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2章
2-27 どう感じたんだい?
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「まぁ、この方を呼びましたの?」
俺が促されるままにクレマチス様の執務室に入ると、ネモフィラさんがソファーに腰かけてこちらを見た。
なるほど、本人もいたのか。
「フィラ、彼から客観的な話を聞きたかったんだよ。意味は分かるね?」
クレマチス様に問われるも、彼女は僅かに首を傾げるだけだ。
それに対し、クレマチス様は小さくため息を吐き、ドアを開けた後そのままクレマチス様の後ろについたモルセラさんは、隠しもせずに盛大なため息を吐いた。
俺はと言えば、必死にため息を飲み込む。
「報告は既に受けているよ。大変だったね」
「……いえ」
クレマチス様が俺をねぎらった。報告、というのは、おそらくバンクシアさんからのものだろう。
もしもネモフィラさんからのものだったとしても、彼女の言葉を鵜呑みにしていない事が窺えた。
「報告を受けてはいるものの、もう一度、一から説明が欲しくてね」
俺は頷くと、ネモフィラさんが、特にクルトさんやベルさんに対して失礼な言動を繰り返して来た事。フルゲンスさんがクルトさんに対し当り散らすような態度を見せていた事等を、順を追って話す。
全てを話し終えた頃には、結構時間が経っていたが、クレマチス様は真剣な面持ちでずっと聞いてくれていた。そして、ゆっくりと頷いてからネモフィラさんに視線を向ける。
「フィラ、今の話を聞いて、どう感じたんだい?」
「わかりませんわ。わたくし、間違っておりませんもの。精霊はいないですし、魔法使いは枚数によって待遇が変わるのでしょう?」
ネモフィラさんは、あくまでも「わからない」という態度を貫く。
「フィラ、本来、枚数で待遇が変わるのはあってはいけない事なんだよ」
「まぁ、そうでしたの?」
散々説明しただろ。
いや、しかし、クレマチス様からの言葉であれば、素直に聞いてくれるかもしれない。
「それに、精霊はいるよ」
「またまた、クレスまでそんな」
どこまでも軽い調子のネモフィラさんの隣に、クレマチス様は腰かけた。それから、小さな息をゆっくりと吐き出す。
「フィラ、何が嫌なんだい?」
「何の事ですの?」
ネモフィラさんはなおも首を傾げたままだ。
「フィラは、俺に叱られるかも、って思っているよね?」
「……分かりませんわ」
答えまでに時間がある。図星、だったのだろう。
叱られたくない、という思いから、彼女はわざと明るく振舞い、堂々巡りをしているのか。
「逃げないで、ちゃんと聞いてくれないか」
「逃げてなんかいませんわ」
「それじゃあ、素直にちゃんと、俺の言葉を聞けるね?」
最終確認のように微笑んだクレマチス様に、ネモフィラさんは小さな声で「……ええ」と答えた。
「それじゃあ、まず、精霊の事だけど、俺達は精霊がいると言い切れる」
「何故ですの?」
精術師ならともかく、まさか王族からまるで根拠があるかのような言葉が飛び出た事に、俺は驚いた。驚いたのは、ネモフィラさんも同じようだったが。
「……見えているからね。王族は皆見えているはずだ」
……見えて、いる? つまり王族は精術師、という事になるのだろうか?
