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4章 咎人綾錦杯
24. 間違い
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表彰式を終え、Oathの四人はヨミ優勝の祝賀会を開いていた。
それぞれのパフォーマンスをアーカイブで視聴して、振り返りも兼ねて。
ペリは画面に広がるヨミの独壇場を見て、画面内のアリッサと同様に戦慄した。
「いやー……それにしてもヨミさんが優勝するとは思いませんでしたよ。まさか独壇場をすでにお持ちだったなんて。
アマチュアのリオートくんとヨミさんが使えて、プロの私が使えないのは不甲斐ないものです……頼むからレヴリッツくんは裏切らないでくださいね?」
「何言ってるんですかペリ先輩。僕が独壇場を使えないなんて言った覚えはありませんが」
「え゛」
あくまでレヴリッツは他人に披露しないだけで、独壇場を有している。ひそやかに仲間外れを告げられたペリは縮こまって俯いてしまった。
落ち込む彼女を無視してリオートがヨミに尋ねる。
「でも、ヨミの独壇場はどんな代物なんだ?
アーカイブで見る限り、真っ白な空間が広がってるだけだが」
「うーん……言葉で説明するのは難しいかも。たぶん直接見ないとわからないと思う。こう……精神を蝕むタイプの領域だから、あんまりよくないよ」
「そ、そうなのか……俺の未熟な独壇場とは質が違うんだろうな」
まだリオートの《氷雪霊城》は発現したばかり。質も影響力も低い。
一方でヨミの《九泉世界》はかなり育っている。おそらくバトルパフォーマーになる前から習得していたのだろう。
「ほんとにヨミさんは特異なスタンスですよねー。バトルパフォーマンスだけじゃなくて、動画とかもセンスのよさがにじみ出ています。
あの変態アリッサも褒めるわけですよ」
「そういえばアリッサセンパイから送られてきたDM返してなかった……」
「DMといえば、あれ既読つくんだってな。自分のメッセージが白から青に変わる意味がわからなかったが、そういうことだったのか。ケビンから教えてもらって初めて知ったが」
「ちょっとわかりにくいですよね。今までは文字で「既読」とついていたんですが、改悪アプデによりそのクソ仕様になったのです。
今までリオートくんに連絡したら爆速で既読がつくのに、返信がないのでふざけんなって思ってました」
それぞれが綾錦杯のアーカイブや視聴者の反応を見て振り返る中、レヴリッツはぼんやりと中空を眺めていた。
上の空だ。
普段と違う彼の態度に三人は気がついていたが、特に言及することはなかった。
レイノルドが語った情報によると、レヴリッツは不審者に命を狙われていたらしい。故にやむを得ない事情で大会を辞退したのだろう。
彼の正体を知るヨミとペリは納得できるものがあった。
「レヴリッツ、食いたいもんはないのか?」
リオートが彼を慮るように問う。
「ああ……じゃあエビのから揚げでも頼もうかな。共食いってやつだ」
「そうか。じゃあ俺はこの料理を……痛っ」
メニューを指さしたリオートの腕に、ふと鈍痛が走る。
右腕の中腹からずきずきと痛む。
「ああクソ……そういえばケビンに腕を打たれたんだった。レヴリッツは怪我とかないのかよ」
「大丈夫。僕が怪我なんてすると思うか?」
「そうだな。お前なら大丈夫って言いたいところだが……人間に絶対はないからな。お前は性格的に怪我しても隠しそうだ。
同じチームの奴くらいには正直に話せよ」
「ああ、人間なら絶対はないよね。本当に怪我はしていない。
回線落ちと共に名誉は傷ついたけどね」
彼の言う通り、外傷はない。
彼自身でも気がついていない傷があるとするならば、それはきっと内面の傷だ。
ハドリッツを斬り殺した直後の宴会は愉快なものではない。とはいえ、その心情を表に出すわけにもいかなかった。
「ペリ先輩、その酒ください」
「ひょ? レヴリッツくんってお酒苦手じゃ?」
「いいじゃないですか。ヤケ酒、付き合いますよ」
「おー! 飲みますよ~今日は~」
ペリはなみなみとレヴリッツのグラスに酒を注ぐ。
雑魚死したストレスのせいで、今日のペリは飲みまくるつもりだ。
