精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-45 痛みに殺される

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 翌日、目を覚ますと肉体的損傷に殺されるかと思った。
 緊張状態が解けたせいか、昨日よりもなお痛い。

「う、うぅぅぅぅ」

 が、オレよりも苦痛に呻いているヤツが隣のベッドに一人。
 ベルが苦しげに眉根を寄せ、涙目で呻き続けているのだ。

「ど、どうした?」
「痛みに殺される」
「あ、うん、同感」

 どうやらベルも同じように、痛かったようである。

「俺のアレ、急激に筋肉とか強化するから、翌日以降物凄い筋肉痛に襲われるんだよ」
「あぁ、プレートかちーんってやつか。って事は、今日の痛みの殺し屋は切り傷じゃなくて筋肉痛なのか?」
「うん。殺し屋は筋肉痛。いま掛けている布団ですら苦しい」

 正確には痛みの質は違ったようだが、一日遅れでやってきた使者に違いはないか。

「しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」
「お前の傷は深いけどな」
「ドンマイ!」
「お前がドンマイだよ」

 こんなアホな会話を繰り広げていると、ドアがノックされた。直ぐに「はーい」と返事をすると、スティアが「入るぞ」と了承も無く開ける。

「ジギタリスさんが来た。話を聞きたいらしい」
「え!? ジスさん!?」

 オレが驚くよりも先に、ベルが驚いてドアの方へと顔を向け……まぁ、同然のように痛みに沈んだ。

「お加減は、悪そうですね」

 最初に会ったころと同様に、表情の見えない威圧的な風貌の男が、書類が入っていそうな封筒とカメラを手に、部屋に入ってきた。

「全員の話を聞きたいらしいし、他のメンバーはここに呼ぶ。いいな?」
「お、おう」

 オレが返事をすると、スティアはバタバタと部屋を出て行く。
 元気だな。若いっていいな。一つしか違わないけど。

「ジスさん、ベッド座る? それとも俺と寝る?」
「とりあえず、一緒に寝る事だけはありません」

 部屋に入ったジギタリスは、眉一つ動かさずに、ゆるゆると首を横に振った。まぁ、普通怪我人と一緒に寝たりはしないわな。
 怪我人じゃなくても、男同士でぴったり密着して眠るのは中々ない事だと思うが。
 ジギタリスは暫く迷ったようだったが、そろそろとベッドの、ベルの足元の辺りに腰を下ろした。それに合わせてベルは起き上がろうとしたが、直ぐに筋肉痛に屈して呻く。

「……何回ですか?」

 ジギタリスはため息交じりにベルに尋ねる。

「じ、実質八回」
「実質というのは?」
「途中でプレート壊れて、片方だけで使ったから」

 彼は何らかの表情も浮かべずに、封筒から書類っぽい紙一枚取り出し、ベルから聞き取った事を書いた。

「あのプレートが壊れるほど殴ったのですか?」
「いや、違う。あれで剣を受け止めたら壊れた」

 「そうですか」と、そっけない相槌を打ち、視線を紙からベルへと移す。なんかこう、さー。もっと心配とか、そういうの無いのかよ。

「強化の総合時間としては、二十四分で間違いありませんか?」
「うん……」
「今までの最高使用時間は、六分でしたよね? 確か、それで一日は動けなくなっていたように思えましたが」
「うん……」

 ほらー、尋問みたいにするから、ベルが委縮しちゃってんだろ。ここはひとつガツンと言ってやろうかと思った瞬間、ジギタリスはのっそりと立ち上がった。
 身体を横たえているせいで、元々大きい身長が更に大きく見える。今のオレからは、あいつは灯台的な何かにしか思えなかった。これで目が光ったら完璧だ。
 灯台男は、ベッドに沈んでいるベルに近付くと、頭をそっと撫でた。え? 撫でた!?

「心配しました」
「ごめん、なさい」
「……いえ、こちらこそ知らなかったとはいえ、危険な事に巻き込んでしまって申し訳ありません」

 ジギタリスは頭を下げると、今度は膝を床につき、ベルと視線を合わせる。

「しかし、ご無理はなさらないで下さい。まして、肉体へ影響を及ぼす魔法を使っているんですから、後から何があるかは分からないのですよ」
「……うん」
「心配しました」

 心配しました、二回目!
 え、なに? こいつ実は良いヤツなのか?

「連れて来たぞ」

 オレが混乱していると、スティアがノックも無しに入ってきた。シアに肩を貸しながら。
 そのシアを部屋に最初から備え付けられていた椅子に座らせ、自分は壁に凭れる。
 続いて入ってきたのは、フルールとアーニスト。これで、事件の当事者は全員だ。
 フルールとアーニストは、他の部屋から椅子を二つずつ持ってきたようで、オレ達が使わせてもらっている部屋に置く。その上で、一つを壁に凭れたスティアに、もう一つをジギタリスに勧めた。
 残りは二つで、自然とフルールとアーニストは腰を下ろし、ようやっと話が始まる。
 ……フルール、意外と力持ち。椅子二つって、スティアはともかくシアは持てないぞ。ん? いや、でもスティアが持ててフルールも持てるなら、シアがか弱すぎるだけか? よくわからなくなってきた。

「まず、こちらから謝罪させて頂きます」

 ジギタリスは椅子から立ち上がると、全員を見回し、それから頭を下げた。

「この度は、大変な事に巻き込んでしまい本当に申し訳ありませんでした」
「巻き込んだ、っていう事は、管理官が取り逃した誘拐事件の犯人か何かだったの?」

 直ぐにアーニストが確認すると、ジギタリスはゆるゆると首を左右に振る。

「彼らは教師と元教え子という間柄の、一般市民でした。けれども、本来はこのような場合直ぐにでもこちらが出向き、その上で対処すべき事態だったかと」

 え、伯父と甥っていうのも嘘だったのかよ! あの嘘つき!

「でも、僕達、姉様とシアが誘拐された時に言いに行かなかったし。ま、この村の管理官に言ったって、多分無視されたんだろうけどね」
「そういった点、また昨日の聞き取りでの態度も含め、深くお詫び申し上げます」

 あー、まぁ、昨日の管理官の態度もアレだったし、この村で初日に会った管理官もアレだったしなぁ。
 アーニストが文句の一つでも言いたくなる気持ちは、オレにだってよくわかった。適当くさい聞き取りで「誘拐と暴行」と片付けてたし。

「謝罪はその位でいい。とっとと話を進めようじゃないか。大方、お前の立て込んでいる仕事とやらは解決していないのだろう?」
「……私事で恐縮ではありますが、もう少しの間、忙しい日々は続きそうです。では、お気使いに感謝して進めさせて頂きます」
「ジスさん座れよー」

 ベル、何でこいつにそんなデレッデレなんだ。最初からだけど、どうも懐いているような印象がぬぐえない。
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