しかしネモフィラさんは見えていない。何か明確な線引きがあるのかもしれないが、ここで俺が口を挟むわけにも行かず、成り行きを見守った。
「フィラも、昔は精霊と戯れていたようだったし、今でも見えているとばかり思っていたよ」
「そんな、筈は……そんなはずは、ありませんわ」
ネモフィラさんには覚えがないのか、彼女はゆるゆると首を横に振る。
「我々アウフシュナイター家の祖先は、精術師らしくてね」
クレマチス様は、ネモフィラさんの頭をなでながら続きを口にした。
ついでに俺の疑問の答えもくれた。が、それにしても、王族に精術師の血が混じっているとは……。
それが今や、世間の常識としては精術師よりも魔法使いになっているのだから笑えない。何者かの陰謀でもあったのか、というような有様だ。
俺自身は見る事が出来ないが、精霊を信じている身としては、なんとも悲しい現状である。
「だけど、そうか。フィラが見えていないのだとすれば、きっと誰かに見えないものだと信じ込まされてしまったのかもしれないね」
「あ、ありえませんわ! だって、だってわたくしは、良い子にしておりましたもの!」
……彼女は、やはり素直だったのだろう。
「精霊は見えない、精霊なんていないと、そう教わりましたもの!」
「そう教えられたからこそ、見えなくなってしまったんだろう」
「で、でも」
ネモフィラさんはなおも食い下がる。クレマチス様は小さく唸ると、少しだけ間を空けてから口を開いた。
「それじゃあフィラ、小さな時にケーキをあげたら味だけが無くなったと、俺に知らせに来たのは何だったのかな?」
「……そんなこと、ありましたわね」
「あったね」
こうもあっさりと話が進むとは。今までの苦労は何だったのか。……考えると悲しくなるから、考えないようにしよう。
とりあえず、食べ物から味が抜ける。これは精霊が食べた証拠であるらしい。
かくいう俺も、見えないながらもお近づきになりたくてこっそり自室で「これをどうぞ」とパンやビスケットを捧げている事がある。気がつけば、見た目や食感はそのままに、なぜか味だけが抜け落ちてしまうのだ。
「他にも、精霊さんが綺麗な石のありかを教えてくれたから拾ってきたと、俺にプレゼントしてくれたのではなかったかい?」
「ありましたわ。とっても綺麗な、つやつやした青い石」
少しずつ、ネモフィラさんの記憶が戻ってきているようだ。
彼女は何度も瞳を瞬かせ、それから大きく息を吸い込んで目を閉じる。次に目を開けたときには、憑き物が落ちたかのような、さっぱりとした表情になっていた。
「精霊は、いましたのね」
彼女の中で、上手く物事がかみ合ったらしい。
「うん。それを踏まえてもう一度聞くよ。精術師を見下したような発言は、していなかったかい?」
「……しましたわ」
「そうだね」
クレマチス様が頷く。
「フィラ。人は皆平等であるべきなんだ。実際出来ていなかったとしても、理想論では平等。フィラには、ずっと理想論を口にしていてほしい」
彼の願いは、どこか傲慢にも聞こえる。だが、気持ちも分からないわけではなかった。
俺が促されるままにクレマチス様の執務室に入ると、ネモフィラさんがソファーに腰かけてこちらを見た。
なるほど、本人もいたのか。
「フィラ、彼から客観的な話を聞きたかったんだよ。意味は分かるね?」
クレマチス様に問われるも、彼女は僅かに首を傾げるだけだ。
それに対し、クレマチス様は小さくため息を吐き、ドアを開けた後そのままクレマチス様の後ろについたモルセラさんは、隠しもせずに盛大なため息を吐いた。
俺はと言えば、必死にため息を飲み込む。
「報告は既に受けているよ。大変だったね」
「……いえ」
クレマチス様が俺をねぎらった。報告、というのは、おそらくバンクシアさんからのものだろう。
もしもネモフィラさんからのものだったとしても、彼女の言葉を鵜呑みにしていない事が窺えた。
「報告を受けてはいるものの、もう一度、一から説明が欲しくてね」
俺は頷くと、ネモフィラさんが、特にクルトさんやベルさんに対して失礼な言動を繰り返して来た事。フルゲンスさんがクルトさんに対し当り散らすような態度を見せていた事等を、順を追って話す。
全てを話し終えた頃には、結構時間が経っていたが、クレマチス様は真剣な面持ちでずっと聞いてくれていた。そして、ゆっくりと頷いてからネモフィラさんに視線を向ける。
「フィラ、今の話を聞いて、どう感じたんだい?」
「わかりませんわ。わたくし、間違っておりませんもの。精霊はいないですし、魔法使いは枚数によって待遇が変わるのでしょう?」
ネモフィラさんは、あくまでも「わからない」という態度を貫く。
「フィラ、本来、枚数で待遇が変わるのはあってはいけない事なんだよ」
「まぁ、そうでしたの?」
散々説明しただろ。
いや、しかし、クレマチス様からの言葉であれば、素直に聞いてくれるかもしれない。
「それに、精霊はいるよ」
「またまた、クレスまでそんな」
どこまでも軽い調子のネモフィラさんの隣に、クレマチス様は腰かけた。それから、小さな息をゆっくりと吐き出す。
「フィラ、何が嫌なんだい?」
「何の事ですの?」
ネモフィラさんはなおも首を傾げたままだ。
「フィラは、俺に叱られるかも、って思っているよね?」
「……分かりませんわ」
答えまでに時間がある。図星、だったのだろう。
叱られたくない、という思いから、彼女はわざと明るく振舞い、堂々巡りをしているのか。
「逃げないで、ちゃんと聞いてくれないか」
「逃げてなんかいませんわ」
「それじゃあ、素直にちゃんと、俺の言葉を聞けるね?」
最終確認のように微笑んだクレマチス様に、ネモフィラさんは小さな声で「……ええ」と答えた。
「それじゃあ、まず、精霊の事だけど、俺達は精霊がいると言い切れる」
「何故ですの?」
精術師ならともかく、まさか王族からまるで根拠があるかのような言葉が飛び出た事に、俺は驚いた。驚いたのは、ネモフィラさんも同じようだったが。
「……見えているからね。王族は皆見えているはずだ」
……見えて、いる? つまり王族は精術師、という事になるのだろうか?
