精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-28 どっちに転んでもこんちくしょー!

 山小屋は、こういった建物にしては大きな方だった。ただ、明かり取りの為の小さな窓がいくつかあるだけの山小屋の中は、どうにも薄暗い。光自体、山の木々というワンクッションをへてここに届いているからだろうか。
 この場所には、簡易的な毛布などが備え付けられていたようで、ブッドレアが丁寧に部屋の隅に敷くと、連れてきたネメシアとフルールをその上に座らせた。

 ネメシアは抵抗しようかとも思ったが、よくよく考えなくとも自分の足が腫れているせいで痛い事には気づけたので、大人しく腰を下ろす。
 タイツを纏っていない素足は、ブッドレアの杖で叩かれた箇所が赤く腫れているのが良く見えた。骨折とまではいかなくとも、擦り傷で済んでいる様子でもない。

「あーあ、待ち合わせじゃなければこんなボロっちくて薄暗い陰気な建物に入らなかったんだけどな」

 ラメの入った鮮やかな紫のコートに、すその広がった艶やかな黄緑色のズボン。痣を誇張するように胸元のざっくり開いたショッキングピンクの苺柄カットソー。それが今日のサフランの格好で、なるほどこの山小屋には似つかわしくない。
 ネメシアは眉間に皺をよせ、「悪趣味で虫みたい」と呟いた。

「ふん、芸術を理解出来ない奴はこれだから。ま、10枚程度で巨乳だけが取り柄のちびっこには、まだ早いデザインだったんだろうけど」
「何だろう、バカにされているはずなのにちっとも悔しくない」

 ネメシアは、こいつに認められる服装をしたら世間的にアウトだろうな、とぼんやりと考える。

「君の気持ちはよくわかるよ」
「近寄らないで! 触らないで!」

 ここぞとばかりにブッドレアがネメシアに手を伸ばすと、彼女はキッと睨み付けた。普段のどんくさい動きからは想像も出来ない程、素早い睨み返しである。

「絶対にあたしの気持ちなんて分かってないもん」

 尚も睨み付けたまま続けると、ブッドレアはゆるゆると首を左右に振った。

「いやいや、彼に対して独特なファッションセンスであると考えてしまう気持ちは分かるのだよ」
「理解を示されるくらいなら、あたしは敢えて流行の最先端だと思い込む!」
「おや、少しは見どころがあるじゃないか」
「あーもう! どっちに転んでもこんちくしょー!」

 ネメシアは頭を抱えると、大声でわめいた。

「あ、あの……あの、えと、わ、わわ、わたし……わたし、たち……何をすればいいのでしょうか?」
「え? あぁ、君達は引き渡すんだよ。だから、大人しくしててくれればそれでオーケー」
「達ではない。そちらのお嬢さんだけだ」

 ずっと口を噤んでいたフルールが声を上げると、サフランとブッドレアが答える。特に何かを隠す意思は感じられない。

「ど、どなた、に?」
「さぁ? 僕は知らないよ。だって、黒い蛇にベルンシュタインっていう花を摘んで来いって言われただけだもん」
「いわば、クライアント……いや、パトロンと言ったところか」

 フルールがなおも小さな声で尋ねると、再びサフランとブッドレアが続けた。フルールは小さく息を飲み、二人を見つめる。

「私達は彼らの言う事を聞く代わりに、彼らは私達に有益なように動いてくれる。例えば、可愛らしいお嬢さんや少女を家に招き入れて、外に出さなくなったとしても、世間的には失踪扱い。絶対に私が犯人であるような目は向けられない、という訳なのだよ」

 見つめられている事に気付いているのかいないのか。ブッドレアは僅かに微笑みを浮かべながら語る。

「彼ら、って、パトロンさんはいっぱいいるの? ロリコン誘拐犯のブッドレアさん」
「おやおや、怒っているのかな? 勇敢なお嬢さん」
「怒ってるに決まってるでしょ! あたしを誘拐するし、ルトを傷つけるし、ルルちゃんを人身売買しようとするし! 特に後半二つには、憤りを覚えずにはいられないっていうもんだよ」

