精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-40 お前は一人で平気か?

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 ブッドレアと距離を置いたまま睨んだまま、状況が動かない。
 打開策が浮かばないと頭を悩ませていた時に、オレの元へツークフォーゲルがやってきた。

『スティアとアーニストからでんごん。あっちとこっちのあいだに、ブッドレアゆうどうして。あっちもサフラン、あいだにゆうどうするから』

 「どういう事だ?」と真意を確かめると、スティアとアーニストの作戦を聞かされた。オレは小さく頷くと、近くのベルに「サフランをこっちとあっちの間の辺りに誘導してくれ」と頼む。
 二人の作戦に乗る事にしたのだ。

「お前は一人で平気か?」
「平気だし! かすり傷だし」
「いや、モロに切り傷……いや、いい。よくわからないが、何か作戦があるんだな?」
「おう。で、向こうは接近戦はスティアしかいないし、お前が助けてやってくれ」

 ベルは「わかった」と首を縦に振る。

「あと、途中で視界が悪くなるから、それだけは覚悟してくれ」

 これにも頷くと、彼は直ぐにサフランの方へと走り出した。颯爽と走る様もイケメンそのものだ。
 が、ベルがサフランに近付くと、今度はベルに向けて魔法陣が放たれる。それをスティアが上手くサポートしながら、二人でどうにか戦い始めたようだ。
 ここまでくれば、後は向こうに任せるだけだ。オレは目の前でずっと見ているだけに留めていてくれたブッドレアと対峙する。

「終わったのかい?」
「おかげさまで!」

 余裕綽々に微笑むブッドレアに、オレは刺々しく返すと、槍を構えた。

「それは好都合。こうなってしまっては、一人ずつ始末した方が早いような気がしてね」
「お仲間はいいのかよ」
「サフラン君は……まぁ、何とかなるだろう。昔から反骨精神だけは見上げた物だからね」

 だけ、って言ったぞ今。後は見下げてるのかよ。あ、うん、オレでもファッションセンスとかは見下げるかも。

「早く来たまえよ。勢い余って、という状況以外であれば殺す事は無いのだから、安心してかかって来てくれたまえ」
「上等だ! 後悔させてやる!」

 この期に及んでまだ手加減かよ。
 カっとなったが、直ぐにベルとの会話を思い出して落ち着きを取り戻した。
 今のオレがするのは、カッとなって馬鹿の一つ覚えみたいに槍で殴る事じゃない。こいつを誘導する事だ。だったら、余裕だと思い込んでいる今が付け込むにはもってこい。
 オレは小さく息を吐き出すと、しっかりブッドレアを見据え、突きを繰り出した。
 ブッドレアはあっさりと避けると、槍の持ち手を握る。

「おや、学習を継続出来ているようで嬉しいよ。けれども、私の教えではなく、あの美しい少年の説得でこうなったと思うと、少しだけ自信が無くなってしまいそうだ」

 微笑んで、掴んでいた部分からオレごと捨てるかのように、強引に振るった。
 オレは力負けして槍ごと尻もちをついてしまったが、慌ててブッドレアに解放された槍に縋る様にしながら立ち上がる。

「ゆっくりしている時間は無いと思うのだが、どうかね?」

 ブッドレアの言葉の意味を理解するよりも先に、ツークフォーゲルの『あぶない!』の一言で槍から手を離し、オレは転がるようにして逃げた。
 折角立ち上がった所ではあったが、オレの判断は間違いなかった事に気が付いたのは、刹那の後にオレの首があったであろう場所をブッドレアの剣が凪いだ時だった。
 な、何が殺す気はない、だ! 殺す気が無いヤツが首狙うか!
 心臓が煩い程脈打っている。
 色々な場所が痛いが、オーバーワークのしっぺ返しは後払いにして貰おう。中腰で槍を拾い直して、ブッドレアと距離を取る。というか、距離を取ってばかりだ。
 本来は距離なんぞ取っている場合ではないし、オレが目的地点まで押さなくてはいけない。だが、ここで命を落としては元も子も無いのである。

 ……以上、言い訳。心の中での言い訳はこれで終わりにしよう。距離を取ったおかげで、オレは構え直す事が出来たのだから。

「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者」
「おっと、精術は困るな」

 直ぐにブッドレアは距離を詰めて、オレの槍を払おうとして来る。
 が、させてたまるものか!

「ツークフォーゲルの名のもとに、風の精霊の力を寸借致す!」
 オレは呪文を止める事も無く、ブッドレアの剣に押し負けないように槍に力を込める。
「この場に風を!」

 最後の一節を言い終えた後には、強引に槍をブッドレアの方へと振るった。
 これでブッドレアを傷つける必要はない。ただ、風圧で押し負けて、ついでに中間地点まで近付いてくれればそれでいい。しかも、この手はそう何度も使える手ではないし、もう少ししたら使ってはいけなくなる。
 下がったブッドレアの分、オレは踏み出して突く。体制を崩しながらも受ける様は、さすがとしか言いようがないだろう。
 だが、これじゃあまだ足りない。ここで畳み込まなければいけないのだ。

 いや、いけないとは思ってはいけない。周りに気を配らなければ、これは成功しない。オレは息を荒くしながら、必死に槍での攻撃に没頭した。
 いや、没頭というほどではなかったのかもしれない。
 痛みなどは麻痺しているように感じなくなっていたし、頭の中の一部から、何かがじわっとあふれる様な感覚はあった。これは確かに没頭に近かったのだろうが、そんな中でも、ベル達が戦っているのが見えたのだから、オレはまだ、冷静だ。


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