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4章 咎人綾錦杯
19. 獣
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バトルパフォーマーの頂点、マスター級。
バトルパフォーマー界のみならず、一般人にも彼らの顔は知れ渡っている。もはや国内でマスター級の名を知らぬ者はいないだろう。
そんな業界を代表する彼らが一同に会し、争う催し──玉座争奪。
世間からの注目度も高い。ソラフィアートを除いて参加する八名のパフォーマーの配信は、高い注目度を誇っている。
「にしても、誰とも当たらないなぁ……」
最終拠点の一角で、《幻狼》ユニは欠伸を噛み殺す。
彼女は城の柱でのんびりと敵影を探していた。
この広大な区画の中、他七名と接敵するのは難しい。ましてやユニのように気配を消して潜んでいる者もいるだろうから、なかなか視聴者に戦闘を見せてあげられない。
彼女は何気なく回線の状態を確認した。
「あれ? 配信止まってる」
回線が切れている。
大会中はコメントを見ることができないので、画面がどうなっているのかわからない。しかし、明らかにネットの接続が切れていた。
「困るなー、これ……つよつよ回線にしてるんだけどなぁ」
外でも問題なく配信できるよう、回線は完璧な準備を整えている。
にもかかわらず止まってしまうとは……
──何か、視界の端を過った。
鈍色の線が夜闇に走ると同時、ユニは顔を上げる。
「ん……?」
聞こえた風切り音、地面に突き刺さった暗器。
奇襲だ。その時、彼女は初めて上腿からの出血に気がついた。
「いってええええええ!? おいおい、ちょっと待てって。誰か知らないけど、今配信止まってるの!
なんで回線落ち中に攻撃がくんだよ。教えはどうなってんだ教えは……」
止血魔法を施して彼女は立ち上がる。
いったい誰が奇襲を仕掛けてきたのか。回線の調子が戻るまで戦闘は待ってもらわなければならない。
闇から姿を現したのは……見覚えのない人物だった。
赤い髪と瞳、顔の下半分を覆う黒い覆面。
「え、きみ誰? マスター級のやつらじゃないよね?」
「Hi、こんにちは。ごめんね、待つわけにはいかないの。
あなたは──ここで死ぬんだから」
カガリ・メロウは短刀を引き抜いて殺気を放った。
瞬間、ユニは咄嗟に後退。この女はパフォーマンスをしに来たのではない。
「あんたがユニ・キュロイね?
世界大会の代表者候補で、幻狼の二つ名を持つ者。月に一回は炎上するパフォーマーさん?」
「そうだよ。で、きみは……ぼくを殺しに来たってわけ?
うわぁ……アンチにしても限度があるよね? 逮捕されるよふつーに」
速やかに、鮮やかに。
これはパフォーマンスではない。一瞬でユニの命を刈り取り、殺す必要がある。
カガリは口を開かずに闇を疾走した。
闇に溶け、潜り、不意を突く。
ユニの視界から一瞬にして消えたカガリの姿。彼女は直後にはユニの背後で短刀を振りかざしていた。
「さようなら……っ!?」
「あぶね。あれ、なんかいつもより身体の動きが鈍い……ぼくになんかした?」
確実に首を取ったかと思われたカガリの一撃。
しかし、ユニは目にも止まらぬ速度で反応を見せて凌いだ。いつしか引き抜かれていた鉤爪が、カガリの短刀を逸らす。
カガリはそのまま滑るようにして地面を蹴り、ユニと一旦距離を取る。
「さすがはマスター級ね。あーあ、これだから正面切って戦うのは嫌だったのに……最初の奇襲が当たってればなー」
「いや質問に答えろよ。ぼくになんかした? 視界がぐるぐるするし、手足が思うように動かないんだけど」
「毒よ。さっきの短刀に仕込んでおいたの。
あと二分もすれば全身が動かなくなる。まあ、それまでの人生ね」
毒。命の残り時間はあと二分。
淡々と告げられた事実にユニは青ざめた。
常勝無敗、天下無双のマスター級。されど彼らも人間だ。
こうして汚い手を使われて暗殺されることには慣れていない。カガリからすれば、アマチュア級もマスター級もそこまで暗殺する難易度は変わらないのだ。
「やっべ……人生最初で最後の危機じゃね? くそ、今わの際くらい配信したい……ぼくという天才の死に様をどうかネットに残したい……
ユニちゃんが死にそうですね……ご冥福をお祈りします……
そこで視聴者の皆さんにお願いがあります。ユニさんを英霊としてFOOに実装してもらえるように要望を出しませんか?
