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私の役割
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村長の家を訪れたフレーナ。
広い居間では、村長が座っていた。
彼はフレーナの姿を見るや否や顔を顰める。
「フレーナ……服装が汚らしいな。それに匂いもきつい。そんな恰好で村長の家に上がるのは失礼だと思わんのか?」
「も、申し訳ありません……」
新しい服を買う金も、風呂に入る贅沢もできないのだから仕方ない。
村長もそれをわかった上で言及しているのだろう。
「まあいい。座るのは……椅子が汚れるからやめてくれ。立ったまま話を聞いてほしいのだが、お前に朗報がある」
「朗報、ですか?」
嫌な予感がする。
しきりにフレーナに嫌がらせをする村の住人が『朗報』と言うと、逆に『悲報』になってしまうのでは。
恐る恐る村長の話の続きを聞く。
「ああ。実はな、お前を神への生贄に捧げることとなった」
「え……?」
──生贄。
つまるところ、死を意味する。
フレーナは唐突な死刑宣告に硬直した。
「お前もシシロ村の住人なら知っているだろう? 遥か昔、この地を守る神が『二百年後に人間を捧げよ』と仰られた。なんと光栄なことに、お前は神への供物に選ばれたのだ!」
村長はしたり顔で手を広げる。
まさに至上の喜びと言わんばかりに。
フレーナも伝承は知っていた。
二百年に一度、この村は神に生贄を捧げているという。
まさか自分が選ばれるとは思っていなかったが。
「私が、供物……」
「そうだ。疫病を持ち込んだ夫婦の娘であるお前を、ここまで育ててやったのはシシロ村だろう? 育ててくれた村に恩返しできる上に、偉大なる神への供物にもなれるとは! お前の幸運が本当に羨ましいよ」
拒否権などない。
フレーナの扱いは奴隷同然で、村長の命令など断れるわけもなかった。
本音を言えば、死にたくない。
神への供物になることを光栄だと思えない。
たぶん他の村人も同じで、汚れ役をフレーナが買っただけなのだろう。
──なんだ、いつものことじゃないか。
フレーナはそう思った。
苦しむのは、絶望するのは、自分の役割だから。
「……わかりました。神様の贄となることができて、大変光栄です」
逃げ場などない。
これで苦しい日々からも解放される。
もう人生は終わりにして、両親のもとへ逝こう。
「おお、さすが物分かりが良いな! 明日には贄としてお前を恵山へ運ぶ。神に失礼がないよう、準備は入念にしておかねばな。今日は村の浴場の使用許可を出すし、食事や衣装も用意してやろう!」
「はい、ありがとうございます。何から何までお世話してくださって、本当に感謝しかありません」
心にもない感謝がすらすらと出てくる。
いつも表面上は頭を下げていて、今日だってそうだった。
自分が死ぬとわかっても、フレーナは諦めていたのだ。
沈鬱な心持で彼女は自宅に戻った。
***
「お父さん、お母さん……」
冷え切った小屋の中に、フレーナの声が消え入る。
膝を抱えて隅にうずくまっていた。
明日には自分が生贄として捧げられる。
急に告げられた理由は、フレーナが村から逃げられないようにするためだろう。
だが、彼女には逃げる気など毛頭なかった。
「私、もうすぐ二人のところに行くね。今まで辛かったけど……冤罪でお父さんとお母さんが処刑されたって、証明できなかったよ。ごめんね」
最後までフレーナ一家は疫病を持ち込んだ大罪人として罵られるのだろう。
それだけが悔しかった。
毎日毎日、生きた心地がしないまま。
奴隷のように暮らしてきた日々。
死ぬことでやっと解放されるのだ。
「えっと……この後、お風呂に入らないと。たぶん数年ぶりに入るよね。明日は用意してもらった生贄用のドレスを着て、ご飯を食べる。最後の最後で、やっと人間らしい一日が送れるんだ」
神がどのような形をしているのか、どのように人を食うのか。
それはわからないが……少なくとも村人たちよりは恐ろしくないだろう。
フレーナはそう考えて、身を清める準備に取り掛かった。
広い居間では、村長が座っていた。
彼はフレーナの姿を見るや否や顔を顰める。
「フレーナ……服装が汚らしいな。それに匂いもきつい。そんな恰好で村長の家に上がるのは失礼だと思わんのか?」
「も、申し訳ありません……」
新しい服を買う金も、風呂に入る贅沢もできないのだから仕方ない。
村長もそれをわかった上で言及しているのだろう。
「まあいい。座るのは……椅子が汚れるからやめてくれ。立ったまま話を聞いてほしいのだが、お前に朗報がある」
「朗報、ですか?」
嫌な予感がする。
しきりにフレーナに嫌がらせをする村の住人が『朗報』と言うと、逆に『悲報』になってしまうのでは。
恐る恐る村長の話の続きを聞く。
「ああ。実はな、お前を神への生贄に捧げることとなった」
「え……?」
──生贄。
つまるところ、死を意味する。
フレーナは唐突な死刑宣告に硬直した。
「お前もシシロ村の住人なら知っているだろう? 遥か昔、この地を守る神が『二百年後に人間を捧げよ』と仰られた。なんと光栄なことに、お前は神への供物に選ばれたのだ!」
村長はしたり顔で手を広げる。
まさに至上の喜びと言わんばかりに。
フレーナも伝承は知っていた。
二百年に一度、この村は神に生贄を捧げているという。
まさか自分が選ばれるとは思っていなかったが。
「私が、供物……」
「そうだ。疫病を持ち込んだ夫婦の娘であるお前を、ここまで育ててやったのはシシロ村だろう? 育ててくれた村に恩返しできる上に、偉大なる神への供物にもなれるとは! お前の幸運が本当に羨ましいよ」
拒否権などない。
フレーナの扱いは奴隷同然で、村長の命令など断れるわけもなかった。
本音を言えば、死にたくない。
神への供物になることを光栄だと思えない。
たぶん他の村人も同じで、汚れ役をフレーナが買っただけなのだろう。
──なんだ、いつものことじゃないか。
フレーナはそう思った。
苦しむのは、絶望するのは、自分の役割だから。
「……わかりました。神様の贄となることができて、大変光栄です」
逃げ場などない。
これで苦しい日々からも解放される。
もう人生は終わりにして、両親のもとへ逝こう。
「おお、さすが物分かりが良いな! 明日には贄としてお前を恵山へ運ぶ。神に失礼がないよう、準備は入念にしておかねばな。今日は村の浴場の使用許可を出すし、食事や衣装も用意してやろう!」
「はい、ありがとうございます。何から何までお世話してくださって、本当に感謝しかありません」
心にもない感謝がすらすらと出てくる。
いつも表面上は頭を下げていて、今日だってそうだった。
自分が死ぬとわかっても、フレーナは諦めていたのだ。
沈鬱な心持で彼女は自宅に戻った。
***
「お父さん、お母さん……」
冷え切った小屋の中に、フレーナの声が消え入る。
膝を抱えて隅にうずくまっていた。
明日には自分が生贄として捧げられる。
急に告げられた理由は、フレーナが村から逃げられないようにするためだろう。
だが、彼女には逃げる気など毛頭なかった。
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