で、刀を構えたままの兄を見た。その兄がボソッと呟いた。
「安心しろ……、一瞬だ」
「まったく安心できないんですけど!!」
と、蒼蝶が涙目で訴えた。男が言った。
「女、目を閉じろ」
言われるがまま、蒼蝶は目を閉じた。その瞬間、刀を構えた男が梶岡たち目掛けて突進、すれ違いざまに両方の刀を一振りして、梶岡たちを通過した。それは時間にして僅か1秒もない、男の言葉通り一瞬の出来事だった。
男が突進してきた瞬間、梶岡たちも思わず一瞬目をつぶってしまったが、男の突進後、自分たちの体を確認した。あんな迫力があったにも関わらず、全員が全くの無傷だ。
「なんだよ、何も起きねぇじゃねえか。こけ脅しか?」
と、梶岡は拍子抜けしたのか微笑した。梶岡の仲間たちも笑い声をあげた。その声を聴いて、蒼蝶は目を開けた。と、その時だった。
蒼蝶が目を開けた瞬間、梶岡とその仲間の男たちが着ていた洋服が一瞬のうちに全て粉々に切り裂かれ、更に彼らの頭髪やまつ毛、手や足のすね毛、男の下半身の急所部分に至るまでの全身のあらゆる毛が全て切り剃られ、文字通り完全な丸裸、綺麗さっぱり無くなった状態になった。一方、梶岡の盾にされた蒼蝶自身に変化は全く無く、無傷だ。つまり、あの刀一振りで、梶岡とその仲間の男たちだけを確実に仕留めた、という事である。
最初は何が起こったのか梶岡たちには気づかなかったが、周囲にいた女子生徒たちから悲鳴が上がり、改めて自分たちの姿を確認。ようやく自分たちの露わな姿に気づき、慌てて自分の大事なところなどを手で隠した。その瞬間をつき、ようやく蒼蝶は梶岡から解放され自由の身となり、すぐに目の前にいたその女性に駆け寄ると、その女性が抱き受け止めた。
「大丈夫、怪我はない?」
「は、はい、大丈夫です。たぶん」
安堵したのか、蒼蝶の目から大量の涙が溢れだし、「怖かった~」と大泣きしだした。その女性がそれを見て「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね」と優しく介抱した。
一方、何もかも全て丸裸にされてしまった梶岡たちは、「覚えてろ~」という悲しい捨て台詞を残して、慌てて逃げ去って行った。それを周囲たちが笑いながら見送った。
そして、その女性の兄だと言うアロハシャツを着て刀を持った男の姿は、梶岡たちに攻撃を終えた直後、誰も気づかぬうちに一瞬で跡形もなく消え去っていた。
一時騒動は起こったものの、しばらく経たぬうちに玄関ホールは、蒼蝶がやって来た時と同じ空気に戻っていた。蒼蝶もしばらく大泣きしていたが、涙を拭き、気を取り直した。そして、自分を介抱してくれた、その美しい女性に声を掛けた。
「あの……、色々、ありがとうございました」
「良いのよ、気にしないで。私は兄を呼んだだけで、特に何もしていないわ」
「その事なんですが、その……、貴女のお兄さんって、もしかして……」
「あれ? 知っているの? ……あっ、そっか。試験会場で面接官として会っているんだったわね」
「……って言う事は、やっぱり……」
「そうよ。お察しの通り私の兄は、この織田清州高校の校長、織田信長よ」
織田信長と聞いて、玄関ホールにいたヤンキーたち全員に動揺が走った。誰も自分が通っている学校の校長の顔すら覚えていなかったのか、と蒼蝶は驚いた。その女性は話を続けた。
「そして、私は織田信長の妹の織田市。貴女の担任教師よ。よろしくね、冨喜蒼蝶さん」
と言って、市は蒼蝶にウインクした。信長の妹と聞いて、またヤンキーたち全員が、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚いていた。ここで市は周りが驚いているのに気付いた。
「あれ? みんな、私がお兄……いえ、信長の妹だって、知らなかった?」
ヤンキー達は、黙って何度も頷いた。どうやら誰一人知らなかったようだ。
「お兄ちゃんたら、妹がいるって皆に教えていなかったんだ……」
知っていたら、ここまでの騒ぎにはならなかっただろう。こんな事が起こるくらいなら、事前に教えておけば良かっただろうに。
「でも、気を付けなきゃダメよ、蒼蝶さん。こういった事は、ここでよくあるみたいだから。また何かあったら、すぐに助けを呼んでね」
「は、はい!」
「とは言っても、なんでか分からないけれど、私も昔から怖い男の人によく危ない目に遭わされそうになったんだ。その度に、お兄ちゃんがいつもこうして危ない所を必ず助けてくれた」
と、途中、両手に刀を構えて切るフリをしながら言った。それを蒼蝶は「へ、へぇ~……」と苦笑しながら言った。
「あっ、でも最近、妙な事があってね」
「妙なこと?」
「実は私、先月までは尾張の女子大生だったんだけど、つい先日、卒業旅行で女子大の女友達と一緒に東京の渋谷に出かけていたの。そしたら今みたいに怖い男の人達にからまれちゃって危ない状況だったところを、どこからかお兄ちゃんが現れて、その場で今のように二刀流で全員成敗してくれたんだ」
「……? 別に妙なところは無さそうですけれど、どこが妙だったんですか?」
「それが……。その時お兄ちゃん、渋谷じゃなくて、この学校の中にいたんだって」
「ええっ!? それ本当ですか?」
蒼蝶が驚くと同時に、周りで聞き耳を立てていたヤンキー達にどよめきが走った。
「その日は、教職員全員を一同に集めた重要な会議の日だったらしくて、その会議に出席した人全員がお兄ちゃんを見ているし、しっかり会話もしていたの」
「もしかしたら、その会議に出ていた人が影武者だったとか?」
「まさか。まあ、最初は私もそう思ったんだけど、会議に出た先生方が皆、口を揃えて、いつもと何ら変わらない校長だ、って言うし。私もそれは間違いなく真実だと思う」
「お兄さんが先生方を脅して口裏を合わさせ……グフッ!」
その時、市が笑顔を見せながら無言で、蒼蝶に怒りの肘鉄を喰らわせた。どうやら、その線もないようだ。
「だ、だったら、渋谷に現れたお兄さんが影武者だったとか?」
「それも無いわ。妹が実の兄を影武者と見間違える事なんて絶対にないわよ」
「でも、お兄さんもきっと妹がそう思うだろうと見込んで影武者を送り込んだ、とか……」
「ない、ない! それは絶対にない! 私、生まれてからほとんどお兄ちゃんの傍にいて、お兄ちゃんをずっと近くで見続けてきたんですもの。影武者だったら、絶対に気づくわ。そもそも、影武者がいたなんて話は今まで聞いたことも見た事もない」
「それは、ただ単に、お兄さんが市先生に言わなかっただけじゃ……」
「兄の隠し事が見抜けない私ではないわよ」
とにかく市がそれほど強い自信を持って断言しているので、渋谷に現れた信長も、本物の信長なのだろう。だが、そうなってしまうと、この学校にいた信長も、渋谷にいた信長も、どちらも本物の信長という事になる。しかし、この尾張(現在でいう愛知県)の学校に信長本人がいながら、同じ時間に遠く数百キロ離れた東京に同時に現れるなんて、やはり影武者を使ったか、もしくは誰にも一切気づかれぬ事なく瞬間移動のような超人的秘儀能力を信長自身が隠し持っていて使っていたとかしないと、現実的には不可能である。ありえない。
ちなみに、これは後から聞いた話だが、市がアメリカのニューヨークにある大学へ短期留学していた時のある日の夜、現地人に絡まれてしまった事が度々あって、その時もやはり本物の信長がどこからか突然現れて、その度に市の目の前で拳銃や刀を使って成敗し助けて即、姿を晦ましたらしい。しかし、その時刻、信長はこの学校の体育館で全校生徒や教職員達が一堂に会する朝礼を行っていた。当然、その場にいた全員が校長である信長本人の声と顔を直接しっかり見聞きしているのだから、アリバイは完璧だ。
とにかく分かっている事実は、市に何か危害が及びそうになると、何らかの武器を持った信長がどこからか瞬時に現れ、加害者が何らかの酷い目に遭った直後に跡形もなく消え去る、ということだ。
現役の高校校長が傷害罪や銃刀法違反、逃亡罪など複数の罪で今にも検挙されてしまうのでは、という危惧はあるけれども、少なくとも、今回の騒動で、この学校の生徒たちから今後、市に危害を加える危険性への抑止力になったはずだ。
その後、ようやく受付を済ませる事ができた蒼蝶は、市が部屋まで案内してくれるとの事だったので、市の後について行った。
市によると、中央棟には、食堂や談話室、図書室、娯楽室など男女共有の施設が集約された建物で、中央棟向かって左側の建物が女子棟、右側が男子棟となっている。寮の中では制服ではなく基本的に私服でも構わないが、授業などで校舎に行く際には指定の学生服に着替える必要がある。寮の中ではスマートフォンや漫画本など私物の持ち込みや使用は、学校が指定する危険物でなければ基本的には可能だが、体育館や校舎など寮以外の敷地内に私物の持ち込みは学校の規則により原則として禁止。とは言っても、密かに持ち込む生徒が多すぎているようだ。
また、寮内では原則として夜9時には点呼、夜11時に消灯がある。
放課後から点呼がある夜9時までは部活時間を除き自由行動となり、寮の食堂で食事したり、お風呂に入ったり、自室で勉強したりなど、各々自由に過ごせるし、その間に管理人事務所に外出届を出せば校外に外出もできる。ただし、夜9時までには寮に戻らなければならず、点呼以降の外出は原則として禁止。中央棟の正面玄関が施錠され、基本的には中からも外からも出入りする事はできない。
土日や休日は、部活動が無かったり、部活に所属していなければ、朝から夜9時まで終日自由行動が可能。外出届を提出すれば校外へ外出できるし、学校外で食事したり、街へ遊びに行ったり、買物したりでき、外泊届を出せば自宅に限り外泊もできるとのこと。
夜11時の消灯では、寮の中央棟がすべて消灯される。併せて、男子棟そして女子棟の入口ゲートが施錠封鎖され翌朝5時まで入退場も出来なくなる。消灯後は就寝時刻にもなっているが、必ず就寝しなければならないわけではなく、その時刻以降から翌朝までは必ず自室にいること、そして相部屋の相方の迷惑にならない範囲であれば、消灯以降も自室内で起きている事は可能である。
朝は6時に館内放送で朝の目覚まし放送が流れて、それを合図に起床。各自、食堂に出向いて朝食、その後に身支度を整え、準備ができ次第、校舎の教室へとそれぞれ向かうのが、平日朝の基本的なルーティーン。しかし、在校生徒のほとんどが素行不良の生徒ばかりなので、このルーティーンが守られているほうが逆に珍しいらしい。
市の案内で、蒼蝶は中央棟の2階にある女子棟入口の前へとやって来た。そこにはセキュリティで守られた自動扉のゲートがあり、このゲートの奥が女子棟になっている。もちろん、女子棟入口の反対側には同じ設備の男子棟入口のゲートもある。
