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未来への一歩
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「俺は第一王子テオドール・グラシアン。偉大なる薬師ミレイユの……親愛なる友だ」
テオドールは第一王子だった。
彼の言葉が真実であることは、店に突入してきた兵士たちによって証明されている。
ロゼールは震える声で尋ねた。
「な、なんで……なんで王子が?」
「貴様らは知らないだろうな。ミレイユは俺と協力し、不治の病……『レクサリア病』の治療薬を開発した。彼女は偉大なる薬師なのだ。貴様らごときが無下にして良い存在ではない」
「な……なんだって!? ミレイユなんかにそんな真似、できるわけが……」
シュゼットは声を荒げて前に出ようとしたが、兵士によって阻まれる。
「貴様らが信じようが信じまいが、事実は変わらん。そうだろう、ミレイユ?」
「は、はい……殿下と協力して治療薬を開発しました。このお店で働いていたら、きっと実現できなかったと思います」
「……そういうわけだ。この店は違法に従業員を働かせているのみならず、悪質な薬を販売して民の健康を害する可能性がある。王命として取り潰させてもらうぞ。無論、貴様らには牢に入ってもらう」
店の取り潰しと投獄。
残酷な事実を告げられた瞬間、母子の顔色が変わる。
これまで見せていた反抗的な表情は消え、恐怖に染まる。
「そ……そんなの無茶だよ! 本当にアンタが王子なら、どうして平民のミレイユと関係があるんだい!?」
「で、殿下! あたしはお母さんに言われて働かされていただけよ? 投獄なんて残酷じゃないの!?」
喚き散らす母子に対して、テオドールは呆れたように嘆息した。
「……自分たちがどれだけ非道な仕打ちをしたのか理解していないようだな。ミレイユがいなくなってから、この店の薬を飲んだら健康を害したという報告もある」
テオドールが指令を出すと同時、シュゼットとロゼールが拘束される。
それから彼は振り返り、ミレイユに尋ねた。
「ミレイユ。これからこの二人を連行するが……何か言っておきたいことは?」
「いえ……特には。しっかり反省していただければと……」
「連れていけ」
兵士たちに拘束されたまま、二人は歩きだす。
彼らは絶望的な表情でミレイユとテオドールを見ていたが、差し伸べてあげられるような手はない。
ミレイユが彼女たちから受けた仕打ちを考えれば、擁護はできないのだ。
二人が連行された後、ミレイユはテオドールに尋ねる。
「び、びっくりしました……まさか兵士の方々がいらっしゃるなんて」
「お前とこの店に向かうと決まった後、手配したのだ。店の情報は何日も前から調べさせていた」
だが釈然としない点がひとつだけ。
テオドールは城内で孤立無援な人だ。
そんな彼が、兵士を指揮できる権限を持っているのだろうか。
「殿下が離宮にいないことを、兵士の方々に知られても大丈夫なのですか?」
「ああ……その件を説明するために、俺はミレイユのもとに来たのだ。ここではなんだし、一度お前の家に戻って話すとしよう」
「はい、わかりました。あと……殿下。私を助けていただいて、本当にありがとうございます!」
「フッ……礼を言われるまでもない。友を助けるのは当然のことだろう?」
少し照れくさそうにテオドールは笑った。
彼から友人として認められて、嬉しいような、恐れ多いような。
ミレイユは顔を赤くして家路に向かった。
◇◇◇◇
「ええっ……!? 殿下が王位継承を!?」
テオドールから話を聞いてミレイユは仰天した。
曰く、テオドールが王位継承権を得たと。
「父上は仰せになった。次代に王に求められるのは紋章の有無ではなく、民を想い、国の未来を見据える姿勢だと。無論、封建派の貴族たちや第二王子派から反対もあったが……宰相の擁護もあり、俺が次期国王の候補として据えられることになった」
「す……すごいです! やりましたね、殿下!」
心から嬉しくて、ミレイユは歓喜の声を上げた。
ようやくテオドールが皆に認められたのだ。
きっと国王陛下はテオドールの本質に気づいていたのだろう。
彼が噂どおり冷酷な王子ではなく、優しく有能で、王の器がある人だと。
「それに……父上の斥候の調査により、弟のネストレが俺に微毒を盛ろうとしていたことが判明したのでな。奴に王の器はないと父上が断じたことも大きい。第三王子はまだまだ幼いし……俺くらいしか王位を継げる人間がいないそうだ」
「た、たしかに。ネストレ殿下にも然るべき処罰が必要だと思います! 私、あの人は許せません!」
「ああ。さすがに俺を殺さないレベルの嫌がらせで収めていたものの、そもそも他人に危害を加えること自体許されない。処罰については議論中だそうだ」
ミレイユもテオドールも、障害になっていた人物が一気に周囲から退いた。
そして新たな旅立ちを迎える……と思ったところで。
「ミレイユ。今回レクサリア病の治療薬を開発したことで、お前の名声が一気に広まりつつある。俺が父上に進言し、城勤めの薬師として招致したいのだが……どうだろうか」
テオドールは提案を持ちかけた。
これは前々から国王にも提案されていた話だ。
自分の可能性を広げられるのならば、それが最良の選択肢。
そして……城の設備を使うことができるのであれば、大いに可能性は飛躍する。
「もちろんです! 自分の研究をもっと進めたいという思いもあるのですが……私、殿下と離れることも寂しかったので。お城にいればまた殿下と会えますよね!」
「……そうか。ありがとう」
テオドールは柔らかく笑った。
彼もきっと同じ気持ちなのだろう。
「――ミレイユ。今日の夜、予定は空いているか?」
「え、夜ですか? はい、空いてますよ」
「では……俺たちが最初に出会った場所へ、離宮へ来てほしい。大切な話がある。……待っているぞ」
そう告げてテオドールは去っていった。
テオドールは第一王子だった。
彼の言葉が真実であることは、店に突入してきた兵士たちによって証明されている。
ロゼールは震える声で尋ねた。
「な、なんで……なんで王子が?」
「貴様らは知らないだろうな。ミレイユは俺と協力し、不治の病……『レクサリア病』の治療薬を開発した。彼女は偉大なる薬師なのだ。貴様らごときが無下にして良い存在ではない」
「な……なんだって!? ミレイユなんかにそんな真似、できるわけが……」
シュゼットは声を荒げて前に出ようとしたが、兵士によって阻まれる。
「貴様らが信じようが信じまいが、事実は変わらん。そうだろう、ミレイユ?」
「は、はい……殿下と協力して治療薬を開発しました。このお店で働いていたら、きっと実現できなかったと思います」
「……そういうわけだ。この店は違法に従業員を働かせているのみならず、悪質な薬を販売して民の健康を害する可能性がある。王命として取り潰させてもらうぞ。無論、貴様らには牢に入ってもらう」
店の取り潰しと投獄。
残酷な事実を告げられた瞬間、母子の顔色が変わる。
これまで見せていた反抗的な表情は消え、恐怖に染まる。
「そ……そんなの無茶だよ! 本当にアンタが王子なら、どうして平民のミレイユと関係があるんだい!?」
「で、殿下! あたしはお母さんに言われて働かされていただけよ? 投獄なんて残酷じゃないの!?」
喚き散らす母子に対して、テオドールは呆れたように嘆息した。
「……自分たちがどれだけ非道な仕打ちをしたのか理解していないようだな。ミレイユがいなくなってから、この店の薬を飲んだら健康を害したという報告もある」
テオドールが指令を出すと同時、シュゼットとロゼールが拘束される。
それから彼は振り返り、ミレイユに尋ねた。
「ミレイユ。これからこの二人を連行するが……何か言っておきたいことは?」
「いえ……特には。しっかり反省していただければと……」
「連れていけ」
兵士たちに拘束されたまま、二人は歩きだす。
彼らは絶望的な表情でミレイユとテオドールを見ていたが、差し伸べてあげられるような手はない。
ミレイユが彼女たちから受けた仕打ちを考えれば、擁護はできないのだ。
二人が連行された後、ミレイユはテオドールに尋ねる。
「び、びっくりしました……まさか兵士の方々がいらっしゃるなんて」
「お前とこの店に向かうと決まった後、手配したのだ。店の情報は何日も前から調べさせていた」
だが釈然としない点がひとつだけ。
テオドールは城内で孤立無援な人だ。
そんな彼が、兵士を指揮できる権限を持っているのだろうか。
「殿下が離宮にいないことを、兵士の方々に知られても大丈夫なのですか?」
「ああ……その件を説明するために、俺はミレイユのもとに来たのだ。ここではなんだし、一度お前の家に戻って話すとしよう」
「はい、わかりました。あと……殿下。私を助けていただいて、本当にありがとうございます!」
「フッ……礼を言われるまでもない。友を助けるのは当然のことだろう?」
少し照れくさそうにテオドールは笑った。
彼から友人として認められて、嬉しいような、恐れ多いような。
ミレイユは顔を赤くして家路に向かった。
◇◇◇◇
「ええっ……!? 殿下が王位継承を!?」
テオドールから話を聞いてミレイユは仰天した。
曰く、テオドールが王位継承権を得たと。
「父上は仰せになった。次代に王に求められるのは紋章の有無ではなく、民を想い、国の未来を見据える姿勢だと。無論、封建派の貴族たちや第二王子派から反対もあったが……宰相の擁護もあり、俺が次期国王の候補として据えられることになった」
「す……すごいです! やりましたね、殿下!」
心から嬉しくて、ミレイユは歓喜の声を上げた。
ようやくテオドールが皆に認められたのだ。
きっと国王陛下はテオドールの本質に気づいていたのだろう。
彼が噂どおり冷酷な王子ではなく、優しく有能で、王の器がある人だと。
「それに……父上の斥候の調査により、弟のネストレが俺に微毒を盛ろうとしていたことが判明したのでな。奴に王の器はないと父上が断じたことも大きい。第三王子はまだまだ幼いし……俺くらいしか王位を継げる人間がいないそうだ」
「た、たしかに。ネストレ殿下にも然るべき処罰が必要だと思います! 私、あの人は許せません!」
「ああ。さすがに俺を殺さないレベルの嫌がらせで収めていたものの、そもそも他人に危害を加えること自体許されない。処罰については議論中だそうだ」
ミレイユもテオドールも、障害になっていた人物が一気に周囲から退いた。
そして新たな旅立ちを迎える……と思ったところで。
「ミレイユ。今回レクサリア病の治療薬を開発したことで、お前の名声が一気に広まりつつある。俺が父上に進言し、城勤めの薬師として招致したいのだが……どうだろうか」
テオドールは提案を持ちかけた。
これは前々から国王にも提案されていた話だ。
自分の可能性を広げられるのならば、それが最良の選択肢。
そして……城の設備を使うことができるのであれば、大いに可能性は飛躍する。
「もちろんです! 自分の研究をもっと進めたいという思いもあるのですが……私、殿下と離れることも寂しかったので。お城にいればまた殿下と会えますよね!」
「……そうか。ありがとう」
テオドールは柔らかく笑った。
彼もきっと同じ気持ちなのだろう。
「――ミレイユ。今日の夜、予定は空いているか?」
「え、夜ですか? はい、空いてますよ」
「では……俺たちが最初に出会った場所へ、離宮へ来てほしい。大切な話がある。……待っているぞ」
そう告げてテオドールは去っていった。
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