あなたがわたしを捨てたのに~わたしに婚約破棄を突きつけた殿方が再び迫ってきているのですが~

朝露ココア

文字の大きさ
1 / 23

幸せの崩壊

しおりを挟む
貴方がハンカチをくれたこと、今でも覚えています。
雨が降る日のことでしたね。

急に降りだした雨にわたしは濡れてしまって、慌てて庭園の小屋に駆け込んだのでした。
帰りが遅いわたしのことを心配してくれたのでしょうか。
貴方は雨に打たれながら走り回り、小屋の中で震えるわたしを見つけてくれました。

あのときは本当に嬉しかった。
髪をしたたる水滴に涙が混じって、目の前がぼやけて見えなくなるほどに。
貴方は一枚のハンカチをわたしにくれて、濡れた髪を拭いてくれました。
いつの間にか貴方まで泣き出していて、二人でくすりと笑いましたね。

本音を言うと少し意外だったのです。
いつも弱気で、周囲の男の子にもからかわれてばかりの貴方が……こんなに勇気を出して探しに来てくれるだなんて。
やっぱり優しい人なんだって、そう思いました。

だから、わたしは貴方を愛すると決めたのです。
婚約者として相応しい令嬢になろうとしたのです。
わたしは今も貴方がくれたハンカチを肌身離さず持っています。

ねえ。
貴方は今でも覚えていますか?
わたしのことを……愛してくれていましたか?

 ***

「マリーズ。すまないが君との婚約を破棄させてもらう」

突然の婚約破棄。
わたしは頭の中がまっしろになった。
彼がいま、何を言ったのかわからない。

婚約者のトリスタン伯爵令息。
長めの金髪に、切れ長の青い瞳。
誰が見ても惚れ惚れするような端正な顔立ち。
いつも見とれていた彼の姿だけれど、今は直視するのが恐ろしい。
それでもわたしは、何とか言葉を紡いだ。

「理由を……教えてくれる?」

トリスタンは、傍らにいる見知らぬ少女を抱き寄せた。
まるでわたしに見せつけるように。

「君は私を愛していないのだろう?」

まったく予想外の言葉がトリスタンの口から出た。
わたしが……彼を愛していない?

「……いいえ、それは違うわ。トリスタン、わたしは……」

「無理に弁明しなくてもいい。もともと私たちの両親が決めた婚約だ。そこに愛などあるはずもなかったんだ。婚約を結んでから八年間、よく私のような男に付き合ってくれたな。ありがとう」

感謝を述べながらも、トリスタンの言葉に感情は籠もっていなかった。
依然として向けられた冷ややかな視線。
――目まいがする。
息がうまくできなくなってきた。

「君は……一度も私に『愛している』と言ってくれたことはなかった。本当は心の底で嫌っていたのだろう?」

「そ、そんなことは……ないわ。わたしは貴方を愛している……」

「……」

トリスタンは沈黙していた。
私に困惑の視線を向けたあと、隣に立つ栗毛の少女にあたたかい視線を向ける。

「彼女……ニコレットは私の新しい婚約者だ。出自は平民だが、愛に身分など関係ない。彼女は私に何度も言ってくれたよ、『愛している』と」

"愛している"
ああ、貴方はその言葉が欲しかったのですね。
どうして……言ってくれなかったのだろう。
いや、わたしが気づいてあげるべきだったのだろうか。

うわべだけの言葉に意味はないと思っていた。
わたしの愛はすべて行動で伝わっているものだと――

「君は私なんかよりも立派な人を愛し、好きに生きてくれ。私はこれからニコレットと共に貴族学校へ入学し、新たな人生を歩むことにする。では、さらばだ」

トリスタンは淡々と言い放ち、ニコレットをエスコートして歩いて行った。
彼女だけに柔らかな笑みを向けて。

「はぁ……っ」

息がうまくできなくなって、床に膝をつく。
去り際、一瞬だけトリスタンが立ち止まったが……彼が手を差し伸べてくれることはなかった。
足音はそのまま遠ざかっていき……わたしもやがて意識を落とした。

 ***

「お嬢様……!? お目覚めになられたのですね!」

暗闇から意識を引きずり出す。
本当ならずっと眠っていたかったのだけど。

……あの雨の日の夢を見ていた。
侍女のロジーヌは心配そうにわたしの顔を覗き込んでいる。

「倒れられていたのを発見しまして……いったい何があったのですか? トリスタン様とお会いになられていたのですよね?」

……ああ、そうか。
まだ誰も知らないんだ。

「……婚約破棄、されたのよ」

「…………え」

「トリスタンはわたしとの婚約を破棄した。それでショックを受けて、気を失ってしまったみたい。けがはないわ」

ロジーヌは絶句していた。
いきなりこんなことを言われても困るだろう。
お父様やお母様にどう説明すればよいものか……。

「ごめんなさいね。いきなりの話で驚いたでしょう? とりあえずお父様に報告しに行くわ」

「お、お待ちを! せめて少し休まれてから……」

「いい。すぐに今後の方針を決めないと」

何もかもが非現実的だ。
まだ婚約破棄を現実として受け入れられていない。
浮遊感を伴う失意のなか、わたしは父の書斎に向かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

婚約者の命令により魔法で醜くなっていた私は、婚約破棄を言い渡されたので魔法を解きました

天宮有
恋愛
「貴様のような醜い者とは婚約を破棄する!」  婚約者バハムスにそんなことを言われて、侯爵令嬢の私ルーミエは唖然としていた。  婚約が決まった際に、バハムスは「お前の見た目は弱々しい。なんとかしろ」と私に言っていた。  私は独自に作成した魔法により太ることで解決したのに、その後バハムスは婚約破棄を言い渡してくる。  もう太る魔法を使い続ける必要はないと考えた私は――魔法を解くことにしていた。

【完結短編】真実の愛を見つけたとして雑な離婚を強行した国王の末路は?

ジャン・幸田
恋愛
真実の愛を見つけたとして政略結婚をした新妻を追い出した国王の末路は、本人以外はハッピーになったかもしれない。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

処理中です...