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自分の居場所
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その夜。
私はなんだか落ち着かず、寝室を抜け出していた。
今にして明らかになった事実。
お姉様とお父様の血がつながっていないなんて……腑に落ちる部分もあるけど、信じてきた事実が覆されてしまったことが怖い。
実家に愛着があるわけでもない、そう思っていた。
でもお父様がひとりで何もかも解決しようとしているのを知って、なんだか複雑な気持ちになって。
「…………」
気がつけば屋敷の外に出て、庭園まで来ていた。
夜闇を蛍が飛び交う。
あたたかい蛍光を見ていると、なんだか心が落ち着く。
赤い花弁を揺らすゼラニウム。
エルヴィス様の好きな花だ。
土が少し乾いてる……水やりした方がいいかな?
「そこにいるのは……ディアナ嬢?」
あら、この心地よい声は。
振り向くとエプロンをつけたエルヴィス様が立っていた。
いつも礼服を着ている姿しか見ないから、ちょっと新鮮だ。
「こんばんは、エルヴィス様。なんだか寝つけなくて」
「あんな話をしたのだから仕方ない。夜風に当たって気分を落ち着かせるのも悪くないだろう」
エルヴィス様はそう言うと、庭園の土をグローブ越しに触りはじめた。
「うちの庭園には乾燥に弱い花が多い。暑い日には夜も水をやりにくるんだ」
花の世話を使用人に任せきりではないあたり、エルヴィス様の真剣さがうかがえる。
本当にガーデニングがお好きなのだろう。
「私もお手伝いさせてください。エルヴィス様の庭園、すごくセンスがいいと思うんです」
「ああ……ぜひ一緒に花を育てたいところだが。今のディアナ嬢はドレス姿だし、また今度お願いするよ」
そうだった……土いじりするつもりではなかったから、普通にドレスで来てしまった。
これではエルヴィス様のお手伝いができない。
「……この花は別の領地から移植したものだ。俺のわがままで買い取ってね。アリフォメン侯爵領は温暖な地域だから、大抵の花はのびのびと育ってくれている」
「いいですね……あたたかい場所は好きです」
たしかに……国の中でもここは温暖な地域だ。
土地も肥沃で、昔からずっと繁栄している。
花を育てるにも最適で……私にとっては最高の土地だと思う。
「なあ、ディアナ嬢。君はアリフォメン侯爵家を『自分の居場所』だと思ってくれるか?」
「自分の居場所……ですか?」
「ああ。俺たちは、その……ふ、夫婦になったわけだ。家族として俺はディアナ嬢を幸せにしたい。そのためには、ここに咲く花々のように……たとえ他の場所の生まれであっても馴染んでほしい」
エルヴィス様はどこまでも私を気遣ってくれている。
心配症なんだろうか。
かつて民を救えなかったという経験から、いっそう他者を救うことには敏感なのかもしれない。
「もちろん、ここが私の居場所だと思っていますよ。アリフォメン侯爵家に根を張り、すくすくと幸せを吸い込んで。大きな花になりたいです。誰が見ても美しいと言ってもらえるような、一輪の花に。そのために……」
私はエルヴィス様の隣に屈みこむ。
少しドレスが汚れてしまったけれど、気にしない。
「エルヴィス様。私のことを『ディアナ嬢』ではなく、『ディアナ』とお呼びください。そうしたらもっと家族の実感が持てると思います」
「え、あの……いきなりな要求だな。ま、まあそれが必要なことだというのなら……」
「必要です。絶対必要です!」
「そ、そうか。では……デ、ディアナ……」
「はい!」
私の返事にエルヴィス様はびっくりしたように肩を震わせた。
それから庭園の地面から目を離し、私の方を向く。
「……俺だけが呼び捨てにするのは不公平だな。ディアナ、君も俺を『エルヴィス』と呼んでくれ」
「え、ええっ……!? そんな、恐れ多い……!」
「夫婦に恐れ多いも何もあるか。君がそう呼んでくれないのなら、俺も君を『ディアナ嬢』と呼び直すことにするが」
「う……わ、わかりました。エルヴィス!」
「うっ!」
エルヴィス様……いいえ、エルヴィスは再び肩を震わせた。
私はなんだか落ち着かず、寝室を抜け出していた。
今にして明らかになった事実。
お姉様とお父様の血がつながっていないなんて……腑に落ちる部分もあるけど、信じてきた事実が覆されてしまったことが怖い。
実家に愛着があるわけでもない、そう思っていた。
でもお父様がひとりで何もかも解決しようとしているのを知って、なんだか複雑な気持ちになって。
「…………」
気がつけば屋敷の外に出て、庭園まで来ていた。
夜闇を蛍が飛び交う。
あたたかい蛍光を見ていると、なんだか心が落ち着く。
赤い花弁を揺らすゼラニウム。
エルヴィス様の好きな花だ。
土が少し乾いてる……水やりした方がいいかな?