アルコールに弱いレヴリッツも、今日は仕方ない。
きっと明日にはすべて忘れている。そう願って酒を飲み干した。
ー----
祝賀会の後、レヴリッツはどこともなく夜のバトルターミナルを歩き出した。
リオートは寮へ戻り、ペリは第二拠点へ帰り、そしてヨミは彼の後を追ってきた。
時刻は深夜。
あれほど祭りのように騒がれた綾錦杯も、もう終わり。戦場となった店や施設の職員も翌朝には戻ってくる。
人がパフォーマー以外に出払っている今だけは、異様な静寂が辺りに満ちていた。ほとんどのパフォーマーは疲れて泥のように眠っているだろう。
「…………」
顔を若干赤らめながらレヴリッツは歩く。
彼は酔ってしまうと寡黙になる。きっとそれが生来の人格なのだ。
「ふぁあ……」
背後でヨミの欠伸が聞こえた。
全力で大会に臨んだ彼女の疲労も相当なもの。
「物好きだな、こんな深夜徘徊について来るなんて。さっさと寝ればいいのに」
「私がレヴのストーカーをしてるのは昔からでしょ。今日も世界の果てまで追いかけるからね」
「好きにすればいい。君の馬鹿げた執念をウザいと思ったことはないから」
自分の傍に人がいてくれるのは幸せだ。
生きている内に率直な想いは伝えたい。皮肉に隠そうとしても隠し通せない感情は特に。
『血はつながっていないけれど、一緒にたくさん過ごしてご飯を食べた。人としての生き方を分かち合った。僕も君に学んだことは数多くあるからさ。
息子みたいに……君を考えていたよ。だから心を壊して欲しくない』
いつかのハドリッツの言葉がフラッシュバックする。
これに返す言葉は考えていた。
だが、ハドリッツに自分の想いは伝えられなかった。
罪人になって何も言葉を交わさずシロハ国を離れ、リンヴァルス国で再会した時にはすでに敵で。首を斬るしかなかった。
「ヨミ」
「……なに?」
「俺にすてきな明日は来るのかな」
すべてを投げ出して外国へ逃げてきたつもりだった。
姿形を偽って、別人に生まれ変わったつもりだった。
だけど罪過は離れない。
人を殺さぬと思ったレヴリッツも、今日再び人を殺めた。
もう二度と罪は拭えないのかもしれない。
「私がレヴのすてきな明日を描くよ。私だけじゃ力が及ばないなら、チームのみんなも手伝うよ。
それでも足りないなら……レヴが自分の力ですてきな明日を掴み取るしかない。幸せになりたいなら自分の選択で歩まなきゃ」
「……そうか。恥ずかしいけど、君に一つお願いがあるんだ」
レヴリッツは立ち止まる。ヨミも彼の背後で足を止めた。
夜闇の中、特に何もない往来で。
彼は振り向いてヨミと視線を交差させる。
「これからも俺の支えになってくれ。俺の心は強くないから、君がいないと困ってしまう」
「それは……プロポーズですか!?」
「いや、違うかな。あと深夜に大声を出すな。
たしかに君はかわいくて、俺も好意を寄せている。けれど「何よりも大切な人」にはできない。
──今の俺を愛するのは間違ってるよ」
言葉を受けたヨミは紅の瞳を揺らした。
レヴリッツ困ったように笑う。今の言葉はヨミを傷つけてはいないと確信があった。むしろ逆で、ヨミを喜ばせたはずだ。
“レヴハルト・シルバミネを愛することは間違っている”
──それが彼の本心だ。
「待っててね、レヴ。必ず私があなたを……幸せにしてあげるから」
「待ってるよ。いつか俺を本物にしてくれ」
それぞれのパフォーマンスをアーカイブで視聴して、振り返りも兼ねて。
ペリは画面に広がるヨミの独壇場を見て、画面内のアリッサと同様に戦慄した。
「いやー……それにしてもヨミさんが優勝するとは思いませんでしたよ。まさか独壇場をすでにお持ちだったなんて。
アマチュアのリオートくんとヨミさんが使えて、プロの私が使えないのは不甲斐ないものです……頼むからレヴリッツくんは裏切らないでくださいね?」
「何言ってるんですかペリ先輩。僕が独壇場を使えないなんて言った覚えはありませんが」
「え゛」
あくまでレヴリッツは他人に披露しないだけで、独壇場を有している。ひそやかに仲間外れを告げられたペリは縮こまって俯いてしまった。
落ち込む彼女を無視してリオートがヨミに尋ねる。
「でも、ヨミの独壇場はどんな代物なんだ?
