魔王様とスローライフ

二ノ宮明季

文字の大きさ
3 / 30

3

しおりを挟む
 まぁ、あっちはあっちでやって貰うとして。俺は使っていないスプーンで醗酵調味料を掬うと、勇者に手渡した。

「ちょ、ちょっと、止めなさいってば!」

 オリヴィアの静止など、あってないようなものだった。
 勇者は気にせずぱくりと口にすると「うう……味噌……」とうっとりとしたのだ。どっかにトリップするような何かは混ざっていなかったはずだが、大丈夫か? 人間には早い食べ物だった、とか?

「チート勇者に転生したけど、こんなところで日本食に出会えるなんて」
「チー……ニホン?」

 何を言ってるんだ? いや、そもそも大丈夫なのか?

「ランドルフ、大丈夫なの ! ? そんな怪しい物、ペッてしなさい! ペッって!」 

 ペッてするほどのものじゃ、って言いたいところだけど、本当に害がないのかが怪しいから、即座に否定も出来ない。

「怪しくなどない。どれ、魔王様。ボクにも少し食わせろ」
「はうっ……そういえば、ボクっ娘でもあったっけ……。ううん、萌えの塊」

 つかつかとレイラが近寄れば、勇者はうっとりとした顔を彼女へと向けた。やっぱり言っている意味がわからないので、人類には早すぎる食べ物だったのかもしれない。
 レイラは気味の悪いものでも見るような目で勇者を一瞥してから、キッチンから新しいスプーンを持ってきて、醗酵調味料の樽に突っ込んだ。
 一々洗って綺麗にしたスプーンを使う理由。それは、食べ物はすぐに白とか緑とか赤とか黒とかの変な色のものがついてしまうからだ。
 食べに食べた結果、この豆の醗酵調味料に関しては、ふわふわしていない白と、風味は格段に悪くなるが黒い奴なら問題ない事は分かった。それ以外は折角作ったものが食べられなくなってしまう。
 どういうわけだか、口をつけた後のものを突っ込むと、あまり時を暮らさないうちにおじゃんになってしまうのだ。
 折角だから美味しく食べたい。その為には、多少面倒でも、俺はこの方針を変えるつもりはなかった。

「ふむ、悪くないな。何かつけるものは無かったか。もう少し食べたい」
「えーっとな、パンならある」
「パンですって!?」

 俺がレイラに答えていると、オリヴィアが目を見開いた。

「どうしてそんなに貴重なものを、ポンと出せるのよ!」
「パンをポン……」
「ランドルフ! 貴方を笑わせる為にこんな事を言ったわけではないのよ!」

 パンをポン。勇者のように肩を震わせるほどではないが、語感が楽しいと言えば、楽しいかもしれない。

「何でって、そりゃあ丁寧に焼き上げているから」
「どうやって!」
「麦をな。こう、パーンって作って、収穫して、粉にしてから、ちょっと手を加えて。魔王城にもあっただろ? 白い粉」

 オリヴィアが狼狽している。何を驚く事があっただろうか。魔王城の敷地の中には、小麦畑もあっただろうに。

「でも、小麦は瘴気で……」
「だから、瘴気の影響が少ない様に作ってるんだろ。それをやっていたのが、魔王城だったんだよ」

 この話、ここに来てからたまに来るこいつらに、何回も言った筈なんだけどな。さては、魔王の言葉だからって聞いてなかったな!

「俺達だって瘴気のふんだんに混ぜ込まれた食べ物を食べて平気な訳じゃない。人間よりも頑丈だから、ほんのちょこっと耐性があるだけだ」

 でも、まぁ、お腹が空いていたら、集中して話を聞けないかもしれないからな。もう一回このまま喋っておこう。

「だから、試作に試作を重ねて、食べられる物を作ってるんだよ。そこの、豆の発酵調味料だって、その一つだ」

 俺は、豆の発酵調味料の樽を指差した。勇者は、まだ「パン」だの「ポン」だのと言っている。ツボに入ったらしい。

「俺には魔王パワーがある。だから植物の成長を少しだけ早めて、人間よりも多く収穫出来る能力があるのは認める」

 だからこそ、魔王城はあれほど栄えていたのだ。

「だけど、理由も味も知らないで、急に責めるようになんでなんで言われたら、俺はお前の事を……もの凄くお腹が空いてるけど警戒心の強い奴、って思っちゃうだろ」
「間違っていないではないか」
「間違ってるわよ!」

 大声での否定。図星だろうか。

「ちょっとランドルフ! いつまで笑っているのよ!」
「いやー、ごめんごめん」

 勇者の態度はどこまでも軽い。

「パンとコーヒー、お願い出来るかな」
「ここは食堂ではないのよ!」

 うん、まぁ、食堂ではない。食堂なら、魔王城にある筈だ。
 悪魔の多くはあの城の食堂でご飯を食べていたのだから、そりゃあ立派な食堂がついている。同様に、厨房も立派だった。
 皆で力を合わせて、美味しい物を作る為に、完璧に近い厨房を作り上げたのだから。
 あの頃も楽しかったなー。今も楽しいけど。

「よし、今出すな。オリヴィアも食べてみろって」
「貴様が口にして、美味しい美味しいと涙を流す様を是非とも見たいな」

 とりあえずは、空腹娘の腹を満たしてやらねばなるまい。
 レイラは憎まれ口を叩きながらも、準備を始めた俺の手伝いをしてくれる。

 湯を沸かし、粉を漉す用に加工した布をカップにセットし、コウヒイの素が入った入れ物からそこへ掬い入れる。この後、お湯が湧いたらこの上から注ぐのだが、これはレイラに任せよう。
 俺は作り置きのパンを取り出すと、切り込みを入れて先程の発酵調味料を塗り、ついでに保冷庫からオークの脂ののった部分で作った燻製肉を出してスライス。そして熱い鉄板で焼き始めた。
 発酵調味料は、勇者は今正常に戻っているから、人間でも問題は無かったという考えから、使う事にしたのだ。安全大事。

 俺がお肉を焼いてスモーキーな香りを漂わせている横で、レイラがコウヒイを淹れている。
 このコウヒイも、とってもいい匂いがする。お湯に味をつける程度のものだが、前に勇者が来た時に比較的安全に水分を摂取出来るという理由から一応出してみると、「こ、これはコウヒイ!」とえらくはしゃいでいたのが記憶に新しい。
 その後、我が家であれはコウヒイという名をつけた。勇者の言葉は難しいが、けれどもなんとなくしっくりくる呼び名をしてくるので、思わず定着させてしまうのだ。

 鉄板の上で、燻製肉がじゅわじゅわと踊る。そろそろ頃合いだ。
 俺がパンにはさんでいると、「コウヒイが出来たぞ」と、レイラがフフンと胸を張る。俺が礼を言いながら頭を撫でれば、彼女は気分良さそうに目を細めた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「エレンはね、スレイがたくさん褒めてくれるから、ここに居ていいんだって思えたの」 ***  魔法はないが、神から授かる特殊な力――スキルが存在する世界。  王城にはスキルのあらゆる可能性を模索し、スキル関係のトラブルを解消するための専門家・スキル研究家という職が存在していた。  しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。  解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。  ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。  しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。  スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。  何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……? 「今日は野菜の苗植えをします」 「おー!」 「めぇー!!」  友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。  そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。  子育て成長、お仕事ストーリー。  ここに爆誕!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...