精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-11 この依頼、受けよう!

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 オレがごちゃごちゃ考えている内に、全員自己紹介を終えたようで、所長が「それで?」と話を切り出した。

「依頼っていうのは?」
「この何でも屋を信用してお願いしたいのですが、私達の代わりに精術師の就職調査をして頂きたいのです。その上で、調書を完成させて頂きたい」

 就職調査、というと、現在の職場環境はどうか、などを確認する物だ。他に、精術師であれば力が問題なく使えるかどうかなどの確認もある。
 職場環境が悪ければ、職場への指導を行うのも就職管理官なのだ。ところが、こいつら、オレ達精術師には優しくない。
 一応規則っていうか、義務っていうかだから聞いてはくれて、不満があれば指導はしてくれるが、なんかこう、どっちかっていうと「言いつけた」みたいな状態で結局こっちにとって不利になるばかりだった。納得がいかない。

「本来であれば、就職管理局ヴルツェル村支局の仕事なのですが、お恥ずかしい話、どうも村の精術師に失礼な態度を取り続けていたようで、ついに就職調査すら出来なくなってしまったらしく」
「それで、何でも屋に依頼したい、と」
「そういう事です」

 ヴルツェルと言えば、ここからあの恐ろしい汽車という乗り物で三時間程揺られた先にある小さな村だ。規模は小さいが、山に囲まれており、土地の面積だけで考えると結構広い。
 ただし、山を含めての広さなので、人間の生活区域はそれほど広いわけではなく、人口も極めて少ない。
 ついでにオレは思った。調査出来なくなった管理官ザマーミロ、と。
 オレも拒否している精術師の気持ちは分かるつもりだ。

「それ、本当は君に回ってきた仕事なんじゃないの? 支局の方でどうにもならないから、本局の人お願いします、って」

 所長がだらしない格好をしながらジギタリスに尋ねる。尋ねるっていうか、どちらかと言えば確認している体だ。

「そうなのですが、こちらも問題が発生して手が回らなくなってしまって」
「ジスさん、疲れてそうだもんな」
「え、えぇ、まぁ。ここに依頼に来るのも、必死に時間を作らないといけなかったくらいには立て込んでいまして」

 そう言ってため息を吐くジギタリスは、確かに疲れているように見えた。そ、それに関してだけは同情するかもしれない。
 疲れるのは皆嫌だもんな!

「勿論、依頼料は弾みます」
「ほう、それはどのくらい?」

 直ぐにスティアが反応し、ジギタリスの近くへと移動する。わざわざ席を立ってまで近付くあたり、依頼料の交渉に向かったようにしか思えなかった。
 ジギタリスはといえば、胸ポケットから取り出した手帳に何かを書きこんでスティアに見せる。流れからいって、確実に依頼料だろう。

「ふむ、まぁ、中々だな」
「ただねー、ちょっと遠いんだよね」
「勿論、移動や宿泊にかかる費用は依頼料とは別にお支払い致します」

 所長が難色を示した箇所に、問題を解決させる回答を放つ。

「所長、俺は受けたいです。ジスさんが大変なら、尚更」

 ベルが前のめり気味に言う。こいつは受ける方向に気持ちが向いているらしい。

「うーん、それっていつから行くべきなの?」
「出来れば早ければ早い方がありがたいです」
「例えば明日、とか?」
「既に受けている依頼関係が問題無いのであれば、それだと助かりますね」

 所長とジギタリスの話を聞いていたアリアさんが、オレ達の仕事の予定表を広げて暫し考え込む。

「期間はどのくらいですか? 明日から、というのであれば、一週間までならどうにか出来ますけど」

 やがて顔を上げると、にこにこと笑いながら首を傾げた。
 その様は、天使だ。美人が微笑みを浮かべて小首をかしげるだけで、これほどのときめきが自分を襲うとは! 微笑みかけた相手はオレじゃないけど!

「こちらもあまり長い時間はかけられませんから、一週間が限界ですね。それを過ぎてしまうと、管理局から圧力をかける以外の選択肢が無くなってしまいます」
「では、お受けするとなると明日から一週間程、ベル君に行って貰う事になりますね」

 天使……じゃなかった。アリアさんは小首をかしげるのを止めて、にっこりと所長を見た。

「ベル君が行ってくれるのなら、所長がベル君の分のお仕事を頑張れば何とかなりますよ!」
「ぼ、僕!?」
「頑張って下さい」

 わーお、仕事を所長に降ろす時ですら可愛い微笑み! 小悪魔にも見えるが、それよりも胸をキュンとさせる可愛すぎる笑顔に、オレは自分の危機も忘れてときめいてしまう。

「あの、それって俺も一人で泊まりの仕事って事か?」
「そうなるわ。ベル君、頑張れる?」
「ん、んん……で、出来るし。そのくらい」

 ベルも微笑みかけられて、良い所を見せようとした。あんな風に言われたらなー、逆らえないよなー。可愛すぎるって、あれは。

「難しいようでしたら、この話はなかった事にして頂いて結構ですよ」
「いや、やれるし!」
「では、決定ですね」
「うーん、でもベル一人は不安だなぁ」

 ジギタリスに対してベルが反射的に答えると、アリアさんが明るい声で答えて予定表の整理をし始めた。が、所長が一人で渋っている。

「あ、じゃあこうしよう。仮採用三人組もベルと一緒に遠出。クルト君はこれがラストチャンスね。どうにか出来なかったらクビ」
「じょ、上等だ! やってやるわ!」

 悩んだ所長が出した案に、オレは大きな声で答える。おうおう、言われてたもんな! 最後のチャンスだけど、絶対モノにしてやる!

