悠久思想同盟

二ノ宮明季

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 人形の空間からは、既に日高は消えていた。
 私はどうするべきかと迷ったけど、結局人形に手をかざす。私は、自分の利己的な未来の為に行動するのだ。
 病院の待合室のような空間では、また『マホウ ヲ ツカイマスカ?』と問われ、「はい」と答える。
 自分の為に、おそらく日高が改ざんしているであろう世界を覗き見る。悪いと思わない訳ではない。だけど、結局自分の事しか考えずに行動するのだ。
 私は、汚い。


 その世界では、日高は金属バッドを片手に暴れていた。
 これも中学生のようで、騒然となった教室の中、彼だけが笑って窓を割り、机を叩き、人を寄せ付けないような行動をとっている。
「日高……何やってんの」
 私は思わず呟く。
 窓際で暴れていた日高は、驚いた顔をして、戸口に立った私を見た。
 さっきは全然私の存在になんて気づかなかったみたいなのに、どうして? これ、本当に私を見てるの?
「百瀬……?」
「見えるの?」
 私は問う。でも、私の存在は他には見えていないようで、「日高がおかしくなったんじゃないか」などという声が、ちらほら聞こえた。
「何してんの?」
 日高の声は冷ややかだ。周りの生徒は、「誰に言っているのか」という趣旨の事を言っている。
 私の存在は周りには見えない。声も、姿も、何も認識されない。
 日高だけが、私を見ている。どうして? 全然、分からない。
 だってこれ、『観賞の魔法』だった筈なのに。どうして私は傍観者じゃないの?
「百瀬、何でいるの?」
 日高は私の名前を呼んで、バッドで床を叩いた。笑顔だけど、苛立っているのが良くわかる。
「そんなの私が聞きたい。観賞の魔法とか言うのを使っただけだし」
 私の答えに、日高は舌打ちをして、近くにあった机を蹴りつけた。机は派手な音を立てて床に転がり、生徒たちは小さく悲鳴を上げる。
「皆消えちゃえ」
 日高の口元は笑う。口元だけ、笑う。
「俺に構わないでよ。好きにさせてくれない?」
 また別の机を蹴る。音は教室中に反響した。
「ひ、ひ、日高君!」
 ひっくり返った声は誰の物だろうかと、声の方を向くと、女性教諭だった。
「こんな事をしていいと思っているのですか!」
「思ってないよ」
 ヘラヘラと日高は答えると、女性教諭はヒステリックに「なんですって!」と声を荒げる。
「悪いと思っているのにやっているとは何事ですか! どうしてこんな事をしているんです! あなたは学校の恥です! 人間として可笑しいです! こんな事が許されるわけがない! 許されないんです!」
 まさしく口撃こうげきだった。傷つける以外の目的があるのならぜひ教えてくれと言いたくなるくらい、日高を責める。
「俺、あんたに許してほしくないし。あんたさぁ、今まで見て見ぬふりばかりしてきたじゃん」
「……そういう、事」
 日高の言葉で私は理解した。このクラスは『平和』だったのだと。
 クラスの中に一人だけ、いじめを受ける存在がいれば、後は何の問題も無くなる。
 私にも経験はあった。その時はシカトという形だったが、この場合は違うのかもしれない。
 私は日高の過去なんてこれっぽっちも知らないから、どんなものだったのかは分からないけど。
 とにかく、全ての苛立ちを一人だけ受け、周りがそれを黙認すれば、平和なクラスが出来上がるのである。
 虐げる人間と、虐げられる人間。その二つを完全に切り離した人間。日高は……虐げられる人間だった。
 彼は私に向かって、肩を竦めて見せると、女性教諭へと向き直った。
「俺に問題起こされるの、迷惑でしょ?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
 煩い。彼女の声は高くて、耳に痛かった。
「でもさ、俺も先生に迷惑かけられてたんだよね」
 日高の声も、痛かった。落ち着いていたけど、凄く痛い。私は、彼にどんな感情を抱けばいいのだろう?
「俺の状況は無視してたでしょ? あれ、気付かない筈がないよね? 自分の保身の為に俺を見捨てた訳だ。その結果がこれ。自業自得だって思ってよ。俺は俺のやった事に、ちゃんと責任は持つからさ」
 ははっ、と彼は笑う。
「おい、日高! テメェ何考えてんだよ!」
「マジ、お前イカレてんじゃねぇの?」
 沢山の生徒を押し退け、二人の少年が教室に入り、日高を見た。
 だらしのない服装。手には、金属製のバット。体育館からとってきたのか、野球部部室あたりからとってきたのか。使い込まれた感じが見える。
「死ねよ日高。すっげぇ邪魔」
「ここでお前に何かしたって、誰にも何にも言われねぇんじゃね?」
 二人は、ニヤニヤ笑う日高に対して、同じような笑みを浮かべて言った。正確には、日高よりもずっと悪質な笑顔に見えたけど、でも、他人から見たら全部一緒かもしれない。
「や、止めなさい!」
 女性教諭が、必死に言う。……まぁ、言ってるだけで、動こうという意思はなさそうだけど。
「引っ込んでろクソババァ」
「今まで何しても何にも言ってなかったじゃねぇか」
 男子生徒二人は、女性教諭に罵声を浴びせた後、バットを日高に向けた。
「痛い目みねぇと、またのさばるんだろ?」
「マジ殺すくらいの勢いで行くんで、よろしくー」
 私は「ちょっと!」と叫んだが、届くはずもなく、二人は日高へとバットを振り被る。日高は手にしていたバットで一人が振るうバットを受け止めると、もう片手で近くにあった椅子を掴んで、もう一人の男子生徒へと投げつけた。
 投げつけた、と言っても相手の脛に当たってその辺に転がっただけだが。
 それから、隙をついて日高は少し下がった。二人の男子生徒と、距離を取ったのだ。
「日高、抵抗してんじゃねぇよ」
「お前さぁ、黙ってやられ役に徹した方がいいと思うんだけど」
 男子生徒二人の言葉に、日高は「冗談」と笑った。
「黙ってそんな風になるの、嫌だし。というか、黙ってた方が良いと思ったなら、今まで通りだったと思わない? 俺がこうやって行動を起こした時点で、黙ってやられるのはないって思わないと。それとも、そんな風に考えられる頭はないの? 脳みそ、入ってないとか?」
「日高、なんで挑発なんて――」
「いいじゃん別に。どうせやり直せるんだ」
 男子生徒が激怒する前に私が声をかけると、彼は笑って答える。そして散乱した窓ガラスを拾うと、一人の男子生徒に投げつけた。
 上手くあたった、というのもおかしな表現だが、とにかくその少年の腕に硝子は突き刺さる。彼らはますます怒って、一人は腕の硝子を引っこ抜いてから、再度日高にバットを向けた。
「嘗めた真似しやがって!」
「マジぶっ殺す! 死ね!」
「あのさぁ、俺が何の準備も無しにこんな事すると思ってんの?」
 怒りで顔を赤くして、大声を上げる男子生徒に対し、日高は冷ややかに返した。顔に笑顔が無い。
 彼はポケットからライターと爆竹を取り出すと、火をつけて男子生徒の方へと放った。瞬間、派手な音を立てて弾ける爆竹。二人の少年は慌ててそれと距離を取ったが、その間に日高はまた椅子を持ち上げ、男子生徒へと投げる。
 椅子に当たって転んでしまった二人に、ついでとばかりに、今度はポケットからねずみ花火を出して点火し、男子生徒たちへと投げつけた。
 バチバチと弾ける花火の音と、二人の悲鳴が聞こえる。
 その上で、まだ何か行動をしようとしている日高に、私はたまらず近づいて腕を掴……もうとしたが、出来なかった。それでも彼の前に立ちはだかって、しっかりと目を合わせた。
「この辺にしなよ。あんたがどう変えたいかなんて知らないし興味も無いけど、これだけ痛めつければ、何かを言うだけで思い通りになるでしょ。もう逆らわないと思う」
 彼は少し考えた様子を見せてから、元のニヤニヤ笑いへと表情を変える。
「じゃ、皆俺に命令とかしないでねー」
 男子生徒の声は聞こえない。女性教諭は、震えて首を縦に振った。他の生徒は、誰もが口を噤む。
 その様子を見て、日高は満足そうに笑って、目を閉じた。


