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二章
2-14 もう嫌ですわ!
しおりを挟む「ご飯おわったよー!」
階段上から明るい声が聞こえた。
見ると、シアが顔を出していた。こちらの食事は既に終わっていたが、女子チームはまだだったのだ。
シアは両手にいっぱいの食器を持って、元気いっぱいに階段を下りてくる。
「え、ちょ、待て!」
元気いっぱいに降りてくる様に、不安になったのだろう。ベルが静止の声をかける。
「へ? 待つって、何を?」
シアはそのまま階段を下り――
「ぴゃあぁぁ!」
「ちょ、お、おい!」
あと数段といった所で、盛大に足を踏み外した。
咄嗟に近づいていたベルがシアを助けようとしたが、彼女は足を滑らせ尻もちをつき、そのまま階段の段差をお尻で滑って来た。パンツは丸見えになり、今日は白にオレンジドットのふりふりだとオレに見せつける。
が、問題はそこではない。いや、パンツが見えたのは問題だけど、それよりも問題があったのだ。
がしゃんがしゃんと、食器を落とし、破片を散らばせながら落ちてきていた事だ。
「んきゅ……」
「お、おい、大丈夫か?」
オレは駆け寄って尋ねると、ベルが悲痛な表情を浮かべながら、シアに手を貸して立たせていた。
それから、パンパンと服をはたく。シアの周りには、細かい破片が散らばった。
「怪我、無いか?」
「う、うん。お尻とかひりひりして、足首ちょっと痛いだけ」
それくらいなら、まぁ。階段から落ちて、散らばった破片で怪我をしてないんだったら問題なかった、と捉えてもいいだろう。
「そうか。それなら、比較的、良いんだけど……」
「お前、良いんだけどって顔じゃないぞ」
「食器、粉々」
ベルは、悲しそうな顔をしながら、そこら辺に散らばった残骸を見る。
「気に入った食器を買うの、好きなんだ」
「そ、そうか」
気に入って買った食器、粉々って泣けるな。それでも先にシアの心配をしたあたりに、こいつの良い部分が見える。
「お前、ちょっとシア支えてて。俺が周りを掃除するから。所長は店番お願いします」
「お、おう」
「うん、わかったよ」
オレは返事をして、シアの両手を握って立たせたままにした。シアのちっちゃい手が、オレの両手をぎゅっと握る。
や、やわらかい。じゃなくて! な、何か言わないと……えーと、えーと。
「ごめんなさい」
「いいよ。仕方ない。それよりも、お前が大したことなさそうでよかった」
オレが口を開くよりも先に、箒とちりとりを持って来て、シアの周りを掃除するベルが慰めた。
このイケメン! 今度気に入った皿をプレゼントしてやるよ!
「あのぉ、依頼、いいですか?」
ノックの音と共に、唐突に何でも屋のドアが開いた。
「あ、いらっしゃいませ。えーっと、君は……」
「き、昨日お世話になった、グロリオーサです。あの、た、大変そうな時に、すみません」
「いやいや、こちらこそお見苦しい所を。どうぞお掛け下さい」
所長はそう言って、グロリオーサを椅子に座らせた。
「じ、実は折り入って依頼があって……」
「あー、今日は生憎、そこで女の子の手を握っている子しか空いていないのですが、それでもよろしいですか?」
言い方! なんかオレがスケベ心でシアの手をにぎにぎしてるみたいに聞こえるだろ、それ!
別にやましい気持ちがあって握ってる訳じゃない。握ってから、やましい気持ちにはちょっとなったけど。
「彼は?」
「ああ、精術師のクルトです。昨日財布を探したスティアの兄にあたります」
「それなら、なおよかった。その、依頼と言うのが――」
「チーッス!」
グロリオーサが、まさに依頼内容を口にしようとしたその瞬間。何でも屋のドアが開いた。
「サーセン、接客中ッスか?」
「そうだね、接客中だよ」
銀色の髪に、明らかに服装違反の派手なシャツ。あと、口調が可笑しくて軽薄そうなこいつを、見間違える筈がない。
入ってきたのは、ルースだった。
その後ろから、ネモフィラがばばーんと足を踏み入れ、更に後ろから「失礼します」とジギタリスが申し訳なさそうに入ってきた。
「ま、いいよ」
所長は簡単に答えると、事務所内に設置した棚の方へと向かう。
「彼の依頼はクルトに任せるから。お願いね、クルト」
「おう!」
「大まかな料金表、渡していくから」
「おう!」
オレ、今頼られてる! 信頼されてる!