しかしネモフィラさんは見えていない。何か明確な線引きがあるのかもしれないが、ここで俺が口を挟むわけにも行かず、成り行きを見守った。
「フィラも、昔は精霊と戯れていたようだったし、今でも見えているとばかり思っていたよ」
「そんな、筈は……そんなはずは、ありませんわ」
ネモフィラさんには覚えがないのか、彼女はゆるゆると首を横に振る。
「我々アウフシュナイター家の祖先は、精術師らしくてね」
クレマチス様は、ネモフィラさんの頭をなでながら続きを口にした。
ついでに俺の疑問の答えもくれた。が、それにしても、王族に精術師の血が混じっているとは……。
それが今や、世間の常識としては精術師よりも魔法使いになっているのだから笑えない。何者かの陰謀でもあったのか、というような有様だ。
俺自身は見る事が出来ないが、精霊を信じている身としては、なんとも悲しい現状である。
「だけど、そうか。フィラが見えていないのだとすれば、きっと誰かに見えないものだと信じ込まされてしまったのかもしれないね」
「あ、ありえませんわ! だって、だってわたくしは、良い子にしておりましたもの!」
……彼女は、やはり素直だったのだろう。
「精霊は見えない、精霊なんていないと、そう教わりましたもの!」
「そう教えられたからこそ、見えなくなってしまったんだろう」
「で、でも」
ネモフィラさんはなおも食い下がる。クレマチス様は小さく唸ると、少しだけ間を空けてから口を開いた。
「それじゃあフィラ、小さな時にケーキをあげたら味だけが無くなったと、俺に知らせに来たのは何だったのかな?」
「……そんなこと、ありましたわね」
「あったね」
こうもあっさりと話が進むとは。今までの苦労は何だったのか。……考えると悲しくなるから、考えないようにしよう。
とりあえず、食べ物から味が抜ける。これは精霊が食べた証拠であるらしい。
かくいう俺も、見えないながらもお近づきになりたくてこっそり自室で「これをどうぞ」とパンやビスケットを捧げている事がある。気がつけば、見た目や食感はそのままに、なぜか味だけが抜け落ちてしまうのだ。
「他にも、精霊さんが綺麗な石のありかを教えてくれたから拾ってきたと、俺にプレゼントしてくれたのではなかったかい?」
「ありましたわ。とっても綺麗な、つやつやした青い石」
少しずつ、ネモフィラさんの記憶が戻ってきているようだ。
彼女は何度も瞳を瞬かせ、それから大きく息を吸い込んで目を閉じる。次に目を開けたときには、憑き物が落ちたかのような、さっぱりとした表情になっていた。
「精霊は、いましたのね」
彼女の中で、上手く物事がかみ合ったらしい。
「うん。それを踏まえてもう一度聞くよ。精術師を見下したような発言は、していなかったかい?」
「……しましたわ」
「そうだね」
クレマチス様が頷く。
「フィラ。人は皆平等であるべきなんだ。実際出来ていなかったとしても、理想論では平等。フィラには、ずっと理想論を口にしていてほしい」
彼の願いは、どこか傲慢にも聞こえる。だが、気持ちも分からないわけではなかった。
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