「わーい、お出かけですね! 楽しみです。美味しいプリンはありますかね?」

 シア、お前暢気すぎるだろ。ベルに出して貰ったと思しき甘そうな液体を大人しく飲んでいたネメシアの発言に、オレの勢いは止まる。

「ふむ、しかしこの依頼料には口止め料が含まれていないようだが」
「そうですね。こちらとしては口外されるのは困るのですが、最も困るのはヴルツェル村支局の方ですよね」

 スティア、さすが。絞り取れる所から絞り取ろうと言う気持ちが手に取るように分かる。
 我が妹ながら、金への執着心が恐ろしい。

「ですから、こちらからの口止め料はこのくらいでどうですか?」

 シギタリスは再び手帳に金額を書き込むと、スティアに見せた。

「ふむ……」
「あくまで、こちらからの口止め料です。しかし人の口には戸が建てられませんからね」
「支局の方から巻き上げてもいい、というようにしか聞こえないのだが」

 スティアがニヤっと笑うのに対し、ジギタリスは表情一つ変えずに小さく息を吐いた。
 つーか、まぁ、こいつが表情を変えているのをここに来てから見てはないんだけどさ。

「あー、私からはお答えできかねますが、信用して依頼した身としては貴方の行動制限は出来ませんからね。依頼を受けた後に口外する可能性もありますよね。それをどうにか制限してくれるのは、ヴルツェル村支局の方だと私は信じていますよ」

 なんかこう、含みがあってイライラする言い方だな。ま、国家公務員さんらしいといえばそうなんだけどさ。

「それから、今の質問を私は聞いていません。私の与り知れぬ所で、もしかしたら金銭を絡む何らかの取引があるかもしれませんが、私の耳には入っていませんし、なんとも言えませんね」
「ふむ、いいだろう。中々美味しい依頼のようだ」

 あぁ、スティアが悪い顔をしている。
 オレとしては、こちらに責任を押し付けるかのような言い方が嫌なんだけどさー。

「この依頼、受けよう!」
「あ、君が決めちゃうわけね。いや、いいんだけどさ」

 スティアが活き活きとした顔でジギタリスとガッチリ握手しているのを横目に、所長がつぶやく。ま、まぁ、そうだよな。何で仮採用のヤツが決めてるんだっていう……。

「では、明日から向かって頂きます。その為の書類を今作成しますので、テーブルをお借りしますね。それと、精霊石を武器に変えた時の形状も、前回と比較しますので写真に収めてきて下さい。カメラはこちらで支給します」

 ジギタリスは、懐から二枚写真を取りだすとテーブルに置いてオレ達に見せる。どっしりとした杖と、銃とその弾丸が写ったものだ。
 レンズとかピンボールとかなんちゃらかんちゃらの役割を果たす魔法陣が開発されてから、急に小型化したカメラは、今や一家庭に一台は当たり前となっている。でも、オレの家には無かったし、ちょっと使うのが楽しみだ。オレにも触らせてくれるよな? な?

「精術師の姉弟の調書を完成させて下さい。ご両親の分は昨日受理したと報告を受けておりますので」

 彼は簡単に説明した後、「それでは書類を作らせて頂きます」と、直ぐに別の作業に移る。
 持って来ていた鞄から紙とカメラを取り出してテーブルに置くと、紙の方に几帳面な字で何かを書き始めた。これが書類になる、のだろう。
 カメラ、触ってもいいかなぁ?

「じゃ、三人組とベルは明日の準備をしてね」

 所長は、だらしなくオレ達に準備を促した。

「あ、その前にジスさんにお弁当作ってくる。ジスさん、疲れてそうだし」
「すみません、ありがとうございます」

 受け取るのか、お前は。そりゃあベルのご飯は美味しいから気持ちは分かるけど。
 それはそれとして、オレはどうしてもテーブルのカメラが気になる。

「あの、カメラ、触っても……?」
「では、動作チェックをしておいて下さい。不備があれば言って頂ければ、直ぐに別の物を持ってきます」

 オレがおずおずと尋ねると、ジギタリスは書類から顔も上げずに答えた。
 ドキドキしながらカメラをケースから出すと、意外とずっしりとしている。両手に乗せて丁度良いくらい。あと何枚撮れるかを表す場所には、21と表示されていた。

「い、一枚、撮ってもいいか?」
「どうぞ」

 オレはカメラをアリアさんに向けて、シャッターボタンを押す。アリアさんは、シャッターを押す直前ににっこり微笑んでピースしてくれた。ファインダー越しでも天使過ぎる。ものすごく可愛い。
 カシャ、と音が鳴り、今のアリアさんを映した紙――もとい、写真がカメラから吐き出された。
 なんかスゲー原理とかで、中にセットした紙に撮った物がプリントされて出てくるのだ。格好いい。

「おおお……」
「ちゃんと撮れていますか?」
「問題ない」

 オレは何度も頷いたが、顔を上げていないジギタリスには通じたかは分からない。

「そうですか。ではその写真は差し上げます」
「マジか!」
「クルト君、気が済んだら準備ー」
「わ、分かってますよ!」

 オレはアリアさんの写真を一生の宝にしようと決め、カメラをケースに収めてから、写真を胸に抱いて部屋へと走ったのだった。

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