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2章
2-46 気付かせて下さって、ありがとうございます
しおりを挟む何でも屋にクルトさんを連れていき、掻い摘んで説明をする。とにかく、一旦は危機が去ったという事を伝えれば、全員の顔にほんの少しだけ安堵の色が見えた。
メンバーはクルトさんを心配していたが、怪我の程度よりも精神面の問題の方が強い事を伝えると、所長さんは「あとは任せて」と大きく頷く。
俺がここに居ても、後は出来る事は無い。
守りきれなくて申し訳なかったと頭を下げるも、かえって「助けてくれてありがとう」と礼を言われ、居心地が悪かった。
その後ルースに肩を貸し、病院に連れて行ってから街の方を片づけ、フィラさんと一緒に本局に戻る目途が立った頃には、列車はもう最終便になっていた。
「ジス先輩、今回は……申し訳ありません、でしたわ……」
ガタゴトと列車は揺れる。
汽車よりもずっと早く、快適な乗り心地とはいえ、重苦しい空気だけは取り去る事が出来ない。
ボックス席から見る窓の外は真っ暗で、何も見えない。
「……いえ」
俺は僅かに頭を振る。
「今日はありがとうございました」
「でもわたくしは足を引っ張ってしまいましたわ」
確かに足を引っ張られはした。けれど、俺だけでは処理しきれなかっただろう。
「フィラさんには、フィラさんの出来る事があります」
あの時、フィラさんがいなければ、もっと混乱は続いていたはずなのだ。
「今回の反省は、次回に活かしましょう」
俺はぽつりと呟いてから、俯く。
揺れる床に、ドロドロの靴と制服。このドロドロが、本当に泥だけの汚れであったらどれほどよかった事か。
「これは、俺……私も同じです。私も今回は全然駄目でした」
本当は、今回だけではない。努めて冷静に振る舞っていても、ずっと、何か引っかかっているようだった。
どうして俺は、常に冷静に動けないのか。どうして俺は、人を助ける事が出来ないのか。どうして俺は……。
「シュヴェルツェの、負の感情を増幅する効果の前に、成す術もなく」
「そ、そんなこと」
ポツリと続けると、フィラさんが頭を振ったのが気配でわかった。
「フィラさんにはショックな場面を見せてしまいましたね。申し訳ありません」
「……いえ、いいのですわ。わたくしだって、管理官ですもの」
予想だにしていなかった言葉に、俺はゆっくりと顔を上げる。彼女は悲しそうな表情を浮かべながらも、真っ直ぐに俺を見ていた。
「管理官として、あのような場に出た事が無かったと言うのは、今まで周りの方が見せないようにしてきてくれたからですわ」
フィラさんの瞳には、涙が溜まっている。
「わたくしは足手まといですわ。言っていい事と悪い事の判断も付かない事も多いでしょう」
……ついに、しっかりと自覚してくれた。ありがたい筈なのに、切っ掛けが犠牲あってのもの、というのは、何とも心苦しい。
「けれど、わたくしはちゃんと向き合いたいですわ。ジスさんの部下として、アウフシュナイター家の者として」
彼女は前を向いている。
「本来なら、今までちゃんと見て来なければいけない事だったのですわ」
俯いて、嘆いていたばかりの俺とは違うのだ。
「気付かせて下さって、ありがとうございます」
真っ直ぐに礼を言われ、俺は小さな声で「……いえ」と答えた。今回の事は、俺だけの力じゃない。
苛立ちながらも何度も注意を促し、指導してきた。だが最後に、フィラさんが自らの非を受け入れたのは、他でもない、彼女自身の力。
どこまでも素直なのだろう。きっとこれからは、この素直さに救われる人も出てくるはずだ。
それなら、俺は?
力に頼りながら、力が足りない俺は、何なのだろうか。俺はまた俯く。
目の前で人が死ぬのが嫌だ。誰かを守りきれないのが嫌だ。感情を出すのが嫌だ。
嫌な所ばかりが目立ち、シュヴェルツェが近くにいる訳でもないのに、また胃のあたりがもやもやとした。
不安は影を落とす。
管理局に戻るころには、またしっかりと、管理官のジギタリス・ボルネフェルトである必要があるのだ。
俺は何とか気を落ち着け、不安や焦燥を表に出さないようにと、浅い呼吸を繰り返す。
ガタゴトと列車は揺れる。
俺の感情も置き去りにしたまま、肩書の付いた肉体だけは、確実に本局へと運ばれていくのだ。
***
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