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正体発覚

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ミレイユは噂を集めようとした。
……が、第一王子テオドールに関する情報はほとんど見つからず。
第二王子や第三王子についての噂は平民の間にも流れているが、第一王子の話だけ異様に聞かなかったのだ。

そこで猫に変身して貴族街へ。
夜会や舞踏会に忍び込み、三角の耳を噂話に傾けたのだ。
明らかになったのが『テオドールは冷酷な王子』だと言われていること。
貴族たちの彼に対する心象は非常に悪く、邪魔者扱いされているらしい。

「そんなに悪い人には見えなかったけどなぁ……っと」

テオドールの暮らす離宮にて。
草むらに猫の姿で隠れることしばらく。
薬の効果が切れ、ミレイユは人間の姿に戻った。

今回は猫として忍び込むのが目的ではない。
彼女は麻袋の口を開き、意気揚々と宮殿の裏手へと向かった。

「あったあった……!」

青緑色の草を見つけ、ミレイユの心は躍る。
一見して雑草のように見えるが、これは本来外国にしか生えていない珍しい薬草なのである。
これを見たときは思わず目を疑ったほどだ。
さすがは王家の庭。

「私が有効活用してあげるからねぇー……へへっ」

不気味な笑いを浮かべつつ、ミレイユは草を引っこ抜いていく。
傍から見れば完全に不法侵入、かつ窃盗の犯罪者である。
しかし雑草として放置されているには、あまりにももったいない薬草だ。

猫が背負える麻袋がいっぱいになるまで、夢中で薬草を詰め込んだ。
ゆえに、後ろに鬼のような形相を浮かべて立っているテオドールにも気づいていない。

「貴様」

「……へ?」

ひやりとした何かがミレイユの首に触れた。
最近は聞きなれた声が鼓膜を叩き、彼女は恐るおそる振り返る。
テオドールが細身の剣を引き抜き、その刃をミレイユの首に添えていたのだ。

「ここで何をしている、痴れ者が」

空白に染まった思考。
まさかこんな深夜に、しかも宮殿の裏に。
テオドールがやってくるとは思わなかった。

「物音がしたのでいつもの猫かと思えば……まさか盗人とはな。しかも雑草を盗みにくる物好きか」

ぐいと刃先がミレイユの首に押し当てられる。
命の危険を感じ取り、ミレイユは咄嗟に言葉を紡いだ。

「あ、あの……ちっ、違うんです! これは雑草ではなくて、外国にしか生えてないはずの貴重な薬草で……」

「…………」

「決してお城の物を盗もうとか、そういうつもりはなくてですね! このまま雑草として抜かれるなら、せめて調薬に有効活用しようとした次第で……」

「…………」

「あっ! もしかして薬草だとご存知で栽培されていたのですか? でしたら全てお返しいたしますので、命だけはお許しを……」

猫の時に向けられる温かな視線ではない。
ゴミを見るような冷ややかな視線が向けられ、ミレイユは身震いする。
本当にこのままだと殺されてしまう。

「……貴様、名は」

「ミ、ミレイユ・フォルジェと申します……」

「どこの家の者だ」

「家……? えーっと、家はナンシェル通りの小さなボロ家です……」

「……? 貴様、まさか平民か?」

「は、はい!」

予想だにしない返答に、テオドールの瞳が揺れる。
この城に、しかもこんな隅にある離宮に……平民が紛れ込んでくるとは。
いったいどうやって忍び込んだのか皆目見当もつかない。

いささか興味を惹かれた。
テオドールは剣を納める。

「貴様を殺してやってもいいが……面白い。命が惜しければついてこい」

こくりとうなずき、ミレイユは彼の後ろに続く。
猫の姿の時はあんなに優しかったのに。
今は巷で噂されている通り、狂暴な性格に見える。

テオドールは離宮の表口に回り、淡々と中を進んでいく。
相変わらず荒れた内装だ。
たどり着いたのは、唯一清掃されているテオドールの私室。

「そこに座れ」

「はい……」

テオドールと向かい合う形で座らされる。
ミレイユは瞳を伏したまま正面に腰を落ち着けた。

「さて……まずは聞いておこう。貴様、ネストレの手の者ではないな?」

「ネストレ……って、第二王子のお名前でしたっけ?」

「そうだ。俺は第一王子のテオドール・デアンジェリス。聞いたことない名前だろう?」

「い、いえ……! お、お名前くらいは聞いたこと……あります?」

そういえば。
情報を集め始めるまで、第一王子の名前すら知らなかったのだ。
ミレイユが返答するとテオドールは意外そうに眉を上げた。

「ほう。では、ミレイユと言ったか。貴様はどのようにして我が離宮へ忍び込んだ?」

「え、えっと……」

どう答えたものか。
ミレイユが上手い言い訳を考えていると、眼前に鋭利な刃先が突きつけられた。

「虚偽を述べるならば、その首を斬ってやるが?」

「ひ、ひええぇっ! ごめんなさい、あの……ね、猫になって! 忍び込みましたっ!」

正直に言うしかなかった。
反射的に飛び出た言葉。
死ぬか生きるかの瀬戸際で、まともな言い訳を考えられるわけがない。

だが、テオドールの反応は予想以上に意外なもので。
彼は剣を取り落とし、瞳を見開いていた。
先程のミレイユのように思考が停止、動揺に支配されている。

「ね、猫だと……? 貴様、まさか……」

「は、はい。あの……いつもお世話になっております……」

次第にテオドールの顔が赤くなっていく。
同時にミレイユの耳も端まで赤くなっていた。
毎日のように餌付けされていると告白しているのだから、恥ずかしいに決まっている。

「う、嘘を言うな! 人がなぜ猫の姿になれる!?」

「薬を……発明したんです。三年間ずっと猫に変身できる薬を研究し続けて、ようやく完成しまして……あ、こちらの薬です」

帰宅用に持ってきた猫化の薬を見せる。
瞬間、テオドールは頭を抱えた。

「っ……貴様、今すぐ記憶を消せ!」

「え、ええっ!? 記憶をですか!? 無理です!」

「薬師なのだろう? 記憶を消す薬でも作ってみせろ!」

「なんて無茶な要求……」

普段は人当たり厳しく振る舞っている自分が、動物に甘く接しているなどと知られたら。
まるで威厳がなくなってしまうではないか。
テオドールは絶望した心持でため息をついた。

「し、仕方あるまい……ミレイユ。貴様が猫の時、俺がかけた言葉はすべて他言するな。忘れろとは言わないが、聞かなかったことにしろ」

「わかりました、絶対に言いません!」

そもそも話す相手がいない。
別に動物に優しいのは長所だと思うし、恥ずかしがることもないと思うのだが。
テオドールがそうしてほしいと言うなら、ミレイユは従うべきだ。
相手は王族なのだから。

「それと……貴様、俺に協力しろ」

「へ? 協力、ですか……?」
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