 「むしろどこに怒らない要素がある」とばかりに、ネメシアは食って掛かった。

「そうだね。協力者はおそらく多いだろう。私が知っている人間は一人だがね」

 ブッドレアは優しくネメシアに答えた後、恍惚とした表情を浮かべてサフランに視線を向ける。

「それにしても、見てくれたまえよ。この状況でもまだ、心を折らずに自己主張。非常に可愛らしいとは思わないかね?」
「うーん、僕の趣味ではないかな。10枚の癖にたてつくし、声も喋り方もなんか幼い。全体的に55点って感じ」
「な、なんだとー! 立派なレディに向かって、失礼極まりない! 貴方みたいな、12枚しか取り柄が無いような虫っぽい服の男の人なんて、10点だもん、10点! しかも、もしもプリンを100点とするんだったら、マイナス点にだってなっちゃうんだからね!」
「はんっ、55点の芸術性を理解出来ないお子様に言われたって悔しくないね」

 サフランは苛立ったようにネメシアに近付くと、彼女の頬をグイグイと引っ張る。対して、ネメシアもサフランの頬をグイグイ引っ張った。まるで子供の喧嘩だ。

「あ……あの……あの!」
「何かな? 麗しいベルンシュタインのお嬢さん」
「く、黒い蛇、って……」
「あぁ、君達精術師であれば馴染みがあるのではないかね。シュヴェルツェ、というらしい」

 ネメシアの隣に腰を下ろしているフルールが、震えた声で尋ねる。

「わ、わたし、やっぱり一緒には……」
「はぁ? いまさら何言ってるの? ていうか、逃げられるとでも思ってるの?」

 唐突に抵抗の言葉を零したフルールに対し、サフランは苛立たしげに眉間に皺を寄せた。
 それから、ネメシアの頬を引っ張るのを止めて、わざわざフルールの前に立って見下ろした。おそらく、本人的には「見くだした」のだろう。

「で、でも、あの」
「僕、12枚。君、精術師。偉いのは?」
「12枚の、大魔法使い様……です」
「んな訳ないでしょー! ルルちゃん、バカ! バカバカバカバカ!」

 ネメシアはフルールの答えに不満を爆発させ、幼い罵倒をした。

「君、10枚。僕、12枚」
「うるさい、10点虫野郎。枚数とか、精術師とか、そんなの関係ないもん」
「はぁぁ?」
「この、気丈に振る舞う所が最高なのだよ」

 見下ろしたついでにネメシアを蹴りあげようとしたサフランを、ブッドレは止めた。その表情は、先程と同じくうっとりとしたものである。

「あたしはあたしだもん。たかだか枚数程度の事でしか人を量れないのは、間違ってる」
「で、でも……」
「ルルちゃん、ホントにバカ! ルルちゃんみたいな事言ってたら、精霊さんだって気分悪いんじゃないの?」

 フルールは一瞬驚いた顔をし、やがて自嘲気味に笑った。

「……そう、ですね」
「あたしには精霊さん見えないけど、ルルちゃんには見えてるんじゃないの? 精霊さん、ガッカリしてない?」
「……わたしに、失望……してるみたいです」

 事実、彼女の目から見れば、本来ついているはずの精霊よりも少ない数の琥珀の羽を持つ蝶が俯いていた。完全に離れる事こそしていないが、同じ精術師であるクルトが見れば激怒するような光景だ。

「本当に失望かどうかはあたしには分からないけど、でも、これだけは言えるよ」

 勿論、この場でフルール意外に精霊を見る事が出来る者はいない。だが、ネメシアは言葉を続ける。

「もしもあたしが精霊さんなら、こんな変な格好してるやつとか、変質者のオジサンとか、そっちの方が自分より偉いって言われたらイラっとする」

 フルールは相変わらず自嘲気味に笑うだけだ。ネメシアはそんな態度にも腹が立っているのだが、フルールに気付く兆しは見られない。

「確かに、彼の方が偉いと言われて苛立たない者は少ないかもしれないね」
「ねぇ、オッサン。さっきから誰の味方なの?」
「私は私の味方、次に彼女の味方だよ」
「終わってる……」

 サフランは口元を引き攣らせて、ブッドレアとやや距離を置いた。

「でも、わたしは……大魔法使い様には……」
「ルルちゃん! どうしても大魔法使いが好きなら、あたしの事だけ好きになって! あたしだって、大魔法使いだもん!」
「で、でも、枚数が」
「そんなことどうでも良いんだもん。あたしだって大魔法使い。んで、あたしはルルちゃんに命令しちゃう! とっとと脱出! ゴーゴー!」

