管理官と問題児

二ノ宮明季

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2章

2-13 どうしたら分かってもらえるのかが分からない

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 何でも屋での問題行動が目に余った二人は、当然ながら他所でもやらかした。
 フルゲンスさんはやる気の無さとナンパが問題。ネモフィラさんは、問題が無かった点を探した方が良いくらいのやらかしだった。
 本局に帰った後、俺は二人を椅子に座らせ、どこがどう悪かったのかをこんこんと説明した。
 二人に、どうしたら分かってもらえるのかが分からない。
 まさかこんな所で、学生時代にテストの点が悪かったクラスメイトの「分からないところが分からない」といった発言を理解する事になるとは思わなかった。
 指導を始めて1時間。俺は心の中で何度ため息を吐いた事だろう。

「わたくし、悪い事はしておりませんわ」
「したでしょう」

 また一からか。頭が痛い。

「してたッスー。んで、シアちゃんに怒られてたッスー」

 フルゲンスさんが、だらしなく椅子に腰かけながら相槌を打った。

「そういうフルゲンスさんは」
「したッスよ。でも、親のコネでこの立場まで登っちゃった上司に言われても」

 彼の指導は、俺には向いていないかもしれない。俺は最早隠す事すら出来ずにため息を吐く。
 親のコネではない、とは、はっきりと言えなかった。
 俺の親はバンクシアさん。権力も実力もある。
 いくらナチが倒れた一件と、模倣の悪魔エピゴーネントイフェルの件、それから合間を縫って行ったヴルツェルの件を混ぜ合わせて『昇進の理由』にしたところで、他者から見たらどうだろうか。
 バンクシアさんの息子でなければ、いくら短期間でやってのけたとはいっても、この地位に居ない可能性は高い。
 それくらい、枚数無しが階級持ちになるというのは、大きな出来事なのだ。
 だが、実のところで言えば、明らかに「問題児」を押し付けられた形。それでもフルゲンスさんの発言を否定する気すら起きないのは、俺が全く傷ついていない訳ではないから、だろう。
 きっと誰だってそうだ。
 目の前で明らかに信用していないという態度を見せつけられ、その理由が俺にとっては望んでいない昇進であると分かれば、それなりに辛い。

「形だけの上司の言う事なんか、何で聞かなきゃいけねーのかわかんねーッス」

 ああ、やっぱりそう思ってるんだな。
 何度目になるかも分からぬため息を、心の中だけで吐いたのは、評価して欲しい。いや、誰も評価する事は無い。
 誰も俺がため息を吐きたかった事等知る由もなく、仮に知ったとしても、褒められるほどの事ではないのだから。

「形だけ、ですの?」
「形だけッス」

 ネモフィラさんの質問を、フルゲンスさんが肯定する。すると彼女は、「ひらめいた!」とばかりに、ぽん、と手を叩いた。

「まぁ。ではわたくしの方が、立場が上なのですのね」
「意味わかんねーッス」

 俺も意味が分からない。一体人の話のどこを聞いていたのだろうか。

「……違います」

 絞り出すような声で否定するも、ネモフィラさんは不思議そうに首を傾げるだけ。

「でもわたくしは、現国王の姪に当たりますわ。そして、次期国王候補の内の一人、クレス……クレマチスの婚約者ですのよ」

 それについては何度も、何度も説明した筈だ。
 仕方がなく、なんとか話を変えてアプローチして見る事にした。

「同じ人間である以上、そこに優劣はないんです」
「では何故、学校ですら優劣をつける様な教育になっていますの?」
「それ、は……」

 アプローチを変えた結果、俺は自分の首を絞める事になった。
 彼女の話は間違っていない。
 学校では大魔法使い――特に13枚を優遇し、精術師を冷遇している様を何とも思わない。精霊はいない。魔法を使える方が偉い。そんな教育ばかりをしている。
 俺は学生時代にそれなりの成績だった。ナチも同じくらいの成績だった筈だ。
 だが、ナチは13枚で、13枚専用の校舎で勉強に励んでいた。そして、周りの評価は、当たり前のようにナチの方が優秀である、といった物だった。
 彼とは被っている習い事もいくつもあった。物によっては、俺の方が評価の良いものもあった。
 けれども世間からは、優秀なのはナチだと思われていたのである。
 それは管理局に就職しても同様で、同じ歳で同じくらいの成績で、腕っぷしは明らかに俺の方が上であるにも関わらず、あっさりと階級を手に入れたのはナチだった。
 不満は無い。そういう物だと思っていたから。
 けれども、俺がネモフィラさんにした説明を覆す要因としては、充分過ぎるものだった。