所長は棚の引き出しをえらく大雑把に開けて、ごそごそとかき混ぜて、いくつかの中身をその辺に放ってからお目当てのものを手にしてオレに近づいた。
所長が部屋を汚くするメカニズムが、分かった気がする。
「シアから手を離して」
「お、おう」
言われるがままに手を離すと、離れた手に所長が紙を握らせた。どうやらこれが、大体の料金表らしい。
この事務所、一応こんなものが存在してたんだな。どんぶり勘定なのかと思ってた。
特にスティアが来るまでは。だってこの所長だし、なぁ。
「所長、手が空いたならシアの手、握っておいて」
ベルはルースに気付いているはずなのに、挨拶もせずにその場での掃除を続行する。
「……ベル、あの――」
「いくらなんでもその態度は無いと思いますわ!」
ルースが何かを言いかけたのを遮り、ネモフィラがベルへと近づく。
「いくらこの方がちゃらんぽらんで、どうしようも無かったとしても、13枚ですのよ。1枚の貴方の態度はおかしいですわ」
な、何言ってんだ、こいつ。
「貴方が謝るべきですのよ。昨日の事を」
「……なんで、お前なんかにそんな事……」
「そうッス。オレとベルの間に上下関係なんかねーッス」
何言ってやがるんだ、こいつ!
ネモフィラの言葉をじわじわと理解し、オレは思いきり顔を歪めた。
「お前、何だよそれ!」
「ちょっと、モッフィー!」
「君、よくもまぁ、僕のベルにそんな事を言えたもんだね」
なんでそんな、ベルを傷つけるような事を言うんだよ!
この場にいる、ほぼ全員が苛立ったり、悲しんだりしているのだろう。ムカっときて頭に血が上りかけている今の状況ですら、その雰囲気を感じる事が出来るのだから。
「何ですか、その物言いは」
最後に口を開いたのは、ジギタリスだった。低い声で相手を諌めるように呟かれたそれは、ネモフィラを震え上がらせるには充分だったようだ。
「わ、わたくし、何も悪い事は言っておりませんわ」
「私は昨日、散々お話をした筈です。同じ人間である以上、そこに優劣はないと」
「わたくしも言いましたわ。では何故、学校ですら優劣をつける様な教育になっていますの? と」
……確かに、学校ではそういう教育が行われているのは、否定しきれない。
そうでも無かったら、オレ達精術師が虐げられている理由にはならないし、大魔法使いが優遇されている理由にもならないのだ。
「どうして貴女は――」
「もう嫌ですわ!」
ネモフィラは大声を上げる。
「お説教はうんざりですの。貴方はわたくしの何ですの? たかだか形式上の上司と言うだけで、どうしてここまで責められなくてはなりませんの?」
一度は怯えたジギタリスに対し、彼女は背筋をまっすぐに伸ばすと、彼をキッと睨み付けて続けた。
「わたくしは間違っていませんわ。だって、だって、小さい頃から、皆言っていましたもの。精霊なんかいない、13枚は偉い、わたくしは特別だ、と」
まぁ、こいつの環境を考えれば、そう言われるか……。
立場は一応高貴なお方、って事になるんだろうし。だからって、ベルに言った事が許されるわけではないけど。
でも、なんていうか、責めきれないよな……。
「ちゃんと言うとおりに、ちゃんと良い子に、お話しされた事をきちんと聞いていましたもの!」
じわっと、ネモフィラの目には涙が浮かぶ。
「こんなのっ……こんなの、もう嫌ですわ!」
涙ぐんだ瞳はそのままに、ネモフィラはジギタリスを押し退けて、走り去って行った。
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