婚約破棄された令嬢、教皇を拾う

朝露ココア

文字の大きさ
4 / 44

遭遇

しおりを挟む
 花々が咲き誇る庭園を進む。
 奥に新種の作物を育てている土地がある。

 シャンフレックよりも背丈の高い花々が咲き誇る。
 色とりどりの道を進み、まっすぐに奥地を目指していた。

 だが、シャンフレックはふと足を止める。

 「……?」

 足跡。
 サイズ的には男性のものだろうか。
 庭師は女性を雇っているので、庭師ではない。

 足跡は少し道を逸れて、花畑の奥へ進んでいた。
 シャンフレックが目指す場所とは異なる方向だが、彼女は足跡を追ってみることにした。迂闊に追うのは危険だが、護身術も身につけている。

 立ち並ぶ花をかき分けて、彼女は先へ。
 そして花が開けて円形になった広場で──

 「!?」

 誰かが寝ていた。
 すやすやと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。

 シャンフレックは警戒しつつ「彼」に近寄った。
 驚くほど容姿の整った少年だった。
 蠱惑的な艶を持つ黒髪、細見ながらも引き締まった体。
 年齢はおそらくシャンフレックと同じくらいだろうか。

 彼は薄手のシャツ一枚でごろんと寝ころんでいる。
 花びらが数枚、髪の上に乗っていた。

 シャンフレックは座り込んで彼の顔を覗き込む。

 「あの」
 「……ん」

 思わず声をかけてしまった。
 少年がうっすらと目を開く。

 透き通った青い瞳を見た瞬間、シャンフレックの心臓が跳ねる。
 今まで見た中で、一番整った顔立ちだ。

 「こ、ここで何をしているの?」

 動揺しながらも、彼に素性を尋ねるシャンフレック。
 彼はぼんやりとしていたが、やがてハッとして周囲を見渡す。

 「……ああ、そういえば。ええと……よし、これでいこう。
 ここはどこだ? きみは誰だ?」

 心地よい声色で彼は尋ねた。
 どうやら混乱しているようだ。

 「ええと、それはこちらのセリフなんだけど。ここはフェアシュヴィンデ公爵の城よ。あなた、公爵家に仕える人じゃないわよね?」

 家臣の顔と名前はすべて把握している。
 こんな美男子がいたら忘れるわけがない。

 「僕は……ええと。僕は……」

 頭を抱えて少年は戸惑う。
 それなりの沈黙の後、彼は口を開いた。

 「──アルージエ。これが僕の名だ」
 「……聞き覚えのない名前ね。外国の方?」

 アルージエは首を傾げた。
 先程から、彼の態度はどこか違和感がある。

 「自分がどこから来たのかわからない。そして……この土地は、ヘアシュ?」
 「フェアシュヴィンデ公爵領」
 「そう、フェアシュヴィンデという名にも聞き覚えがない。自分が何者であり、どこから来たのか。そしてなぜここにいたのか。名前以外のすべてが思い出せないようだ」

 記憶喪失、というやつだろうか。
 それにしては話が出来すぎている。
 そして冷静すぎる。
 記憶喪失を装った密偵だと考えるのが自然だが……はたして密偵がこんなところで寝ているだろうか?

 もしも暗殺者なら、とうにシャンフレックを襲っているはずだ。
 彼女は逡巡する。
 このアルージエという少年をどうするべきか。

 「自分の身分を証明できる物はあるかしら?」

 アルージエは自分の服をぽんぽんと叩く。
 しかし、彼は何も持っていないようで。

 「財布すらない。困ったな」
 「追い剥ぎにでも遭ったの?」

 記憶喪失に現実味を持たせるとすれば、盗賊などから追い剥ぎに遭い、何らかの過程で記憶を失ってしまったことになるだろう。
 だとしても、公爵領の花畑で寝ていた意味がわからないが。

 「でも、あなたはたぶん平民じゃないわね」
 「それは……どうしてわかるんだ?」

 シャンフレックはアルージエに近づく。
 ふわりと甘い香りがアルージエから漂った。

 「手が綺麗だもの。普段から肉体労働をしている階級ではないわね。貴族でないにせよ、少なくとも中流階級以上なのは間違いないわ」
 「なるほど。そういう見分け方があるのか……」

 アルージエは納得したように頷いた。
 それからシャンフレックにさらに近づき、彼女の手を取った。

 「ひゃ!?」

 いきなり手を取られて彼女は変な声を上げてしまう。

 「たしかに、きみの手も綺麗だ。とても美しい顔立ちをしているし、きっと素敵な淑女なのだろう。そういえば、きみの名前を聞いていなかったな」
 「わ、私はシャンフレック・フェアシュヴィンデ。公爵令嬢よ」
 「シャンフレックか。可憐な名前だ。僕を起こしてくれてありがとう」

 目をしっかりと見つめて、微笑みながら感謝を伝えるアルージエ。
 今まで経験したことのない気持ちがシャンフレックを襲う。

 「それよりも手を離してくれる? 相手の許可もなく体に触れるのは、貴族のマナーではよろしくないのよ」
 「……そうだったのか。それは失礼した。以後気をつけるよ」
 「まあ、記憶がないみたいだから大目に見るけど。とりあえず……そうね。ついてきて」

 迷いの末、シャンフレックはアルージエの言葉を信じてみることにした。
 とりあえず悪人ではなさそうだ。
 彼にどのような目論見があるにせよ、ここに放置しておくわけにはいかない。

 アルージエは立ち上がり、シャンフレックの後を追う。
 そしてシャンフレックを追い越し、彼は通り道の花を分けた。
 記憶喪失ではあるが、細やかな気遣いはできるらしい。

 「ありがとう」

 なんだか狂う調子を抑え、シャンフレックは平然と振る舞うように努めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる
恋愛
王都から少し離れた伯爵領地に住む、アウロラ=フランソンは領地の特産物である馬を領民と共に育てている。 一つ上の兄スティーグは学友から、妹を紹介しろと言われるが毎回断っていた。そしてその事を、寮から帰ってくる度に確認される。 貴族で伯爵家の娘であるアウロラは、そのうちいつかはどこかの家柄の男性と結婚をしなければならないのだと漠然と思っている。ワガママが許されるのなら、自分の好きな乗馬は止めたくなかったし結婚はしたくなかったけれども。 両親は好きにすればいいと思っていたが、父親の知り合いから結婚の打診が来て、まずは会うだけならと受けてしまった。 アウロラは、『仕方ない…いい人だといいなぁ』と思いながら会い、中身を知ろうとまずは友人から始めようと出掛ける事になるのだが、なかなか話も噛み合わないし価値観も違うため会話も出来ない。 そんな姿を見てか相手からは清楚だなんだと言われていたが、相手がある女性を助けた事で「僕達別れよう」と一方的に言われることになった。 あまりの事に驚くが、アウロラもまたある男性と出会い、そして幸せになるお話。 ☆★ ・まりぃべるの世界観です。現実とは常識も考え方も似ているところもあれば、全く違う場合もあります。単語や言葉も、現実世界とは意味や表現が若干違うものもあります。 ・人名、地名など現実世界と似たもしくは同じようではありますが全く関係ありません。 ・王道とは違う、まりぃべるの世界観です。それを分かった上で、暇つぶしにでも楽しんでもらえるととても嬉しいです。 ・書き終えています。順次投稿します。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

銀鷲と銀の腕章

河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。 仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。 意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。 全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。

処理中です...