精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-33 僕がずっと守ってなきゃいけないわけじゃなくなったんだね

 だが、ネメシアの想像はいい方向へと裏切られた。
 フルールは自分の左人差し指にはめた指輪に軽く触れると「お願いします」と口にしたのだ。
 すると、彼女の指輪は見る見るうちに姿を変え――小さな杖となってフルールの手の中に納まった。
 ここへ調査に来る前に見た写真とは打って変わり、ストロー程の弱々しい細さで、長さも女性の握り拳を四つ並べた程度のものだ。アーニストが調査を妨害していたのは、やはりこれを見せたくなかったせいなのかと、ネメシアは実感した。

「今まで、ごめんなさい……」

 ネメシアには見えないが、フルールの周りにいたベルンシュタインの精霊は、少しずつ増えてきた。

「ベルンシュタイン……本当に、ごめんなさい。わたしは、もう逃げません」

 フルールは震えながらも、はっきりと集まってくる精霊に伝える。
 ネメシアには見えてこそいないが、精霊への謝罪であることも、それが必要な事も理解出来たので、成り行きを見守る事にした。

「ま、魔法使いとか、枚数とか、そういった物にも、もう振り回されません」

 フルールの謝罪に反応してか、ぞろぞろと増えてくるベルンシュタインは、小さな小さな声で『ほんとう?』と口々に尋ねる。

「ほ、本当です! わたしは、ちゃんと精術師として誇りを持って、胸を張って生きていきます。ですから……ですから! お願いですから、わたしに力を貸して下さい!」

 フルールがまた大きな声を上げると、今まで事実上ミリオンベルとアーニストを甚振っていたサフランが振り向いた。
 そして、驚愕に目を見開く。
 目の前で、フルールの手にした杖が徐々に大きくなっていっていたからだ。

「な、な、何、それ……」

 サフランが乾いた声で尋ねた頃には、フルールの杖は身の丈をゆうに超える代物と化していた。
 丈夫な木の幹のような物の先には琥珀色の宝玉。その幹や宝玉を守る様にしっかりとした蔓がまとわりついている。

「12枚である僕に、逆らうつもりじゃないよね? 逆らったら、どうなるか分かるでしょ?」
「逆らいます! わたしは、もう貴方の言う事は聞けませんから!」
「あぁ、そう。じゃ、思い知らせてやろうか。どっちの方が強くて偉いのかを」

 サフランは眉間に皺を寄せて魔法陣を描き始めた。ネメシアは手首の縄をほどいてもらえばよかったと後悔していると、サフランの足元には弾丸が二つ埋め込まれ、にょろりと蔓が彼の足に絡む。

「姉様の邪魔はさせない!」
「こんの……精術師風情が!」

 アーニストの声に反応して、サフランが魔法で蔓を焼き切って振り向くと、今度はミリオンベルもゆっくりと立ち上がっている所だった。

「我はベルンシュタインの名を継ぐ者」

 フルールは呪文の詠唱を始める。それこそ、この場を切り抜ける為の精術を使う為に。
 サフランは憎々しげに舌打ちをする。
 彼の今の立ち位置は、皮肉な事にミリオンベルとアーニスト、フルールとネメシアの二組に挟まれる場所だったのだ。彼は慌てて移動し始める。とにかく両者から離れて、一気に片付けるしかないと判断したのである。
 それらの感情や行動を、何も出来ないネメシアは冷静に見ていたおかげで気付いた。同様に、今若干パニックに陥っている事も。
 ネメシアは何の役にも立たないかもしれないと思いつつも、フルールを守る様にサフラン側に身体を向けて、フルールを守る位置へと移動した。

「ベルンシュタインの名の元に、緑の精霊の力を寸借致す。身を守る盾を」

 とん、と、杖が付かれた音が鳴る。
 瞬間――ネメシアの周りを何かが囲む。否、ネメシアの周りだけではない。
 サフランとの間を分断するように、急速に植物が床下から伸び上り、あっという間に出来上がった樹木の揺りかごのような空間にはミリオンベルとアーニストを含める四人だけとなったのだ。
 間にいたサフランだけを置き去りに、木の根で出来たかのような床がせり上がる。それらは上で一つにくっついたのだ。
 先程の山小屋など、最初から存在しなかったかのように、木の根が下から四人を押し上げ、崩壊した屋根の代わりに木々に茂る葉が頭上に存在する。山小屋よりも遥かに明るくなったことで、ミリオンベルは胸をなでおろしたのが見て取れた。

「だ、大丈夫ですか?」
「姉様こそ! 姉様こそ無事ですか!?」

 フルールが三人を見回すと、アーニストが駆け寄って尋ねる。
 ミリオンベルも痛む身体を引きずりながらも、ゆっくりと近付いて来た。

「わたしは大丈夫」
「ルルちゃん、縄ほどいて欲しいなぁ」
「あ、はい。すぐに」

 ネメシアが手首を差し出すと、フルールは手早く縄をほどく。縄の無くなった後のネメシアの手首は、赤く擦れて血が滲んでいた。何度もサフランに引き回された事と、自ら動かした事による傷だろう。

