精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-42 始めるぞ! そして、終わらせてやる!

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 もう少しで目標地点、といった所で、ブッドレアの後ろに弾丸が撃ち込まれ、地面が落ち窪んだ。それとほぼ同時に、大量の花弁が舞う。まだこちらの視界をジャックされるほどの距離ではなかったが、ブッドレアは直ぐに意図に気付いたようで、オレに斬りかかって来た。
 体制を崩した状態からの、突き。武器は違えど戦い方は同じ筈なのに、オレの攻撃よりも数段以上鋭い。
 慌てて後ろに下がったのを、ブッドレアが好機と取らないはずがなかった。
 このままじゃ、またふりだしに戻る。どうする? どうすればいいんだ。
 嫌な汗が頬を伝ったが、オレはこれ以上下がるわけにはいかない。堂々と胸を張って、応戦し、力づくでも押していかないといけないのだ。

「クルト、遅くなったな」

 どうしようかと思っていると、ベルの声が聞こえる。どこからだ? と目を凝らすと、花弁の中から擦り傷と土汚れにまみれたベルが姿を現した。
 その上で、ブッドレアの後ろまで走ってくると、拳を突き出す。

「おっと、これは完全にマズいね」

 ブッドレアはベルの攻撃を避けてから、余裕のある表情を殴り捨てたように、口元を引き攣らせた。

「クルト、協力してこいつを突き落すぞ。奈落の底に」
「おう! って、いや、そこまではしねーぞ!」

 何どさくさに紛れて怖い事言ってるんだよ! だが、こいつが一緒に戦ってくれるのなら、心強い。
 オレは槍を握り直してブッドレアへと突き出すと、彼は横に逃げた。

「そっちじゃないだろ。ちゃんと地獄に落ちてくれないと困るんだよ」

 ベルはこの状況で何故かにっこり笑って、ブッドレアの肩を掴もうと腕を伸ばす。それを斬り付けて逃れようとしたが、唐突に、ブッドレアが逃げていた方向が太い蔓に覆われた。
 気が付くと、穴へと一直線になる様に両脇は蔓まみれになっている。
 フルールかアーニスト……いや、フルールがやっているのか。アーニストの精霊は今は土の精霊になっている。おそらくあいつは今、穴に落とされたであろうサフランが這い上がれないように穴を調整しながらどうにかしていると思われる。
 花びらの量が増えてきて、徐々に視界を奪われそうになっている所から察するに、シアもずっと魔法を使いっぱなし。これが風で制御されているという事は、スティアもずっと精術を使い続けている。
 こうなりゃ、オレとベルが頑張るだけでどうにかなるんだ。
 助かるんだ。

 オレとベルとで、強引に、力任せに、ブッドレアを穴へと追い込む。追い込む先が確実になる様にと、両脇の蔓は徐々に幅を狭めた。
 やがて視界は完全に花弁にジャックされたが、オレの肩にベルンシュタインがとまると『このまままっすぐで、あなだから。もうすこし』とささやいた。

「ベル、もう少しで目的の場所だ。頼めるか?」
「問題ない」

 ベルの頼もしい答えを聞き、オレは安心して呪文を唱え始めた。

「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者。風の精霊よ、荒ぶるいかずちの精霊へと転化し、我に翼賛を」

 一気に呪文を唱え、その場に槍を突き立てて、跪いてから刃先を握る。
 絶対痛い筈なのに、痛みは感じなかった。オレの赤い血が武器を濡らしているのが見える。

「くっ、止めたまえ!」
「ごめん。嫌だ」

 ベルの、妙に明るい声がちょっと怖いが、あっちは完全に任せよう。
 オレの目の前には沢山のツークフォーゲルが集まっている。ツークフォーゲルは槍に付着したオレの血をつつくと、それぞれがぶるりと身体を震わせた。
 掌大の丸い鳥が、身体を、羽を震わせ、むくむくと膨らむ。
 避雷針のようにトサカが上を向く。
 段々と、物理的にピリピリとした空気が満ちてくる。

「落としたぞクルト!」

 ベルの声が聞こえたが、それが徐々に遠くなっていた。待て、それお前も落ちてる。

『じゅんび、おーけー』
『おーけー』
『ツークフォーゲルのせいじゅつしのち、かくにん』

 目の前のツークフォーゲルが、オレに伝える。それなら、始めるぞ! そして、終わらせてやる!

「危殆に瀕する我に今、力を与えたまえ!」

 呪文を唱え終えて槍の刃先から手を離して立ち上がると、刃先には雷が絡み付いていた。

「ミリオンベルさん、救出完了です!」
「魔法、効果が切れるよ!」

 フルールとシアの声を合図に、オレは穴があるであろう所に走る。

「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者。ツークフォーゲルの名の元に、風の精霊の力を寸借致す」

 スティアの声が聞こえて、心強くなる。

「視界を良好に!」

 呪文を終えた瞬間、オレの視界を奪っていた花弁は吹き飛び、代わりに蔓に救出された後のベルと、魔力切れを起こしたのかへたり込んだシアが見えた。
 それと同時に、穴の中では常に土の表面が蠢いているのに加え、蔓がサフランとブッドレアが這い上がるのを邪魔しているのも確認出来た。

「痺れちまえ!」

 オレは大きな声を上げ、渾身の力で穴の中へと槍を振るった。
 瞬間――雷撃がほとばしり、穴の中のみに雷が落ちる。
 二人は、断末魔すら上げることなく、静かになってしまった。
 オレも力を使い果たし、その場にずるずると座り込む。

「二人組確認。生きてるっぽいね」
「このままの状態を保てば、穴の中で蔓に絡まれたままですし、脱出は出来ないと思います」

 アーニストとフルールが穴の中を確認し、オレ達に状態を伝えた。

「それじゃあ、とりあえずはそれぞれ支え合いながら帰るか」
「この二人は、放置プレイでよさそうで安心したよ」

 スティアがシアに手を差し出し、シアはその手を握ってふらふらと立ち上がる。

「クルト、よくやったな。助かった」
「いや、オレの方こそ助かった。お前が背中を預けられるヤツでよかった」
「お互い様だ。俺もお前が頼れる奴で安心したよ」

 ベルがオレに近付いて言ってくれたセリフに、本当に嬉しくなった。
 それはベルも同じだったのか、気付けは自然とハイタッチをしていた。掌と掌で打ち鳴らされた音が、森の中に響く。
 皆、無事で良かった。

   ***


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