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気がかりな王子
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(気になるなぁ……)
猫になって城へ行ってから三日後。
ミレイユはあの王子……テオドールのことがどうしても気になっていた。
この国では王族に関する噂をほとんど聞かない。
もしかしたら貴族の間では話題に上るのかもしれないが、少なくともミレイユが属する平民階級では噂がない。
王家に関して聞くことといえば、国王陛下が病床に伏せっていることくらい。
「ちょっとミレイユ!? ぼさっとしてないで、早く明日の薬作って!」
「え? あ、あぁ……はい!」
考えごとをしていると、店長の娘のロゼールから叱責が飛んだ。
彼女は大股でやってきて、思いきりミレイユの足を踏んだ。
「いたっ!?」
「アンタね、ちゃんと仕事しなさい? そうやって怠けてたらお母さんに言いつけるわよ?」
「は、はい……すみません!」
「いつでもアンタのクビなんて切れるんだから。露頭に迷いたくないのなら、さっさと明日売る薬を作る! いいわね!?」
ミレイユはこくりとうなずいた。
本来なら前日に作ると効果が薄まってしまう薬なのだが、店長に命じられて作らされている。
法律に違反した薬を平然と売るのは、ミレイユとしては複雑な胸中だ。
ミレイユがなんとか効果を高める工夫を重ねて、普通の薬と遜色ない完成度にしているが。
そのうちバレそうで怖い。
しかも事が露呈したら、シュゼットとロゼールは必ず自分に責任を押しつけてくる。
「はぁ……」
ミレイユは嘆息して薬の製作を進めた。
◇◇◇◇
その夜。
ミレイユは猫に変身して城に忍び込んだ。
庭にテオドールの姿はない。
長い雑草が生い茂る庭を駆け、宮殿の窓際へ。
ひとつだけ明かりが漏れている部屋を見つけ、窓から中を覗き込む。
部屋の中ではテオドールが本を淡々と読み耽っている。
ミレイユが鳴き声を上げると、彼は視線を上げた。
「……また来たのか」
テオドールは静かに窓を開けて、ミレイユに微笑みを向ける。
彼は前と同じように優しく黒い毛なみを撫でた。
やっぱり心地良い。
不意にミレイユの体が抱き上げられる。
テオドールに抱えられ、そのまま部屋の外へ。
「どうせ腹が減っているんだろう? 仕方のない奴だ」
部屋を出た先、宮殿の廊下は荒れ果てていた。
天井には蜘蛛の巣がかかっていて、明かりはひとつも点いていなくて。
床に割れたまま散らばった壺の残骸、破れた絨毯。
これが王子の住む宮殿なのだろうか。
普通は使用人が掃除しそうなものだが。
「不潔な場所ですまない。昔は定期的に掃除していたのだが……一人でやるのがつらくてな。まあ、猫は部屋の綺麗さなど気にしないか」
テオドールの言葉には首を傾げたい箇所がいくつもあった。
だが今のミレイユは猫。
言葉を発することもできないし、彼の真意を知ることもできない。
運ばれてきたのは、宮殿の端にある地下室。
テオドールは燭台のひとつに火を灯し、ミレイユを床に置いた。
「……ふむ。猫には何をやればいいものか」
ひんやりとした地下室に置かれた壺の蓋を開け、テオドールは塩づけの魚を取りだした。
目の前に置かれた魚を眺め、ミレイユは申し訳ない気持ちになる。
(ご飯を食べにきてるわけじゃ……ないんだけど)
だがテオドールの厚意は嬉しい。
ここで食べなければ怪しまれるだろうし、ミレイユはしょっぱい塩づけの魚を食べ始めた。
猫の舌になっているのか、人間の時とは味の感じ方が違う。
「美味いか?」
「にゃ……にゃあ」
「そうか」
テオドールの指先が頭に触れる。
やっぱりこの人が怖いという印象は、間違いだったのかもしれない。
――そう思った瞬間のことだった。
階上から足音のような響きが聞こえ、テオドールの手が止まる。
そして彼の表情は打って変わって強張っていた。
「……チッ。待っていろ」
苛立たしげな様子で立ち上がり、テオドールは地下室から出ていく。
どうしようか。
ミレイユは逡巡を見せる。
悩んだ末、彼女はすぐに魚を食べ終えて上の階へと足を運んだ。
気になることは放っておけない主義なのだ。
「あぁ……来たのか。待っていろと言ったのに」
いい匂いが鼻先をくすぐる。
向かった先、宮殿の入り口には一台のサービスワゴンが置かれていた。
ワゴンには蓋つきの皿が乗っている。
きっと夕食が運ばれてきたのだろう。
だが、テオドールは全く想定外の行動に出る。
彼は蓋を開けて料理を見たかと思うと、皿をひっくり返して料理を池に投げたのだ。
(……!? えっ!?)
「今日はネストレの手の者か。どうやらお前と共に非常食を食うことになりそうだ」
ドバドバと池に落ちていく高級そうな料理。
まさしくミレイユは目をまん丸にして呆然とするしかなかった。
驚きを感じ取ったのか、テオドールは弁明するように言う。
「腹を壊す程度の毒が入っているのだよ。弟の嫌がらせだ。お前も食ってはならんぞ」
いったいどういうことなのか。
王子が平然と毒を盛られているなど……普通に考えたらあり得ない。
やっぱり、この王子は少し特殊な境遇にあるのだ。
少し詳しく調べてみてもいいかもしれない。
平民のミレイユに知れることに限りはあるかもしれないが……猫になれる薬を使えば、貴族街を移動することもできるのだから。
猫になって城へ行ってから三日後。
ミレイユはあの王子……テオドールのことがどうしても気になっていた。
この国では王族に関する噂をほとんど聞かない。
もしかしたら貴族の間では話題に上るのかもしれないが、少なくともミレイユが属する平民階級では噂がない。
王家に関して聞くことといえば、国王陛下が病床に伏せっていることくらい。
「ちょっとミレイユ!? ぼさっとしてないで、早く明日の薬作って!」
「え? あ、あぁ……はい!」
考えごとをしていると、店長の娘のロゼールから叱責が飛んだ。
彼女は大股でやってきて、思いきりミレイユの足を踏んだ。
「いたっ!?」
「アンタね、ちゃんと仕事しなさい? そうやって怠けてたらお母さんに言いつけるわよ?」
「は、はい……すみません!」
「いつでもアンタのクビなんて切れるんだから。露頭に迷いたくないのなら、さっさと明日売る薬を作る! いいわね!?」
ミレイユはこくりとうなずいた。
本来なら前日に作ると効果が薄まってしまう薬なのだが、店長に命じられて作らされている。
法律に違反した薬を平然と売るのは、ミレイユとしては複雑な胸中だ。
ミレイユがなんとか効果を高める工夫を重ねて、普通の薬と遜色ない完成度にしているが。
そのうちバレそうで怖い。
しかも事が露呈したら、シュゼットとロゼールは必ず自分に責任を押しつけてくる。
「はぁ……」
ミレイユは嘆息して薬の製作を進めた。
◇◇◇◇
その夜。
ミレイユは猫に変身して城に忍び込んだ。
庭にテオドールの姿はない。
長い雑草が生い茂る庭を駆け、宮殿の窓際へ。
ひとつだけ明かりが漏れている部屋を見つけ、窓から中を覗き込む。
部屋の中ではテオドールが本を淡々と読み耽っている。
ミレイユが鳴き声を上げると、彼は視線を上げた。
「……また来たのか」
テオドールは静かに窓を開けて、ミレイユに微笑みを向ける。
彼は前と同じように優しく黒い毛なみを撫でた。
やっぱり心地良い。
不意にミレイユの体が抱き上げられる。
テオドールに抱えられ、そのまま部屋の外へ。
「どうせ腹が減っているんだろう? 仕方のない奴だ」
部屋を出た先、宮殿の廊下は荒れ果てていた。
天井には蜘蛛の巣がかかっていて、明かりはひとつも点いていなくて。
床に割れたまま散らばった壺の残骸、破れた絨毯。
これが王子の住む宮殿なのだろうか。
普通は使用人が掃除しそうなものだが。
「不潔な場所ですまない。昔は定期的に掃除していたのだが……一人でやるのがつらくてな。まあ、猫は部屋の綺麗さなど気にしないか」
テオドールの言葉には首を傾げたい箇所がいくつもあった。
だが今のミレイユは猫。
言葉を発することもできないし、彼の真意を知ることもできない。
運ばれてきたのは、宮殿の端にある地下室。
テオドールは燭台のひとつに火を灯し、ミレイユを床に置いた。
「……ふむ。猫には何をやればいいものか」
ひんやりとした地下室に置かれた壺の蓋を開け、テオドールは塩づけの魚を取りだした。
目の前に置かれた魚を眺め、ミレイユは申し訳ない気持ちになる。
(ご飯を食べにきてるわけじゃ……ないんだけど)
だがテオドールの厚意は嬉しい。
ここで食べなければ怪しまれるだろうし、ミレイユはしょっぱい塩づけの魚を食べ始めた。
猫の舌になっているのか、人間の時とは味の感じ方が違う。
「美味いか?」
「にゃ……にゃあ」
「そうか」
テオドールの指先が頭に触れる。
やっぱりこの人が怖いという印象は、間違いだったのかもしれない。
――そう思った瞬間のことだった。
階上から足音のような響きが聞こえ、テオドールの手が止まる。
そして彼の表情は打って変わって強張っていた。
「……チッ。待っていろ」
苛立たしげな様子で立ち上がり、テオドールは地下室から出ていく。
どうしようか。
ミレイユは逡巡を見せる。
悩んだ末、彼女はすぐに魚を食べ終えて上の階へと足を運んだ。
気になることは放っておけない主義なのだ。
「あぁ……来たのか。待っていろと言ったのに」
いい匂いが鼻先をくすぐる。
向かった先、宮殿の入り口には一台のサービスワゴンが置かれていた。
ワゴンには蓋つきの皿が乗っている。
きっと夕食が運ばれてきたのだろう。
だが、テオドールは全く想定外の行動に出る。
彼は蓋を開けて料理を見たかと思うと、皿をひっくり返して料理を池に投げたのだ。
(……!? えっ!?)
「今日はネストレの手の者か。どうやらお前と共に非常食を食うことになりそうだ」
ドバドバと池に落ちていく高級そうな料理。
まさしくミレイユは目をまん丸にして呆然とするしかなかった。
驚きを感じ取ったのか、テオドールは弁明するように言う。
「腹を壊す程度の毒が入っているのだよ。弟の嫌がらせだ。お前も食ってはならんぞ」
いったいどういうことなのか。
王子が平然と毒を盛られているなど……普通に考えたらあり得ない。
やっぱり、この王子は少し特殊な境遇にあるのだ。
少し詳しく調べてみてもいいかもしれない。
平民のミレイユに知れることに限りはあるかもしれないが……猫になれる薬を使えば、貴族街を移動することもできるのだから。
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