箱庭アリス

二ノ宮明季

文字の大きさ
2 / 9

2

しおりを挟む
 誘拐というからには、凄惨な毎日を思い浮かべていた。だが、現実はどうだろうか。

 この男は愛おしそうに私を見つめては髪を梳き、この部屋によく合った、可愛らしくもごてごてとしたワンピースを着せ、指先から順にキスをくれる。

 食事もとらせてくれるし、眠る時は抱き合って眠る。

 まるで恋人のように甘やかな生活が始まったのだ。

 不思議な……いや、不気味な事に、私はそれら全てに不快感を抱く事なく、受け入れている。



「アリス、僕のアリス。可愛いね」

「……ありがとう」



 私はぎこちなく笑った。不快感を抱いていないが、ニコニコと笑える程の心境ではないらしい。自分の事は、自分が一番分からない。



「少しだけ出掛けて来るから、良い子で待っていてね」



 コクリと頷くと、男は部屋を後にした。ガチャリと、ドアの鍵が外側から閉められる音が響く。

 あの人がいないだけで、部屋はあっという間に静まり返った。

 豪勢なフリルとレースとぬいぐるみの部屋。お人形のような服を着た私。それだけがこの世界の全てのようだ。

 いいや、感傷に浸っている場合ではない。

 男がいない今が、ここから逃げ出す方法を探すチャンスではないか。

 私は無駄に重い装飾品を身に着けたまま、可愛らしいベッドから抜け出して部屋の探索を始めた。



 まずは部屋と隣接してある、申し訳程度のユニットバスを覗く。普段から一人でも見る事が出来そうな場所かと言えば、そうでもない。何故ならあの男は、排せつ時も、入浴時も、ずっと一緒に居るからだ。

 フリルまみれの可愛い部屋とは打って変わり、ビジネスホテルについているような物をもう一回り小さくしたようなそこには、特に変な箇所は無い。

 使えそうな物を上げるとすれば、シャワーカーテンか。

 もしもこれを切ったり出来るのなら、長い紐が出来上がる。紐があれば、あいつを絞め殺してここを出ると言う選択肢もあるだろう。

 ……いや、殺す必要がどこにあるのか。

 私はここで不自由していない。閉じ込められているが、嫌だとは感じない。

 ここから出て、記憶のあやふやな私はどうしたらいいのか。それよりなら、ここで彼のお人形に甘んじている方が、ずっと、ずっといいかもしれない。

 私は頭を振り、ユニットバスを後にした。

 まだ彼が帰って来そうな気配はない。私は気を取り直して、部屋の探索を続ける。



 毛足の長いラグの下を覗けば、くしゃくしゃになっている包帯が見つかった。何だってこんな場所にこんな物が……。私はずるりとラグの下から取りだすと、しげしげと見つめる。

 何の変哲もない、ちょっと伸びやすい真っ白な包帯だった。

 何かに使えるかもしれないが、ラグの下にあったとなると、衛生面はちょっと不安だ。とはいえ、このまま見なかった事にするには惜しい。

 結局私は枕カバーを開けて、その中に放り込んでおく事にした。

 ふんだんにフリルがあしらわれていながら、案外寝心地は悪くない枕のカバーを開ける。



「――ひっ」



 中からは、大量の写真が零れた。

 ぞっとしながらも摘まみ上げて見れば、その全てに私が写っているようだった。

 小さな頃からの物だ。顔を塗り潰された男女に手を繋がれている幼い私。制服を着た私。浴衣を着て、友人と思しき顔を塗り潰されている人物とピースをしている写真。それらの中には、何故かこの可愛らしい部屋で微笑んでいる私もいる。



「何、これ……」



 ドクドクと心臓が煩い。

 どれもこれも覚えがないが、何故かこれは「私」であると確信していた。

 まさかこれ、あの男が? ずっと私を見ていたから、こんなに写真があるの?

 ぞわりと寒気が全身を通り抜け、私の肌に鳥のようなふつふつとした痕を残す。



「だ、駄目だ。これは、駄目」



 慌てて枕の中に写真と、ついでに包帯を乱暴に突っ込んだ。

 見てはいけない物だったに違いない。どうしよう、見てしまった。

 もしかしたら記憶があやふやなのも、あいつに何かされたからではないのか?

 寒気が止まらない。あんなに冷静で、取り乱しもしなかった筈なのに。どうして今頃になって、怖いなんて思ってしまったのだろうか。

 しかし、写真に写る私以外の人は皆、一様に顔が塗り潰されていた。もしかしたら、ここから逃げても、どこにも助けてくれる人なんていないかもしれない。

 それならどうすればいい? 私は、ここに居るしかないの?

 恐怖に駆られ、ベッドの上のクマのぬいぐるみを抱く。



「……なんか、硬い?」



 まさか、とは思った。けれども私は、それをじっくりと確認してしまった。

 毛足が長いせいで気が付かなかったが、背中側に無理やり縫い合わせたような跡がある。明らかに後から中に何かを入れた物だ。

 鋏やカッターは無い。が、もしかしたら探せばあるだろうか。

 仮にあったとしよう。私はこれを開けて、その後どうするのだ。針と糸が無ければ、容易にこれに気が付いたとバレてしまう。

 バレたら何をされるのか。様々な嫌な想像が頭を巡り、結局私はクマのぬいぐるみを放り投げるにとどまった。



 怖い。



 探せば探す程、何かが起こる気がする。

 私は震えながらベッドに潜り込んだ。

 フリルとレースに彩られた服は重く、ゴージャスな掛け布団に擦れてガサガサと大きな音を立てる。全てが耳障りだ。

 探索などしなければよかった。私の逃げ場は、どこかにあるのだろうか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?

処理中です...