皆さん一人一人が出すことできっと実装されると思うんです。拡散お願いします」
「……やっぱりマスター級って頭おかしいんだ。こんな時まで配信のこと考えるって……ネットはあたしがジャミングしたからつながらないわよ。残念だけど、そのまま死んでね」
ユニは如何なる状況でもペルソナを崩さない。
それがマスター級の矜持。内心では死に直面し、めちゃくちゃ焦って思考をフル加速させる。
(目の前の人はたぶん暗殺者。いやー、まさか命を狙われるとは……ぼくも有名人になったもんだね。
で、どうしたらこの状況を打開できるんだろうか。独壇場の展開は許されないだろうし、他パフォーマーの気配も周囲にない……普通にこの女をしばくしかないかな?
毒が回って身体が動かない状況で、この強そうな暗殺者を倒せるのかわかんないけど……血清とか持ってるかもだし。とりま、死を待つよりも動くべし)
「ぼくを舐めんなよ、殺し屋。加速」
身体の深奥から魔力を通し、全身に巡らせる。
ユニが何らかの魔力動作を起こしたことを確認し、カガリは阻止すべく駆け出した。目にも止まらぬ速さで迫り来るカガリ。
「増幅」
だが、ユニからすれば緩慢なことこの上なし。
曰く──最速のストライカー。あまりの速度に、彼女の速度は幻のよう。そして熾烈な攻撃は狼のよう。
故に彼女はこう呼ばれる。
「幻狼・セット」
《幻狼》と。
そう、何よりも速いのだ。
「ッ!?」
消えた。
カガリの視界から消えた。いや、目にも止まらぬ速度で動いている。
ユニの気配が右へ左へ。前へ後ろへ。まるで転移しているかのようだ。
たしかに毒で動きを制限したはず。ユニの速度はカガリも事前に調査済みで、動きを大きく制限する毒を用いたのだ。
だが……それでも速すぎる。
「──大爆発」
魔力が爆ぜる。ユニが引き起こした大魔術。
夜闇に閃光、爆音。
カガリはあまりの衝撃に体勢を崩す。爆風から身を守り、気配を捉えきれないユニを警戒。
なおも彼女の速度は上昇し続けている。もはや追うことは不可能だ。
「……」
失敗した。ユニはあまりにも強かった。
だが、毒が回った以上は殺せる。カガリも道連れにされてしまうかもしれないが、殺し屋としての任務は果たせるだろう。
この爆速の狼を、刺し違えてでも殺す。
カガリがそう決意した刹那。
「う!!」
「う?」
うめき声のようなものが聞こえ、ぼとりと地面にユニが落ちてきた。
「く……苦しい……ぼくはここまでか……」
「あ、毒回ったんだ。よかったー……あんたのこと見くびってたわ。
まさか速度低下の猛毒を受けて、あんなに速く動き回るなんてね。あたしも殺されるかと思った」
「無駄に加速せず……きみをしばいていれば……ぐふっ」
ぐふっ、と吐き捨ててユニは瞳を閉じる。
呼吸を止めているが、しっかりと心臓は鼓動していた。死んだふりである。
カガリは若干の呆れを覚えつつも、短刀を構えて彼女に歩み寄る。チラチラとこちらを時々盗み見ては、死んだふりを続けるユニ。
「死ぬ寸前までネタに走るなんて、その精神は感服するけど。本当にパフォーマーってアホしかいないのね……」
カメラがなくともパフォーマンスの精神。
毒に苦しみ、死の淵に立たされながらも暗い雰囲気は出さないように。それがユニの精神だったのだから。
「さようなら、幻狼」
カガリは短刀を無情に振り下ろす。
これで終わり。
「忌の刃、天命なれど。在ってなきが如し。重なり齎すは我が空なる天」
シルバミネ第八秘奥──
「……!?」
──《天中殺》
カガリの短刀は粉々に砕け散り、風に吹かれて消えてゆく。
何に当たったわけでもない。大気を裂いただけ。
だが、刀身を成す鋼はたちまちに解け、瓦解して。
「あんた、は……」
「はじめまして、名も知らぬ赤の少女よ。此方が其方を知らずとも、其方は此方を知っているだろう。
一方的に名を知られるとは、俺も箔がついたようで嬉しいよ。一応名乗っておこうか。
俺はレヴハルト・シルバミネ。君と同じ罪人だ」
何故。
彼は……レヴハルトは、ハドリッツの獲物だ。ここにいることはありえない。
だが、考えられる可能性は。
カガリは可能性を確かめるべく彼に尋ねた。
「ハドリッツは……?」
「殺したよ。とても強く、恐ろしかったな……アレは。
さすがは世界最強の殺し屋だ、殺されるのも一流ってことだね。俺には到底真似できないよ」
表情筋ひとつ動かさず、レヴハルトはハドリッツの死を述べた。
それから彼はうつ伏せになって倒れているユニを、黒ヶ峰の左刀で斬り裂く。生命力を与えて解毒。
「ぐえーっ!? 死んで……ない。あれ、毒が消えてる?