男子棟と女子棟それぞれの棟へ行くには、必ずこのゲートを通る必要があり、通過するには受付の際に生徒1人1人に与えられる学生証代わりにもなる専用IDカードを入口横に設置されたセキュリティ端末固定機器に通し、定期的に更新されるパスワードを端末機に入力しなければならない。このIDカードとパスワードの2つが予め登録されたデータと一致すればゲートが開いて中に入れる仕組みで、どちらか片方だけでは開かない。もちろん、これは男子棟でも同じシステムだが、保安上、女子生徒が男子棟ゲートでIDカードとパスワードを使っても男子棟には入れず、逆に男子生徒が女子棟ゲートで同じことをしても女子棟に入ることは出来ないようになっている。
ちなみに、IDカードの紛失や盗難などにあった場合は、寮の中央棟1階にある管理人事務所か、または校舎の事務室で所定の手続き申請をすれば再発行されるが、再発行と同時にゲートのパスワードが男女とも新しいものに変更されてしまう。紛失や悪用目的での盗難が非常に多いので、かなり頻繁にパスワードが変更されてしまい、新しいパスワードを知らない生徒や教職員がゲート通過できなくなるという問題が日常茶飯事のように起きてしまうとのことだ。
市と蒼蝶が女子棟のゲートを通過しようとした時も、新しいパスワードに変更された直後で通れなかったという事態になったが、新しいパスワードは清州高校専用のスマホアプリに適宜通知されるので、それを各自確認すれば通過できる。
市と蒼蝶が無事ゲート通過できた直後、早くも2回目の新しいパスワード変更通知がスマートフォンに届いていた。市と蒼蝶が通過した時のパスワードはもう使用できない。1回目と2回目の間隔があまりに早すぎるパスワード変更に蒼蝶は驚いていたが、それだけ日常的に紛失や盗難が多い事を表しているという事だ。身を引き締めた瞬間に、もう次なる3回目のパスワード変更通知が届いていた。
さすがに、この短時間で既に3回もパスワード変更になるのは大変珍しいようで、教師である市も驚いていた。こんな頻繁な変更となった原因は、先ほどの梶岡たちのグループ全員が信長によって所持品や身ぐるみ全て剥がされてしまい、ゲート通過できなくなった彼らが全身素っ裸のままで1人ずつ再発行申請手続きしていた為、その都度パスワード更新となってしまったからである。
女子棟と男子棟はそれぞれ7階建てとなっており、中身はどちらも共通の造りとなっている。それぞれの棟の1階には、女子棟ならば女性専用の大浴場や簡易的なジムトレーニング施設、男子棟も同じく男子専用の大浴場とジム施設があり、生徒は清掃時間以外ならば好きな時に利用できる。2階と3階は1年生専用の居室。4階と5階が2年生専用の居室で、6階と7階が3年生専用の居室となっている。
また、それぞれ学年ごとの各階フロアには、その学年を担当する教職員専用の個人部屋も完備されている。学校の事務員など一部職員を覗き、教職員も基本的に学生と同様の寮生活をおくる決まりが法律である為だ。市は1年生のクラス担任なので、女子1年生が居住するフロアである3階に自室がある。
蒼蝶は市の案内のもと、2機あるうちの1機のエレベーターを使って2階から3階へと上がり、そのままドア上部に『302』と室札が掲示された部屋の前までやって来た。
「ここが冨喜さんの部屋、302号室よ。市の部屋は、この2つ隣の300号室だから、何か困った事があったら、いつでも来て良いからね。と言っても、私も今年教師になったばかりの新米ペーペーだから、頼りになるかどうか分からないんだけど」
「い、いえ、そんな事はないです。私も不安や心配でいっぱいだったんですけれど、市先生がいてくれて、歳も近いですし、何だか初めてできたお姉さんっていう感じがして、私としては嬉しいです。正直、校長先生の妹っていうのが、あまり信じられないんですが……」
「あ、やっぱりそう思う? よく言われるんだよね、お兄ちゃんと全然似ていないって。もう1人のお兄ちゃんには似ている、って言われるんだけど」
「それって、もしかして、織田末森高校の校長の……」
「そう。織田信行。私は『信兄』って呼んでいるの。兄2人とも名前に『信』が付いて、呼ぶときに紛らわしいから、一番上の兄の信長を『お兄ちゃん』と呼んで、二番目の兄の信行を『信兄』と呼んで区別している。そして、私が2人の妹の『市』。他にも異母兄弟がいるけれど、私たち3人は同じ母から生まれた事もあって、とっても仲が良いの」
2人の兄の呼び方に関しては、信長を『信兄』に、信行を『行兄』にすれば良いのでは、と蒼蝶は思って市に提言しそうになったが、寸前で思い留めた。本人が好きに呼べばそれで良いのだ。
「そう言えば、先日の高校受験の時、校長と信行さんが去年ハワイ旅行に行った、って言っていましたね」
「あっ、行った行った! 私とお母さんも一緒に行ったよ」
「信行さんが信長先生に後ろから突き飛ばされて海に落ちた、って聞きました」
「あの時は、海で溺れそうになっていた信兄を助けるのが大変だったよ。お兄ちゃん、ずっと桟橋の上から高笑いして見ていたんだよ。その後、お母さんから滅茶苦茶怒られていたけれど、ずっと平然とした顔で知らんぷりしてた」
「なんとなく、その光景が目に浮かびます……」
と、蒼蝶は苦笑しながら言った。
その時、寮の館内放送でチャイムが鳴った。何かの時間を知らせるチャイムだ。そのチャイムを聞いた市はハッとして、慌てて自分の腕時計で時刻を確認した。
「あっ、いけない! もうこんな時間! 職員室に行かないと職員会議が始まっちゃう!!」
急がないと遅刻するかもしれない市は、慌てながら蒼蝶に言った。
「冨喜さん、ごめんなさい。もう行かないと。部屋に荷物を置いたら、筆記用具と、机の上に置いてある物を忘れずに持って、校舎の『1年1組』の教室へ来て。そこで新入生のオリエンテーションが20分後に始まるから、遅刻しないできてね。部屋の鍵はIDカードを差し込めば開くから」
伝えるべき事を全部伝えた市は、駆け足で蒼蝶の前から立ち去った。色々大変そうだな、と蒼蝶は市を見送りながら思ったあと、気を取り直して、自分の部屋の扉を見た。
自室は、他の新入生と2人での相部屋生活だ。ここの生徒達は不良生徒が多そうだから、きっとそのような人が部屋の相方になっているに違いない。色々相方に気を使って大変になるかもしれないが、それはしょうがない事だ。
蒼蝶は深呼吸をした後、扉をノックした。耳を澄ましたが、何も返事が無い。もう一度ノックしても、やはり無反応。誰もいないのだろうか。
「失礼しま~す」
と言って、蒼蝶はIDカードを差し込んで鍵を開け、恐る恐る扉を開けて部屋の中を伺った。
部屋は壁が全面白色で統一された8畳の洋室で、まるで新築のように清掃が行き届いており綺麗。床は全面フローリング。正面奥には8畳用の最新高性能エアコンとベランダに出られる掃き出し窓。その窓際には窓から外を眺められるように配置された椅子が2つとその間に小さな円卓の机が置かれている。
両端の壁際には、それぞれ部屋の奥から順に1人1つずつ、洋服や小物など1人分としては十分収納できる大容量の洋式クローゼット。ふかふかな手触りの厚いマットと布団一式が敷かれた木製シングルベッド。女性が好みそうなオシャレなスタンドライトが付いた1人用の勉強机が固定で設置。部屋の入口の扉付近には、これでもかと最新型の空気清浄器と、女子棟入口ゲートなどに音声で通話可能なモニター付きインターホンまで備え付けられている。
大人1人分ほどの幅がある大きさのベランダは、隣部屋のベランダとは繋がっていないその部屋専用の独立型。そして、ベランダの床から胸の高さまで隙間なく目隠しされた壁となっていて、寮の外からでは洗濯物がほとんど見えないように配慮がされている。また、その高さに沿うように布団も干せる可動式物干し竿も固定設置されており、今日からさっそく洗濯物や布団を外に干すことが可能だ。観葉植物もさりげなく備え付けで置かれている。
残念ながら部屋にテレビやトイレ、お風呂、洗面台はない。テレビは各階の談話室に1台ずつ、トイレと洗面台は各階の廊下、お風呂は1階の大浴場となり、いずれも共同になってしまうが、意外と快適に過ごせそうな寮部屋である。
部屋には、顔も名前も知らない相方となる女子生徒の姿はなく不在だった。部屋の片隅にその人の物と思われる荷物が置かれていたので、蒼蝶より先に到着していたようだ。既に教室へと向かったのかもしれない。蒼蝶もそろそろ教室へ向かった方が良さそうだ。
蒼蝶はとりあえず、その相方の荷物が置かれた場所とは反対側の隅に、家から持ってきた荷物を一旦置き、教室へ向かおうとしたが、市から持っていく物があると指示されたのを思い出して、部屋の勉強机を見た。
片方の勉強机の上には、おそらく相方が持っていたのか備え付けスタンドライドと充電式ケーブル以外は何も無かったが、反対側の勉強机の上には、その2つ以外に、持ち運びできるカバー付きのタブレット端末機が1台置かれていた。
「えっ、これを持っていくの?」
タブレット端末機以外に机の上には何も置かれていない。ベランダ傍の机の上にも特に何もないので、おそらくコレを持っていけば良いのだろう。しかし、高そうなタブレット端末機だ。そのタブレット端末機を手に取り、おもむろに裏面を見て見ると『生徒貸与用 女棟302号室B機』と書かれていたラベルが貼られていたので、これは学校の備品の1つであり、生徒1人に1台ずつ貸与されたものだろう。タブレットまで支給されたのは初めてなので驚いてしまうが、授業など学生生活での必需品になるのかもしれない。
蒼蝶は、とりあえずそのタブレットと家から持参した自分の筆記具一式を持って、部屋を出た。扉が閉まるなり鍵が閉まる音がしたので、おそらくオートロック式なのだろう。
女子棟ゲートを経由して、中央棟の正面玄関から寮の外に出た蒼蝶は、そのまま校舎へと向かった。その道中、至る場所で複数の不良学生グループたちが屯していたのを目にした。やはり、この学校はそういう人達が多いのだろう。ここまで蒼蝶のような真面目そうな生徒は誰1人見ていない。そんなに少数なのか。
校舎中央の生徒用昇降口から中に入ると、左右に長い通路が続いている。下駄箱がどこにも見当たらず、通路でも屯していた生徒らを見ると全員が学生靴を履いたままだったので、おそらく土足のまま入れるようだ。念のため、蒼蝶は近くにあった足ふきマットをわざわざ踏みに行き靴の汚れを軽く落とした後、通路に上がった。
不良の巣窟と言われていたから、校内が殺伐とした廃墟のように凄まじく荒れた感じになっているとイメージしていた。確かにそんな面影がチラホラ見受けられたが、思っていた程ではなかったので、少しだけ安堵した。
蒼蝶は、生徒用玄関脇の掲示板に校内図があったのを見つけ、教室の場所を確認しようと駆け寄った。しかし、各階に『○年○組』と記載された教室らしき広さの場所があったのだが、おそらく1年とか2年とか使用している学年が分かる肝心の『○』の部分が、ここでも誰かの手によって削り取られて分からなくなってしまっている。誰の仕業か、悪意をもってワザとやったのか知らないけれど、ここまでくるともう迷惑千万でしかない。
蒼蝶は、近くで屯していた不良男子グループに目を向けた。彼らに教室の場所を聞きたいが、また先ほどの玄関ホールでの出来事のような事が起こってしまうかもしれない可能性がある。でも、他に術がないので、そうならないよう心の中で切に願いながら、蒼蝶は彼らに恐る恐る声を掛けた。
