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一章
1-46 んで、タイツを忘れてきちゃったの
しおりを挟むジギタリスはベルの言葉に従って、再度椅子に腰を下ろすと、ベルが魔法のプレートを使った回数を書きこんでいた書類っぽい何かに、オレ達一人一人に怪我の状態などを確認した上で更に書き込んだ。
それを終わらせると、今度は今まで書いていた紙を封筒にしまい、入れ違いに別の紙を取りだす。
「当時の状況も、出来るだけ詳しくお願い致します」
お願い致されたら仕方がない。オレは口を開くと、シアと魚釣りをしていた所から語りだした。
「んで、タイツを忘れてきちゃったの」
「茶々入れんな! あのタイツは……まだ、あるのか?」
「分かんない」
釣りに行った川で、シアが脱ぎ捨てたタイツがどうなったのかが急激に気になってきた。が、オレもシアも、それを取りに行ける状況でも、状態でもない。
「タイツは……えぇと、治療費と共にこちらで費用を持ちますので、大体の金額だけ教えて頂けると」
「何だ、治療費が出るのか。それはありがたいな。それと、私もうっかり靴下を置き去りにしたのだが、これも請求出来るだろうか?」
「してねーだろ! お前参戦したあたりで靴下脱ぐタイミング無かったし! 水増し請求しようとすんな!」
油断も隙もねーな、この妹!
「今脱いで請求したらどうだ?」
ベルが、じっとスティアの方に顔を向けて言う。涼しい顔しながらも、内心は鼻の下が伸びているのではないかという疑念の目を、オレはベルに捧げる事にした。
「おいベル、お前人の妹を変な目で見てねーだろうな? 靴下脱いだ姿見たいだけじゃ
ねーだろうな?」
「どの道、この場合は請求出来ませんので、今脱がれても困ります。大体、紛失していませんし」
疑念の目のついでに文句を言ったが、ジギタリスに仲裁され、ベルがどんな気持ちで妹に靴下を脱ぐ事を勧めたのかは分からなかった。
「けれど、服の破れ等に関しましては全て費用をお持ちしますので、遠慮なくおっしゃって下さい」
他の誰が分からなくとも、オレには分かる。ジギタリスの「費用を持つ」に反応し、スティアは今、脳内で金勘定しているようだ。
なんて満ち足りて、それでいていやらしい顔なんだ。
オレが半眼でスティアを見ている内に、ベルが「精霊が知らせに来て、慌てて四人で駆け付けた」など、説明を続ける。実際はベルに精霊が見えている訳ではないので、その時に知らせを受けたのはスティアなのだろうが、そのスティアは現在脳内で金を積み上げているようだ。
粗方ベルが説明すると、今度はシアがフルールと一緒に誘拐された状況などを説明し始めた。
本人はいたって真面目に、本気で説明しているつもりのようだったが、あまりにも脱線するので、途中からフルールが軌道修正を加えて語る。
なんだか、フルールとシアの距離が近付いている気がした。元々シアからは距離を詰めていたが、フルールがそれにこたえた形に見える、というか……まぁ、なんにせよ良い事だろう。
これが終わると、今度は金勘定を終えたスティアが合計金額を口にし、ついでにブッドレアとの戦いについても説明した。
つーか、こんなに喋る事あるんだから、やっぱり昨日のは手抜きだったんだな! あんにゃろ! 給料貰ってるんだからちゃんと仕事しろ!
ジギタリスはオレ達の説明を全て聞き終えると、聞きながら書いていた書類っぽいものをしまい、また入れ違いに封筒から新しい紙を取りだした。
「昨日犯人二人を護送中に、顔に13枚の入れ墨を彫った男に襲撃され、管理官は六人中一人を除き全員死亡しました。犯人にお心辺りはありませんか?」
「ちょ! な、なんだよ、死亡って!?」
唐突に紡がれた言葉に、オレは慌てて上体を起こして尋ねる。昨日ブッドレアにつけられた傷が痛むが、寝ていられない。
「落ち着け馬鹿兄。寝てろ」
寝ていられないと思ったのに、すかさずスティアがオレの身体をベッドへと押し戻す。酷い。
「シュバルチ!」
「シュヴェルツェだ」
シア、まだ間違うか! 一応近くなってるから、マシになってる……のか?
「そう、その黒い蛇さんの使いで、ルルちゃんを引き渡す相手って言ってたよ。顔に13枚の痣の入れ墨がある精術師」
「は、はい。確かにブッドレアさんがそう言っていました」
シアが爆弾発言をした後に、フルールが追う。つーか、精術師!?
「……こちらで、より調査を進めておきます」
「それ、オレ達が情報貰う訳にはいかねーのか!?」
「いや、クルトさん、風の精霊の精術師でしょ? 自分で探せば、管理官よりも多い情報が手に入るんじゃないの?」
うぐ、確かに。アーニストのイヤミっていうよりも呆れ攻撃に、オレは思わず傷口が痛んだ。
言葉のナイフが、剣で斬り付けられた所からしみ込む。……っていう気分なだけなんだけどさ。
「こちらはこちらで、そちらはそちらで調べましょう。ある程度の情報がたまった暁には、各々の情報を交換、という事で」
「まあいいだろう。吹っかけても構わないのだろう?」
「こちらで調べの付かなかった情報であれば、言い値で買えるように交渉しておきます」
スティアは大きく頷くと「期待している」と笑った。
現状、誰もジュヴェルツェの動きが分からないのだ。この話はこれ以上は広がりそうにもない。残念だが、続きはオレの肉体が完全なる復活をしてから、という事になるだろう。
「それと、これも謝るべき内容の内の一つなのですが」
ジギタリスは逡巡したようだったが、直ぐに口を開いた。
「皆さんで捕まえて下さった犯罪者二人は、その入れ墨の男によって逃がされてしまいました。現在、総力を挙げて探しております」
「早めに捕まえてね、ジッキー」
「ジッキーとは、私の事でしょうか?」
「そうだよ。ジッキー」
「……はい、ジッキーです」
無表情で「はい、ジッキーです」って、全然嬉しそうじゃない上に、なんかシュールだ。
それにしても、シアは無表情な大男でも怖くないのだろうか。
普通にフレンドリーにしてしまうあたり、なんかものすごい。しかもあんな事があったあとだっつーのに。意外とメンタル頑丈!
「続いて、ここに来たついでですので、調書を取らせて頂いても宜しいでしょうか?」
「ごめんな、ジスさん。俺達が依頼された事なのに出来てなくて。依頼料、返そうか?」
ベルが困ったように眉根を寄せる。え、もしかしてここまで来てタダ働きの可能性!?
「はぁ? こいつらに依頼料払わないのなら、僕は答えないよ」
……文句、言ってくれるのか。
アーニストとの距離も近付いた気がして、オレは少なからず嬉しくなった。
「大丈夫です。依頼は依頼として成立しておりますし、これは私が勝手にやる事ですので」
「ふむ。それならば私は何の異論もない。仕事をしなくとも金が手に入るとなれば、寧ろ良い事しかないからな」
「今回は依頼した仕事よりも大変な目に遭わせてしまいましたが」
「不測の事態だ。仕方あるまい」
何故ウチの妹、こんなに上から目線なんだろう。まぁいいか。
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