悠久思想同盟

二ノ宮明季

文字の大きさ
19 / 25

19

しおりを挟む
   19

 今度は、さっきとは全く違う場所だった。モノクロの家具の置かれた、誰か――おそらく日高の部屋のようである。
 ベッドに机に本棚にテレビ。部屋の広さはそこそこのようだ。
 何畳あるか、なんてさっぱりわからないが、少なくとも、私の住んでいるアパートの居間よりは広い。
「俺の部屋だ……」
「やっぱりそうなんだ。広くて羨ましい。あんた、自分の部屋にテレビなんてあるわけね」
「うん、まぁ。そこそこに裕福だから」
 ここも前に見たが……やはり日高の部屋だったらしい。と、言う事は、あの時の視界の主は、確実にこの世界の『日高』だったのだろう。
 私達は、それから口を閉ざして、白い壁に背を預けながら、中での光景を眺める。
「俺に構うなって言ったじゃん」
 その『日高』は、自分のベッドに座りながら、ニヤニヤと『私』を見た。『私』は、出入り口で腕を組みながら、じろりと『日高』を睨む。
「俺さ、干渉される事自体は慣れてるんだよね。でも、純粋に俺の事だけを考えて構われるのって慣れてないの。分かる?」
 腹立たしい言い回しだ。何気なく隣の日高を見ると、彼は苦笑いを浮かべていた。
「あんたも、腹立たしいって思った?」
「俺が言うのは良いけど、言われたらイライラしそう」
 彼に尋ねると、肩を竦めて返してくれた。
「……私の今までの苛立ちを分かってくれたようでよかった」
 私の答えに、日高はまた苦笑いを零して、「ごめんごめん」と軽く謝る。誠意が感じられないが、まぁ、いいや。
「態々家に上げたのは、こんな話を他の人に聞かれたくないから。俺は、ヘラヘラ笑って、他人に従ってるだけでいいんだよ。その辺理解して」
 『私』は何も言わず、『日高』をただ睨み付けている。どうやら何かが気に入らなくて、態々押しかけたようだ。この『私』は、随分と行動的だ。
「それさえ理解して、俺がどんな目にあっていたとしても放っておいてくれれば、後はどうでも良いから。別に、アンタの事が嫌いな訳でもないし」
 『日高』はニヤニヤ笑いながら、ベッドの上で『私』を見上げる。
「あんた、馬鹿じゃないの?」
 『私』はようやっと口を開き、ゆっくりと『日高』に近づく。
「あんたがあの男子生徒二人に好き勝手させてるせいで、今日は私も被害を被った。折角私は、悠々自適、一人ぼっちの高校生活を送っていたのに」
 『私』は『日高』の前に立つと、不機嫌そうな声で言った。
 ……これを見て、日高はどうして私の隣で笑っているのだろうか。なんとなく腹が立ったから、とりあえず思いきり足を踏んでやる。
 隣で「ごめんごめん」と、感情のこもっていない謝罪が聞こえたので、とりあえず足は退けた。
「干渉されたくないっていうなら、私に干渉しないで。あぁ、違うか。あいつ等の手綱握って、私に干渉させないで」
 『私』は『日高』を見下ろして、大きくため息を付く。
「私はあんたと違って、完全に干渉されたくないわけじゃないんだけど」
 『日高』は、『私』が言う度にニヤニヤ笑って、小さく頷いているが、話は聞いていますよ、というだけのポーズにしか見えなかった。
「目の前で繰り広げられて、ウザくて仕方がない時は口が出るわけ。分かってくれる?」
 『私』は、それにも気付いているだろうに、無視して話を進行させている。まぁ、一々構っていると、前には進まなそうだけど。
「それでもまぁ、お互いにその辺融通聞かせたりできるような関係だ、っていうなら妥協するけど」
「つまり、友達とか、理解者とか、そういう関係って事? あとで慰め合ったりとか、さ」
 『日高』は、私達が見始めてから初めて、『私』の話に入った。
「どう解釈してもらっても構わない」
「ふぅん、いいね。ちょっと楽しそう」
 ニヤニヤした顔はそのままに、少し考えたようで、「そうだ」と声を上げる。
「同盟でも作ろうか。お互いがお互いの理解者。ただし、面倒くさい事はなしっていう同盟。そしたら、目の前で面倒事が繰り広げられても、許せるんじゃない? 同盟の相手だし、ってね」
「……まぁ、いいけど。でも極力迷惑はかけないで」
 『私』の答えに彼は満足したように笑って、「決まりだね」と続けた。
「うーん……悠久思想同盟、でどう?」
 ……妙に、頭に残っていた言葉が出てきた。
「悠久の思想、つまり、答えが出ないようなモノ。答えが出ないのに、ダラダラと考えちゃう俺達にピッタリじゃない? 思いつきにしては、大したもんだよね」
 はは、と、『日高』のような彼が笑う。
 あの時は気付かなかったけど、この台詞って、その前からお互いの事を知っているって事になるんじゃないの? だって、どうしてお互いにダラダラと考え事するなんて、こいつが知ってるの? それを知っている、という事は、これ以前にお互い接触があったと考えるのが妥当だろう。
 それなのに、今まで無視していた。けれど『私』は我慢できない事があった、あるいは、我慢の限界に達して、ここに来て改めて話しているのではないだろうか。
「あんた、随分楽しそうじゃない」
「うん、まぁね」
 『日高』は笑って、『私』の腕を取ると、自分の方へと引いて唇を重ねた。
 ……はぁ? なんで? どうして? 私は、なんか気持ち悪くなって、隣の日高を見ると、彼も、明らかに不快そうに眉をひそめていた。
 そして次の瞬間に、部屋中にパンッという音が響く。『私』が『日高』の頬を叩いた音だった。
「何するの? 変態なの? まさか欲情したの? 気持ち悪い」
「ごめんごめん。なんとなく、同盟の証明? みたいなのしてみたかったから」
 『私』は、露骨に嫌そうな顔をしている。いや、多分私もしている。隣の日高も。何故こんな事になったのか、『日高』以外は分からないだろう。
 今まで、死んだのは見てきたが、これは初めてのパターンで、かなり不快だった。
「してみたかった、で、普通キスなんかする? それとも、今あんたの頬にある椛が証明だっていうの?」
「じゃあ、それでもいいよ」
 『私』の、不快そうな顔を見ながら満足げに『日高』は頷く。
「まぁ、とにかく、これで同盟は出来た、という事で」
「気分が悪い。帰る」
 『私』は、一言零すと、彼に背を向けてドアの方へと向かった。
「うん、じゃあね。また明日」
 『日高』は嬉しそうに手を振って、部屋を出る『私』を見送る。そして姿が見えなくなってから、「やっと捕まえた」と、ニヤニヤと笑って呟いたのだった。


