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4章 咎人綾錦杯

12. シルバミネの宿運

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 ──シルバミネ家。
 シロハ国の名家であり、代々竜殺しを生業としてきた由緒ある血筋。人々から偉大な家系として知られ、多くの支持を受けていた。

 裏の顔は、殺し屋。
 国から依頼を受け、「正義」を為すために人を殺す。幼少より殺しの術を叩き込まれ、秘刀【黒ヶ峰】を継承していた。

 しかし、レヴハルト・シルバミネは何も教え込まれていなかった。
 そう……何も。彼が幼少のみぎり、シルバミネ家の殺しの術は兄が継承していた。才能なき弟のレヴハルトは期待されていなかったのだ。

 十年前……彼が七歳の時。
 ネズミが這い、黒い煤が溜まった廃屋で彼は虚空を見つめていた。ふと扉が開く音がして、彼は視線をそちらへ向けた。

 「レヴハルト」

 「……父上」

 エシュバルト・シルバミネ。
 レヴハルトの父であり、国内では栄誉ある竜殺しとして讃えられている。表の顔は最強の竜殺し、裏の顔は最強の殺し屋。
 一片の隙もない完璧な人物だ。

 「アズベルトが死んだ」

 淡々と、唐突に。
 エシュバルトは兄の死を告げた。

 もっとも、レヴハルトは何も感じることはない。
 父とも、兄とも、誰とも。深い関わりを持つことはなかったから。何の感傷もなかったのだ。

 「任務で仕損じたようだ。アレは失敗作だったな。
 才能のないお前を育てることは避けたかったが、黒ヶ峰を継承できる者はシルバミネ家の人間のみ。これからお前を次代のシルバミネとして育てる。来い」

 兄をアレ呼ばわりする父。失敗作呼ばわりする父。
 そんな親にレヴハルトは何の違和感も覚えず……ただ手を引かれていった。



 一月後。

 「……駄目だな、これは」

 エシュバルトは倒れるレヴハルトを見下ろして嘆息した。
 あまりに才能がない。殺しの技術、身体能力、魔力、全てが兄よりも劣っている。そこらの一般人を育てた方がマシなくらいだ。

 エシュバルト自身、他人にものを教えることが苦手なのは理解していた。
 兄のアズベルトは才能ゆえに淡々と技術を磨けたが、このレヴハルトはどうしようもない。

 「しばらくお前を私の知人に預ける。彼から殺しの技術を学べ」

 当分の間は他人に師事をさせ、基礎的な能力を身につけさせる。
 それでもレヴハルトが使い物にならないのなら、別の手段を考えなければならない。

 エシュバルトは悩みの末、他人へと息子を引き渡した。

 ー----

 レヴハルトを出迎えたのは、物腰の柔らかそうな男だった。
 それなりに父よりも若々しく、年齢は二十前後だろうか。

 「やあ、こんにちは! 君がレヴハルト君だね? エシュバルトさんから話は聞いてるよ」

 彼はにこやかに笑う。
 笑顔を向けられたレヴハルトは当惑して沈黙していたが、かろうじて口を開く。

 「……レヴハルト・シルバミネです。よろしくお願いします」

 「僕はハドリッツ・アルヴァ! よろしくね」

 ハドリッツと名乗った男は着物の裾を揺らしてレヴハルトの頭を撫でる。
 その行為にどんな意味があるのか、レヴハルトにはよくわからなかったが。

 「そうだね……まずはご飯に行こう!」

 「……?」

 「ご飯だよ、美味しいものを食べるんだ。初対面の人と仲よくなるにはそれが一番だよ。そんな細腕じゃ剣もまともに持てないさ。腹が減っては戦はできぬ、と言うだろう? まあ僕は腹が減ってても戦はできるけど。
 さあ行こう、今すぐ行こう!」

 レヴハルトが今までに対面したことのないタイプの人間。
 ハドリッツ・アルヴァは一言でいえば変人であった。エシュバルトの静寂とは対照的。
 本当に彼は殺し屋なのか、殺しの技術を学べるのか……レヴハルトは幼心に不安を覚えた。