きみ、よくわかんないけどありがと……ぐふ」
ユニからペリシュッシュに似た嫌な気配を感じ取ったレヴハルトは、彼女を即座に気絶させる。
ここはひとまずカガリの対処が優先だ。
「さて。あまり人目に触れるのは好きじゃなくてね。
同業者よ、俺と殺し合うか? それとも退くか? 賢明な選択をしてくれよ」
「……どうしてその人を助けるの? あんたには関係ない人間でしょ」
「…………」
たしかにレヴハルトとしても、レヴリッツとしてもユニと面識はない。
特に助ける義理もなければ、カガリの邪魔をする必要もなかった。
彼はしばし黙し、己が心情を吐露する。
「ただ無為に悪意を敷く人は怠惰な獣だ。
理性に留まる獣は人だ。
理性を踏み越えて悪意に至る人は勤勉な獣だ」
「は?」
「俺は勤勉な獣が好きだ。君は怠惰な獣だ。それが気に食わない」
言葉の意味が解せない。
曰く、レヴハルト・シルバミネは狂人だと言う。シロハ国で拘束される直前には、実の父親の生首を振り回して街を歩いていたらしい。
だから論理構成も無茶苦茶なのだろうか。
しかしカガリは知っている。彼は少なくともまともな人間を演じられることを。
決して狂人ではないということを。
「君のような言われるがままの操り人形を見ていると、自分の過去を思い出す。率直に言って気持ち悪い。目障りだ。
俺よりも醜い終わり方を、君はきっと迎えられない。だから諦めてくれ」
「支離滅裂。つまりあんたはこう言いたいわけ?
あたしが殺し屋として仕事を続けても……大したものも残せず死ぬだろうって?」
「いい理解力だ。君のように賢い人が殺しをするなんてもったいない。
もっと素晴らしい道を歩むべきだよ」
心にもないことをレヴハルトは当然のように言ってのける。
彼の言葉を受け、カガリは逡巡する。任務を失敗すれば首が飛ぶだろう。しかし、あのハドリッツでさえ失敗したのだ。それを考慮すれば「上」が失敗を許す可能性もある。
ここでレヴハルトと戦えば確実に死ぬ。
そんな無残な結末を迎えるよりは、
「……わかったわ。あんたみたいな化け物を相手にしちゃ、あたしも勝ち目はないし。何より気持ち悪いって言われたのがショックだし」
「いや失敬。乙女に気持ち悪いとは配慮が足りなかったな。
俺は本音を隠すのが苦手でね……君は本当に素敵で可憐な少女だよ」
「いや、それカバーになってないし……」
ぼやきながら、カガリはその場から痕跡を消して撤収していく。
闇に溶け、陰の中へ。
再び彼女が姿を現すのは表の世界か、裏の世界か。
去り際、レヴハルトの横を通り過ぎる瞬間。
ふと彼女は足を止めて言った。
「あっそうそう。また鍛錬、付き合ってよね」
「……」
レヴハルトは特に返事をすることもなく、霧となって姿を消す。
カガリもまた闇へと消える。
後に残ったのは気絶して倒れるユニのみだった。
バトルパフォーマー界のみならず、一般人にも彼らの顔は知れ渡っている。もはや国内でマスター級の名を知らぬ者はいないだろう。
そんな業界を代表する彼らが一同に会し、争う催し──玉座争奪。
世間からの注目度も高い。ソラフィアートを除いて参加する八名のパフォーマーの配信は、高い注目度を誇っている。
「にしても、誰とも当たらないなぁ……」
最終拠点の一角で、《幻狼》ユニは欠伸を噛み殺す。
彼女は城の柱でのんびりと敵影を探していた。
この広大な区画の中、他七名と接敵するのは難しい。ましてやユニのように気配を消して潜んでいる者もいるだろうから、なかなか視聴者に戦闘を見せてあげられない。
