23 / 30
23
しおりを挟む
お肉の一部は丈夫な紐でぎゅっと結び、ショーユ、水、樹液と、紫のブドウで作った果実酒も加えて煮込む。ついでに畑で取ってきたマンドラゴラも突っ込んだ。
断末魔が「いやっ……熱い……酷い……」だったのが、結構心に来る。容赦なく煮込むが。
これがマンティコアの煮込みだ。匂いは美味しそう。トマトのスープとミソのスープは勇者のところに材料を持ち込んで出来るので、こちらはお肉や野菜を先にドナベしておいた。
ベエコンに関しては、暫く塩漬けが必要なので、その内勇者におすそ分けしてやろう。今日は塩漬けまでだ。
お肉の表面にフォークで穴をあけ、美味しそうだなー、と感じる程度に塩をまぶし、袋に詰めて保冷庫の中に放置。これで七日くらい寝かせたら、塩を抜いて乾かし、ドナベする予定だ。
硬かったら俺達だけで食べるけどな。勇者、人間だから顎が弱いし。
お肉そのままの味を味わう部分は、一番やわらかいところを使う事にして、切り分けて炭火で焼き、これもドナベしておいた。
何分肉の量が半端じゃなく多い為、中々ドナベが追いつかず、結構時間がかかっている。
何度もレイラに「疲れていないか?」「辛くないか?」と確認したが、彼女はけろりとしていた。問題がないようで安心と言えば安心だが、あんな事の後なので、もしも無理をしているのであれば早めに休んで欲しい。
正直、魔王である俺は、それほど相手の弱さを推し量れない。
人間よりも遥かに強いレイラでさえ、俺に比べれば弱いのだ。俺なら、きっと蠍の毒を食らっても「ちょっと痛い」で済んだだろう。
ドラゴンが毒針に倒れる事を知らなかったとはいえ……やはり己よりも弱き者というのは怖い。特に、レイラのように傍にいるのが当たり前になった相手が倒れるのは。
「魔王様、焦げているぞ」
「う、うわぁぁ、本当だ!」
そのまま食べる用にと炭火で焼いていたお肉……何回目かはそろそろ分からないが、とにかくそれが、俺の手元で黒くなっていた。幸いな事に全面ではなく、端っこだけだが。レイラが言ってくれなければ炭になるところだった。危ない。
「さっきからこちらを見ては悲しそうな顔をしているな」
……視線が向かっていたらしい。恥ずかしい。
恥ずかしいついでに、網の上のお肉を皿に乗せた。
「安心しろ。ボクは案外丈夫だ」
レイラは俺に近づき、ペシ、と背中を叩く。全然痛くない。
「次はあんな攻撃を食らわん」
「……次は、お肉よりもレイラを大事にするし、大事にしてほしい」
俺は切実に彼女に言うと、レイラは満面の笑みを浮かべで俺にすり寄った。角が刺さってちょっと痛いけど、嫌ではない。
「これだから魔王様が好きなんだ!」
よりぐりぐりと擦ってくる。うっかり貫通したらどうしよう。いやいや、どうにも出来ない。とりあえずびっくりする。
「ボクはもう、怪我をしたりしないぞ!」
尚もぐりぐりしたまま、彼女は上機嫌に続けた。
「魔王様が心配そうな顔をしてしまうからな」
ここまで答えると、ようやっと俺は角の洗礼から解放された。よかった。穴、開いてない。
「いや、しかし、たまには心配そうな顔を見ると言うのも……。こういう顔はレアだし……ちょっとハラワタが零れるくらいまでだったらいけるか」
「いけない! 止めて!」
レイラ、時々怖い!
なんで自ら傷つく事を選択しようとするの。痛いだろうに。
「冗談だ」
冗談!? これが!?