 出来る方法は分からないが、とにかくこの場は勢いで切り抜けようと、ネメシアはフルールの手を握った。

「それは良くないね」

 が、握った手を、ブッドレアが強引に引き離した。
 座っているネメシアに半ばのしかかるようにして、彼女の小さな手を両方とも拘束する。ネメシアは心底不快そうに顔を顰めた。

「君は私の物なのだよ。それに彼女は商品だ」
「ちょっとブレアー、こんな所で手を出すつもり?」

 ブッドレアと距離を取っていたサフランが、ため息交じりに「止めていますよ」というポーズだけを取った。

「そろそろ我慢が出来なくなってきてね。目の前でこんなに可愛らしい言葉を紡ぎ続けられると、理性がはじけ飛んでしまいそうなのだよ」
「まるでコートのボタンが飛んで全裸になっちゃう、みたいな話されても」

 サフランは呆れ切った表情で、肩を竦めて見せる。尤も、誰一人としてサフランの方を見ていなかったのだが。

「ちょっと待った。変な事されるのは嫌だけど、その前に聞かせて」
「何かな?」

 ネメシアは睨み付けたまま言葉を続ける。

「よくわかんないけど、ルルちゃんの事をヘビさんに引き渡すの?」
「いや、蛇の使いの男性さ。顔に13枚の入れ墨のある精術師の男性」

 ブッドレアは「質問には答えたよ」とネメシアを強引に押し倒した。

「は、離して! ヤダってば! 変態! 変態だ、変態!」

 ネメシアはジタバタと暴れるが、もとより小柄で力の弱い少女……それも、手を拘束され、足に怪我を負っているのである。成人男性であり、どうにも戦い慣れしているような相手から逃げられるようには思えない。

「ねー、目の前でおっぱじめられたら、僕だってなんかちょっと思う所があるわけじゃんかー」
「それでは、君はその内気なお嬢さんと致せば良いのでは? 使用済みではいけないとは言われていないだろう」
「あ、そっか」

 サフランは「ナイスアイディア」と鼻歌交じりにフルールの前に立つ。

「あ、あの、でも、わ、わた……わたし、は」
「君の大好きな12枚の大魔法使い様だよ。逆らうの?」
「……い、いえ」
「――ルルちゃん!」

 ネメシアは大声で諌めるが、フルールに抵抗する気配が見られずに苛立った。

「嗚呼、この状況でも相手の心配をしてしまうとは、本当に清らかで可愛らしい」

 ブッドレアは彼女の手の拘束を解くと、代わりに首筋を指でなぞる。

「それに引き替え、自分の無い彼女は私の好みではないのだよ。いっそ泣き叫んでくれていた方が好ましいくらいだ」
「そう? 僕はこのくらい従順な方が好きだけど」

 フルールは震えながらも、やはり抵抗も、拒絶の言葉を発する事もしない。

「――このっ!」

 ネメシアは自由になった手で魔法陣を描きはじめる。

「こらこら、魔法はご法度だよ」

 が、直ぐに再び拘束され、魔法陣の効力は消えた。

「離して! ルルちゃん! ルルちゃん、逃げて! 抵抗して!」

 ネメシアは涙目で訴えるも、フルールはただただ震えるばかり。

「何でっ、何で! ルルちゃん!」

 大声でわめくも、フルールはなんの反応も示さない。

「ふふ、可愛らしいね」
「そう? 煩いだけじゃない?」
「それが可愛らしいのだよ。それも、自分の身が危険にさらされている状況で、人の為に声を荒げるというのがたまらない」

 ブッドレアの視線は、じっとりと熱を孕みながらネメシアに注がれている。
 ネメシアはぐっと唇を噛み締め、大きな声を飲み込んだ。フルールに抵抗する意思が無いのであれば、もう無理だ。ここで花を散らす事になる。
 ギリギリまで自分は抵抗するが、悔しくて泣き出したい気分になっていた。

「とても可愛らしいよ」

 ブッドレアの指先が、ネメシアの胸へと伸ばされた。
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