精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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二章

2-33 ビス、そろそろ止めて。ね?


 ベルが所長から受け取ったランタンのお蔭で、夜道を進むのは随分と楽だった。流石にベルは冷や汗をかきながらではあったが、それでも一生懸命オレについて来てくれる。
 オレ達がツークフォーゲルの案内でルースの元へと向かっている途中、そのベルが足を止めた。奇しくも、このタイミングで精霊が『さされたー!』と報告に来たものだから、オレの心は逸ったが、無理にベルを引きずるわけにはいかない。

「……」

 ベルは、顔面蒼白で道の先を見る。森への入り口だった。
 街の明かりが届かなくなる森は、闇がぽっかりと口を開けているように見えたのだろう。

「ベル、戻ってもいいぞ。戻るか?」
「……い、いや」

 冷や汗が伝っているのが見て取れたベルは、あまりにも不安そうで思わず帰る事を促したのだが、本人の答えはノーだった。

「俺が、行かないと」

 いつもよりもずっと小さな声で、消え入るように呟く。

「クルトさん。いざという時はベルさんを」
「おう」

 これは本当にオレが見ててやらねーと。
 ジギタリスに言われた通り、オレはオレの兄スキルを存分に発揮する決意をし、一歩踏み出したベルと一緒に森へと入った。
 森は、昼間にオレが入った時よりもずっと暗く、狭く感じた。おそらく、闇がそうさせるのだろう。

「フィラさん、足元に気を付けて下さいね」
「え、えぇ……」

 ネモフィラから、緊張した声が漏れる。お嬢だもんな……絶対夜に、こんな所に入った事ないよな。
 慎重に四人で進んでいくと、不意にベルが足を止めた。
 それとほぼ同時に、ツークフォーゲルも『あ!』と声を上げる。

「ル、ルース……」

 ベルの持ったランタンの明かりで照らされた光景は、見覚えのある女が、倒れたルースの腹にナイフを突き刺しているという、衝撃的な物だった。

「ビス、そろそろ止めて。ね?」
「知らないわ……妬ましい……」

 やんわりと止める事を促す声がしたかと思えば、そいつは日中にあった……えーっと、アマリネだった。そういや、こいつにルースがくっついて言ったって話だったよな?
 が、彼女の静止は空しく、ビスとか呼ばれた女は、ルースから一度ナイフを抜くと、再度突き刺す。
 それほど深く刺している様子ではないが、オレ達を凍りつかせるには充分な光景だ。

「ベル、夜……ッス、よ。だ、い……丈夫、なんッス……か?」

 腹を刺されながらも、ルースはゆっくりと顔をあげ、ベルを見た。この状況でも、こいつはベルを気遣う。それは素直に凄いと思った。

「ルー、ス……ルース……」
「ベル! ベル、しっかりしろ!」

 がくがくと震え、ついにはその場に膝をついてしまったベルを、オレは必死に励ます。

「――直ぐに捕縛します」

 ジギタリスは早口に言い残して、ルースを刺している女の方へと一気に加速した。が、直ぐに「あら、嫌だ」とアマリネが魔法陣を描き始めた。それも、その場でおろおろとしていたネモフィラに向けて。

「……」

 彼は僅かに顔を顰めて踵を返し、襲い来るであろう魔法から守ろうとした。

「ルース、……ルースが……」

 膝をついて震えていたベルが、よろよろと立ち上がる。

「ちょ、待て! 待てって!」

 今のベルがルースの所に行ったって、刺されるだけだろ。オレが思わず大きな声を上げると、ベルは大きく肩を揺らし、またへたり込んでしまった。
 しまった、オレの声が原因か!
 どうするべきかと迷った次の瞬間――オレの声よりももっと大きな音が、至近距離で発された。同時に、もうもうと土煙も漂う。

「ご、ごめんなさい」
「ぼんやりしないで下さい」

 ネモフィラとジギタリスの話し声から、大体の状況は察した。ネモフィラへと向けられた魔法が、彼女が先程までいたあたりに放たれたのだろう。

「……ない、と……」
「ベ、ベル?」
「い、いか、行かないと!」

 ベルはその場にランタンを落とし、震えた足取りでルースの元へと向かう。

「待て! おい、待てって!」

 びくり、とベルはまた震えた。この隙に確保するしかない。
 そんな事を思ったオレの目の端で、ジギタリスが動いたのが見えた。今度はアマリネをどうにかするつもりなのだろう。
 だが、問題はその後だ。ルースを刺した女が、こちらに向かって魔法陣を描いているのだ。
 正確にはこちらに、ではない。オレの後ろの辺りにいるであろう、ネモフィラに向かって、だ。

「だー、もーっ!」

 ベルの事は心配で、あっちに行かせるわけにはいかない。けれど、狙われていると分かっている女の子を放っておくことは、オレには出来なかった。
 オレは後方のネモフィラに向かって走ると、半ば押し倒すようにして庇う。

「な、何ですの!?」
「うるせぇ、黙ってろ!」

 オレの怒鳴り声に覆い被さるようにして、頭上スレスレを魔法の風が吹き抜ける。
 そして魔法が着地する頃には、何本、何十本もの草花の丈が短くなっているのが見て取れた。何なら、吹っ飛んだ草花の上半身はオレ達に降り注いでいる。
 おそらくはカマイタチのような、殺傷能力を孕む驚異的な風だったのだろう。あのままネモフィラが立っていたら、今頃腹にキリトリ線がついた揚句、綺麗にパックリといってしまっていたはずだ。

 ……地面の近くに頭があるせいだろうか。複数人の足音が聞こえる。
 勿論、この場の誰かが動く音だ。オレは慌てて身を起こすと、キョロキョロと戦況を確認した。同様に、ネモフィラも。
 さっきまでビスとやらがいた場所には、今はベルとルースだけ。あっちが無事に合流できたことに安堵はしたが、油断は出来ない。
 なんてったって、その合流した二人を盾にするかのような位置に、アマリネがいたのだ。
 逆にオレの後方には、ビスが佇んでいる。
 ジギタリスはアマリネと対峙していたのかと思っていたのだが、気が付くとオレとネモフィラの傍にいて、ネモフィラを強引に立たせていた。
 先程のネモフィラを狙った魔法の関係で、守るためにこちらに戻って来ていたのだろう。間に合ったのかどうかは、さすがに分からないが。

 それにしても、今の状況は最悪だった。
 推定「敵」である女二人が、見事にオレ達をサンドイッチしてしまっているのだから。

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