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嘘と影
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友達に聞いた話。
「嘘を吐き過ぎると、ドッペルゲンガーに存在を乗っ取られるんだって」
聞いた時は、なんてくだらないんだと思った。
紅い空に、赤く染まる教室。影が伸びる時間帯。
とてもとても雰囲気はあったが、おおよそ本当の事とは思えやしない。
「お前、何を馬鹿な事を」
「いやいや、本当だって。自分の影が出来るメカニズム。本当は嘘を吐き過ぎると全部影になって、大きくなり過ぎた影は自分の形をとるんだってさ。で、同じ姿の奴は二人、存在する事は出来ないっていうか」
「何を馬鹿な事を」
俺は苦笑いを浮かべながら、そうやって流した。
ところが今は、どうだろうか。
「友達の友達から聞いた、本当の話なんだけどさ」
こうやって面白おかしく噂を広げた瞬間に、俺の口からはボロボロと真っ黒な言葉が落ちて、足元に吸い込まれてしまったのだ。
この兆候は、もっと前からあった。テストの点数、塾をさぼった言い訳、好きなものや嫌いな物を反対に言ったり、ちっとも面白くなかった本も、さも面白いかのように人に勧めた。
その時々に、視界の隅で何か黒いものが落ちているのを捉えている気はしていたのである。
面白おかしく噂話を広め、一人で帰路についている時。
紅い空に、紅い俺。足元に伸びる長い影。ふと、友達の言葉を思い出した。
「いや、全然怖くなんかないし」
ぼろっ……。
俺の言葉が――俺の、精いっぱいの虚勢がこぼれて、足元の影に落ちる。
『スッゴク、コワイナ』
影が喋った気がした。
「いや、そんなの、ありえない。だってあれは、あれは!」
『キイチャッタラ、モットコワイナ』
「あいつが人を怖がらせるために作った、作り話だろ!」
『ホントダッタンダー。コワイナ、コワイナ』
俺が一人で喚けば喚くほど、足元の影は喋りつづける。いいや、嘘だ。そんな訳はない。
転がるように走って家へと向かうが、ずっと影はついてくる。
当然だ。影はついていて当たり前の物なのだから。
乱暴に玄関のドアを開けると、靴を脱ぎ捨てるようにして家の中へ。
「あら、帰ったの? 靴くらい揃えなさい」
「俺が俺じゃなくなるんだよ! それどころじゃない!」
声をかけて来た母に怒鳴り返し、俺は自室へと駆けこんで、しっかりとドアに施錠した。
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。ありえるはずがない。こんなの、絶対ありえない」
『キイチャッタカラ、ヒテイシキレナイナー』
「うるさい!」
俺は影に返すと、ずるずるとその場に座り込む。
「ちょっと、大丈夫なの?」
母親が部屋のドアを叩きながら尋ねる。
「大丈夫だよ! 放っておいて!」
俺の強がりは、口からボロっと零れて……影に飲み込まれた。
「しまった」と思ったのも束の間――影は膨大なサイズに膨れ上がり、僕へと覆い被さる。
「あー……あー。お母さん、ちょっとしたごっこ遊びだよ。心配をかけてごめんね」
俺の声だ。俺は下から俺を見上げる。
上から俺を見下ろした俺は、ニヤっと笑う。
「どうもありがとう」
その一言で気が付いたのは、俺が影になってしまっている、という事だけ。
翌日、学校へ向かう俺に強制的に付き合わされると、衝撃的な声を聴いた。
『……ダカラ、イッタダロ』
友達の下。這うような小さな声。
『ホントウダッテ。ウソヲツキツヅケルト、ドッペルゲンガーニノットラレルンダゾ』
俺はぞっとして、見上げる。友達は、ニヤっと笑って、一瞬だけ俺を見た。
あの時俺に忠告した友達も、きっと乗っ取られているのだ。
きっと他にもいるのだろう。最早誰が本物で、誰が偽物なのか、わかったものではない。
あるいは、もしかしたら僕が最初から偽物だったのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺はそっと見上げて、俺が沢山の嘘を吐く事を、心の底から願ったのだった。
