精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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二章

2-13 あ、序の口

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「おい、大丈夫なのか?」

 珍しく食事の支度をしている途中に怪我をしたベルを見かね、オレは声をかける。
 昨夜に再度ジギタリスが訪れて、今日の昼に昨日の続きの調査を行うと言われたが、それ以降ベルの様子はちょっとおかしい。
 多分、ケンカしたルースとの事で気まずい、とか、なにかあるんだろうけど。

「……大丈夫」
「本当に? 本当に大丈夫なの? ベル、痛くない? ああ、駄目だ。直ぐに病院に行かないと」

 ベルの大丈夫じゃなさそうな大丈夫を耳にした瞬間、所長が現れた。

「いや、そこまでじゃないから」
「でも!」
「所長、過保護」

 本当に、過保護だ。

「所長はアリアの心配でもしてればいいだろ。今日は完全に寝込んでるんだから」

 昨日無理して調査の話をしに来た弊害だろう。アリアさんは、今日はベッドから起き上がれない程の高熱に見舞われている。
 それを、スティアとシアの二人で看病していた。
 シアは、管理官が来たらこっち側に混ざる話になっている。何しろ、スティアの調書は完成しているが、シアのものは何一つ出来ていないのだ。

「でも、ベルも怪我しちゃったし、お昼ご飯はいいよ。続きは僕がやる」
「え……えぇー……」

 ベル、お前の不満そうな声がこんなに複雑に感じたことは無いぞ。
 ベルがレストランでの修行経験があるのなら、当然所長もそうなのだろう。ところが、今のベルの反応からするに、それほど料理が上手いようには思えないのだ。

「じゃあ、オレがやろうか? サラダ、パン、スープ、炒め物!」
「……いや、俺がやる。簡単に食べられるように、サンドイッチにするし、アリアのスープ作らないと」
「やっぱり僕が……」
「いや、俺がやる」

 本当に、所長の料理の腕前ってどうなってるんだ。
 ベルは簡単に傷の応急処置を済ませると、直ぐにキッチンへと戻り、それほど時間もかからずにサンドイッチを持って、事務所兼リビングへと並べた。
 どうやら、あとちょっとで出来るところではあったらしい。だから、他の人の申し出を断ったんだな! 決して所長の腕前がアレだから、って事じゃないよな!?
 うんうん、所長だってヴァイスハイト家直伝の技と味を習得してるはずだもんな!
 テーブルに運ぶことくらいは、とオレが手伝っていると、スティアが降りてきた。

「食事が出来たと聞いてな」

 ひょいっとキッチンに顔を出して、ベルに言う。聞いたのは、多分ツークフォーゲルに、だろう。
 そこら辺でぱやぱやしてるし。

「ああ、こっちがお前とシアの。こっちがアリアの。どこで食べる?」

 ベルが直ぐに指差して答えると、スティアは「部屋に持っていく」と答えた。

「アルメリアはその……死にかけているが、問題はないのか?」
「どのくらい?」

 死にかけ!? そしてそれに対しての質問がどのくらい!?
 オレだったら、その質問に答えられないどころか、アリアさんを見てオロオロしてそう。スティア、冷静だ。こういう所はすげー。

「熱が39度」
「あ、序の口。スープ無理やり飲ませて、薬突っ込んで、水分多めに取らせておいて」
「序の口なのか」

 スティアと全くの同意見。序の口なのか。

「序の口だ。ま、さすがに39度あれば、アリアも熱があると認めるけど」
「それまでは認めないのか?」

 ため息交じりにベルに問うと、ベルもため息を吐く。

「……38度台は微熱だから、ってことらしい」
「おかしいだろ!」

 おかしいよ!

「熱がある事に慣れ過ぎたんだろうな」
「慣れ過ぎにも程がある! 全く、私がしっかりついて、可笑しな事をしないように見張っていてやろう」
「うん、頼む」

 一応、おかしさについてはベルも思っていた事らしい。

「あいつは何なんだ」
「元々身体が弱いらしい。ウチに面接に来る前にぶっ倒れて、入院する事になって、病院で出張面接した経緯があるんだ」
「……よく、採用したな」
「だな。本当によく採用したよ」

 採用してくれたおかげで、オレはここで目の保養をしていられるわけだが。

「まぁ、別に嫌な奴じゃなかったし。所長のスケジュール管理してくれるって言うのも魅力的だったしな」
「あの女最大の魅力は顔じゃないのか?」
「何で顔?」

 きょとん、とベルが首を傾げる。
 アリアさん、確かに美人だけどな。それに負けないくらいベルも美人。
 スティアの言いたい事も分かる。この職場、面接に来た段階で三人中二人が美人だったし。所長のハーレムか、って気もしてくる。

「俺と同じくらい美人っていう、ただそれだけだろ?」
「確かに事実だ。事実だが、なんだその物言いは」
「事実なら良いだろ」
「良いのだが」

 スティアが渋い顔をしている。多分、オレも渋い顔をしている。
 うん、まぁ、二人とも美人だけどな! ものすっごく美しいけど!

「ただ顔がいいだけの奴なんか、その辺にゴロゴロいるだろ。俺を含めて。尤も、俺は顔だけじゃないけど」
「あー、はいはい。分かった分かった」

 スティアが軽く両手を上げて、顔が美しい話を打ち止めにした。
 よかった、打ち止めにして貰えて。なまじ否定しきれないから、反応に困るんだよな。

「アリアの良い所は、柔和で真っ直ぐな所だ。頑張り屋過ぎて、時々押さえつけないといけないのがたまにキズだけど」

 打ち止めにされた物の、ベルは然程気にした様子も見せず、淡々とアリアさんの良い所を口にした。

「折角の機会だから、熱はある癖に起き上がって何かしようとするときに、押さえつけて話でも聞いてみると良い」
「そんな事もやらかすのか」
「やらかす」

 こくり、と深く頷く。
 マジかー。アリアさん、意外とこう……子供っぽいっていうか、なんていうか。でも、それもギャップがあって可愛いです!

「わかった。その時にでも話してみようか。……シアの件もある。私の偏見だけで、相手の性格が決まるわけでもないからな」
「そうか。あ、アリアを頼むついでに、シアに食事が終わったらこっちに来るように言っておいて。終わったころには管理官も来るだろうし」
「分かった」

 スティアは頷くと、とりあえずは先にアリアさんのスープと水を運んだ。
 そうして、スティアが何往復かをして運び終えた頃には、一階の男だけの食卓もセッティングが終わる。
 天使は今熱に浮かされて、きっとスティア監視の元スープを啜っている事だろう。
 想像するだけで悲しくなってきた。アリアさん、早く良くなるといいなぁ。

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