 『GAME CLEAR』の文字が躍る病院の待合室に出たのは、二人同時だった。そこで日高は、直ぐに私の肩を掴んで「どういう事?」と尋ねる。
「分かんないけど、記憶の欠片をずっと見てたら、観賞の魔法とかいうヤツが使えるようになったの」
「どうして使ったの?」
 彼は少し怒っているようだけど……当然だ。もし私が日高の立場だったのなら、同様に怒るだろう。
 自分の過去を見られる事は、決して気分の良い事ではないと、私だって分かっているんだから。
「私は帰りたいの。ここで改ざんした事をそのまま持って、生きていた時に帰りたい。間違っても、車に撥ねられて死んだ所なんかじゃなくって、幸せな世界」
「何それ。改ざんしたままの世界に帰れるの? 車に撥ねられて死んだって、百瀬も?」
 日高は私の肩を掴んでいた手をどけて、新たな疑問をぶつけてきた。
「日高も車に撥ねられて死んだの?」
「まぁ……そう、だね」
 私の問いに、彼は曖昧に答えた。少し気になったが、私はそれ以上その件には触れず、次の言葉を紡ぐために口を開く。
「改ざんしたままの世界に帰れる、なんて確証は全くない。でも、何があったっておかしくないじゃん。だってここは……現実的ではない場所なんだから」
「それはそうだけど……」
「だから私、ここでやれそうな事は全部やってる。結果的に日高の過去を見てるのは謝るけど、止める気はないよ」
 私がそう言い切ると、日高は大きくため息を付いて、諦めたような顔をした。
「まぁ、自分が一番だしね。それに関してはいいや。百瀬には百瀬の目的があって行動してるだけだし」
 諦めた顔のまま笑って、私の頭に手を置く。
「戻ろう」
 思いがけず頭を撫でられて、私はどう反応したらいいのか分からずに悩んで、結局「そうだね」とだけ返した。他に反応が思いつかなかったのだ。
「百瀬。俺は、百瀬が何をしようと責める権利なんかないんだ。けど、百瀬が俺の過去を覗き見て申し訳ないって思ってそうな所は……俺よりずっとまともなんだなって思い知らされるから、眩しい」
「……え?」
 日高が何を言っているのか分からない。日高の事なんてこれっぽっちも分かってないけど、でも、少なくともここで知った日高は、こんな事を言うようなタイプには思えなかった。だというのに、これはどういう事なの?
「……あー、これ、慰めたって感じで」
「慰めた? どうして?」
 私が直ぐに聞き返すと、彼は困ったような顔をして口ごもり、結局「何でもいいじゃん」と話を打ち切ってしまった。
 私としては不完全燃焼だったけど、打ち切った話を蒸し返すのは効率的じゃないし、ここで粘ったところできっと答えは変わらない。
 それに、今はあの人形の空間へと戻ろうとしている所だったのだ。いつまでもここに居たって、何の意味もないし、何の進展も無い。
 私は「ま、何でもいいや」とだけ答えて、二人で目を閉じた。
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