「嘘を吐き過ぎると、ドッペルゲンガーに存在を乗っ取られるんだって」
聞いた時は、なんてくだらないんだと思った。
紅い空に、赤く染まる教室。影が伸びる時間帯。
とてもとても雰囲気はあったが、おおよそ本当の事とは思えやしない。
「お前、何を馬鹿な事を」
「いやいや、本当だって。自分の影が出来るメカニズム。本当は嘘を吐き過ぎると全部影になって、大きくなり過ぎた影は自分の形をとるんだってさ。で、同じ姿の奴は二人、存在する事は出来ないっていうか」
「何を馬鹿な事を」
俺は苦笑いを浮かべながら、そうやって流した。
ところが今は、どうだろうか。
「友達の友達から聞いた、本当の話なんだけどさ」
こうやって面白おかしく噂を広げた瞬間に、俺の口からはボロボロと真っ黒な言葉が落ちて、足元に吸い込まれてしまったのだ。
この兆候は、もっと前からあった。テストの点数、塾をさぼった言い訳、好きなものや嫌いな物を反対に言ったり、ちっとも面白くなかった本も、さも面白いかのように人に勧めた。
その時々に、視界の隅で何か黒いものが落ちているのを捉えている気はしていたのである。
面白おかしく噂話を広め、一人で帰路についている時。
紅い空に、紅い俺。足元に伸びる長い影。ふと、友達の言葉を思い出した。
「いや、全然怖くなんかないし」
ぼろっ……。
俺の言葉が――俺の、精いっぱいの虚勢がこぼれて、足元の影に落ちる。
『スッゴク、コワイナ』
影が喋った気がした。
「いや、そんなの、ありえない。だってあれは、あれは!」
『キイチャッタラ、モットコワイナ』
「あいつが人を怖がらせるために作った、作り話だろ!」
『ホントダッタンダー。コワイナ、コワイナ』
俺が一人で喚けば喚くほど、足元の影は喋りつづける。いいや、嘘だ。そんな訳はない。
転がるように走って家へと向かうが、ずっと影はついてくる。
当然だ。影はついていて当たり前の物なのだから。
乱暴に玄関のドアを開けると、靴を脱ぎ捨てるようにして家の中へ。
「あら、帰ったの? 靴くらい揃えなさい」
「俺が俺じゃなくなるんだよ! それどころじゃない!」
声をかけて来た母に怒鳴り返し、俺は自室へと駆けこんで、しっかりとドアに施錠した。
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。ありえるはずがない。こんなの、絶対ありえない」
『キイチャッタカラ、ヒテイシキレナイナー』
「うるさい!」
俺は影に返すと、ずるずるとその場に座り込む。
「ちょっと、大丈夫なの?」
母親が部屋のドアを叩きながら尋ねる。
「大丈夫だよ! 放っておいて!」
俺の強がりは、口からボロっと零れて……影に飲み込まれた。
「しまった」と思ったのも束の間――影は膨大なサイズに膨れ上がり、僕へと覆い被さる。
「あー……あー。お母さん、ちょっとしたごっこ遊びだよ。心配をかけてごめんね」
俺の声だ。俺は下から俺を見上げる。
上から俺を見下ろした俺は、ニヤっと笑う。
「どうもありがとう」
その一言で気が付いたのは、俺が影になってしまっている、という事だけ。
翌日、学校へ向かう俺に強制的に付き合わされると、衝撃的な声を聴いた。
『……ダカラ、イッタダロ』
友達の下。這うような小さな声。
『ホントウダッテ。ウソヲツキツヅケルト、ドッペルゲンガーニノットラレルンダゾ』
俺はぞっとして、見上げる。友達は、ニヤっと笑って、一瞬だけ俺を見た。
あの時俺に忠告した友達も、きっと乗っ取られているのだ。
きっと他にもいるのだろう。最早誰が本物で、誰が偽物なのか、わかったものではない。
あるいは、もしかしたら僕が最初から偽物だったのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺はそっと見上げて、俺が沢山の嘘を吐く事を、心の底から願ったのだった。
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