彼女は何気なく回線の状態を確認した。
「あれ? 配信止まってる」
回線が切れている。
大会中はコメントを見ることができないので、画面がどうなっているのかわからない。しかし、明らかにネットの接続が切れていた。
「困るなー、これ……つよつよ回線にしてるんだけどなぁ」
外でも問題なく配信できるよう、回線は完璧な準備を整えている。
にもかかわらず止まってしまうとは……
──何か、視界の端を過った。
鈍色の線が夜闇に走ると同時、ユニは顔を上げる。
「ん……?」
聞こえた風切り音、地面に突き刺さった暗器。
奇襲だ。その時、彼女は初めて上腿からの出血に気がついた。
「いってええええええ!? おいおい、ちょっと待てって。誰か知らないけど、今配信止まってるの!
なんで回線落ち中に攻撃がくんだよ。教えはどうなってんだ教えは……」
止血魔法を施して彼女は立ち上がる。
いったい誰が奇襲を仕掛けてきたのか。回線の調子が戻るまで戦闘は待ってもらわなければならない。
闇から姿を現したのは……見覚えのない人物だった。
赤い髪と瞳、顔の下半分を覆う黒い覆面。
「え、きみ誰? マスター級のやつらじゃないよね?」
「Hi、こんにちは。ごめんね、待つわけにはいかないの。
あなたは──ここで死ぬんだから」
カガリ・メロウは短刀を引き抜いて殺気を放った。
瞬間、ユニは咄嗟に後退。この女はパフォーマンスをしに来たのではない。
「あんたがユニ・キュロイね?
世界大会の代表者候補で、幻狼の二つ名を持つ者。月に一回は炎上するパフォーマーさん?」
「そうだよ。で、きみは……ぼくを殺しに来たってわけ?
うわぁ……アンチにしても限度があるよね? 逮捕されるよふつーに」
速やかに、鮮やかに。
これはパフォーマンスではない。一瞬でユニの命を刈り取り、殺す必要がある。
カガリは口を開かずに闇を疾走した。
闇に溶け、潜り、不意を突く。
ユニの視界から一瞬にして消えたカガリの姿。彼女は直後にはユニの背後で短刀を振りかざしていた。
「さようなら……っ!?」
「あぶね。あれ、なんかいつもより身体の動きが鈍い……ぼくになんかした?」
確実に首を取ったかと思われたカガリの一撃。
しかし、ユニは目にも止まらぬ速度で反応を見せて凌いだ。いつしか引き抜かれていた鉤爪が、カガリの短刀を逸らす。
カガリはそのまま滑るようにして地面を蹴り、ユニと一旦距離を取る。
「さすがはマスター級ね。あーあ、これだから正面切って戦うのは嫌だったのに……最初の奇襲が当たってればなー」
「いや質問に答えろよ。ぼくになんかした? 視界がぐるぐるするし、手足が思うように動かないんだけど」
「毒よ。さっきの短刀に仕込んでおいたの。
あと二分もすれば全身が動かなくなる。まあ、それまでの人生ね」
毒。命の残り時間はあと二分。
淡々と告げられた事実にユニは青ざめた。
常勝無敗、天下無双のマスター級。されど彼らも人間だ。
こうして汚い手を使われて暗殺されることには慣れていない。カガリからすれば、アマチュア級もマスター級もそこまで暗殺する難易度は変わらないのだ。
「やっべ……人生最初で最後の危機じゃね? くそ、今わの際くらい配信したい……ぼくという天才の死に様をどうかネットに残したい……
ユニちゃんが死にそうですね……ご冥福をお祈りします……
そこで視聴者の皆さんにお願いがあります。ユニさんを英霊としてFOOに実装してもらえるように要望を出しませんか?