「あ、あのう、すいません……」
「あ?」
と、彼らの1人が睨みつけるような目で蒼蝶を見た。
「あ、ごめんなさい。ちょっとお尋ねしたいのですが、新入生……、1年生の教室はどこか教えてもらえますでしょうか?」
その彼は返答せず、蒼蝶の目をジッと睨み続けた。恐怖で目を背けたいけど、何をされるか分からない。蒼蝶もお願いするような眼差しで彼を見続けた。
すると、根負けしたのか分からないが、彼は「あっちだ」と呟きながら、1階の通路の奥の方に顔を一瞬向けた。それを見て、蒼蝶は「ありがとうございます!」と深々と頭を下げて礼を言った。それ以降、彼は蒼蝶に顔を背けたし、彼のメンバー達も蒼蝶を気にする素振りは見せなかったので、蒼蝶は再び安堵した。
彼が教えてくれた通り、1階の通路を奥に進んでいくと、手前の扉の上に掲げられた小さな室名札に『1年1組』と書かれた教室を見つけた。よくみると、1年1組の奥には室内札に1年2組と書かれた教室があり、その更に奥にも教室が幾つか続いているが、どれも室名札は無記入だ。どうやら1年生は2クラスだけで、他の教室は空き教室らしい。
自分の教室となる1年1組の室名札を見た蒼蝶の心の中に期待と不安が渦巻いていた。
この教室に、蒼蝶と同じ新入生がいる。果たして、このクラスに不良生徒が何人いて、何人が蒼蝶と同じ真面目な生徒がいるのか。もし真面目な人達がいたら、その人達とは出来る限り仲良くなっておきたい。
蒼蝶はその場で2回深呼吸した後、覚悟を決めて、『1年1組』の教室の中に入った。
教室には縦に5列、横に6列の計30人分の机と椅子が並んでいて、その半分以上の席が男女とも荒々しい雰囲気のヤンキーの生徒達で既に埋まっていた。彼ら全員、入室してきた蒼蝶を睨むような視線を送った。同じクラスメイトとはいえど、これだけ睨まれると、どうしても恐縮してしまう。
教壇側の黒板には、座席図と名簿が貼ってあったので、蒼蝶はそれを見た。それによると、1年1組は全部で30人いるクラスで、男女比率は女子がやや多め。名簿の中に中学の同級生や見知った名前は1人もいない。冨喜蒼蝶の出席番号は、男女混合の18番。席は出席番号順に並んでいるようで、蒼蝶の座席は廊下側から数えて3列目、前からも3列目の席で、ちょうど教室の真ん中の場所だった。
蒼蝶は彼らの注目の中、終始恐縮しつつ自分の席に座った。自分の席に座っても、やはり彼ら、特に男子生徒たちからのジロジロ目線を四方八方から浴びて、何だかとても居心地が悪い。席は既に半分以上埋まっているが、もうこれ以上、彼らのような人は増えないだろう。
その後、蒼蝶のような真面目な人が来ることを願って待っていたが、やってくるのはガラの悪い人達ばかりで、ガラの悪さ具合もどんどん増していく。まともそうな人は一向に姿を見せず、蒼蝶をジロジロした目で見る彼らの人数が増え続けていく。蒼蝶の中では次第に嫌な予感を抱きつつあった。
そして時間ギリギリになって最後に現れたクラスメイトは、今朝、学校へ来るときに出逢った背の高い強面の金髪男。彼もまた蒼蝶と同じクラスメイトの一員だった。金髪男が現れた事により、今まで蒼蝶1人だけに集中していたジロジロ視線とザワツキが彼と蒼蝶の2人に分散した。金髪の彼が教室に入った直後、1年1組の担任教師である織田市が教室へとやって来た。市が、目の前にいた彼に声を掛けた。
「あっ、木下君。キミの席は、あの窓際の最後尾よ」
と、その席を指差した。木下という苗字の金髪男は何も答えず、その席へと向かい、勢いよく椅子に座り、両足を自分の机の上に載せ、ギロッとした目で前を向いていた。体も動作も態度も何もかも大きすぎて、まるでこのクラスの番長のような雰囲気だ。空気も一気に重くなった感じがする。
「も~、木下君。態度悪すぎ。ちゃんと足を下ろしてね」
と、市が優しく注意した。木下はチッと舌打ちして、机の上に載せていた両足を下ろすと、その机の上に片手で顎をのせ、視線を外へと向けた。それを見て、市がため息をついたが、気を取り直して全員に向かった。
「さっ、これで全員揃ったわね。では、新入生のオリエンテーションを始めましょうか」
「えっ!?」
全員揃ったと聞いて、蒼蝶はビックリして思わず席を立ってしまった。
「冨喜さん。急に立ち上がって、どうしたの?」
「先生、ホントにこれで全員揃ったんですか?」
「ええ、1年1組はこれで勢揃いよ。どうかした?」
「い、いえ……」
蒼蝶は、ゆっくりと自分の席に腰を下ろした。全員の視線が蒼蝶を見ている。
蒼蝶の嫌な予感が的中してしまった。
このクラスでまともな生徒は、蒼蝶ただ1人。他のクラスメイト全員がガラの悪い不良生徒達だったのだ。
こんな状況下で、果たしてこの先の学校生活、乗り越えられるのだろうか。
「前途多難だよ~!!」
と、蒼蝶は大声でそう叫びたくなったが、心の中で叫んだ。
【第三話に続く】
この合格発表では通常、各高校の正面玄関などに合格者の受験番号が書かれた掲示物が張り出され、それを見に多くの受験生や保護者たちが集う風物詩があるが、残念ながら、ここではそれは無い。
合格発表は、発表日当日の新聞の朝刊や、インターネットの専用ウェブサイトで、各高校ごとに合格者の受験者番号が一斉に掲載される。だから、この日は朝日が昇る頃から新聞配達が来るのを自宅玄関前で心待ちにする受験生や、パソコンの前やスマートフォンを片手に、発表の瞬間を待つ受験生らの姿が見られるのだ。
その日の早朝、冨喜家に養子として住んでいる冨喜蒼蝶はいつも通りの時間に起床して、朝刊が届く玄関先の郵便受けに向かった。
蒼蝶は2週間前の高校受験した当日の夜に、とある事情により自分の受験結果を既に知ってしまったので、朝早く起きて玄関先で新聞配達を待つ必要はなかった。でも、確認のために、玄関先で朝刊を開き、合格発表のページを見た。
「うわっ、本当に載っている!」
見開きの合格発表のページには、学校毎に細かい字で合格者の受験番号がびっしり書かれている。そして、その見開きページの左側には、学校ごとに1人ずつ『特待生』で合格した受験生らの名前と顔写真が掲載され、その中に冨喜蒼蝶の名前と顔写真が載っていた。
2週間前の夜、蒼蝶は『高等学校教育 統括本部』の美濃支部に勤務する氏家直元から、『尾張の国 織田清州高校』に『特待生』として入学を許可する合格通知書を受け取った。
『特待生』は、各学校の面接合格者の中から、その学校の校長の独断により1人選出される。特待生に選ばれると、高校入学から卒業までの学費が全額免除され、その功績を称えるため、合格発表の際に、こうして新聞などに合格した学校名と顔写真付きの名前が掲載され、その瞬間に世間から一躍注目を集める事になる。
しかし、蒼蝶はこの特待生に選ばれる事はおろか、自身が高校受験に合格できるとは、思いもよらなかった。筆記試験は全教科を十分合格できるほどの優秀な学力をもっているのに、本番中に突然の眠気に襲われて5教科中3教科しかまともに回答できなかったし、面接なんて自分を全くアピールできず、そのかわり、自分の前の番で緊張して意識を失って倒れた受験者を見捨てるな、助けてあげてと、自分の意思とはまるで関係なく不本意ながら、切羽詰って口から咄嗟に出ただけだ。どう考えても、自分は筆記も面接も不合格で、まさか新聞に自分が特待生として入学を許可されるなんて、微塵も思えなかった。この新聞の記事を見るまでも、ずっと不信感が募っていた。
蒼蝶を『特待生』として入学許可したのは、世間から評判が著しく悪い不良高校といわれる織田清州高校の校長、織田信長だ。面接では、大勢の各高校の校長全員が面接官となり受験者1人だけで相手をするのだが、信長だけは面接の場に相応しくない奇抜な服装(ハワイ帰りらしきアロハシャツと白の短パン、ビーチサンダル姿)だけでなく、面接中にも関わらず平然と風船ガムを噛んでいた、という面接官としては前代未聞の醜態だ。校長がコレだから、世間からの評判が悪いのも納得できる。
蒼蝶は元々、信長の弟の織田信行が校長に君臨している、世間から絶大な人気を誇る有名優秀進学校の『尾張の国 織田末森高校』への入学を希望して受験した。織田末森高校への入学は残念ながら不合格となってしまったが、信長がどういう理由なのか、独断で蒼蝶を自分の織田清州高校に滑り止めという形で合格させ、さらに各校で1人しか選ばれない『特待生』にも選んだのである。
「いったい何で信長は私を合格にして、しかも特待生に選んだの? どうして?」
疑念は残るが、とにかく落第は防げた。しかし、『特待生』として入学できた学校が世間から悪名高い織田清州高校だから、その心中は複雑だ。
「なんだ、こんなモノ!」
そう言って、突然、蒼蝶が手にしていた朝刊を後ろから強引に奪い取ったのは、冨喜家の主人である冨喜頼明である。頼明は蒼蝶が見ていたページを見ると、怒りを露わにした。
「我が息子の彦太郎は『準特待生』だったのに、オマエが『特待生』で合格なんて、そんなのは絶対ありえんし、断じて認めないからな!」
と蒼蝶に向かって唾が顔に飛ぶくらい強く怒鳴ったあと、頼明は朝刊を持ったまま家に戻っていった。
あり得ないという部分では、頼明と同じ思いである。
頼明の一人息子である冨喜彦太郎は、蒼蝶と同じく高校受験生だった。毒舌で、態度も悪くて、蒼蝶にとっては嫌いな人物の1人だが、彦太郎もあの夜に氏家から『準特待生』として『織田末森高校』への入学を許可された合格通知書を貰っていたのだ。『準特待生』では、入学から高校卒業までの学費が半額免除になるだけで、新聞やインターネットで世間に公表はされない。蒼蝶に一泡ふかされた事が、怒りの原因だ。もっとも、蒼蝶本人が仕掛けたわけではないのだが、結果的にそうなってしまったようだ。
蒼蝶は、玄関から自室に戻った。相変わらず、狭い小さな物置部屋のような場所だ。受験結果を知らされた夜以降、頼明たちがこの物置部屋に不要物をどんどん放り入れていくおかげで、実質的な面積は都度狭くなっていった。散らかった不要物を蒼蝶1人で何時間もかけて片付けて、ある程度マシな面積を確保できた。それでも、やっぱり窮屈だ。
蒼蝶は、その物置小屋の片隅に置いた段ボール箱の蓋を開けた。その中に入っていたのは、つい先日届いたばかりの、清州高校の制服一式に体操服、ジャージ、運動靴、カバンなどである。
合格通知を受け取った日以降、何人かの担当者が蒼蝶を訪ねてやって来て、その度に色々な手続き書類に記入したり、制服の採寸などを取ったり、蒼蝶を新聞に載せる為の顔写真を新聞社のカメラマンが撮りに来たり、地元テレビ局のニュース番組に使用されるニュースのコメント収録など、色々と準備で慌ただしい2週間だった。
ちなみに、蒼蝶は学費などが全額免除となる特待生扱いなので、これら一式全て無料で支給され、しかも担当者が採寸の為だけにわざわざ家に来てくれる高待遇なのだが、学費が半額免除となる準特待生扱いの彦太郎は、他の一般生徒と同様、制服も体操服もジャージ類もすべて自己負担で、更に自分で街の取扱店に出向き採寸し、購入し、受け取りに行かなければならない。この扱いの差を嫌でも間近で見せつけられる度に、頼明や、頼明の妻の牧子、そして彦太郎の3人が指を銜えて悔しさを滲ませ、その腹いせとして、その日の内に蒼蝶の部屋に3人の色々な不要物が次々に投げ込まれていく、という余談がある。
蒼蝶は段ボール箱に入った出来上がりの新品の制服一式を手に取ると、着ていた服を脱いで試着してみた。試着すると部屋の中にある姿見鏡の前に立ち、自分の姿を見た。
全体的に紺とやや碧が混ざった紺碧色に統一された長袖セーラー服には胸元に白いリボンが付いており、丈が膝あたりまでの長さの紺碧色のスカート、紺碧色の靴下に、紺碧色の革靴。これが織田清州高校指定の女性向け学生服である。
「うん……、意外と可愛くて、似合うかも。サイズもピッタリ」
先行きに不安はあるけれども、これを着ると、もうすぐ自分が高校生になるんだな、と実感できる。
蒼蝶は制服を着たまま、自分のベッドに腰を下ろし、段ボール箱に同封されていた小冊子を手に取った。表紙には「入学のしおり」と記された文字がパソコンで印字されていた。
それによると、日本国にある全ての高校が、その学校が管理する学生寮へと強制的に入寮となる全寮制を導入しており、蒼蝶が入学する織田清州高校も同様、学校の敷地内にある学生寮に入り、在校生らと共に、共同生活を送ることになる。清州高校では学生寮は1つだが、建物内で各階ごとに学年と性別が分けられているようだ。1年生と2年生は1部屋8畳ほどの広さに2人が共同で住む2人部屋で、3年生になると大学進学の勉強などを考慮して、1人1部屋ずつの個人部屋になるそうだ。光熱費や食事代などの寮費は学費に含まれており、蒼蝶は寮費も卒業まで全額無料だが、彦太郎は半額を支払うことになる。
「相部屋か……。いったい、どんな人と一緒になるんだろう? 仲良くなれると良いなぁ」
だが、織田清州高校は、とにかくガラの悪い不良生徒たちが多く集まると噂の学校だ。そういう意味では、相部屋の相手がどんな人なのか、あまり期待しない方が良いかもしれない。
「大丈夫かな、私……」
蒼蝶は、深いため息をついた。
それから数日の間に、中学校の卒業式行われた。
中学の卒業式の終わりに、担任の先生が蒼蝶に「志望校とは違う学校だけれど、特待生に選ばれて誇りに思う。これから色々大変だろうけれど頑張って」と言って送り出してくれた。筆記試験で体調をしっかり整えていれば、もっと良い言葉を貰っていたかもしれないと思うと、内心複雑な気持ちだ。
そして、いよいよ高校入学の朝を迎えた。
この日も朝からいつも通り、蒼蝶が支度した朝食を済ませ、蒼蝶は台所で後片付けをしていた。まだ時間に余裕があるので、頼明と牧子、そして彦太郎の3人は食卓で蒼蝶が用意したコーヒーを飲み、一息ついていた。コーヒーを一口飲んだ牧子が言った。
「あ~あ、今日でしばらく彦ちゃんともお別れになっちゃうのかぁ~。母さん、寂しいなぁ。アナタも、そう思わない?」
「ああ。彦太郎がいないと、気持ちが落ち着かんよ」
「大丈夫だよ、父さん母さん。寮では、ある程度自由ができるし、土日休みの時にだって、外泊届を寮に出せば、家に帰って外泊しても良いんだぜ」
「でも、もしも彦ちゃんが運動系の部活動に入っちゃうと、なかなか帰って来られないんでしょ?」
「なんとか用事をつけて、なるべく帰って来られるようにするよ」
「1日1回は家に電話してきてね。心配だから」
「ああ、分かっているよ、母さん」
相変わらず、子離れ、親離れが全くできていない、この家族。将来が心配だ。
「それはそうと、蒼蝶」
「何でしょうか、牧子おば様」
「アタシ達に、何か言わなきゃならない事があるんじゃない?」
「えっ?」
「はぁ~、まったく。気遣いが無い子だね、アンタは。それでも特待生かい? 今すぐ特待生を返上した方が良いんじゃないかい?」
と、ため息まじりに言った。それでも蒼蝶は牧子の意図が理解できなかったので、再び牧子はため息をついた。
「いいかい。アンタは両親がいなくて養子としてアタシ達に引き取られたんだ。アンタが特待生になって高校入学できたのも、アタシ達がアンタに大金をかけて育ててきたからこそ成しえた事なんだ。だから、育ての親に向かって、感謝の言葉の1つくらい言ったら、どうなんだい?」
何だか少々腹が立つ言い方だが、確かに、牧子の言っている事はもっともだ。
蒼蝶には両親がいない。実の母は蒼蝶が生まれた時期に病で死去。実の父は蒼蝶が生まれる前から既に蒸発していて行方不明。蒼蝶は、両親の顔や名前すら知らない。他に身寄りはなく、転々として、最終的にこの家に養子として迎え入れられた。頼明や牧子は養子の蒼蝶を、ほとんど家政婦と同様の扱いだったが、中学までの義務教育を終えられ、今日こうして高校入学を迎えられたのは、確かに義理の両親の影響も少なからずあるのは事実だ。
蒼蝶は、それに気づくと、頼明と牧子の前に立った。
「頼明おじ様、牧子おば様。今日この日まで、こんな未熟者の私を育てて下さり、ありがとうございました」
と、蒼蝶は深々と頭を下げて礼を言った。それを頼明と牧子の2人は、黙って見ていた。
朝食の後片付けを終えて、出発前の支度をする為、蒼蝶は自室へと戻って来た。今までは中学の制服を着ていたが、今日からは高校の制服を着る。姿鏡を見ながら新しい制服を着ると、夕べのうちに私物や私服など荷物をぎっしり詰め込んだ大型スーツケースと、背中にリュックサックを背負った。身支度がこれですべて整った。
蒼蝶はそれら荷物を持って部屋を出て行こうとした時、ふと立ち止まり、振り返って部屋の中を見た。
この家に養子として迎え入れられてから今日までをずっと過ごしてきた部屋。狭くて、暗い物置小屋だったけれど、良い時も悪い時もずっと共にしてきた部屋。そんな部屋を、今日からしばらくの間、去る事になる。
「ありがとうございました」
蒼蝶は、やや涙ぐみながら、誰もいない自室に向かって深々と一礼して、再度部屋に向かって言った。
「元気でね。時々帰ってくるから、その時はまたヨロシクね」
蒼蝶は、そう言うと、部屋の扉をゆっくりと閉め、荷物を持って玄関へ向かって歩き出した。
玄関に着くと、そこに彦太郎の姿は既になかった。その代わり、意外な人物がいた。頼明と牧子の2人である。
いつもならば2人は、彦太郎を見送るため玄関先に出て、彦太郎の姿が見えなくなると同時に、2人の姿も消え、後から家を出た蒼蝶を見送りもしないのだが、今日に限っては2人の姿が玄関先にあった。
「アンタ、何をノロノロやっているんだい。彦ちゃんはもう先に出発しちゃったよ。相変わらず遅いんだから」
「おじ様、おば様。どうして、ここに?」
「オマエとも、今日でしばらく会えなくなるんだ。今日ぐらい、ここでオマエを見送りしたって良いだろ」
頼明のその言葉に、蒼蝶は心を打たれ、感激した。夢でも見ているのではないかと思った。
「ホラ。アンタ、少し服が乱れているよ。しっかりしな!」
と、牧子が乱れた部分を直してあげた。初めての事なので、蒼蝶は戸惑った。頼明が言った。
「養子とは言え、今のオマエは戸籍上、冨喜家の1人だ。冨喜家の恥さらしになるなよ」
「アタシらには彦太郎しかいなかったけれど、アンタを養子として迎え入れた日には、まるで実の娘ができたように2人で嬉しくなった。その日の時を、今も鮮明に覚えているよ」
「ああ、オマエがいてくれて良かった。感謝している」
2人の言葉を聞いて、蒼蝶は感激のあまり涙ぐんだ。今までずっと言えなかった、感謝の言葉。それが今ここで聞けた事が、なにより嬉しかった。
「そろそろ時間だ。俺は、これから新しい家政婦を雇わなきゃならんから忙しいのだ」
「ほら、さっさと行きな。遅れちまうよ。特待生のくせに、初日から遅刻する気かい? ホント、生意気な子だね」
それを聞いて、蒼蝶、頼明、牧子の3人が笑った。この3人で笑ったのは、これが初めてだ。
「行ってきます。お義父さん、お義母さん」
「ああ、行っておいで」
「気を付けて行くんだよ」
蒼蝶は涙ぐみながら見送ってくれた2人に大きく手を振って家を出た。2人も蒼蝶に手を振って見送った。
蒼蝶は、いつもとは違い、ルンルン気分で最寄駅を目指した。
駅に向かう途中、近所の人が突然、蒼蝶に声を掛けた。何か蒼蝶の背中に紙がついているらしい。その紙を取ると、紙には手書きでこう記されていた。
『私は、バカで生意気な特待生です♪』
おそらく、これを貼ったのは牧子で、服が乱れていると言って直した時に、さりげなく貼ったのだ。
それに気づいた瞬間、蒼蝶は怒りで紙を強く握りしめて、天まで届くほどの大きな声で叫んだ。
「アイツら~!!」
自宅の最寄駅から電車に乗り、乗換駅で電車を幾つか乗り換えた末、ようやく目的地である織田清州高校の最寄駅へと到着した。
ここまで、荷物の詰まった大型スーツケースを転がし、背中にもリュックサックを背負っているから、接続時間が短い電車の乗り換えには苦労し、既に体力を半分以上を使ってしまった感じがする。
さて、高校の最寄駅だが、中心部からだいぶ離れた郊外の、自動改札機が1台しか稼働していない小さな無人駅だった。駅の周辺には小さめのロータリーがあるが、人通りはほとんどない。商店も幾つか並んでいるが、ほとんどの店がシャッターを閉めてあって閑散としている。
シャッターが閉まった店の数々をよく見ると、そのシャッターにはスプレーで落書きされたり、シャッターがボロボロに壊されていたり、店舗の窓ガラスも所々が割れていて、ガムテープなどで簡易的な補修がされてあったり、ゴミもあちらこちらで散らかっているなど、まるで廃墟感が漂っている。そう言えば、駅構内も色々と破壊されてボロボロだったり、ゴミが散乱していたりして寂れていた感じだった。
もう街全体が廃墟に近いその光景に、蒼蝶は降りた駅に間違いがないか、手元の地図と駅舎の駅名看板を照らし合わせて何度も確認したが、この駅で間違いないようだ。
なんだか随分と辺鄙なところへ来てしまったようだ。
蒼蝶はため息をつくと、気を取り直して、地図を見ながら学校へ向けて歩き出した。
道中、ほぼ廃墟と化した商店街を通り抜けたが、そこで奇妙な事に遭遇した。
ようやく初めて地元民らしき、足が不自由で不健康そうな老人女性とすれ違ったのだが、その老人女性が、すれ違いざまに、初対面の蒼蝶を見るなり、
「やめてくれ、やめてくれ。もう金は無いんだ。堪忍してくれ~」
と、怯えた表情で叫び、慌てて逃げるように立ち去ったのである。それには蒼蝶も戸惑ってしまった。まるで蒼蝶が老人をカツアゲでもしたかのような言い方に、蒼蝶は不快感を覚えた。蒼蝶自身は全く何もしていないのに、である。
自宅の最寄駅からこの駅までの電車の中では、合格発表日に新聞などに特待生としての顔写真が掲載された影響もあって、電車に乗り合わせた様々な乗客たちが、好奇の目で蒼蝶をチラチラと見ているのを感じ取っていた。まるで自分が人気芸能人になったかのように思わずほくそ笑んでしまったのだが、電車を何度も乗り換えるにつれて、その好奇の目は少なくなり、次第に蔑む冷たい視線に変わっていったのが、不思議になった。こちらも蒼蝶は普通に電車に乗っていただけで、特に何かしたワケではない。