「こんな怖い冗談、冗談じゃない!」
「ん? どっちだ?」
「冗談じゃな……えーっと、冗談じゃすまないぞ!」
これだ。冗談じゃすまないぞ。
「ふっふっふ。心配して貰えるのは悪くないな」
心配する方の身にもなってみろ、という言葉は、ギリギリ飲み込んだ。例えばレイラに、今の俺と同じ気持ちを味わわせたいとは思わなかったからだ。
味わわせるのは、ご飯だけで十分。
「ほら、魔王様。手を動かさなければ調理は進まないぞ」
「……わかってる」
肝が冷える様な冗談を口にしてからかってきたのは、レイラなのに……。
こんな風にじゃれ合いながら、俺達は下準備を重ね、勇者の家におすそ分けに行ける支度が整ったのは、大分時間が経った後だった。
***
断末魔が「いやっ……熱い……酷い……」だったのが、結構心に来る。容赦なく煮込むが。
これがマンティコアの煮込みだ。匂いは美味しそう。トマトのスープとミソのスープは勇者のところに材料を持ち込んで出来るので、こちらはお肉や野菜を先にドナベしておいた。
ベエコンに関しては、暫く塩漬けが必要なので、その内勇者におすそ分けしてやろう。今日は塩漬けまでだ。
お肉の表面にフォークで穴をあけ、美味しそうだなー、と感じる程度に塩をまぶし、袋に詰めて保冷庫の中に放置。これで七日くらい寝かせたら、塩を抜いて乾かし、ドナベする予定だ。
硬かったら俺達だけで食べるけどな。勇者、人間だから顎が弱いし。
お肉そのままの味を味わう部分は、一番やわらかいところを使う事にして、切り分けて炭火で焼き、これもドナベしておいた。
何分肉の量が半端じゃなく多い為、中々ドナベが追いつかず、結構時間がかかっている。
何度もレイラに「疲れていないか?」「辛くないか?」と確認したが、彼女はけろりとしていた。問題がないようで安心と言えば安心だが、あんな事の後なので、もしも無理をしているのであれば早めに休んで欲しい。
正直、魔王である俺は、それほど相手の弱さを推し量れない。
人間よりも遥かに強いレイラでさえ、俺に比べれば弱いのだ。俺なら、きっと蠍の毒を食らっても「ちょっと痛い」で済んだだろう。
ドラゴンが毒針に倒れる事を知らなかったとはいえ……やはり己よりも弱き者というのは怖い。特に、レイラのように傍にいるのが当たり前になった相手が倒れるのは。
「魔王様、焦げているぞ」
「う、うわぁぁ、本当だ!」
そのまま食べる用にと炭火で焼いていたお肉……何回目かはそろそろ分からないが、とにかくそれが、俺の手元で黒くなっていた。幸いな事に全面ではなく、端っこだけだが。レイラが言ってくれなければ炭になるところだった。危ない。
「さっきからこちらを見ては悲しそうな顔をしているな」
……視線が向かっていたらしい。恥ずかしい。
恥ずかしいついでに、網の上のお肉を皿に乗せた。
「安心しろ。ボクは案外丈夫だ」
レイラは俺に近づき、ペシ、と背中を叩く。全然痛くない。
「次はあんな攻撃を食らわん」
「……次は、お肉よりもレイラを大事にするし、大事にしてほしい」
俺は切実に彼女に言うと、レイラは満面の笑みを浮かべで俺にすり寄った。角が刺さってちょっと痛いけど、嫌ではない。
「これだから魔王様が好きなんだ!」
よりぐりぐりと擦ってくる。うっかり貫通したらどうしよう。いやいや、どうにも出来ない。とりあえずびっくりする。
「ボクはもう、怪我をしたりしないぞ!」
尚もぐりぐりしたまま、彼女は上機嫌に続けた。
「魔王様が心配そうな顔をしてしまうからな」
ここまで答えると、ようやっと俺は角の洗礼から解放された。よかった。穴、開いてない。
「いや、しかし、たまには心配そうな顔を見ると言うのも……。こういう顔はレアだし……ちょっとハラワタが零れるくらいまでだったらいけるか」
「いけない! 止めて!」
レイラ、時々怖い!
なんで自ら傷つく事を選択しようとするの。痛いだろうに。
「冗談だ」
冗談!? これが!?
「こんな怖い冗談、冗談じゃない!」
「ん? どっちだ?」
「冗談じゃな……えーっと、冗談じゃすまないぞ!」
これだ。冗談じゃすまないぞ。
「ふっふっふ。心配して貰えるのは悪くないな」
心配する方の身にもなってみろ、という言葉は、ギリギリ飲み込んだ。例えばレイラに、今の俺と同じ気持ちを味わわせたいとは思わなかったからだ。
味わわせるのは、ご飯だけで十分。
「ほら、魔王様。手を動かさなければ調理は進まないぞ」
「……わかってる」
肝が冷える様な冗談を口にしてからかってきたのは、レイラなのに……。
こんな風にじゃれ合いながら、俺達は下準備を重ね、勇者の家におすそ分けに行ける支度が整ったのは、大分時間が経った後だった。
***
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる