悠久思想同盟

二ノ宮明季

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 ふと気が付いた時には、また教室だった。私は真ん中の席に座っていたし、黒板には新学期に関するなんちゃらが書いてあった。すぐ傍には、やっぱり岸が、もじもじしながら立っている。
 直ぐに視線を日高に向けると、彼は男子生徒二人を振り払い、私のすぐ近くまで来た。
「百瀬、ちょっと話がある」
「奇遇。私もちょっと聞きたい事があったの」
 日高が派手な行動を起こさなかったことに安堵しつつ、私は鞄を手に取って、彼と一緒に廊下に出た。
 二人の男子生徒は野次を飛ばしたし、岸は悲しそうな顔をしていたけど、そっちはまた後でどうにかする。今は、とりあえず日高だ。
「で、どこで話す?」
「とりあえず屋上に行こう」
 屋上は確か、立ち入り禁止で施錠されていたはずだ。だが、まぁ入る事が出来ない屋上の前は、基本的に人はいないし、丁度良いかもしれない。
 私は彼と一緒に廊下を歩き、階段を上り、目的地を目指す。ずっと無言で。
 やがて屋上の前までつくと、彼は躊躇わずにドアノブに手を掛けた。
「ここって、閉まってるんじゃないの?」
「あぁ、実は去年、鍵が壊れたんだ」
 私は日高に尋ねると、彼はそう返した。
「……壊したの?」
「そこは、まぁ……深く突っ込まないで」
 壊したのか。
 本人の希望通り、今は深く突っ込まないでおくが、ついため息が漏れてしまう。
「とにかく、中に行こう」
 日高に促されて、私は屋上へと足を踏み入れた。
 古臭そうなコンクリートの床に、錆びたフェンス。それから給水塔のある、ごく普通の場所。私はその中で、錆びたフェンスへと近づき、景色を眺めた。
 下校中の生徒と、桜の木を見下ろすことが出来る。ひらひらと、花弁が舞って、地面を覆い隠すようだ。
「で、百瀬。なんで俺を庇ったの?」
「は?」
 日高は私の隣で、錆びたフェンスに寄りかかりながら尋ねた。制服が汚れてしまうのも気にせずに。
「あれってさ、百瀬には得はないじゃん。大体俺、直接百瀬を手に掛けたりもしたし」
 私は、「あぁ」と相槌を打つと、日高を真っ直ぐに見る。
「あんたが、本音で語るから。どういうつもりでプッツンしちゃってる行動をしたのか、とか、なんとなく、ほんの少しなんだろうけど分かったから。理解出来たら、後は行動するだけだよ。それに私、多分、あんたの事嫌いじゃないし。面倒くさいとは思ってるけど」
「百瀬は、特殊だよ」
 私は何か、おかしなことでも言っただろうか。日高は小さく笑うと、素直そうな笑顔をこっちに向けてきた。
「俺の家は、さ。過干渉だったんだ」
「なんとなく、分かる。日高の過去は勝手に見たし、さっきの世界であんたが言ってたし、ね」
 私の言葉に、「うん」と、日高は相槌を打つ。その上で、「少し聞いて」と言うので、私は大人しく続きを待った。
「まぁ、自分で言うのもなんだけど、割合裕福な家で、お金の面では苦労なんてした事がない。親の言うとおりにさえしてれば、平均よりも高めのお小遣いと、欲しい物全般が手に入った。ただ、この言うとおりっていうのは、常にいい成績でいなさい、とか、手のかかるような事はしない子でいなさい、とか、そんな感じなんだよね。それは、俺には窮屈に思えてた。でも、抵抗するのは大変なのは理解していたから、親の求めるいい子でいたわけ」
 長々と語った日高は、ここで一息つけると「でも」と続ける。私は、一言も口を開かずに、ただ聞く。
 ここまでで、干渉しない親に、お金の少ない家庭の私の環境とは、正反対である事が分かった。
「良い子でいればいるほど、学校ではやっかまれた。最初こそ、真面目な日高君が酷い事をされてるー、なんて、教師も助けてくれてたんだけど、やがてそれも無くなった。クラス替えなんかで教師が変わると、虐められる方に問題があるからだ、っていう奴もいた。あとは、もう、誰かに管理されるだけの日々」
 よくある事だ。優秀な振りをしていれば教師に好かれる事は多いが、逆に多少やんちゃな位の生徒を好む教師もいる。
 まぁ、教師も人間だし、全員が全員そういう訳ではないという事も理解しているが、生徒をえり好みする教師は、非常に多い。
「面倒くさいのに一度目を付けられると、ずっとだしね。ずっと、悲鳴も上げられずに、誰かに強要されるだけの日々を送って、どこか壊れてきたんだと思う」
 私は日高みたいになった事はないけれど、きっと苦しかっただろう。当事者は、想像している者よりもずっと苦しみを感じるのだ。
「それで俺は、百瀬と人形の空間で会う直前に、車道に飛び込んだ。百瀬も何度も見たように、江藤と川島に飛び込めと言われたから。俺は、別に死んでもいいや、って。ここで死んだら全部江藤と川島のせいだし、誰かに強要されるだけの人生もおしまいだから、って思ってさ」
 ……私と同じ交差点で、同じように死んだ。だから、一緒にこんな事をしているのだろうか。
「で、あんな感じでやり直せることになって、俺は、散々変えたいように変えたんだけど、その結果、百瀬にも酷い事をしてたと思う。殺したりもしたし。だけど、結局……結構関わったし、どんなに危ない状況でも百瀬は助けに来てくれたしで、自分でも気付かない内に百瀬に懐いてたみたいで、さ」
 ここで日高は、苦笑いに表情を変えた。私に懐く、なんて、最初に会った時は思いもしなかったのだろう。それは私も一緒だ。まさかこんなに日高を気に掛ける事になるとは、思いもしなかった。
「江藤と川島のせいで百瀬が酷い目に合うのも嫌になって、前回は、反抗しちゃった」
 肩を竦めて彼は言うと、続けて「で、百瀬が聞きたい事って?」と尋ねてきた。
 しかし、私が聞きたかった事――何故、突然反抗したのか、という事は全て聞いた。
「あんた、私が聞きたかったこと全部一人で喋っちゃったわけね」
「あぁ、ごめん。なんか勢いで」
 ちょっと茶化すようにして言うと、彼は軽く返す。
「まぁ……あんたが色々話してくれたし、私の事も少し話すよ」
 私はそうして、語りだした。
 日高とは真逆の環境であった事や、友人同士のいざこざによって、一人でいる事が多くなった事、生きても死んでもいいと思っていたところで、あの事故で死んでしまった事。語る事はいくらでもあったし、話してもいいとは思ったが、掻い摘んで話す。
 ついでに、記憶の欠片の中での出来事と、人形の目的と思しき事も話すと、彼は「そう」と一言だけ口にすると、フェンスに背を預けて空を仰いだ。
「なんなんだろうね、ここ」
「さぁ? どっちも死んでるみたいだし、走馬灯とか、閻魔様の前、とかもあり得るんじゃない?」
「冗談」
 彼の問いに適当に返すと、日高は笑った。
 桜が舞う。今は平和だ。このまま平和で、人生やり直しも有りなんだろうけど、これからどうすればいいのだろうか。私が、そんな事をぼんやりと考えていると、屋上の扉が開いた。
 渋い音を立てて開いた先にいたのは――例の男子生徒二人組と、岸。どうしてこの組み合わせなのか、とか、屋上の鍵が壊れているのは有名な話なのか、とか、色々思ったけれど、口に出す前に男子生徒が「日高」と言ったので、私は動向を伺う事にする。
「お前、どうして俺達を殺したんだよ」
「日高、お前、どうして死ぬんだよ」
 二人の男子生徒は、虚ろな目で言いながら近づいてくる。何だか様子がおかしい。
「百瀬さん、どうして、無視したりするの?」
 岸も、虚ろな目でこちらに近づいてくる。何なんだろうか?
「日高、答えろ」
「死ぬな、殺すな」
「百瀬さん、無視しないで」
 三人とも、おかしい。私は日高を見ると、彼は眉をひそめていた。おかしさは、日高も感じているようである。
「日高、嫌なら嫌って、言えばいいだろ」
「日高、お前がヘラヘラしてるから、こんな事になったんだ」
「百瀬さん、人に興味を持たない事を、人のせいにしないで」
 口調も全然違う。これは――人形の仕業?
 私は日高の袖を掴んで逃げる様に促すが、彼は動かず、ゆっくりと首を横に振った。
「なんで? どうして!?」
「逃げる事じゃないから」
 確信に満ちた顔で、彼は三人を見る。やがて近づいてきた三人は、私達を虚ろな瞳に映す。
「俺のやり方は間違ってた。けど、何かを変えたかった」
「そ、それは私だってそうだけど」
 三人は、口元だけ笑う。怖かった。
「人のせいにしない?」
「自分のした事に責任取れる?」
「言いたい事は言う?」
 三人、一言ずつ話すと、首を傾げる。
「うん、ちゃんとする。百瀬は?」
「わ、私だって、ちゃんとする。もし、この先の人生を歩めるのなら、後悔しないように生きたい」
「それは、俺も一緒だな」
 私達の答えを聞いた三人は、にっこりと笑った。何が何だか分からない。
 そうしている内に、視界が白くなってきた。これ、一体、なに?
 強い風が吹いて、桜が舞いあがる。
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