その疑問の答えは、通りがかった誰もいない小さな公園の入口に掲げられた看板を見て、ようやく分かった。
『施設内破壊する迷惑行為の為、織田清州高校の生徒は何人たりとも立入を禁ずる』
その看板は町の役所が掲示したものだが、その看板の内容を見る限り、この公園内で清州高校の生徒が暴れたりなどで度々破壊された事で、怒った役所が公園への立ち入りを禁じた、と読み取れる。
そう言えば、ここへ来る途中にも、似たような内容の看板や注意書きを度々目にしてきて、その都度嫌な予感をしてしまったのだが、残念ながら的中してしまったようだ。
この街全体が廃墟と化したり、通りがかりの人から避けられたり、電車内で蔑む視線を感じたのは、どうやら、名高い不良学校として恐れられている清州高校の生徒達の数々の迷惑行為が原因のようだ。その迷惑行為っぷりが今の街を作り出したのだろう。それだけ周りの人から凄く嫌われているようだ。あの老人女性が蒼蝶を見て慌てて立ち去ったのは、蒼蝶が着ていた制服が清州高校の制服だったので、カツアゲされると思ったのか恐怖心で慌てて立ち去った、そんなところだろう。不良の欠片も微塵もないし、しかも今日が入学初日となる蒼蝶にとって、迷惑千万極まりない。
「もう帰りたいよう……」
蒼蝶の心は、すっかり意気消沈していた。
と、その時だった。ふと蒼蝶の背後に人の気配を感じた。
すぐに振り返ってみると、そこに背が高く筋肉質な体格で金髪頭のガラの悪い強面の若い男が蒼蝶のすぐ背後に立っていて、蒼蝶を上から見下ろすように鋭い眼力で睨みつけていた。その強い威圧感に、蒼蝶は思わず怯んだ。
「邪魔だ、退け」
そう言うと、男はそのまま蒼蝶に強引に体当たりして退け、一切振り向きもせず学校の方角に向かって歩いて立ち去っていった。
「な、なんなのよアイツ、いきなり!」
徐々に遠くなっていく男を後ろからよく見ると、今蒼蝶が向かっている織田清州高校の男子生徒の制服を着ていて、中くらいのボストンバッグを肩越しに引っ掛け、堂々とヤンキー歩きをしていた。
織田清州高校を含め日本国内にある全ての高校が全寮制となっている。上級生らは寮にいるので、今この近辺を歩いているのは今年入学する新入生の可能性が高い。つまり、あの男は蒼蝶と同じ清州高校の新入生かもしれないのだ。
しかし、みるからに凄くケンカ強そうな風貌だ。同級生と言えど、あまり関わりたくないし、怒らせたくもない。できれば一緒のクラスにもなってほしくない感じだが、こういう時、運命とは残酷なもので、大抵その嫌な予感が高確率で的中してしまうものだ。それを更に確信へと近づけるかのように、身震いも既に感じている。
不吉な予感が外れていてほしいと切に願いながら、蒼蝶はその男から一定の距離を保ちつつ、学校へと向かった。
しばらく歩き、広い田園地帯に到達すると、ようやく目的地の織田清州高校の建物が見えた。広大な田園地帯に四方を囲まれるように学校があるようだ。
敷地の塀の至るところが破壊されていたり、落書きされていたり、所々が敗れた張り紙が数多く貼ってあるなど著しく荒れた感じが、この学校がどんな学校なのかを物語っているようだ。
あの同級生っぽい強面男はそれらを全く気にも留めず、そのまま正門から中に入っていった。それから50メートルほど離れていた蒼蝶も正門から中に入ろうと正門に近づいたその時、正門から黒縁メガネを掛けた中高年らしき白髪交じりの七三分け頭の男が慌てた様子で出てきた。
「あ~! またやられちゃっているよ! こんなに沢山荒らされて、もう今週だけで何度目だよ。直しても剥がしても吹いても、あっという間に元通り。ホント、もう毎回毎回嫌になる! ホント、キリがないったら、ありゃしない!! どうしてこう、ウチの生徒は、やりたい放題なんだ!? いつも直すのは俺だぞ!」
と、その男は憤りを隠さず言いながら、塀に貼られた破けた紙を一枚ずつ手で剥がし取っていった。
「まったくもう、しょうがない奴等ばっかなんだから~! って、なんだキミは?」
その男が蒼蝶に気が付いた。蒼蝶が返事しようとしたら、先にその男が蒼蝶の恰好を見て言った。
「その恰好……。キミ、見ない顔だけどウチの生徒か?」
「あっ、はい! 今日から新入生としてお世話になる、冨喜蒼蝶って言います」
「おお、キミは返事して、しかも名乗ってくれるのか。キミは偉い子だなぁ。ようやく、こんな清純そうな可愛らしい美少女がうちの学校に来てくれた。涙が出てくるよ。今さっきそこですれ違った強面の新入生野郎とは大違いだ。新入生かと聞いたら、最初から眼中にないのか完全無視しやがった。正直、あの威圧感が怖くて殴られるかと思って身構えてしまったが、こんな奴等ばっかだ!」
「あ、あの~……」
「おお、スマンスマン。いつものクセで……。俺は竹之内一平。主に、この学校の事務や用務をしている。用務といっても、こんな風に荒らされたところを直したりする日々だがな。ホント、もう2、3人くらい直す人員を増やしてくれても良いのに、校長は俺1人に押し付けるんだもんな~。俺の本業は事務だっていうのに!」
「ええと……」
「ああ、スマンスマン! またクセが出てしまった。新入生は、まずは学生寮に行って受付を済ませなさい。部屋に案内されて、その重そうな荷物が置けると思うから」
「あっ、はい、分かりました。ありがとうございます」
と、蒼蝶は竹之内に一礼した。
「学生寮は、この正門を通ってまっすぐ行き、十字路を右手に行った先の建物だ。十字路のところに、俺が1時間前に設置した『学生寮はコチラ→』と書かれた案内板が置いてあるから、それを目印にすると良い」
「案内板ですね。分かりました。ありがとうございます」
蒼蝶が再び礼を言ったその時、竹之内の携帯に着信が入り、竹之内が「スマンな」と蒼蝶に謝ってから、電話に出た。蒼蝶は、竹之内に会釈してから歩き出した。
「なに!? 校舎3階の廊下の窓ガラスが割られているだと!? また!? もう毎日連続だぞ!? それも1枚じゃない!? 割られている枚数は!? ……えっ、3階の廊下の窓、ぜ、全部!? 全部なの!? 何で!? 何でそうなった!?……えっ、分からない? んなもんオマエら突き止めろよ! ……えっ、自分には手に負えないから応援に来てくれ!? あ~もう、分かった、今そっち行くから待ってろ!」
竹之内が「まったく、もう!」と憤りながら電話を切り、歩いていた蒼蝶の横を急いで走って通り過ぎていった。電話の内容が全部筒抜け状態だったし、その電話の内容も内容で、とにかく色々大変そうだなと思った。
蒼蝶は正門から学校敷地内に足を踏み入れた。
正門から入ってすぐ左手には教職員用の、右手には来客者用の駐車場があり、10台ほど駐車できる来客者向けには1台も車はなく、30台ほど止められる教職員用には空きスペースがほとんどないくらい普通車が駐車していたが、その中には一際目立つように高級そうな赤いスポーツカーも止まっていた。この車の持ち主が誰なのか、なんとなく分かったような気がする。
その駐車場を抜けて、40メートルほど歩いた先に、竹之内が言っていた十字路があって、蒼蝶はその十字路の真ん中で一旦立ち止まった。
十字路から正面奥に向かって50メートルほど進んだ先には、左右大きく広がるように建つ4階建てのコンクリート造りの校舎が見える。十字路を左に曲がった先には体育館らしき大きな建物があり、体育館の北側1階と奥の校舎の2階を斜めに繋ぐ屋内連絡通路が見える。残るは十字路から右に曲がった先、つまり体育館に向かい合うように建つ7階建ての建物が生徒達が共同生活する学生寮というわけだ。
十字路の端に、竹之内が1時間前に設置したと言っていた『学生寮はコチラ』という案内看板がポツンと立っていたが、残念ながら意地悪な誰かに壊されたのか既に半壊され、肝心の方角を示す『→』部分だけが無くなっていた。これでは進む方向は分からないが、見渡してみる限り、建物の形でなんとなく正解が分かりそうだ。
と、言う事で、蒼蝶は十字路をまっすぐ……もとい、十字路を右に曲がった。
7階建ての学生寮の玄関前に着くと、蒼蝶は立ち止まって学生寮を見た。正面から見たことで初めて分かったのだが、学生寮の建物は全部で3棟に分かれているようだ。
まず、正面玄関がある2階建ての棟が中央にあり、その中央の棟を左右から挟むように、左右同じ造りの7階建ての五角形の建物が建てられている。中央棟を軸とした左右対称のデザインだ。おそらく、左右どちらかの建物が女子棟または男子棟で、中央の棟にある連絡通路からそれぞれの棟へ行く事になるのだろう。この学生寮が、これから3年間の半分を過ごす場所だ。
「これから3年間、よろしくお願いします」
と、蒼蝶は学生寮に向かって一礼した。顔を上げて「よしっ!」と意気込むと、「失礼します」と言いながら、中央棟の正面玄関を開けて中に入った。すると、さっそく、目を疑うような光景を目の当たりにした。
玄関を入ると、そこは男女共有の広々とした玄関ホールがあり、正面には2階へ続く階段があって、数段上った先の突き当りで左右に分岐している。玄関から入ってすぐ左右には、管理人室や食堂などそれぞれの共有施設と繋がる出入口もある。
蒼蝶が驚いたのは、その玄関ホールに、頭がモヒカン刈りの男性グループだったり、髪を茶色に染めて派手すぎる化粧やネイルをしたギャルグループだったり、いまどき珍しいリーゼント頭の男子グループやガングロ系の女子グループがいたりなど、男女それぞれ特徴が異なった恰好をしたガラの悪そうなヤンキーたちが大勢いて、それぞれ集団でホール内のあちらこちらに分かれて屯していて、それが異様な雰囲気を作り出していたのだ。
ある程度は予想していた事だが、この学校は不良生徒の巣窟と呼んでも過言ではない場所だ。そんな場所に、いわゆる真面目に制服をしっかり着た優等生タイプの蒼蝶の方が、明らかに異質でかなり少数派、浮いたような存在だ。そんな存在は、この集団の中では逆に目立つ。
案の定、蒼蝶が玄関の扉を開けて中に入った瞬間、そこにいた彼ら全員の睨みつけるような視線が、一斉に蒼蝶に向いたのだ。その視線に、蒼蝶は怯えてしまった。
「おいっ、アレみろよ」(ヤンキー男子A)
「うわっ! あの子、めっちゃ可愛くね?」(ヤンキー男子B)
「マジだ。マジ、パネェ!!」(ヤンキー男子C)
「俺らと同じ新入生か?」(ヤンキー男子D)
「ナンパしようぜ、ナンパ」(ヤンキー男子E)
「制服ちゃんと着て真面子(まじこ)ちゃんのつもりか?」(ヤンキー男子F)
「なに、あのムカつく女」(ヤンキー女子A)
「ヤバっ! マジ受けるんだけど」(ヤンキー女子B)
「あれ絶対、浮いているよね?」(ヤンキー女子C)
「なんで、あんなのがココにいるの?」(ヤンキー女子D)
「受験、失敗したんじゃね?」(ヤンキー女子E)