 そして店に入り、二人はテーブルを囲む。

 「レヴハルト君……いや、親しみを込めてレヴと呼ぼうか。
 レヴの好きな食べ物はなに?」

 「好きな、食べ物……」

 「うん。ちなみに僕はたこ焼きが好き。この店のメニューにたこ焼きはないけどね? ハハハッ」

 「……」

 これから師事する相手に粗相があってはいけない。
 レヴハルトはひたすらに困惑していたが、特に文句は言わずに沈黙を貫く。好きな食べ物なんてない。今まで満足に物を食ってこなかった。

 ハドリッツは他愛もない話を滔々と語り続ける。

 「ここのお店は安くて美味しいんだよ。あんまり女の子ウケはよくないんだけどね……」

 「あの」

 「ん? どうしたの?」

 「俺は、才能がないからあなたのところに来ました。どうして仕事に関係ないことを喋るのですか」

 率直な疑念をレヴハルトはぶつけてみた。
 人との付き合い方を知らない。振る舞い方を知らない。兄が死ななければ、彼は一生廃屋で放置されていたはず。
 だから理解できない。こうしてハドリッツが雑に話す意味を。

 「エシュバルトさんからはさ、レヴが一人前になるまで育ててくれって頼まれたんだ。でも一人前ってのは、僕とエシュバルトさんでは認識が違う。
 命を扱う者としての自覚、信念、心。それらを全て兼ね備えての一人前だ。エシュバルトさんは仕事の機械を求めているようだけど、僕は人間を求めている」
 
 どういうことなのか。レヴハルトは依然として理解できない。
 ハドリッツもまた、目の前の幼子が自分の言葉を理解できるとは思っていない。ただ語りたいと思ったから語るのみ。

 「まあ簡単に言うとね。君が求めている力を手に入れるためには、技術を磨くだけではダメってこと。
 少なくとも僕に師事する上では……ね。エシュバルトさんも僕に息子を預けたんだから、僕のやり方に染まるのは許容してるはずだし」

 「こうしてご飯を食べることも、必要なんですか」

 「もちろん。色々不安はあると思うけど、今は僕に全部任せて。君はとりあえず、たくさん美味しい物を食べること!」

 「わかりました」

 とにかく与えられた命令に従う。
 これだけはレヴハルトの脳裏に刻まれていた。

 新たな規範をハドリッツとして見据え、彼は人生を歩み出した。

 ー----

 半年後。

 「そうそう、すごいねレヴ! なんかよくわからないけどすごい!」

 レヴハルトはひたすらに刀を振るう。
 何度振るっても、ハドリッツにはまるで届かないが……彼の剣筋は確かに鋭くなっていた。

 くだらない時間を過ごし、時に真面目な修練の時間を過ごし、彼は錬磨されていた。

 「っ……!」

 剣筋を乱したところで、ハドリッツがいさめるように彼の足を払う。
 レヴハルトは盛大に転んで地面に伏した。

 ハドリッツは倒れる少年を見て思案する。この少年、たしかに才能は絶望的なほどに無い。お世辞にも伸びがいいとも言えない。
 このまま伸ばしても、大成はできないだろう。何か大きな原動力となるきっかけがあればいいのだが、ハドリッツは何も思いつかない。

 日々の交流を通してレヴハルトの心は成長してきた。
 しかし未だ感情の起伏が乏しい彼に対して、何が原動力となるのかがわからないのだ。

 「おつかれー。今日はここまでにしようか」

 「……ハド。俺は成長している?」

 「してるよ。ただ、伸びはそこまでかな。エシュバルトが要求する力には程遠い。
 今レヴは八歳? まだ子どもだから……なんて言い訳はしたくないよね、わかるわかる。君と同じくらいの歳で、僕はすでに殺しの仕事もしてたし」

 「……」

 ──悔しい。
 その感情は、レヴハルトがたまに覚えるようになってきたもの。

 「難しい話をしても、きっと今のレヴにはわからないよ。だから今は僕と一緒に強くなるんだ。豊かな人間になるんだ。
 そして……君が君になった時、話をしよう。どうして殺し屋という職業が必要とされ、エシュバルトが君に力を求めたのかを」

 
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