悠久思想同盟

二ノ宮明季

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 気が付くと、また教室で、私は悲鳴を上げた。
 周りから奇異な目で見られたであろうことは、容易に想像がついたが、それでも上げない事は出来なかった。嫌だ。繰り返したくない。
 涙が溢れて止まらない。あぁ、でも、私が動かないと、また誰か死ぬかもしれないんだ。
 だからと言って、私が動いて何か変わった? 結局皆死んで、やり直し。
 ここで死ぬ、私と日高以外の存在はどうなってるの? ここに居る人間って、何なの?
 分からない。怖い。苦しい。悲しい。もう嫌だ。
 でも、でも、なにもせずに放っておいて、何かあったらどうするの? この世界の存在が仮に人間じゃなかったとしたって、私は別物として扱う事が出来ない。
 だってそうだ。姿は勿論の事、なんだか自分で考えて行動しているみたいに見えるんだもの。
「も、百瀬さん?」
 私に、声がかけられる。顔を上げると、心配そうな顔で覗き込む、岸がいた。
 この動作、この存在感で、作り物? やっぱり、そんな風に思う事なんて出来ない。
「ど、ど、どうしたの? 具合、悪い?」
 悪いよ。具合も気分も頭も存在も、全部悪い。だけどこんな事、言える筈もない。
 私は苦しくて、泣いているせいでつっかえながら、「何でも無い」と返した。
「……あ、日高君、また……」
 岸の独り言が耳に入る。私は顔を、さっきから何度も見ている出入り口に向けた。
 やっぱり男子生徒二人に絡まれながら、帰る所だった。……でもそれは、つまり、彼は私を殺した後に死んだという事だと思う。何故?
 それから、私、どうしたらいいんだろう。救う事も救われることも出来ないのに、何かしたいと思ってしまうなんて、なんて無駄なんだ。
「も、百瀬さん」
「……何?」
 岸が、私に話しかける。
「よ、よか、よかったら、一緒に……一緒に、帰らない?」
 一緒に、帰る。あぁ、そうか。ずっとここに居ても仕方がないんだった。
 私は席を立つと、鞄を掴んで岸を見る。
「いいよ。帰ろう」
 彼女は、柔らかく笑った。ふっくらとした頬に朱がさしているのが分かって、どれだけ私に固執しているのだと言いたくなる。私は、誰かに固執されるような人間じゃない。あぁ、最早、人間とも言えないかもしれないけれど。
 そんな事を考えながら、私は岸と一緒に教室を出た。
「百瀬さん、わたしのこと、知ってたの?」
「……名前、って意味で?」
「え、あ、う、うん」
 そうだった。岸の名前を知ったのは、ここじゃない教室で、だ。
 知っているような気分で、普通に一緒に帰る事を承諾してしまったが、良く考えれば少し不自然だったかもしれない。いや、まぁ、最初に岸から話しかけてきたのだから、良いと言えば良いのだろうが。
「岸望美、でしょ?」
「な、なんで知ってるの?」
 人の多い廊下を二人で並んで歩きながら、彼女の名前を言う。さて、何と答えようか。
 私は、「あー、なんていうか」と、適当に呟いてから「気付いたら顔と名前が一致してた」と答える。
 勿論嘘だが、もう一つの場所で自己紹介されたので知っていますとか言ったって仕方がない。
「す、すごいね!」
「岸だって、私の事知ってたじゃん」
「だ、だって、百瀬さんは有名だから」
 出たな、有名。ただし悪い意味で。
 それにしても、こうして二人で雑談をしながら歩いていると、今までのが悪い夢だったみたいにすら思えてくる。気がまぎれるというか……。そんな事が無い事、知っているのに。
 私のこの行動は、現実逃避だ。
 仮初の命で、本物によく似たように作られた人間と会話をし、帰宅。もしこのまま家に帰れば、そこからまた新しい生活をスタートする事が出来るのだろうか。
 それはそれでいいのかもしれない。この世界で誰も死なないのなら、ここに身を置くのも、悪くないように思えた。
 一度死んだ階段を、慎重に下りながら考える。これも、現実逃避。自分で分かってる。
「も、百瀬さん、どうしてわたしと、一緒に帰ってくれるの?」
 私は、ここまでの歩いている間、一度も岸に話しかけなかった。岸も私に話しかける事はなかった。
 その「沈黙」に、彼女が耐えられなくなったのだろう。顔を真っ赤にして、私に尋ねる。
「誘っておいて、それ?」
「ご、ごご、ごめんなさい」
「別に責めた訳じゃないんだけど」
 私は溜息をつきながらも、口調を和らげて返す。そのころには、下足箱の前まで来ていて、二人並んでローファーを取りだしていた。
「百瀬さんって、優しいね」
「はぁ?」
 彼女は何を言っているのだろうか? 優しい等と馬鹿げた事言っている。理解が出来なかった。
 尤も、彼女自身も、例えそう見えなくったって、所詮は作られた命だ。そんなものに、一体私の何がわかるというのだ。わかるわけがない。
 人間でなくとも辛辣に出来ない、思えないと感じていたはずなのに、私は苛立つ。
 ただ表面だけを見て、優しい等と口にすることが出来るのは、作られた物だからではないか、と考えてしまうのは、苛立ちのせいだろうか?
「わ、わたし、今日百瀬さんと、同じクラスになれて嬉しかったの」
「どうして? 話した事も無い相手と同じクラスで、どうして嬉しいだなんて思えるの? どんな話をしようと、相手がどんな人間だろうと、所詮は他人なんだし、関係なんてないじゃん」
 私は下足箱から取り出したローファーをそのままに、岸に問いかけた。彼女は、呆然とした顔でこちらを見ている。傷つけているのかもしれない。作り出された物だからといって、命の無い物と同列にしてしまったからといって、苛立っていたからといって、表情も仕草もリアルな彼女に対し、申し訳なさを感じた。
 だから、だろうか。こんなふうに言ってしまったことを、今更後悔した。
 優しいと思っているのなら、思わせておいた方が、都合が良かったのではないか。上手くすれば、ここで生きていく事だってあり得るんだから。
 そこまで利己的に考えた私は、彼女から視線を逸らし、上履きからローファーへと、履き替えた。
「あ、あの、あのね、百瀬さん」
 岸は、私と同じように靴を履き替えながら、私に対して言う。
「わたし、ちょっとだけ百瀬さんに憧れてたの。だから、私の認識と、百瀬さんの認識がずれていて、不快にさせちゃったとしたら、ごめんね」
「……うん」
 そんな風に言われたら、私はこう答えるしかなかった。
 彼女が偽物だろうと本物だろうと、自分の考えがあった上での行動だと、私は認識した。故に、私が何だかんだとは言えない。
「ごめん、帰ろう」
「う、うん! でも、あの、百瀬さんが謝る事なんて、なんにもないよ」
「いや、いいから。謝らせておいて」
 私はそう答えて、彼女と一緒に校門へと向かう。それに伴い、目を逸らしていた現実も近付いていた。だけど、そこを通らないと家には帰れない。
 私は気分だけがひたすらに悪くなる現実を飲み込みながら、岸と一緒に校門を出て……あの交差点へと近づいた。
 耳に入ったのは、例の飛び込めコールだ。
「いいよ」
 日高は言う。私は現実逃避なんて全部忘れて、走って、日高にしがみ付いた。
「良い訳ないでしょ!」
 日高の身体が強張ったのが分かった。
「百瀬? 何でコンテニューしたの?」
「他の選択が出来ないから。私だって、こんなの、もう嫌!」
 日高の両隣の男子生徒は、不思議なものを見る様にこっちに視線を向けている。岸は、さっきまで私と一緒にいた場所で、立ち止まっていた。
「選択出来ない? 確かにあの空間には行くのに?」
「そう。何も出来ない。だから、もう止めよう。今度は誰を殺すつもりなの?」
 日高はニヤニヤした笑顔を消して、私を見る。それもほんの数秒。次の瞬間には、またニヤニヤした顔をして、「嫌だよ」と答えた。
 これが合図になったかのように、男子生徒二人が私の腕を取る。
「百瀬さぁ、日高が好きなの?」
「あー、好みは地味系?」
「煩い!」
 じたばたともがくが、私の力ではどうする事も出来ない。
「……百瀬に、あまり触らないでくれる?」
 日高が、笑ったまま男子生徒の片方の腕をひねり上げる。
「なんだよ日高。お前、こんな事していいと思ってんのか?」
「そっちこそ、百瀬が嫌がってるのに触るのは良いと思ってるの? まぁ、脳みそおかしいから、本気で良いと思ってるのかもしれないけど」
「この――」
 日高が無駄に煽るから、私の自由と引き換えに、喧嘩が勃発しそうな雰囲気になっている。こんな所で喧嘩したら、交差点に飛び出してしまうかもしれない。
 私は慌てて止めに入ろうとすると――男子生徒の一人の腕がぶつかり、そのままよろける。
「百瀬――っ!」
 日高の大きな声が聞こえる。
 ぐしゃ。
 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
 私、今、どうしてたの?
 あぁ、そうか。結果的に車道に飛び出してしまったのは、私だったのか。また、またやり直しか。
 遠くで悲鳴が聞こえる。岸の声のような気がした。男子生徒の、情けない叫び声もする。
 サイレンと、救急車。でも私、絶対に助からない。
 そして、自分の肉体を代償に、何度目かのやり直しをすることになってしまうのだ。
 徐々に目の前が、黒く、黒く……。


 気分は、と、問われれば、最悪だと答えただろう。
 思った通りの真っ黒な空間で、私は自分の身体を見て、大きくため息を付いた。かなり人形化が進んでいる。
 白い『GAME OVER』の文字も、コンテニューを促す数字も、嫌味にしか思えない。
 私、どうしたらいいの? 死ぬことも、助ける事も出来ない。何一つままならない。ただ、人形になればいいの? 本当に、それでいいの? それで何かの解決になるの?
 ここに来てから、私の心は不安定だ。
 でも、ずっと思ってきたことは一つだけ。「分からない」だ。
 何一つ分からない。場所も、人形も、自分も、日高も。
 表示されている数字はどんどん減ってゆく。これがゼロになった時、私はまた……また、同じ事を繰り返すのだろう。そして、また死ぬのだ。
 何度も死んでは、同じ所からやり直し。やがて人形になって、もしかしたら今度は、別の人物が何度もやり直すのをただ見る事になるのかもしれない。
 なんて生産性がないんだ。なんて、報われないんだ。
 3、2、1、0。「コンテニュー シマス」
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