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二章
2-47 無理やり、強制的に、理不尽に支配出来るからだよ
しおりを挟む「クルト、しっかりするッス」
「んなの、わかってるよ!」
血を流し、苦しげな表情を浮かべながらも、ルースはオレを叱咤する。
「クルト……あり、がと」
「え、……え?」
抱き上げられたベルは、酷い顔色だった。だが、彼は確実にオレに、礼を言った。
「……ごめん。でも、助けに、きてくれて……ありがとう」
「ベル……。あ、当たり前だろ! 友達なんだから!」
友達を、こんなになるまで助けられなかったのは悔やまれる。だが、友達なのだから、多少無理してでも駆けつけるのは当たり前の話だ。
「お前は、一人で戦ってるんじゃ……ない、から」
「……おう」
そうだ。前にも言われた。
ベルは、自分でここまで酷いことになっていても、オレの事を考えていてくれる。一人で勝つ必要はない。
なにを惑わされているんだ、オレは。
ルースの親父とオレの親父が大親友だったのが何だ。オレには関係のない話だろう。
ジギタリスには何度も「落ち着け」と言われた。
理由は、何だった? どうして何度も落ち着けと言われた?
ベルはなぜここまで、あいつに放り出されるまでずっとおとなしかった?
……んなもん、精術師であるオレが一番知ってるだろ。
あいつの中に入っているのはシュヴェルツェなんだ。人の欲望そのもので、人の欲望や感情を増幅させる。
「頼む、ツークフォーゲル」
オレはツークフォーゲルに頼む……ややあってから、オレの精霊石は槍へと姿を変える。待て、何で少し時間がかかった?
いぶかしみながら周りをみる。
ベルは、ルースが肩を貸しながら何でも屋の方へと向かっている。
ネモフィラは「いい加減になさいませ!」と声を張り上げて、野次馬を一掃していた。
何というか、あーゆー声の出し方って言うか、威圧の仕方って言うか、そういう部分は生まれながらにして持っている「高貴さ」みたいな物が感じられた。
サフランは「逃がしてたまるか!」と魔法陣を描いている。
ジギタリスは変わらず、シュヴェルツェと対峙していた。
何かがおかしい。何だ? 普段見えていて当たり前のものに、違和感がある。
「行かせるか!」
「そうだそうだー。行かせるかー♪」
ルースの後を追おうとするサフランの言葉の後ろを、シュヴェルツェのそれが追いかけた。
「ツークフォーゲル、私に従え」
それからツークフォーゲルの名を呼ぶ。
……なんであいつの周りのツークフォーゲル、あんなに真っ黒なんだ? まるで影にでもなったように、存在感が希薄になっている。それなのに、明らかにツークフォーゲルで、確実に精霊だ。
「あいつらの動きを止めろ」
シュヴェルツェの言葉に従い、ツークフォーゲルは、ベルとルースの行く手を阻む風の壁を作り上げた。正確には、スティアが前に使ったような、土ぼこりを起こして目くらましをするアレだ。
ただ、あの時とは場所が違う為、石畳の間に入り込んだ僅かな砂粒が舞い上がっている。
それを思いきり吸い込み、ベルとルースは勿論、ネモフィラも、彼女が避難の誘導をしていた民間人も、皆一様にゴホゴホと咳き込んだ。
「お前、何だよそれ……」
「んー?」
「何なんだよ! ツークフォーゲルに何をした! おい、ツークフォーゲル、戻って来い! 戻って来てくれ!」
オレの呼びかけ空しく、ツークフォーゲルは真っ黒になったまま、シュヴェルツェの周りを浮遊している。
「クルトさん、落ち着いて下さい」
「うるせぇ!」
「よーしよし、よくやってくれたね」
「あったりまえじゃーん。ガイスラー先輩の為だもん!」
ヘラヘラと笑うシュヴェルツェに、苛立ちがむくむくと膨れ上がる。
逃げようとして阻まれたベルとルースに攻撃を仕掛けようとしたサフランは、オレに注意を促したジギタリスに阻止されていた。
この状況でオレがすべきは、苛立つ事ではない。分かっているのに、膨れ上がる感情を抑制できない
「おっと、びっくりしてるね? クルトちゃん」
「何なんだ、今のは! ツークフォーゲルに何をした!」
「クルトさん!」
ジギタリスがサフランと対峙しながらも、オレの名を呼ぶ。分かっている。落ち着けと言っている事も、落ち着かなくてはいけない事も。