「それに、クレスはジギタリスさんの上司ですわよね?」

 言葉に詰まった俺に、ネモフィラさんは更に続ける。

「しかし貴女は、現状として私の部下です。職務時間が終わるまでは、私よりも上の立場だとは思えません」

 何とか絞り出して言っても、もう通じる気は全くしなかった。

「んじゃ、それでいいんじゃねーッスか?」

 面倒臭げに口を挟んだのは、意外にもフルゲンスさんだった。

「尊敬とか、そういうのは全然できねーッスけど、職務中はオレの上司ッス。ただ、従うかどうかは別の話ッスけど」

 ……どうしようか。何を言おうか。
 何かを言いたい。けれども思いつかずにいると、俺よりも先にネモフィラさんが口を開いた。

「わたくし、皆さんの仰るとおりに、精術師や枚数の少ない方は弱いから、と信じておりましたわ。大多数の方の言葉を信じてきましたの。良い子にしてきましたの! そういう教育を受けましたわ!」

 ……間違ってはいない。けれども、俺はこれを正さなくてはいけない。

「どうお考えでも結構です。けれど、それを武器に人を傷つけるのは間違っています」
「武器になんて――」
「武器になっているのです」

 はっきりと言ってしまわなければいけない。このままでは、クルトさん達を……いや、精術師や枚数の少ない魔法使いの方々を、全員傷つける事になる。
 相手の存在など関係ない。傷つける言葉を吐き出すのであれば、それは正すべきだ。
 まして彼女の立場から見れば、本来は全員「守るべき民」であるのだから。

「人にとって嫌な事を言ってはいけない。そうは教わりませんでしたか?」
「……教わりましたわ」
「同じ事ですよ」

 俺の言葉を、ネモフィラさんは一生懸命咀嚼しているようだった。
 やがて彼女は小さく「わかりましたわ」と零した。これに関してだけでも、ほんの一欠けらでも分かってくれてよかった……。

「んじゃ、オレは帰るッス」
「フルゲンスさん。貴方へのお話はまだ終わっていませんよ」
「聞く気はねーッスよ」

 ぴしゃり、と、俺の言葉は跳ね返された。フルゲンスさんはすっくと立ち上がると、俺を一瞥する。

「尊敬できない、背中を預けられない、そんな人に対して、どう接しろって言うんスか」

 彼の言葉もまた、間違ってはいないだろう。だが今の俺の立場は……と、迷う。

「ねーッスわ。あー、でもアレッスね。一応謝った方がいいんスよね」

 俺が迷っている内に、彼は早口でペラペラと話してから、ちらっと時計を見た。

「サーセン。んじゃ、退勤時間なんで失礼するッス」
「フルゲンスさん!」

 慌てて静止の言葉を掛けるも、彼には止まる意思が無い。フルゲンスさんは、さっさと部屋を後にしてしまった。
 これは、追うべきなのか? 追って、何を話す? 俺の中でも纏まっていないのに。

「わたくしも戻りますわ」
「は?」

 俺が慌ててネモフィラさんを見れば、彼女は「失礼しますわ」と深々と頭を下げて去って行った。
 結局追う事も出来なかった。俺の口からは、深い深いため息が漏れる。
 俺はどうしたらよかったのだろう。何故あの二人を俺に預けた。何故俺に階級を与えた。
 フルゲンスさんの言葉を借りるのなら、俺は所詮コネでこの場所にいるだけだ。
 本当は評価だなんて真っ赤な嘘で、体よく扱われているだけ。俺よりも「優秀」なナチの負担を減らす為。
 そうとしか思えない。ほんの少しの切っ掛けがあったから、全て俺に降りて来ただけ。
 こんな風に考えてしまう。
 これじゃあ駄目だ、と思いながらも、思考はちっともプラスへは働かなかった。
 俺には能力が無い。能力が無い俺に、あの二人の指導をしていくのは果たして可能なのか。
 芽吹いた不安は消える事を知らず、俺の心を憂鬱にさせた。

   ***
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