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茶会と過去
侯爵家に備え付けのテラスで、私とリアさんはテーブルを囲んだ。
お茶会……ドリカお姉様は夜会にも茶会にもたくさん出ていたけど、私はあまり経験がない。
目の前に山のごとく盛られる宝石のようなお菓子に、私は瞳を輝かせた。
「わぁ……! このお菓子、すごくおいしいって都で評判になっているやつですか?」
「ああ。義姉上の口に合うかわからないが、好きなものを手に取ってもらいたい」
「リアさんもお菓子が好きなんですね」
「仕事柄、糖分は必要なのでね。あまり茶会をする機会はないが、菓子はよく口にする」
お仕事……というと領地経営かな。
でも侯爵家には帰ってきていないって言っていたような。
「リアさんは実家を離れて何をされているのですか?」
「教師をしている。仕事が忙しく帰省できていなかったのだが、案の定兄上に嫌味を言われてしまったか。今はちょうど春期休暇の時期で帰ってきた」
「教師……! すごいですね!」
「ああ……かれこれ四年目になるか」
やっぱりすごく賢いみたい。
私と歳がふたつしか変わらないのに、すごい才能だ。
領地経営と教師の兼任って、すごく大変なんじゃないかな……?
「教鞭を執って三年が過ぎ、そろそろ壇を降りて別の事業を始めようかとも思っている。しかし、そのためには兄上に自立してもらわなくてはならない。私がいつまでも領地経営に首を突っ込んでいるわけにもいかないのでね」
「そこはやっぱり、侯爵であるエルヴィス様にお仕事をしていただきたいと……?」
「無論。しかし、私では兄上の"陰険・自虐・卑屈"の三拍子を矯正できない。兄上のそばには明るく素直に寄り添ってくれる女性……すなわち義姉上のような人が必要であり、自立のための前提条件だと考えている」
私がエルヴィス様を立ち直らせる。
それは薄々、必要な責務だと感じていた。
だってエルヴィス様は立派な人なのだ。
きっと侯爵としての領地経営の才覚もある。
これほど大きな庭園の花々を、ずっと枯らさずに管理できているのは……すごく頭が回って、些細なことに気が遣える証拠。
私もガーデニングをしているからこそわかるのだ。
「どうしてエルヴィス様は自分を貶めるのでしょう? 私としては、とても素敵な殿方だと思いますのに」
「ふむ……兄上の独白を聞いたわけではないので、推測に過ぎないが。幼少期の出来事が関係しているのではないだろうか」
幼少期の出来事。
エルヴィス様も昔はやる気があったと、ミレーヌが語っていた。
「何があったのですか?」
「事故で両親を亡くした兄上は、幼くして爵位を継いだ。幼少の砌からのしかかる重責は、子どもの兄上にはさぞ苦しかったことだろう。そんな折に領地の村で発生したのが……疫病だった」
「その疫病は……今はどうなったのですか?」
「撲滅されている。疫病の蔓延当初、兄上はどうにか拡大を防ごうと村を隔離した。村人たちからの非難もあったが、封じ込めている間に対処法を探そうと躍起になっていたのだよ。しかし兄上の努力は実らず、その村の民はほとんどが死に絶えた」
「それが……エルヴィス様が自信を失ってしまった理由?」
リアさんは悲しそうに瞳を伏せる。
彼女は違う、とかぶりを振った。
「それだけが要因ではないだろう。強引な隔離に民たちから飛んだ非難はもちろんのこと、周囲の動きもあった。たとえば私は……古の文献を読み漁り、類似した病から疫病を特定して撲滅の足がかりとした。従弟のアルバンは怒る民たちを宥め、なんとか兄上への矛先を逸らした。こうした親族たちの手腕も、兄上から自信を奪う要因になったはずだ」
「…………」
「その後は私や従弟も政務に携わるようになった。兄上が単独で統治していた時期よりも治安や財政が安定し、次第に私の仕事も増えていった。兄上が進んで政務に携わることはなくなっていき、徐々に卑屈になり……当代の『陰険侯爵』が誕生したというわけだ」
私とは……逆なのかな?
