婚約破棄された令嬢、教皇を拾う

朝露ココア

文字の大きさ
40 / 44

帰るべき場所

しおりを挟む
 長く、冷たい沈黙だった。
 犠牲となった騎士たち。
 ウンターガング家の兵士。

 教皇はすべての生命に対して慈愛を送る。
 そして死者の安らかな眠りを祈った。

 フロル教の礼に則った祈りは、ヘアルスト王国ならば誰もが知っている。
 ゆえに人々は教皇のもとに共に祈りを捧げた。

 ***

 天に昇る煙を眺め、アルージエは嘆息する。
 彼の祈禱の役割は終わった。

 「アルージエ」
 「……シャンフレック。その後、フェアリュクト殿とデュッセル王子と話はしたか?」
 「ええ。ユリスとアマリス嬢は然るべき処断が為されるとして、王都に連行されたわ。ウンターガング家の管理についても、後々決められるそうよ」

 まさかこんな事件が起こるとは思っていなかった。
 それもこれも、ユリスとアマリスがあまりに愚かすぎたことだろう。
 ゲリセンの企み自体は可能性のあるものだっただろうが、アルージエが介入したことにより阻止された。

 「傷は残っていないか? 何か痛む箇所があれば、僕の奇跡で癒すが」
 「私は大丈夫。でも、アルージエは傷を隠しているでしょう?」
 「……きみには敵わないな」

 アルージエは胸のあたりを押さえた。
 未だに賊から受けた傷が残っている。

 「癒しの奇跡は、本来他人に施すもの。自分自身の傷を完治することはできないんだ。だが、命に別状はない。心配はいらないとも」
 「無茶ばかりして……」

 シャンフレックが実家で看病したいが、アルージエは忙しい身だ。
 すぐにルカロに戻らなければならないだろう。

 「それよりも、きみは早く家に戻った方がいい。ファデレンと奥様も心配しているだろう」
 「そうね。すっごく心配しているでしょう」

 父と母の苦悩が目に浮かぶようだ。
 娘が誘拐され、その先で戦争が起きたら気が気でないだろう。

 しかし、シャンフレックには伝えたいことがあった。
 どうしても伝えなければならない。

 「アルージエ。お願いがあるんだけれど」
 「何でも言ってくれ」
 「ルカロへの招待、受けようと思うの。こんな事件があったのだから、もう私も悩んでいられないわ。すぐに……あなたの後を追うから」

 思いがけない言葉を受けたアルージエは目を瞬かせる。
 そして、柔らかい笑みを浮かべた。

 「そうか。では、今回の件を利用してファーバー国王にも要求しておこう。きみのルカロ留学に反対する諸侯を抑えるように、とね」
 「ふふ……よろしく」

 約束を取り付けた。
 これからのことを思うと、シャンフレックは胸が躍りそうだった。

 ふと、遠くからものすごい勢いで迫る馬が。
 白馬に跨ったフェアリュクトが雷のようにやってきた。

 「シャル! ……っと、聖下。お邪魔でしたか」
 「いや、いい。僕もそろそろ帰るところだ。戦後の処理をすべてデュッセル王子に任せて申し訳ないが、僕も仕事があるのでね」
 「承知しました。馬車までお供します」

 アルージエも神殿騎士を動かした後始末をしなければならない。
 何のための武力行使だったのか、詳らかにするために。

 しかしフェアリュクトの態度もずいぶん軟化したものだと、アルージエは苦笑いする。
 三人はそれぞれの帰路についた。

 ***

 フェアシュヴィンデ領の屋敷に戻るや否や、猛烈な勢いで侍女のサリナが走ってきた。

 「お嬢様! よくぞご無事で!」
 「サリナ。心配をかけてごめんなさい」
 「私こそ、お嬢様から目を離してしまい……申し訳ございません」
 「これからは気をつけるわ。一人で行動しないように」

 玄関先から声を聞いたのか、両親が駆けてくる。
 母トイシェンはシャンフレックをすぐに抱きしめた。

 「シャルー! お帰りなさい!」
 「た、ただいま戻りました……苦しいですお母様」
 「あら、ごめんなさい! 怪我とかしてない? 大丈夫?」
 「はい。多くの人に守ってもらいましたから」

 アルージエだけではない。
 フェアリュクトやデュッセル、騎士たちの活躍があってこそ。
 シャンフレックの命は守られたのだ。

 「さて、シャンフレック。話したいことは色々とあるが……よく無事で戻った」
 「お父様、ご心配をおかけしました」
 「ユリス王子の処遇や、ウンターガング家に対する報復。諸々を話し合うために、私はこれより王都へ赴く。ファーバー国王にも、きつく責任の所在を問わねばな」

 父は珍しく激怒しているようだった。
 娘が誘拐されたのだから当然だろう。

 「お父様、私も参ります。他人事ではありませんから」
 「そうか。お前には報復する権利がある。ぜひ来るといい」

 報復。
 父はそう述べたが、シャンフレックの本命は違った。

 彼女は未来のことを見据えて王都に行こうとしていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる
恋愛
王都から少し離れた伯爵領地に住む、アウロラ=フランソンは領地の特産物である馬を領民と共に育てている。 一つ上の兄スティーグは学友から、妹を紹介しろと言われるが毎回断っていた。そしてその事を、寮から帰ってくる度に確認される。 貴族で伯爵家の娘であるアウロラは、そのうちいつかはどこかの家柄の男性と結婚をしなければならないのだと漠然と思っている。ワガママが許されるのなら、自分の好きな乗馬は止めたくなかったし結婚はしたくなかったけれども。 両親は好きにすればいいと思っていたが、父親の知り合いから結婚の打診が来て、まずは会うだけならと受けてしまった。 アウロラは、『仕方ない…いい人だといいなぁ』と思いながら会い、中身を知ろうとまずは友人から始めようと出掛ける事になるのだが、なかなか話も噛み合わないし価値観も違うため会話も出来ない。 そんな姿を見てか相手からは清楚だなんだと言われていたが、相手がある女性を助けた事で「僕達別れよう」と一方的に言われることになった。 あまりの事に驚くが、アウロラもまたある男性と出会い、そして幸せになるお話。 ☆★ ・まりぃべるの世界観です。現実とは常識も考え方も似ているところもあれば、全く違う場合もあります。単語や言葉も、現実世界とは意味や表現が若干違うものもあります。 ・人名、地名など現実世界と似たもしくは同じようではありますが全く関係ありません。 ・王道とは違う、まりぃべるの世界観です。それを分かった上で、暇つぶしにでも楽しんでもらえるととても嬉しいです。 ・書き終えています。順次投稿します。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

銀鷲と銀の腕章

河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。 仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。 意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。 全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。

処理中です...