「そこにいるのは……ディアナ嬢?」
あら、この心地よい声は。
振り向くとエプロンをつけたエルヴィス様が立っていた。
いつも礼服を着ている姿しか見ないから、ちょっと新鮮だ。
「こんばんは、エルヴィス様。なんだか寝つけなくて」
「あんな話をしたのだから仕方ない。夜風に当たって気分を落ち着かせるのも悪くないだろう」
エルヴィス様はそう言うと、庭園の土をグローブ越しに触りはじめた。
「うちの庭園には乾燥に弱い花が多い。暑い日には夜も水をやりにくるんだ」
花の世話を使用人に任せきりではないあたり、エルヴィス様の真剣さがうかがえる。
本当にガーデニングがお好きなのだろう。
「私もお手伝いさせてください。エルヴィス様の庭園、すごくセンスがいいと思うんです」
「ああ……ぜひ一緒に花を育てたいところだが。今のディアナ嬢はドレス姿だし、また今度お願いするよ」
そうだった……土いじりするつもりではなかったから、普通にドレスで来てしまった。
これではエルヴィス様のお手伝いができない。
「……この花は別の領地から移植したものだ。俺のわがままで買い取ってね。アリフォメン侯爵領は温暖な地域だから、大抵の花はのびのびと育ってくれている」
「いいですね……あたたかい場所は好きです」
たしかに……国の中でもここは温暖な地域だ。
土地も肥沃で、昔からずっと繁栄している。
花を育てるにも最適で……私にとっては最高の土地だと思う。
「なあ、ディアナ嬢。君はアリフォメン侯爵家を『自分の居場所』だと思ってくれるか?」
「自分の居場所……ですか?」
「ああ。俺たちは、その……ふ、夫婦になったわけだ。家族として俺はディアナ嬢を幸せにしたい。そのためには、ここに咲く花々のように……たとえ他の場所の生まれであっても馴染んでほしい」
エルヴィス様はどこまでも私を気遣ってくれている。
心配症なんだろうか。
かつて民を救えなかったという経験から、いっそう他者を救うことには敏感なのかもしれない。
「もちろん、ここが私の居場所だと思っていますよ。アリフォメン侯爵家に根を張り、すくすくと幸せを吸い込んで。大きな花になりたいです。誰が見ても美しいと言ってもらえるような、一輪の花に。そのために……」
私はエルヴィス様の隣に屈みこむ。
少しドレスが汚れてしまったけれど、気にしない。
「エルヴィス様。私のことを『ディアナ嬢』ではなく、『ディアナ』とお呼びください。そうしたらもっと家族の実感が持てると思います」
「え、あの……いきなりな要求だな。ま、まあそれが必要なことだというのなら……」
「必要です。絶対必要です!」
「そ、そうか。では……デ、ディアナ……」
「はい!」
私の返事にエルヴィス様はびっくりしたように肩を震わせた。
それから庭園の地面から目を離し、私の方を向く。
「……俺だけが呼び捨てにするのは不公平だな。ディアナ、君も俺を『エルヴィス』と呼んでくれ」
「え、ええっ……!? そんな、恐れ多い……!」
「夫婦に恐れ多いも何もあるか。君がそう呼んでくれないのなら、俺も君を『ディアナ嬢』と呼び直すことにするが」
「う……わ、わかりました。エルヴィス!」
「うっ!」
エルヴィス様……いいえ、エルヴィスは再び肩を震わせた。
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