「それな」(ヤンキー女子F)
彼らの蒼蝶に向けた様々なヒソヒソ声が痛い程突き刺さる。特に、受験失敗という単語は蒼蝶にとって一撃死といっても過言ではないほど効果は抜群だ。力のない浮いた存在の蒼蝶は、ただただ畏縮するばかりだ。
「ヘイっ、そこのキミ、めっちゃ可愛いね!」
玄関ホールで屯していたグループの1つ、数人のチャラチャラした格好の男子ヤンキーグループが蒼蝶に駆け寄って取り囲んだ。不良が苦手で引いていた蒼蝶に構わず、そのヤンキーたちのリーダー格らしき風貌の男が、さりげなく勝手に蒼蝶の肩を組んで言った。
「ねえキミ、もしかして新入生でしょ。名前、教えてよ」
「な、何ですか、急に!?」
「俺、3年の梶岡って言うんだ、よろしく。良かったらさ、俺らが案内してあげるよ。終点はそうだねぇ……、俺らの部屋って言うのはどうかな?」
そう言うと梶岡は、蒼蝶の耳元で、自分の舌をベロリと舐める仕草をした。それを見ていた梶岡の仲間の男たちも「賛成!」と賛同している。蒼蝶は全身一気に震えが走り、咄嗟に「やめてください」と声を上げて、梶岡を突き返した。突き返された梶岡は、ギロッとした鋭い目つきで蒼蝶を睨んだ。
「あ? なんだテメェ、先輩の俺様に向かって、その態度は」
「ご、ごめんなさい」
「そんな簡単な詫びで済むと思っているのか? オイッ!」
「ご、ごめんなさい!」
蒼蝶は、涙を浮かべて再び謝った。だが、梶岡は首を振った。梶岡の仲間の男たちは、ずっとニヤニヤしている。
「許さねぇ。おい、ちょっと面を貸せ。俺の部屋で、四六時中みっちり教育してやるよ」
と、梶岡が蒼蝶の腕を掴み、強引に連れて行こうとした。
「はーい、そこまで!」
腕に受付係と書かれたワッペンを付け、肌色のジャケットスーツとタイトスカートを着た20代くらいの黒髪の長い若い女性が、蒼蝶と梶岡たちの後ろを仁王立ちするように立っていた。よくみると、その女性は、絶世の美女という程の美しくて整った顔立ちをしていて、女性の蒼蝶でも思わず見惚れてしまうくらいだ。梶岡たちも見惚れてしまったが、梶岡はすぐにハッと我に返って、その女性を睨みつけた。
「んだァ、テメェ!?」
「その子の腕を今すぐ放しなさい。怖がっているでしょ」
「は? 関係ねぇ奴は黙ってろ! それとも何か、テメェもこの女と一緒に俺らの部屋に来て楽しむってか? それでも俺は全然構わないぜ。むしろ大歓迎だ。なあ?」
と、周りにいた仲間たちに向かって言った。仲間たちは喜んでいた。
「キミたち、そんな事を言っていて良いのかな~? 今すぐ止めた方が、身の為だと思うんだけどなぁ~」
と、その女性はニヤリと笑って言った。
「うるせぇ! 初めて見る面だが、テメェ、先公だろ。先公だろうと、誰だろうと容赦はしねぇ。身を案じた方が良いのはテメェの方だ」
「だってさ、お兄ちゃん」
「は? お兄ちゃん?」
次の瞬間、天井から突然、刃先の長い刀を二本両手に構えたアロハシャツと短パンを着た男がその女性の前に勢いよく飛んできた。突然現れた謎の乱入者に、その場にいた全員が呆気にとられた。
荒々しい吐息をしながら、刀を持ったアロハシャツの男は、両刀で×印のように構え、正面を見ながら後ろに立つ女性に向かって、
「俺の妹に手を出そうとする奴は、どこのどいつだ」
と、とても怒りのこもった声で言った。その女性が返事しようとする直前に、男は目の前で立ちすくむ梶岡たちを、×印に両刀を構えた隙間から、強い威圧感をもって睨みつけた。
「オマエらか……。俺の妹に手を出そうとした不届き者は……」
「い、いきなり現れて、な、何なんだよ、テメェ!!」
「俺か? 俺はこいつの兄だ」
「そりゃそうだろ。ってか、テメェ、自分で俺の妹だって言ったじゃねぇか。バカなのか!?」
すると、両刀を持った男が、片方の刀の矛先を梶岡の顎の先に突き付けた。
「オマエ、誰に向かって口聞いているか、分かっているんだろうな?」
「テメェなんか知らねぇよ。何者だ? 不審者か?」
確かに不審者に見えてもおかしくない二刀流の男が、梶岡に向かって再度、両刀を構えて言った。
「知らぬなら、殺してやろう、ホトトギス」
「は? 何だよ、それ」
ちょっと文言が違うが、どこかで似たような句を聞いた事がある感じがする。
「お兄ちゃん、殺しちゃダメだよ。仮にも、自分の生徒たちなんだからね! あと、分かっていると思うけれど、腕を掴まれているその女の子は被害者だよ」
「えっ、ウソでしょ? 私も狙われていたの!?」
いつのにか蒼蝶が、刀を構えた男の攻撃対象になっていた。その男は、梶岡に腕を掴まれた蒼蝶も視界に入っている。その女性から忠告をしていなければ、その男は蒼蝶までも巻き添えにしようとしていたのか。
あの男は刀を構えたまま、今にも蒼蝶や梶岡たちに向かって攻撃しようとしてきている。そうなると、被害者の蒼蝶まで巻き添えになってしまう可能性は、例え大丈夫だと言われても、ゼロではないと思う。一刻も早く、ここから逃げ出した方が良い。
蒼蝶は梶岡から逃げようとしたが、腕を力強く掴んでいた梶岡は蒼蝶を逃がさず、なんと蒼蝶を盾にするように自分の前に引き寄せてしまった。
「へっ! やれるもんならやってみろ。この女がどうなっても良いと言うのならな!!」
「冗談でしょ~(涙)」
逃げ出すつもりが、最悪の事態になってしまった。このままでは確実に巻き添えを食らってしまう。
「お兄ちゃん……」
女性は心配した様子で、刀を構えたままの兄を見た。その兄がボソッと呟いた。
「安心しろ……、一瞬だ」
「まったく安心できないんですけど!!」
と、蒼蝶が涙目で訴えた。男が言った。
「女、目を閉じろ」
言われるがまま、蒼蝶は目を閉じた。その瞬間、刀を構えた男が梶岡たち目掛けて突進、すれ違いざまに両方の刀を一振りして、梶岡たちを通過した。それは時間にして僅か1秒もない、男の言葉通り一瞬の出来事だった。
男が突進してきた瞬間、梶岡たちも思わず一瞬目をつぶってしまったが、男の突進後、自分たちの体を確認した。あんな迫力があったにも関わらず、全員が全くの無傷だ。
「なんだよ、何も起きねぇじゃねえか。こけ脅しか?」
と、梶岡は拍子抜けしたのか微笑した。梶岡の仲間たちも笑い声をあげた。その声を聴いて、蒼蝶は目を開けた。と、その時だった。
蒼蝶が目を開けた瞬間、梶岡とその仲間の男たちが着ていた洋服が一瞬のうちに全て粉々に切り裂かれ、更に彼らの頭髪やまつ毛、手や足のすね毛、男の下半身の急所部分に至るまでの全身のあらゆる毛が全て切り剃られ、文字通り完全な丸裸、綺麗さっぱり無くなった状態になった。一方、梶岡の盾にされた蒼蝶自身に変化は全く無く、無傷だ。つまり、あの刀一振りで、梶岡とその仲間の男たちだけを確実に仕留めた、という事である。
最初は何が起こったのか梶岡たちには気づかなかったが、周囲にいた女子生徒たちから悲鳴が上がり、改めて自分たちの姿を確認。ようやく自分たちの露わな姿に気づき、慌てて自分の大事なところなどを手で隠した。その瞬間をつき、ようやく蒼蝶は梶岡から解放され自由の身となり、すぐに目の前にいたその女性に駆け寄ると、その女性が抱き受け止めた。
「大丈夫、怪我はない?」
「は、はい、大丈夫です。たぶん」
安堵したのか、蒼蝶の目から大量の涙が溢れだし、「怖かった~」と大泣きしだした。その女性がそれを見て「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね」と優しく介抱した。
一方、何もかも全て丸裸にされてしまった梶岡たちは、「覚えてろ~」という悲しい捨て台詞を残して、慌てて逃げ去って行った。それを周囲たちが笑いながら見送った。
そして、その女性の兄だと言うアロハシャツを着て刀を持った男の姿は、梶岡たちに攻撃を終えた直後、誰も気づかぬうちに一瞬で跡形もなく消え去っていた。
一時騒動は起こったものの、しばらく経たぬうちに玄関ホールは、蒼蝶がやって来た時と同じ空気に戻っていた。蒼蝶もしばらく大泣きしていたが、涙を拭き、気を取り直した。そして、自分を介抱してくれた、その美しい女性に声を掛けた。
「あの……、色々、ありがとうございました」
「良いのよ、気にしないで。私は兄を呼んだだけで、特に何もしていないわ」
「その事なんですが、その……、貴女のお兄さんって、もしかして……」
「あれ? 知っているの? ……あっ、そっか。試験会場で面接官として会っているんだったわね」
「……って言う事は、やっぱり……」
「そうよ。お察しの通り私の兄は、この織田清州高校の校長、織田信長よ」
織田信長と聞いて、玄関ホールにいたヤンキーたち全員に動揺が走った。誰も自分が通っている学校の校長の顔すら覚えていなかったのか、と蒼蝶は驚いた。その女性は話を続けた。
「そして、私は織田信長の妹の織田市。貴女の担任教師よ。よろしくね、冨喜蒼蝶さん」
と言って、市は蒼蝶にウインクした。信長の妹と聞いて、またヤンキーたち全員が、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚いていた。ここで市は周りが驚いているのに気付いた。
「あれ? みんな、私がお兄……いえ、信長の妹だって、知らなかった?」
ヤンキー達は、黙って何度も頷いた。どうやら誰一人知らなかったようだ。
「お兄ちゃんたら、妹がいるって皆に教えていなかったんだ……」
知っていたら、ここまでの騒ぎにはならなかっただろう。こんな事が起こるくらいなら、事前に教えておけば良かっただろうに。
「でも、気を付けなきゃダメよ、蒼蝶さん。こういった事は、ここでよくあるみたいだから。また何かあったら、すぐに助けを呼んでね」
「は、はい!」
「とは言っても、なんでか分からないけれど、私も昔から怖い男の人によく危ない目に遭わされそうになったんだ。その度に、お兄ちゃんがいつもこうして危ない所を必ず助けてくれた」
と、途中、両手に刀を構えて切るフリをしながら言った。それを蒼蝶は「へ、へぇ~……」と苦笑しながら言った。
「あっ、でも最近、妙な事があってね」
「妙なこと?」
「実は私、先月までは尾張の女子大生だったんだけど、つい先日、卒業旅行で女子大の女友達と一緒に東京の渋谷に出かけていたの。そしたら今みたいに怖い男の人達にからまれちゃって危ない状況だったところを、どこからかお兄ちゃんが現れて、その場で今のように二刀流で全員成敗してくれたんだ」
「……? 別に妙なところは無さそうですけれど、どこが妙だったんですか?」
「それが……。その時お兄ちゃん、渋谷じゃなくて、この学校の中にいたんだって」
「ええっ!? それ本当ですか?」
蒼蝶が驚くと同時に、周りで聞き耳を立てていたヤンキー達にどよめきが走った。
「その日は、教職員全員を一同に集めた重要な会議の日だったらしくて、その会議に出席した人全員がお兄ちゃんを見ているし、しっかり会話もしていたの」
「もしかしたら、その会議に出ていた人が影武者だったとか?」
「まさか。まあ、最初は私もそう思ったんだけど、会議に出た先生方が皆、口を揃えて、いつもと何ら変わらない校長だ、って言うし。私もそれは間違いなく真実だと思う」