私はドリカ姉様に悪い意味で目立たれ、自己肯定感を失っていた。
対してエルヴィス様は親族に良い意味で活躍されて、自分を認められなくなった。
周囲の人が有能だからといって、自分までが無能だとは限らないのに。
でも、そんな目に遭ったら誰だって自信をなくしてしまうだろう。
「エルヴィス様に関わる問題……すごく複雑みたいですね。だからこそ、私が寄り添ってあげたいと思います」
「本当に義姉上は理想の夫人だ。しかし、義姉上を取り巻く問題も忘れてはなるまい」
「え、私の問題ですか?」
「――今回の縁談に関して。今宵、兄上も交えて話すことになっている。義姉上のご実家について、ご家族について……少し意外な内容になるだろう。心の準備をしておいてもらいたい」
そうだ。
まだ縁談について詳しく聞いていないのだった。
心の準備……か。
正直、実家のことはあまり思い出したくないけれど。
リアさんの言うとおり、私自身の問題とも向き合わなくてはならない。
お茶会……ドリカお姉様は夜会にも茶会にもたくさん出ていたけど、私はあまり経験がない。
目の前に山のごとく盛られる宝石のようなお菓子に、私は瞳を輝かせた。
「わぁ……! このお菓子、すごくおいしいって都で評判になっているやつですか?」
「ああ。義姉上の口に合うかわからないが、好きなものを手に取ってもらいたい」
「リアさんもお菓子が好きなんですね」
「仕事柄、糖分は必要なのでね。あまり茶会をする機会はないが、菓子はよく口にする」
お仕事……というと領地経営かな。
でも侯爵家には帰ってきていないって言っていたような。
「リアさんは実家を離れて何をされているのですか?」
「教師をしている。仕事が忙しく帰省できていなかったのだが、案の定兄上に嫌味を言われてしまったか。今はちょうど春期休暇の時期で帰ってきた」
「教師……! すごいですね!」
「ああ……かれこれ四年目になるか」
やっぱりすごく賢いみたい。
私と歳がふたつしか変わらないのに、すごい才能だ。
領地経営と教師の兼任って、すごく大変なんじゃないかな……?
「教鞭を執って三年が過ぎ、そろそろ壇を降りて別の事業を始めようかとも思っている。しかし、そのためには兄上に自立してもらわなくてはならない。私がいつまでも領地経営に首を突っ込んでいるわけにもいかないのでね」
「そこはやっぱり、侯爵であるエルヴィス様にお仕事をしていただきたいと……?」
「無論。しかし、私では兄上の"陰険・自虐・卑屈"の三拍子を矯正できない。兄上のそばには明るく素直に寄り添ってくれる女性……すなわち義姉上のような人が必要であり、自立のための前提条件だと考えている」
私がエルヴィス様を立ち直らせる。
それは薄々、必要な責務だと感じていた。
だってエルヴィス様は立派な人なのだ。
きっと侯爵としての領地経営の才覚もある。
これほど大きな庭園の花々を、ずっと枯らさずに管理できているのは……すごく頭が回って、些細なことに気が遣える証拠。
私もガーデニングをしているからこそわかるのだ。
「どうしてエルヴィス様は自分を貶めるのでしょう? 私としては、とても素敵な殿方だと思いますのに」
「ふむ……兄上の独白を聞いたわけではないので、推測に過ぎないが。幼少期の出来事が関係しているのではないだろうか」
幼少期の出来事。
エルヴィス様も昔はやる気があったと、ミレーヌが語っていた。
「何があったのですか?」
「事故で両親を亡くした兄上は、幼くして爵位を継いだ。幼少の砌からのしかかる重責は、子どもの兄上にはさぞ苦しかったことだろう。そんな折に領地の村で発生したのが……疫病だった」
「その疫病は……今はどうなったのですか?」
「撲滅されている。疫病の蔓延当初、兄上はどうにか拡大を防ごうと村を隔離した。村人たちからの非難もあったが、封じ込めている間に対処法を探そうと躍起になっていたのだよ。しかし兄上の努力は実らず、その村の民はほとんどが死に絶えた」
「それが……エルヴィス様が自信を失ってしまった理由?」
リアさんは悲しそうに瞳を伏せる。
彼女は違う、とかぶりを振った。
「それだけが要因ではないだろう。強引な隔離に民たちから飛んだ非難はもちろんのこと、周囲の動きもあった。たとえば私は……古の文献を読み漁り、類似した病から疫病を特定して撲滅の足がかりとした。従弟のアルバンは怒る民たちを宥め、なんとか兄上への矛先を逸らした。こうした親族たちの手腕も、兄上から自信を奪う要因になったはずだ」
「…………」
「その後は私や従弟も政務に携わるようになった。兄上が単独で統治していた時期よりも治安や財政が安定し、次第に私の仕事も増えていった。兄上が進んで政務に携わることはなくなっていき、徐々に卑屈になり……当代の『陰険侯爵』が誕生したというわけだ」
私とは……逆なのかな?
私はドリカ姉様に悪い意味で目立たれ、自己肯定感を失っていた。
対してエルヴィス様は親族に良い意味で活躍されて、自分を認められなくなった。
周囲の人が有能だからといって、自分までが無能だとは限らないのに。
でも、そんな目に遭ったら誰だって自信をなくしてしまうだろう。
「エルヴィス様に関わる問題……すごく複雑みたいですね。だからこそ、私が寄り添ってあげたいと思います」
「本当に義姉上は理想の夫人だ。しかし、義姉上を取り巻く問題も忘れてはなるまい」
「え、私の問題ですか?」
「――今回の縁談に関して。今宵、兄上も交えて話すことになっている。義姉上のご実家について、ご家族について……少し意外な内容になるだろう。心の準備をしておいてもらいたい」
そうだ。
まだ縁談について詳しく聞いていないのだった。
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