それなのに、全然、落ち着けないのだ。感情のままに、ただシュヴェルツェへと言葉を投げつける。
「んー、空気の汚い所にいたら汚染されるよね」
「それと何の関係があるんだよ!」
「僕に近づいたから、汚染されたんだよ。人間の汚い心、欲望、シュヴェルツェという存在。弱い精霊は、この通り僕の手駒に変わっちゃうわけだ」
弱いだと! 弱いって言ったか!? ……そりゃ、大元よりは弱いか。ここは素直に認めよう。
「なんでお前の存在は、ルース達に見えたんだよ!」
「聞いてないの? シュヴェルツェは、人間に最も近い存在だからだよ。それにしても、レヴィンは酷いなぁ。もっともっと、僕について息子に語ってくれればよかったのに」
ついでだ。これも聞いておこう。そう思ったのに、結果はより苛立つだけだった。
苛立ち続けるオレの周囲では、ジギタリスが戦っている気配がする。けれど、オレは助ける事が出来ない。こいつから、目が離せない。
「まぁいい。教えてあげよう。僕は心優しく醜い蛇だからね。何故僕が精霊に嫌われているか。それは、こうして無理やり、強制的に、理不尽に支配出来るからだよ」
「こんの……」
こんな事聞いて、黙ってられるか。
オレは槍を構え、シュヴェルツェへと突進した。
「お前を許さねぇ! 絶対に倒す!」
叫びながら、大きく槍を振り被ると、シュヴェルツェは腕を広げて「おいで」と微笑む。
「クルトさん!」
ジギタリスの声は聞こえるが、止めてたまるか。こいつを生かしておくわけにはいかない。絶対にここでぶっ殺す。
「止まれ、馬鹿!」
ジギタリスの大きな声。
――と、同時に、首が締まって、窒息しそうになった。それから解放されたかと思うと、今度は思いきり左頬に衝撃が走り、オレはよろよろとその場に倒れ込んだ。
「何を考えているんだ。グロリオーサを殺すつもりか!」
「……っ」
痛い。これ、ほっぺ殴られた。
「お、オレが! オレが倒そうとしたのは!」
「グロリオーサの身体に入っているシュヴェルツェ、だろう。どうやって倒すつもりだった? 俺がグロリオーサを始末できない理由は何だった? 覚えてないのか? 鳥頭か? それとも自分の感情に引きずられて、どうにもできないのか? どうにも出来ないなら帰れ。その為の道くらい、作ってやる。あいつから離れればその馬鹿みたいに熱くなった頭も、多少は冷えるだろう」
「……」
「おお!」
その通りだ。その通りだけど悔しい。
オレがむっつりと口をつぐむと、代わりにシュヴェルツェが喜ばしそうな声を上げた。
「管理官君も、一応僕の悪意にあてられているのかな? それ、素? 素だよね? ちょいちょい出してるそれの事だよ。それそれそれ」
「……少し、黙って頂けますか?」
オレが苛立ちを持てあますように、ジギタリスもまた、苛立ちを募らせていたのだろう。でもこいつは、間違った事は言っていない。間違った事をやってもいない。
ずっと的確に、オレがちゃんと見えていない間に、全部のフォローをしていた。
今この場で、大きな害が無いのが、何よりの証拠だ。
サフランは距離が離れたとはいえ、相変わらずベルとルースを狙っているし、それを必死に二人で躱していた。手助けをしていたのはジギタリスだ。
ネモフィラは、ようやっと民間人をここから少しだけ移動させる事に成功していた。
移動させている間、怪我をさせないようにと気を配っていたのはジギタリス。
オレは何をしてたんだ。もう、何度目になるのかも分からない自己嫌悪に陥る。
「落ち込むのは後にして下さい。この場で落ち込めば、どん底ですよ」
「……分かってる」
これ以上、迷惑はかけられない。
「二人で、全員を守りますよ」
「……おう」
そうか、こんなオレでもまだ、頼ってくれるか。
二人で守らなきゃいけないのか。こんなところで、蹲ってる場合じゃないな。
「ごめん、ジギタリス!」
「いえ、問題は多少しかありません」
あ、多少はあったんだな、やっぱり。
「嫌だなぁ、目つきが変わっちゃった。希望に満ちた目って、潰したくなっちゃう」
シュヴェルツェがニヤッと笑う。
どうしたらいいのかの答えは出ない。だが、それでも皆を……大切な人を守らないと。
オレは大きく深呼吸をして、目の前の敵と対峙したのだった。
***
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