「お兄さんが先生方を脅して口裏を合わさせ……グフッ!」
その時、市が笑顔を見せながら無言で、蒼蝶に怒りの肘鉄を喰らわせた。どうやら、その線もないようだ。
「だ、だったら、渋谷に現れたお兄さんが影武者だったとか?」
「それも無いわ。妹が実の兄を影武者と見間違える事なんて絶対にないわよ」
「でも、お兄さんもきっと妹がそう思うだろうと見込んで影武者を送り込んだ、とか……」
「ない、ない! それは絶対にない! 私、生まれてからほとんどお兄ちゃんの傍にいて、お兄ちゃんをずっと近くで見続けてきたんですもの。影武者だったら、絶対に気づくわ。そもそも、影武者がいたなんて話は今まで聞いたことも見た事もない」
「それは、ただ単に、お兄さんが市先生に言わなかっただけじゃ……」
「兄の隠し事が見抜けない私ではないわよ」
とにかく市がそれほど強い自信を持って断言しているので、渋谷に現れた信長も、本物の信長なのだろう。だが、そうなってしまうと、この学校にいた信長も、渋谷にいた信長も、どちらも本物の信長という事になる。しかし、この尾張(現在でいう愛知県)の学校に信長本人がいながら、同じ時間に遠く数百キロ離れた東京に同時に現れるなんて、やはり影武者を使ったか、もしくは誰にも一切気づかれぬ事なく瞬間移動のような超人的秘儀能力を信長自身が隠し持っていて使っていたとかしないと、現実的には不可能である。ありえない。
ちなみに、これは後から聞いた話だが、市がアメリカのニューヨークにある大学へ短期留学していた時のある日の夜、現地人に絡まれてしまった事が度々あって、その時もやはり本物の信長がどこからか突然現れて、その度に市の目の前で拳銃や刀を使って成敗し助けて即、姿を晦ましたらしい。しかし、その時刻、信長はこの学校の体育館で全校生徒や教職員達が一堂に会する朝礼を行っていた。当然、その場にいた全員が校長である信長本人の声と顔を直接しっかり見聞きしているのだから、アリバイは完璧だ。
とにかく分かっている事実は、市に何か危害が及びそうになると、何らかの武器を持った信長がどこからか瞬時に現れ、加害者が何らかの酷い目に遭った直後に跡形もなく消え去る、ということだ。
現役の高校校長が傷害罪や銃刀法違反、逃亡罪など複数の罪で今にも検挙されてしまうのでは、という危惧はあるけれども、少なくとも、今回の騒動で、この学校の生徒たちから今後、市に危害を加える危険性への抑止力になったはずだ。
その後、ようやく受付を済ませる事ができた蒼蝶は、市が部屋まで案内してくれるとの事だったので、市の後について行った。
市によると、中央棟には、食堂や談話室、図書室、娯楽室など男女共有の施設が集約された建物で、中央棟向かって左側の建物が女子棟、右側が男子棟となっている。寮の中では制服ではなく基本的に私服でも構わないが、授業などで校舎に行く際には指定の学生服に着替える必要がある。寮の中ではスマートフォンや漫画本など私物の持ち込みや使用は、学校が指定する危険物でなければ基本的には可能だが、体育館や校舎など寮以外の敷地内に私物の持ち込みは学校の規則により原則として禁止。とは言っても、密かに持ち込む生徒が多すぎているようだ。
また、寮内では原則として夜9時には点呼、夜11時に消灯がある。
放課後から点呼がある夜9時までは部活時間を除き自由行動となり、寮の食堂で食事したり、お風呂に入ったり、自室で勉強したりなど、各々自由に過ごせるし、その間に管理人事務所に外出届を出せば校外に外出もできる。ただし、夜9時までには寮に戻らなければならず、点呼以降の外出は原則として禁止。中央棟の正面玄関が施錠され、基本的には中からも外からも出入りする事はできない。
土日や休日は、部活動が無かったり、部活に所属していなければ、朝から夜9時まで終日自由行動が可能。外出届を提出すれば校外へ外出できるし、学校外で食事したり、街へ遊びに行ったり、買物したりでき、外泊届を出せば自宅に限り外泊もできるとのこと。
夜11時の消灯では、寮の中央棟がすべて消灯される。併せて、男子棟そして女子棟の入口ゲートが施錠封鎖され翌朝5時まで入退場も出来なくなる。消灯後は就寝時刻にもなっているが、必ず就寝しなければならないわけではなく、その時刻以降から翌朝までは必ず自室にいること、そして相部屋の相方の迷惑にならない範囲であれば、消灯以降も自室内で起きている事は可能である。
朝は6時に館内放送で朝の目覚まし放送が流れて、それを合図に起床。各自、食堂に出向いて朝食、その後に身支度を整え、準備ができ次第、校舎の教室へとそれぞれ向かうのが、平日朝の基本的なルーティーン。しかし、在校生徒のほとんどが素行不良の生徒ばかりなので、このルーティーンが守られているほうが逆に珍しいらしい。
市の案内で、蒼蝶は中央棟の2階にある女子棟入口の前へとやって来た。そこにはセキュリティで守られた自動扉のゲートがあり、このゲートの奥が女子棟になっている。もちろん、女子棟入口の反対側には同じ設備の男子棟入口のゲートもある。
男子棟と女子棟それぞれの棟へ行くには、必ずこのゲートを通る必要があり、通過するには受付の際に生徒1人1人に与えられる学生証代わりにもなる専用IDカードを入口横に設置されたセキュリティ端末固定機器に通し、定期的に更新されるパスワードを端末機に入力しなければならない。このIDカードとパスワードの2つが予め登録されたデータと一致すればゲートが開いて中に入れる仕組みで、どちらか片方だけでは開かない。もちろん、これは男子棟でも同じシステムだが、保安上、女子生徒が男子棟ゲートでIDカードとパスワードを使っても男子棟には入れず、逆に男子生徒が女子棟ゲートで同じことをしても女子棟に入ることは出来ないようになっている。
ちなみに、IDカードの紛失や盗難などにあった場合は、寮の中央棟1階にある管理人事務所か、または校舎の事務室で所定の手続き申請をすれば再発行されるが、再発行と同時にゲートのパスワードが男女とも新しいものに変更されてしまう。紛失や悪用目的での盗難が非常に多いので、かなり頻繁にパスワードが変更されてしまい、新しいパスワードを知らない生徒や教職員がゲート通過できなくなるという問題が日常茶飯事のように起きてしまうとのことだ。
市と蒼蝶が女子棟のゲートを通過しようとした時も、新しいパスワードに変更された直後で通れなかったという事態になったが、新しいパスワードは清州高校専用のスマホアプリに適宜通知されるので、それを各自確認すれば通過できる。
市と蒼蝶が無事ゲート通過できた直後、早くも2回目の新しいパスワード変更通知がスマートフォンに届いていた。市と蒼蝶が通過した時のパスワードはもう使用できない。1回目と2回目の間隔があまりに早すぎるパスワード変更に蒼蝶は驚いていたが、それだけ日常的に紛失や盗難が多い事を表しているという事だ。身を引き締めた瞬間に、もう次なる3回目のパスワード変更通知が届いていた。
さすがに、この短時間で既に3回もパスワード変更になるのは大変珍しいようで、教師である市も驚いていた。こんな頻繁な変更となった原因は、先ほどの梶岡たちのグループ全員が信長によって所持品や身ぐるみ全て剥がされてしまい、ゲート通過できなくなった彼らが全身素っ裸のままで1人ずつ再発行申請手続きしていた為、その都度パスワード更新となってしまったからである。
女子棟と男子棟はそれぞれ7階建てとなっており、中身はどちらも共通の造りとなっている。それぞれの棟の1階には、女子棟ならば女性専用の大浴場や簡易的なジムトレーニング施設、男子棟も同じく男子専用の大浴場とジム施設があり、生徒は清掃時間以外ならば好きな時に利用できる。2階と3階は1年生専用の居室。4階と5階が2年生専用の居室で、6階と7階が3年生専用の居室となっている。
また、それぞれ学年ごとの各階フロアには、その学年を担当する教職員専用の個人部屋も完備されている。学校の事務員など一部職員を覗き、教職員も基本的に学生と同様の寮生活をおくる決まりが法律である為だ。市は1年生のクラス担任なので、女子1年生が居住するフロアである3階に自室がある。
蒼蝶は市の案内のもと、2機あるうちの1機のエレベーターを使って2階から3階へと上がり、そのままドア上部に『302』と室札が掲示された部屋の前までやって来た。
「ここが冨喜さんの部屋、302号室よ。市の部屋は、この2つ隣の300号室だから、何か困った事があったら、いつでも来て良いからね。と言っても、私も今年教師になったばかりの新米ペーペーだから、頼りになるかどうか分からないんだけど」
「い、いえ、そんな事はないです。私も不安や心配でいっぱいだったんですけれど、市先生がいてくれて、歳も近いですし、何だか初めてできたお姉さんっていう感じがして、私としては嬉しいです。正直、校長先生の妹っていうのが、あまり信じられないんですが……」
「あ、やっぱりそう思う? よく言われるんだよね、お兄ちゃんと全然似ていないって。もう1人のお兄ちゃんには似ている、って言われるんだけど」
「それって、もしかして、織田末森高校の校長の……」
「そう。織田信行。私は『信兄』って呼んでいるの。兄2人とも名前に『信』が付いて、呼ぶときに紛らわしいから、一番上の兄の信長を『お兄ちゃん』と呼んで、二番目の兄の信行を『信兄』と呼んで区別している。そして、私が2人の妹の『市』。他にも異母兄弟がいるけれど、私たち3人は同じ母から生まれた事もあって、とっても仲が良いの」
2人の兄の呼び方に関しては、信長を『信兄』に、信行を『行兄』にすれば良いのでは、と蒼蝶は思って市に提言しそうになったが、寸前で思い留めた。本人が好きに呼べばそれで良いのだ。
「そう言えば、先日の高校受験の時、校長と信行さんが去年ハワイ旅行に行った、って言っていましたね」
「あっ、行った行った! 私とお母さんも一緒に行ったよ」
「信行さんが信長先生に後ろから突き飛ばされて海に落ちた、って聞きました」
「あの時は、海で溺れそうになっていた信兄を助けるのが大変だったよ。お兄ちゃん、ずっと桟橋の上から高笑いして見ていたんだよ。その後、お母さんから滅茶苦茶怒られていたけれど、ずっと平然とした顔で知らんぷりしてた」
「なんとなく、その光景が目に浮かびます……」
と、蒼蝶は苦笑しながら言った。
その時、寮の館内放送でチャイムが鳴った。何かの時間を知らせるチャイムだ。そのチャイムを聞いた市はハッとして、慌てて自分の腕時計で時刻を確認した。
「あっ、いけない! もうこんな時間! 職員室に行かないと職員会議が始まっちゃう!!」
急がないと遅刻するかもしれない市は、慌てながら蒼蝶に言った。
「冨喜さん、ごめんなさい。もう行かないと。部屋に荷物を置いたら、筆記用具と、机の上に置いてある物を忘れずに持って、校舎の『1年1組』の教室へ来て。そこで新入生のオリエンテーションが20分後に始まるから、遅刻しないできてね。部屋の鍵はIDカードを差し込めば開くから」