 そして、二体の人形と対峙する、白い空間。私の姿をした人形の、スカートから露出している右足は、人間の物へと変わっていた。ズボンで見えないが、日高に似ている方もそうなっているのだろう。
「で、あれは何だったの?」
「そうそう。何? あの胸糞悪いの」
 私と日高は、二体の人形に問うた。
「あの百瀬橙子は、日高笑太が虐めにあっている事は一年の頃から知っており、度々声を掛けたり、仲裁に入ったりしていました。自分の目の前で起こった事に関してのみ、ですが」
 随分と、あの『私』はやる気があったようだ。
「日高笑太は、その関係で少しずつ興味を持っており、あの段階では手に入れる事を考えていました」
「うわ、気持ち悪っ!」
 日高型人形のセリフに対して、彼が思わず大声を上げた。それに私は大きく頷く。
 どうやら感じた事は同じだったらしい。手に入れる、って、なんか気持ち悪い……。
 この日高が、私に固執していなくて安心した。本当に、心の底から。
「この結末は前回と似ています。日高笑太が百瀬橙子に固執するあまり、無理心中して、終わります。あえてそこを出さなかった理由は、この年齢ではないからです」
「高校を卒業する時に、日高笑太は耐えられずに、百瀬橙子を殺害し、自らも命を絶ちます」
 人形は、代わる代わる言う。卒業するとき……進路の関係、だろうか。
 大学に行くなり、専門学校に行くなり、就職するなり、皆する。当然、離れ離れにもなるだろう。それに耐えられないだなんて、どれだけ……どれだけ、欲しいと思っていたのだろうか。
 私は、小さく息を吐く。隣で日高も、ため息を吐いていた。
「それでは、次を再生します」
 人形の声と、パチンという音。私達の見る世界は、また形を変える。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

処理中です...