皆さん一人一人が出すことできっと実装されると思うんです。拡散お願いします」
「……やっぱりマスター級って頭おかしいんだ。こんな時まで配信のこと考えるって……ネットはあたしがジャミングしたからつながらないわよ。残念だけど、そのまま死んでね」
ユニは如何なる状況でもペルソナを崩さない。
それがマスター級の矜持。内心では死に直面し、めちゃくちゃ焦って思考をフル加速させる。
(目の前の人はたぶん暗殺者。いやー、まさか命を狙われるとは……ぼくも有名人になったもんだね。
で、どうしたらこの状況を打開できるんだろうか。独壇場の展開は許されないだろうし、他パフォーマーの気配も周囲にない……普通にこの女をしばくしかないかな?
毒が回って身体が動かない状況で、この強そうな暗殺者を倒せるのかわかんないけど……血清とか持ってるかもだし。とりま、死を待つよりも動くべし)
「ぼくを舐めんなよ、殺し屋。加速」
身体の深奥から魔力を通し、全身に巡らせる。
ユニが何らかの魔力動作を起こしたことを確認し、カガリは阻止すべく駆け出した。目にも止まらぬ速さで迫り来るカガリ。
「増幅」
だが、ユニからすれば緩慢なことこの上なし。
曰く──最速のストライカー。あまりの速度に、彼女の速度は幻のよう。そして熾烈な攻撃は狼のよう。
故に彼女はこう呼ばれる。
「幻狼・セット」
《幻狼》と。
そう、何よりも速いのだ。
「ッ!?」
消えた。
カガリの視界から消えた。いや、目にも止まらぬ速度で動いている。
ユニの気配が右へ左へ。前へ後ろへ。まるで転移しているかのようだ。
たしかに毒で動きを制限したはず。ユニの速度はカガリも事前に調査済みで、動きを大きく制限する毒を用いたのだ。
だが……それでも速すぎる。
「──大爆発」
魔力が爆ぜる。ユニが引き起こした大魔術。
夜闇に閃光、爆音。
カガリはあまりの衝撃に体勢を崩す。爆風から身を守り、気配を捉えきれないユニを警戒。
なおも彼女の速度は上昇し続けている。もはや追うことは不可能だ。
「……」
失敗した。ユニはあまりにも強かった。
だが、毒が回った以上は殺せる。カガリも道連れにされてしまうかもしれないが、殺し屋としての任務は果たせるだろう。
この爆速の狼を、刺し違えてでも殺す。
カガリがそう決意した刹那。
「う!!」
「う?」
うめき声のようなものが聞こえ、ぼとりと地面にユニが落ちてきた。
「く……苦しい……ぼくはここまでか……」
「あ、毒回ったんだ。よかったー……あんたのこと見くびってたわ。
まさか速度低下の猛毒を受けて、あんなに速く動き回るなんてね。あたしも殺されるかと思った」
「無駄に加速せず……きみをしばいていれば……ぐふっ」
ぐふっ、と吐き捨ててユニは瞳を閉じる。
呼吸を止めているが、しっかりと心臓は鼓動していた。死んだふりである。
カガリは若干の呆れを覚えつつも、短刀を構えて彼女に歩み寄る。チラチラとこちらを時々盗み見ては、死んだふりを続けるユニ。
「死ぬ寸前までネタに走るなんて、その精神は感服するけど。本当にパフォーマーってアホしかいないのね……」
カメラがなくともパフォーマンスの精神。
毒に苦しみ、死の淵に立たされながらも暗い雰囲気は出さないように。それがユニの精神だったのだから。
「さようなら、幻狼」
カガリは短刀を無情に振り下ろす。
これで終わり。
「忌の刃、天命なれど。在ってなきが如し。重なり齎すは我が空なる天」
シルバミネ第八秘奥──
「……!?」
──《天中殺》
カガリの短刀は粉々に砕け散り、風に吹かれて消えてゆく。
何に当たったわけでもない。大気を裂いただけ。
だが、刀身を成す鋼はたちまちに解け、瓦解して。
「あんた、は……」
「はじめまして、名も知らぬ赤の少女よ。此方が其方を知らずとも、其方は此方を知っているだろう。
一方的に名を知られるとは、俺も箔がついたようで嬉しいよ。一応名乗っておこうか。
俺はレヴハルト・シルバミネ。君と同じ罪人だ」
何故。
彼は……レヴハルトは、ハドリッツの獲物だ。ここにいることはありえない。
だが、考えられる可能性は。
カガリは可能性を確かめるべく彼に尋ねた。
「ハドリッツは……?」
「殺したよ。とても強く、恐ろしかったな……アレは。
さすがは世界最強の殺し屋だ、殺されるのも一流ってことだね。俺には到底真似できないよ」
表情筋ひとつ動かさず、レヴハルトはハドリッツの死を述べた。
それから彼はうつ伏せになって倒れているユニを、黒ヶ峰の左刀で斬り裂く。生命力を与えて解毒。
「ぐえーっ!? 死んで……ない。あれ、毒が消えてる?