アーカイブで見る限り、真っ白な空間が広がってるだけだが」
「うーん……言葉で説明するのは難しいかも。たぶん直接見ないとわからないと思う。こう……精神を蝕むタイプの領域だから、あんまりよくないよ」
「そ、そうなのか……俺の未熟な独壇場とは質が違うんだろうな」
まだリオートの《氷雪霊城》は発現したばかり。質も影響力も低い。
一方でヨミの《九泉世界》はかなり育っている。おそらくバトルパフォーマーになる前から習得していたのだろう。
「ほんとにヨミさんは特異なスタンスですよねー。バトルパフォーマンスだけじゃなくて、動画とかもセンスのよさがにじみ出ています。
あの変態アリッサも褒めるわけですよ」
「そういえばアリッサセンパイから送られてきたDM返してなかった……」
「DMといえば、あれ既読つくんだってな。自分のメッセージが白から青に変わる意味がわからなかったが、そういうことだったのか。ケビンから教えてもらって初めて知ったが」
「ちょっとわかりにくいですよね。今までは文字で「既読」とついていたんですが、改悪アプデによりそのクソ仕様になったのです。
今までリオートくんに連絡したら爆速で既読がつくのに、返信がないのでふざけんなって思ってました」
それぞれが綾錦杯のアーカイブや視聴者の反応を見て振り返る中、レヴリッツはぼんやりと中空を眺めていた。
上の空だ。
普段と違う彼の態度に三人は気がついていたが、特に言及することはなかった。
レイノルドが語った情報によると、レヴリッツは不審者に命を狙われていたらしい。故にやむを得ない事情で大会を辞退したのだろう。
彼の正体を知るヨミとペリは納得できるものがあった。
「レヴリッツ、食いたいもんはないのか?」
リオートが彼を慮るように問う。
「ああ……じゃあエビのから揚げでも頼もうかな。共食いってやつだ」
「そうか。じゃあ俺はこの料理を……痛っ」
メニューを指さしたリオートの腕に、ふと鈍痛が走る。
右腕の中腹からずきずきと痛む。
「ああクソ……そういえばケビンに腕を打たれたんだった。レヴリッツは怪我とかないのかよ」
「大丈夫。僕が怪我なんてすると思うか?」
「そうだな。お前なら大丈夫って言いたいところだが……人間に絶対はないからな。お前は性格的に怪我しても隠しそうだ。
同じチームの奴くらいには正直に話せよ」
「ああ、人間なら絶対はないよね。本当に怪我はしていない。
回線落ちと共に名誉は傷ついたけどね」
彼の言う通り、外傷はない。
彼自身でも気がついていない傷があるとするならば、それはきっと内面の傷だ。
ハドリッツを斬り殺した直後の宴会は愉快なものではない。とはいえ、その心情を表に出すわけにもいかなかった。
「ペリ先輩、その酒ください」
「ひょ? レヴリッツくんってお酒苦手じゃ?」
「いいじゃないですか。ヤケ酒、付き合いますよ」
「おー! 飲みますよ~今日は~」
ペリはなみなみとレヴリッツのグラスに酒を注ぐ。
雑魚死したストレスのせいで、今日のペリは飲みまくるつもりだ。
アルコールに弱いレヴリッツも、今日は仕方ない。
きっと明日にはすべて忘れている。そう願って酒を飲み干した。
ー----
祝賀会の後、レヴリッツはどこともなく夜のバトルターミナルを歩き出した。