「シア、大丈夫か?」
「おっけーおっけー、大丈夫! だってあたし、頑丈だもん」
「お腹とか……」
「平気だよー。もう、ミリィったら心配性だなぁ」

 ミリオンベルは、自分が殴ってしまった腹の心配をしたが、ネメシアはけろりと答えた。実際は鈍い痛みがあったのだが、大人しくしていれば顔を顰めるほどの物ではない。

「アーニストは?」
「僕も平気。そりゃあ、腕と足を矢みたいなやつが掠めたから、多少の怪我はあるけどね。でも、この場で一番心配すべきは君じゃないの? 服はドロドロボロボロ、なんか急に倒れる、折角の綺麗な顔にも傷がついちゃってるんだから」

 ミリオンベルの問いに、アーニストもしれっと続けた。
 その言葉通り、ミリオンベルはサフランに蹴られたせいで、制服にはいくつもの足跡が付き、頬には、蹴られた拍子に床でこすった擦り傷が付いていた。加えて、グローブの効力である三分が切れた後の強烈な倦怠感もある。

「俺は何ともない」
「いや、何ともなくはないでしょ」

 ミリオンベルは見栄を張って答えたが、直ぐにアーニストに否定されて「むむ」と呟いた。

「……ちょっと痛い」
「ううん、ちょっとじゃないと思う」

 言い換えたが、これも直ぐにネメシアに否定された。

「ほ、ほんのり傷がある」
「ほんのりというようには見えませんが……」

 最後はフルールにまで否定され、ミリオンベルは「大丈夫だし」とふてくされぎみに口にする。

「だから、俺はサフランを追わないと。クルトとスティアが戦ってる所に合流されたら、あの二人が危ない」
「そ、そう、ですよね」

 フルールは頷くと、杖を地面(とは言っても、木の根のような物だが)につくと「出口を」と続けた。すると大きな揺りかごの間が少しだけあき、階段が出来た。
 ミリオンベルは「ありがとう」と礼を言うと、グローブの金属部分を二回打ち鳴らす。

「これで後六分持つし、急いで行ってくる」

 ぐったりとしていた姿など無かったかの様に、彼は軽やかにこの場を後にした。

「あたしも行く!」
「だ、駄目です! シアちゃんはここで大人しくしていて下さい」

 ミリオンベルを追おうとしたネメシアは、フルールにあえなく首根っこを掴まれてその場に留まる。

「僕もここにいて、姉様を守る」
「……アーニーは、本当にそれでいいの?」

 フルールが僅かに首を傾げた。

「ど、どういう、事ですか?」
「ミリオンベルさんと一緒に行かなくても、いいの?」
「うっ……」

 アーニストは呻く。彼自身も行った方が確実なのは分かってはいたが、ここに姉を置いていく事に不安があったからだ。

「アーニー、わたしはもう大丈夫」

 フルールはアーニストに微笑む。アーニストはどこか気恥ずかしそうにしながらも、フルールに歩み寄った。

「沢山心配をかけてごめんなさい。お姉ちゃんなのに、全然しっかりしてなくて、弟に心配ばかりかけて、わたしは駄目だったと思う」

 先程の気弱な様子からは一転、フルールはアーニストをしっかりと見つめた。

「けれど、わたしはちゃんと頑張るから、だから、もう心配しなくてもいいんだよ」
「姉様の馬鹿!」

 アーニストは首を左右に振ると、眉根を寄せた。

「姉様は僕の姉なんだよ! 家族なんだよ! 心配くらいするよ!」

 杖を握るフルールの手を、アーニストは銃を持たない左手で包むと、泣き出しそうな表情で言う。

「たとえ姉様がいきなりしっかりして物凄く強くなって完璧超人になって肉体派になったとしても、心配するに決まってるじゃん」
「アーニー……」
「でも、僕がずっと守ってなきゃいけないわけじゃなくなったんだね」

 アーニストはため息を吐くと、苦笑いのような笑みを浮かべた。だが、決して嫌な……あるいは、嫌味な印象のある物ではない。

「……仕方ないなぁ。ミリオンベルさんは突然倒れるし、クルトさんはそもそもちゃんと出来てるのか心配だし、スティアさんは一応女の子だし、僕も助けに行くよ」

 彼はフルールの手を離し、植物の出入り口を見た。

「姉様は、危ない事しないでね」
「うん、大丈夫」

 フルールの答えを聞いて、アーニストはようやっと一歩踏み出す。心配はあるが、やはり――やらねばならない。
 見ていたネメシアもついて行こうとしたが、フルールに首根っこを掴まれたままだったせいで、あえなく阻止されてしまった。その上、アーニストが植物の揺りかごを出ると、フルールは杖で地面を叩いて、出入り口を消してしまったのだ。

「あたしも行く!」
「だ、駄目です!」

 フルールが止めると、ネメシアは頬を膨らませる。
 少しでも手伝いたいネメシアと、危険にさらしたくないフルールとの間に、静かに火花が散った。

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