伝えるべき事を全部伝えた市は、駆け足で蒼蝶の前から立ち去った。色々大変そうだな、と蒼蝶は市を見送りながら思ったあと、気を取り直して、自分の部屋の扉を見た。
自室は、他の新入生と2人での相部屋生活だ。ここの生徒達は不良生徒が多そうだから、きっとそのような人が部屋の相方になっているに違いない。色々相方に気を使って大変になるかもしれないが、それはしょうがない事だ。
蒼蝶は深呼吸をした後、扉をノックした。耳を澄ましたが、何も返事が無い。もう一度ノックしても、やはり無反応。誰もいないのだろうか。
「失礼しま~す」
と言って、蒼蝶はIDカードを差し込んで鍵を開け、恐る恐る扉を開けて部屋の中を伺った。
部屋は壁が全面白色で統一された8畳の洋室で、まるで新築のように清掃が行き届いており綺麗。床は全面フローリング。正面奥には8畳用の最新高性能エアコンとベランダに出られる掃き出し窓。その窓際には窓から外を眺められるように配置された椅子が2つとその間に小さな円卓の机が置かれている。
両端の壁際には、それぞれ部屋の奥から順に1人1つずつ、洋服や小物など1人分としては十分収納できる大容量の洋式クローゼット。ふかふかな手触りの厚いマットと布団一式が敷かれた木製シングルベッド。女性が好みそうなオシャレなスタンドライトが付いた1人用の勉強机が固定で設置。部屋の入口の扉付近には、これでもかと最新型の空気清浄器と、女子棟入口ゲートなどに音声で通話可能なモニター付きインターホンまで備え付けられている。
大人1人分ほどの幅がある大きさのベランダは、隣部屋のベランダとは繋がっていないその部屋専用の独立型。そして、ベランダの床から胸の高さまで隙間なく目隠しされた壁となっていて、寮の外からでは洗濯物がほとんど見えないように配慮がされている。また、その高さに沿うように布団も干せる可動式物干し竿も固定設置されており、今日からさっそく洗濯物や布団を外に干すことが可能だ。観葉植物もさりげなく備え付けで置かれている。
残念ながら部屋にテレビやトイレ、お風呂、洗面台はない。テレビは各階の談話室に1台ずつ、トイレと洗面台は各階の廊下、お風呂は1階の大浴場となり、いずれも共同になってしまうが、意外と快適に過ごせそうな寮部屋である。
部屋には、顔も名前も知らない相方となる女子生徒の姿はなく不在だった。部屋の片隅にその人の物と思われる荷物が置かれていたので、蒼蝶より先に到着していたようだ。既に教室へと向かったのかもしれない。蒼蝶もそろそろ教室へ向かった方が良さそうだ。
蒼蝶はとりあえず、その相方の荷物が置かれた場所とは反対側の隅に、家から持ってきた荷物を一旦置き、教室へ向かおうとしたが、市から持っていく物があると指示されたのを思い出して、部屋の勉強机を見た。
片方の勉強机の上には、おそらく相方が持っていたのか備え付けスタンドライドと充電式ケーブル以外は何も無かったが、反対側の勉強机の上には、その2つ以外に、持ち運びできるカバー付きのタブレット端末機が1台置かれていた。
「えっ、これを持っていくの?」
タブレット端末機以外に机の上には何も置かれていない。ベランダ傍の机の上にも特に何もないので、おそらくコレを持っていけば良いのだろう。しかし、高そうなタブレット端末機だ。そのタブレット端末機を手に取り、おもむろに裏面を見て見ると『生徒貸与用 女棟302号室B機』と書かれていたラベルが貼られていたので、これは学校の備品の1つであり、生徒1人に1台ずつ貸与されたものだろう。タブレットまで支給されたのは初めてなので驚いてしまうが、授業など学生生活での必需品になるのかもしれない。
蒼蝶は、とりあえずそのタブレットと家から持参した自分の筆記具一式を持って、部屋を出た。扉が閉まるなり鍵が閉まる音がしたので、おそらくオートロック式なのだろう。
女子棟ゲートを経由して、中央棟の正面玄関から寮の外に出た蒼蝶は、そのまま校舎へと向かった。その道中、至る場所で複数の不良学生グループたちが屯していたのを目にした。やはり、この学校はそういう人達が多いのだろう。ここまで蒼蝶のような真面目そうな生徒は誰1人見ていない。そんなに少数なのか。
校舎中央の生徒用昇降口から中に入ると、左右に長い通路が続いている。下駄箱がどこにも見当たらず、通路でも屯していた生徒らを見ると全員が学生靴を履いたままだったので、おそらく土足のまま入れるようだ。念のため、蒼蝶は近くにあった足ふきマットをわざわざ踏みに行き靴の汚れを軽く落とした後、通路に上がった。
不良の巣窟と言われていたから、校内が殺伐とした廃墟のように凄まじく荒れた感じになっているとイメージしていた。確かにそんな面影がチラホラ見受けられたが、思っていた程ではなかったので、少しだけ安堵した。
蒼蝶は、生徒用玄関脇の掲示板に校内図があったのを見つけ、教室の場所を確認しようと駆け寄った。しかし、各階に『○年○組』と記載された教室らしき広さの場所があったのだが、おそらく1年とか2年とか使用している学年が分かる肝心の『○』の部分が、ここでも誰かの手によって削り取られて分からなくなってしまっている。誰の仕業か、悪意をもってワザとやったのか知らないけれど、ここまでくるともう迷惑千万でしかない。
蒼蝶は、近くで屯していた不良男子グループに目を向けた。彼らに教室の場所を聞きたいが、また先ほどの玄関ホールでの出来事のような事が起こってしまうかもしれない可能性がある。でも、他に術がないので、そうならないよう心の中で切に願いながら、蒼蝶は彼らに恐る恐る声を掛けた。
「あ、あのう、すいません……」
「あ?」
と、彼らの1人が睨みつけるような目で蒼蝶を見た。
「あ、ごめんなさい。ちょっとお尋ねしたいのですが、新入生……、1年生の教室はどこか教えてもらえますでしょうか?」
その彼は返答せず、蒼蝶の目をジッと睨み続けた。恐怖で目を背けたいけど、何をされるか分からない。蒼蝶もお願いするような眼差しで彼を見続けた。
すると、根負けしたのか分からないが、彼は「あっちだ」と呟きながら、1階の通路の奥の方に顔を一瞬向けた。それを見て、蒼蝶は「ありがとうございます!」と深々と頭を下げて礼を言った。それ以降、彼は蒼蝶に顔を背けたし、彼のメンバー達も蒼蝶を気にする素振りは見せなかったので、蒼蝶は再び安堵した。
彼が教えてくれた通り、1階の通路を奥に進んでいくと、手前の扉の上に掲げられた小さな室名札に『1年1組』と書かれた教室を見つけた。よくみると、1年1組の奥には室内札に1年2組と書かれた教室があり、その更に奥にも教室が幾つか続いているが、どれも室名札は無記入だ。どうやら1年生は2クラスだけで、他の教室は空き教室らしい。
自分の教室となる1年1組の室名札を見た蒼蝶の心の中に期待と不安が渦巻いていた。
この教室に、蒼蝶と同じ新入生がいる。果たして、このクラスに不良生徒が何人いて、何人が蒼蝶と同じ真面目な生徒がいるのか。もし真面目な人達がいたら、その人達とは出来る限り仲良くなっておきたい。
蒼蝶はその場で2回深呼吸した後、覚悟を決めて、『1年1組』の教室の中に入った。
教室には縦に5列、横に6列の計30人分の机と椅子が並んでいて、その半分以上の席が男女とも荒々しい雰囲気のヤンキーの生徒達で既に埋まっていた。彼ら全員、入室してきた蒼蝶を睨むような視線を送った。同じクラスメイトとはいえど、これだけ睨まれると、どうしても恐縮してしまう。
教壇側の黒板には、座席図と名簿が貼ってあったので、蒼蝶はそれを見た。それによると、1年1組は全部で30人いるクラスで、男女比率は女子がやや多め。名簿の中に中学の同級生や見知った名前は1人もいない。冨喜蒼蝶の出席番号は、男女混合の18番。席は出席番号順に並んでいるようで、蒼蝶の座席は廊下側から数えて3列目、前からも3列目の席で、ちょうど教室の真ん中の場所だった。
蒼蝶は彼らの注目の中、終始恐縮しつつ自分の席に座った。自分の席に座っても、やはり彼ら、特に男子生徒たちからのジロジロ目線を四方八方から浴びて、何だかとても居心地が悪い。席は既に半分以上埋まっているが、もうこれ以上、彼らのような人は増えないだろう。
その後、蒼蝶のような真面目な人が来ることを願って待っていたが、やってくるのはガラの悪い人達ばかりで、ガラの悪さ具合もどんどん増していく。まともそうな人は一向に姿を見せず、蒼蝶をジロジロした目で見る彼らの人数が増え続けていく。蒼蝶の中では次第に嫌な予感を抱きつつあった。
そして時間ギリギリになって最後に現れたクラスメイトは、今朝、学校へ来るときに出逢った背の高い強面の金髪男。彼もまた蒼蝶と同じクラスメイトの一員だった。金髪男が現れた事により、今まで蒼蝶1人だけに集中していたジロジロ視線とザワツキが彼と蒼蝶の2人に分散した。金髪の彼が教室に入った直後、1年1組の担任教師である織田市が教室へとやって来た。市が、目の前にいた彼に声を掛けた。
「あっ、木下君。キミの席は、あの窓際の最後尾よ」
と、その席を指差した。木下という苗字の金髪男は何も答えず、その席へと向かい、勢いよく椅子に座り、両足を自分の机の上に載せ、ギロッとした目で前を向いていた。体も動作も態度も何もかも大きすぎて、まるでこのクラスの番長のような雰囲気だ。空気も一気に重くなった感じがする。
「も~、木下君。態度悪すぎ。ちゃんと足を下ろしてね」
と、市が優しく注意した。木下はチッと舌打ちして、机の上に載せていた両足を下ろすと、その机の上に片手で顎をのせ、視線を外へと向けた。それを見て、市がため息をついたが、気を取り直して全員に向かった。
「さっ、これで全員揃ったわね。では、新入生のオリエンテーションを始めましょうか」
「えっ!?」
全員揃ったと聞いて、蒼蝶はビックリして思わず席を立ってしまった。
「冨喜さん。急に立ち上がって、どうしたの?」
「先生、ホントにこれで全員揃ったんですか?」
「ええ、1年1組はこれで勢揃いよ。どうかした?」
「い、いえ……」
蒼蝶は、ゆっくりと自分の席に腰を下ろした。全員の視線が蒼蝶を見ている。
蒼蝶の嫌な予感が的中してしまった。
このクラスでまともな生徒は、蒼蝶ただ1人。他のクラスメイト全員がガラの悪い不良生徒達だったのだ。
こんな状況下で、果たしてこの先の学校生活、乗り越えられるのだろうか。
「前途多難だよ~!!」
と、蒼蝶は大声でそう叫びたくなったが、心の中で叫んだ。
【第三話に続く】
0
あなたにおすすめの小説
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妹の仇 兄の復讐
MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。
僕、孝之は高校三年生、十七歳。妹の茜は十五歳、高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。
その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる