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2章 氷王青葉杯

3. 最強軍団ヨミ売りジャイアンツディ・シュタークステン・クリーガーエモーショナル(パッショネート)卍御殿(屋敷)

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 バトルターミナルの中心広場。
 時刻は真夜中ということもあり、人気ひとけはほとんどない。閑散とした広場の中心で、一人の少女がベンチに座って夜空を眺めていた。
 真紅の瞳が見据えるのは、一面の星々。

 「あ、いたいた。ヨミー!」

 「ん。レヴと……シュッシュセンパイ、リオート。みんなどうしたの?」

 暗闇にもかかわらず、ヨミはやって来た三人の正体を言い当てた。周囲はかなり暗く、街灯からも遠いので人影はほとんど見えないはずだが。

 「実は……」

 レヴリッツここまでの経緯を説明し、チームの最終メンバーにヨミを加えようとしている旨を述べた。説明を受けたヨミは即答する。

 「うん、いいよ! レヴと一緒に出れるなんて嬉しいな!
 シュッシュセンパイとリオートもよろしくね!」

 「は、はい……よろしくお願いします」
 「大丈夫かこれ……」

 もしかして、ヨミは何も考えていないのでは。
 連携を取る際に従順な人材は欲しいが、ここまで脳死で返答されると不安になってくる。

 レヴリッツは満足気に頷き、さっそく携帯でヨミの参加登録を行った。

 「おっけ。これで四人揃ったな。
 ……ん? 『メンバーを登録したら、チーム名を決めてください』……?」

 「そうそう。大体のパフォーマーは固定チームを組んでるんですよ。
 固定チームで戦略戦ストラテジー玉座争奪バトルロイヤルに参加するのが普通です。チーム名がないと視聴者も混乱してしまうので」

 「ん? てことは、ペリ先輩も固定チーム組んでたりしますか? だとしたら僕が勝手にチームにぶち込んだのは他の人にも迷惑がかかってますよね……」

 新人のレヴリッツ達ならまだしも、在籍して二年も経つペリは既に固定チームを組んでいるだろう。
 これはやってしまったか……とレヴリッツは頭を抱える。

 「いえ、私はあまり公式大会に参加しないので固定チームは組んでいません。昔はチームに所属していましたが、今は無所属ですペリ」

 「あ、そうなんですか。先輩がぼっちでよかったです! 炎上するかと思いましたよはははは」

 「ぼっちじゃないし……そもそも固定チーム作ってパフォーマンスするのは運営から非推奨されてるし、私はちゃんとした実力があって敢えて誘い断ってるだけであって、全く他の人に誘われないとかそういうわけじゃないし、いつまでもプロに昇格しなくてSNSで変な言動してるから周囲に変な目で見られてるとかそんなことはないし、そもそもぼっちかどうかなんて大会の参加には関係がないわけで……」

 友達一人くらいいるし……と愚痴るペリをよそに、面々はチーム名を考え始めた。レヴリッツは皆に案を尋ねる。

 「誰かチーム名の案があるひとー?」

 「はい! 『最強軍団ヨミ売りジャイアンツ』!」

 ヨミの提案にリオートは苦笑いする。

 「却下。ダサいし、とにかくダサい。もっと無難なのにしようぜ。
 たとえば『ディ・シュタークステン・クリーガー』とかな」

 「草。リオートくんも中々ネーミングセンスないですねー。
 やっぱり『エモーショナル卍御殿』しかありません。いいですよーこれ」

 「僕が言うのもアレだけど、みんな酷いな……
 じゃあ間を取って『最強軍団ヨミ売りジャイアンツディ・シュタークステン・クリーガーエモーショナル卍御殿』にするか」

 「いや長すぎだろ。なろうのタイトルかよ。だから俺の『ディ・シュタークステン・クリーガー』をだな……」

 チーム名は保留にして、外部の人に決めてもらった方がいいかもしれない。
 レヴリッツもしっくり来る名前が思い浮かばなかった。

 ふと、ヨミが夜空を見上げて言う。

 「じゃあ……『Oathオース』はどう?」

 「Oath……星の名前だっけ?」

 「うん、あの星!」

 指さした先には、白色に輝く星。
 俗にOathと呼ばれる星だ。昔の呼称だと白鳳星とも言うらしい。

 適当に星の名前から取りましたー……なんて説明しても、視聴者に納得してもらえるだろうか。

 「まあ……俺の考えたチーム名の方がいいと思うけど。悪くはないな」

 「そうですねぇ……私の考えた『パッショネート卍屋敷』の方がいいと思うんですけど。しょうがないですねぇ」

 「あ、みんな意外と肯定的なんだ……まあ無難と言えば無難だね。
 じゃあ、僕らのチーム名は暫定的に『Oath』にしておこう。そのうち変えるかもだけど」

 というわけで、四人のチーム名は決まった。
 『Oath』とチーム名を入力し、公式大会へのエントリーが完了。後は本番に向けて連携を高める練習を重ねるだけだ。

 「……でも、僕さ。あんまり戦略戦ストラテジーのやり方知らないんだよな。養成所は人が少なすぎてチーム組めなかったし」

 「まあ、そこは先輩の私が教えますよ。一応、何回か戦略戦には出たことがあるので。ぼっちじゃないので一緒に出る人くらいはいましたし」

 「あ、まだ僕のぼっち発言根に持ってるんですか──ん?」

 レヴリッツは瞬間的にそれ・・を感じ取った。
 一拍遅れてヨミも顔を上げる。

 暗闇の中、レヴリッツは遠くからこちらへ接近して来る気配を察知したのだ。

 「……お、レヴリッツくん? どうしました?」
 
 「誰か来ますね」

 決して穏やかな気配の持ち主ではない。
 殺気ではないが、怒気に似通った気配を携えて。
 気配の主はまっすぐにレヴリッツたちを捕捉してきているようだった。

 街路樹の陰から姿を現したのは、一人の男。
 痩せぎすの身体を分厚いコートで包み、緑髪を揺らして接近してくる。コートの中には得物が隠れていることをレヴリッツは見抜いていた。

 歩き方に隙がない。
 ──強い。レヴリッツは確信する。

 「よお、邪魔するぜ」

 そして酒臭い。
 先程まで酒を飲んでいたようだ。

 男の姿を視認した瞬間、ペリは露骨に嫌な顔をして後退る。

 「げ。ケビン……こっち来ないでくだしーよ酒臭い。ほんと勘弁してくださいよ。あーやだやだこいつマジ無理w」

 「悪いなペリシュッシュ。手前に喧嘩売りに来たわけじゃねえよ。俺が用あんのは……ああ、此奴こいつだ」

 ケビンと呼ばれた男は、リオートの前に立った。
 身長は同じくらいだが、ケビンの方がよほど威圧感がある。

 鋭い眼光がリオートを射抜く。

 「……なんだよ」

 「手前、腕に自信はあるか?」

 唐突にケビンは尋ねた。
 剣呑な雰囲気から放たれるその問いは、勝負の誘いのようにも聞こえてくる。しかし彼はリオートと勝負する気など全くなく、単純な質問を投げかけたのみ。

 「知らねえ。あんた、俺に用があるのか?」

 「簡潔に言う。バトルパフォーマーを引退しろ」

 唐突な要求に面々は困惑する。
 ただ一人、ペリだけが展開が読めていたかのように嘆息した。

 ケビンはバトルパフォーマー界隈では『ふるい』として悪名が高い。

 「お前……俺の正体を知ってるのか? 親父に雇われて来たのか?」

 「……? 親父だか正体だか知らねえが、俺が手前を辞めさせようとするのは「気に食わねえ」から。俺はリオート、手前みてえな才能のない人間が嫌いだ。
 毎年毎年、自分のちんけな才能を過信した雑魚がパフォーマー界隈に入って来やがる。だから潰してる」

 何という横暴か。レヴリッツは背後で呆れながらも、ケビンに噛みつくことはなかった。
 ケビンには信念がある。強くなるために研鑽を重ねた上で、非才の新人を潰す。それは一種の親切心でもあり、パフォーマーとして生き残るための戦略の一つでもある。
 だからこそ、レヴリッツも安易にリオートを庇い立てすることはできなかったのだ。

 「意味が……わからねえよ」

 ケビンは俯いたリオートの襟元を掴む。

 「あ? わかってんだろ。自分に才能がない事くらい、わからない奴はいねえ。そこの……Fランも才能はないが、手前とは大きな違いがある。何かわかるか?」

 「……うるせえな。うるせえ……知らねえよ!
 俺がバトルパフォーマーになったのは、俺自身の選択だ! お前にとやかく言われる筋合いはねえ!」

 相手の言葉に耐えかねたのか、リオートはケビンの腕を振り払って怒号を飛ばす。
 誰だって自分の道を否定されれば怒る。彼の怒りはもっともだ。

 「そうかい。まあ、バトルパフォーマーを続けるかどうかは手前の自由だが……俺は手前を潰しにかかる。考えておけよ」

 ケビンはリオートの反応を当然のように受け止める。
 自分がしているふるいは悪行であり、相手からの怒りを買うことなどわかりきっていた。その上で彼は新人の道を阻む。

 分厚いコートを翻し、ケビンは夜闇の中へ消えて行った。
 リオートは夜闇へ向けて愚痴を吐き捨てる。

 「クソ……なんだよあいつ。何がしたいんだ?」

 「……また厄介なのに目を付けられましたね。あのゴシップ糞野郎は初心者狩りで有名なケビン。
 いわゆる『迷惑系パフォーマー』ですね」

 「迷惑系パフォーマー? 僕みたいな奴のことですか?」

 たしかにレヴリッツも迷惑と言えば迷惑だが。

 「いえ、迷惑系パフォーマーとは……他パフォーマーの個人情報を暴露したり、大会参加を妨害したり、人気を落とすような悪事を働く人のことです。
 レヴリッツくんは私からしたらクソ迷惑ですけど、他パフォーマーの妨害とかはしてませんから違いますね。……てか迷惑な自覚あるなら、やめてもらっていいですかね。頭に来ますよ」

 「シュッシュセンパイ、それって退所処分にならないんですか?」

 過剰な妨害行為は退所処分の対象だ。
 初心者狩りは戦略の一つだとしても、他パフォーマーの個人情報の暴露などは、妨害行為に当たらないのだろうかとヨミは思う。

 「うーん……ケビンはプロ級からアマチュア級への降格処分は受けてるんですが、退所処分にはなってないですね。さっさと消えて欲しいんですけど、あのクソカスは人気もそこそこあるので協会も処分しづらいのでしょう」

 人の不幸を喜ぶ視聴者は、残念ながら一定数存在する。
 そんな視聴者はケビンを支持し、バトルパフォーマー界隈を搔き乱しているのだ。それに退所させたところで、彼がパフォーマーや有名人に迷惑行為を続けるのは明らかだ。

 レヴリッツはリオートに尋ねてみる。

 「ふーん……リオートはどう? あのケビンって人の言いなりになるのか?」

 「…………」

 彼の返答は沈黙。
 リオートの出自は少々特殊なものだった。ケビンが絡んでくるとなれば、かなり面倒なことになる可能性もある。
 しばし黙り込んでから、彼は口を開く。

 「大丈夫だ。この問題は俺自身で解決する。気にせず大会の練習を続けよう」

 「お、そうか。まあ君なら大丈夫だな。よし、じゃあ明日から戦略戦ストラテジーの練習を始めるぞ!」

 レヴリッツは何も気にする素振りなく、明日からの練習スケジュールを立てる。
 決してリオートに関して無関心なわけでも、心配していないわけでもない。ただ、今は気丈に振る舞うことでリオートの気分を和らげようとしたのだ。

 どこか沈鬱とした雰囲気の中、その日は解散となった。
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