精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-41 お前の希望は叶えてやらない事にしちゃった

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 ミリオンベルは、スティアの協力のお蔭で、ようやっと合流する事が出来た。後は目的の地点まで、作戦を気取られぬように追い込むだけだ。
 サフランは、焦っているようだった。多勢に無勢だと感じているのだろう。
 途中、ミリオンベルはスティアに任せて下がり、二度ほどグローブの魔法を発動させて一気に加速し、サフランを殴り飛ばしたりもした。
 サフランはサフランで何度も魔法を放とうとするが、接近戦に持ち込まれなおかつ人質もいない状態となれば、彼にとってはかなり不利な状況だったようだ。
 スティアは目の端でクルトの様子を捉えながらも、ミリオンベルと交互にサフランの方へと踏み込む。踏み込んだ分だけサフランは下がる。

 こうして微調整していると、ミリオンベルとスティアの後方からフルールの「そろそろです!」という合図が聞こえた。

「ネメシア、タイミングは分かっているな!」
「バッチリオッケーだよ」

 スティアはネメシアに確認をすると、サフランをミリオンベルに任せて下がる。そして、呪文を唱え始めた。

「させるか!」

 サフランは魔法陣を描いてスティアに向けたが、「それこそさせるか」と、ミリオンベルに体当たりをされ、描いていた途中の魔法陣の円は歪み、無効化される。
 気が付けば、目標地点にほど近い場所だった。ここから逃すわけにはいかないと、ミリオンベルはより気合を入れる。

「危殆(きたい)に瀕する我に今、力を与えたまえ」

 耳に入り込んだのは、アーニストの呪文の最後の一節。と、同時に、一発の弾丸がサフランの後ろの地面に打ち込まれ、そこから地面が崩れた。
 これはベルンシュタインを、緑を司る精霊から、土を司る精霊に転化させた事で起こされた事だった。
 地割れ、という訳ではない。まるで落とし穴――あるいは、アリジゴクのように地面が円形に凹んだのだ。

「この場に継続的な風を」

 同時にスティアの呪文の最後の一節。これと同時に、色とりどりの花や花弁が、穴を中心にひらひらと舞い続け、視界をうめる。
 作戦の一切を知らなかったミリオンベルだったが、それでもサフランを穴に落とせば良い事くらいは察しが付く。
 視界は色とりどりの、不自然な自然物で埋め尽くされたが、たった今まで戦っていた相手の場所くらい分かる。あの独特な色合いの服が見事に花の色と混ざり合い、迷彩模様のように思えたが、それでも場所を違えるほどミリオンベルの能力は低くはなかった。
 直ぐに加速し、当たりをつけた場所を掴むと、想像通りサフランの服だった。

「止めろ! 止めろ! このっ、1枚が! 1枚ごときが!」
「止めろっていうやつ、ちゃんとお願い出来たら叶えてやるかもしれないぞ?」

 ミリオンベルは口元に笑みを刻むと、サフランの服を掴んだまま押し出す。このまま進めば、穴に落ちるはずだ。

「誰が! 1枚なんかに!」
「じゃ、落ちてしまえ」
「嘘! 嘘です! 助けて! 助けて下さい!」

 サフランも、正面から力を込められ、足裏で斜めになりつつある地を感じ焦ったのだろう。懇願するかの様にミリオンベルを見た。
 真っ向からの力と力の勝負となれば、ミリオンベルとサフランの実力差は歴然としている。これに、彼自身も気付いたのだ。

「ごめんな。俺、結構お前にされた事が嫌だったみたいなんだ」

 ミリオンベルは、口元の笑みを更に柔らかいものへと変え、目じりも下げる。
 表情だけ見れば、可愛らしい笑顔だった。

「だから、お前の希望は叶えてやらない事にしちゃった」

 無邪気さプラスの笑顔で、ミリオンベルはサフランを掴んだまま思いきり体当たりをし、自分諸共穴へと飛び込む。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 サフランの悲鳴を耳元で聞きながらも、ミリオンベルは笑みを絶やさなかった。
 地面に打ち付けられ、斜面をサフランと一緒に転がり落ちる。木の根や石などがあちこちに当たり、サフランとブッドレアに傷つけられた箇所が抉られて痛んだ。
 それでも笑みは消える事は無い。
 充実感ともまた違う。諦めとも違う。だが、何故か笑っていた気分だった。

「あれ?」

 笑みが消えたのは、耳元の悲鳴だけが遠くなり、自分の身体が浮遊している事に気付いた時だった。
 浮遊感に身をゆだねていると、緑の蔓がミリオンベルを地面に立たせた。どうやら蔓が穴の中からミリオンベルを救出してくれていたらしい。
 その蔓はミリオンベルの手に絡み付くと、クイクイとどこかに引っ張る。

「ついて行けばいいんだな?」

 彼に精霊を見る力はない。けれども、なんらかのアクションがあれば意図くらいは察せる。この意図が精霊のものであれ、フルールのものであれ、今の場では同じことだ。
 ミリオンベルは蔓に引かれながら、花弁の向こう側を目指した。
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