リオートは寮へ戻り、ペリは第二拠点へ帰り、そしてヨミは彼の後を追ってきた。
時刻は深夜。
あれほど祭りのように騒がれた綾錦杯も、もう終わり。戦場となった店や施設の職員も翌朝には戻ってくる。
人がパフォーマー以外に出払っている今だけは、異様な静寂が辺りに満ちていた。ほとんどのパフォーマーは疲れて泥のように眠っているだろう。
「…………」
顔を若干赤らめながらレヴリッツは歩く。
彼は酔ってしまうと寡黙になる。きっとそれが生来の人格なのだ。
「ふぁあ……」
背後でヨミの欠伸が聞こえた。
全力で大会に臨んだ彼女の疲労も相当なもの。
「物好きだな、こんな深夜徘徊について来るなんて。さっさと寝ればいいのに」
「私がレヴのストーカーをしてるのは昔からでしょ。今日も世界の果てまで追いかけるからね」
「好きにすればいい。君の馬鹿げた執念をウザいと思ったことはないから」
自分の傍に人がいてくれるのは幸せだ。
生きている内に率直な想いは伝えたい。皮肉に隠そうとしても隠し通せない感情は特に。
『血はつながっていないけれど、一緒にたくさん過ごしてご飯を食べた。人としての生き方を分かち合った。僕も君に学んだことは数多くあるからさ。
息子みたいに……君を考えていたよ。だから心を壊して欲しくない』
いつかのハドリッツの言葉がフラッシュバックする。
これに返す言葉は考えていた。
だが、ハドリッツに自分の想いは伝えられなかった。
罪人になって何も言葉を交わさずシロハ国を離れ、リンヴァルス国で再会した時にはすでに敵で。首を斬るしかなかった。
「ヨミ」
「……なに?」
「俺にすてきな明日は来るのかな」
すべてを投げ出して外国へ逃げてきたつもりだった。
姿形を偽って、別人に生まれ変わったつもりだった。
だけど罪過は離れない。
人を殺さぬと思ったレヴリッツも、今日再び人を殺めた。
もう二度と罪は拭えないのかもしれない。
「私がレヴのすてきな明日を描くよ。私だけじゃ力が及ばないなら、チームのみんなも手伝うよ。
それでも足りないなら……レヴが自分の力ですてきな明日を掴み取るしかない。幸せになりたいなら自分の選択で歩まなきゃ」
「……そうか。恥ずかしいけど、君に一つお願いがあるんだ」
レヴリッツは立ち止まる。ヨミも彼の背後で足を止めた。
夜闇の中、特に何もない往来で。
彼は振り向いてヨミと視線を交差させる。
「これからも俺の支えになってくれ。俺の心は強くないから、君がいないと困ってしまう」
「それは……プロポーズですか!?」
「いや、違うかな。あと深夜に大声を出すな。
たしかに君はかわいくて、俺も好意を寄せている。けれど「何よりも大切な人」にはできない。
──今の俺を愛するのは間違ってるよ」
言葉を受けたヨミは紅の瞳を揺らした。
レヴリッツ困ったように笑う。今の言葉はヨミを傷つけてはいないと確信があった。むしろ逆で、ヨミを喜ばせたはずだ。
“レヴハルト・シルバミネを愛することは間違っている”
──それが彼の本心だ。
「待っててね、レヴ。必ず私があなたを……幸せにしてあげるから」
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