きみ、よくわかんないけどありがと……ぐふ」
ユニからペリシュッシュに似た嫌な気配を感じ取ったレヴハルトは、彼女を即座に気絶させる。
ここはひとまずカガリの対処が優先だ。
「さて。あまり人目に触れるのは好きじゃなくてね。
同業者よ、俺と殺し合うか? それとも退くか? 賢明な選択をしてくれよ」
「……どうしてその人を助けるの? あんたには関係ない人間でしょ」
「…………」
たしかにレヴハルトとしても、レヴリッツとしてもユニと面識はない。
特に助ける義理もなければ、カガリの邪魔をする必要もなかった。
彼はしばし黙し、己が心情を吐露する。
「ただ無為に悪意を敷く人は怠惰な獣だ。
理性に留まる獣は人だ。
理性を踏み越えて悪意に至る人は勤勉な獣だ」
「は?」
「俺は勤勉な獣が好きだ。君は怠惰な獣だ。それが気に食わない」
言葉の意味が解せない。
曰く、レヴハルト・シルバミネは狂人だと言う。シロハ国で拘束される直前には、実の父親の生首を振り回して街を歩いていたらしい。
だから論理構成も無茶苦茶なのだろうか。
しかしカガリは知っている。彼は少なくともまともな人間を演じられることを。
決して狂人ではないということを。
「君のような言われるがままの操り人形を見ていると、自分の過去を思い出す。率直に言って気持ち悪い。目障りだ。
俺よりも醜い終わり方を、君はきっと迎えられない。だから諦めてくれ」
「支離滅裂。つまりあんたはこう言いたいわけ?
あたしが殺し屋として仕事を続けても……大したものも残せず死ぬだろうって?」
「いい理解力だ。君のように賢い人が殺しをするなんてもったいない。
もっと素晴らしい道を歩むべきだよ」
心にもないことをレヴハルトは当然のように言ってのける。
彼の言葉を受け、カガリは逡巡する。任務を失敗すれば首が飛ぶだろう。しかし、あのハドリッツでさえ失敗したのだ。それを考慮すれば「上」が失敗を許す可能性もある。
ここでレヴハルトと戦えば確実に死ぬ。
そんな無残な結末を迎えるよりは、
「……わかったわ。あんたみたいな化け物を相手にしちゃ、あたしも勝ち目はないし。何より気持ち悪いって言われたのがショックだし」
「いや失敬。乙女に気持ち悪いとは配慮が足りなかったな。
俺は本音を隠すのが苦手でね……君は本当に素敵で可憐な少女だよ」
「いや、それカバーになってないし……」
ぼやきながら、カガリはその場から痕跡を消して撤収していく。
闇に溶け、陰の中へ。
再び彼女が姿を現すのは表の世界か、裏の世界か。
去り際、レヴハルトの横を通り過ぎる瞬間。
ふと彼女は足を止めて言った。
「あっそうそう。また鍛錬、付き合ってよね」
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レヴハルトは特に返事をすることもなく、霧となって姿を消す。
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後に残ったのは気絶して倒れるユニのみだった。
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「えっ、勇者たちが新品の剣をすぐに折ってしまって困ってる? 知りませんが、とりあえず最後尾に並んでいただけますか?」
これは、職人少年が辺境の村を世界一の都へと変えていく、ほのぼの逆転サクセスストーリー。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
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