精術師と魔法使い

二ノ宮明季

文字の大きさ
上 下
95 / 228
二章

2-46 貴方の役割は、冷静さを保つことです!

しおりを挟む
 すくめた瞬間にベルを落っことしそうになり、オレは思わずひやりとした。オレもしたんだから、当人はもっとひやっとしただろう。

「グロリオーサさんはおそらくシュヴェルツェに乗っ取られています。肉体はグロリオーサさんなので、私は始末する事は出来ません」
「ねぇねぇ、サフランきゅん」
「ちょっと、馴れ馴れしいのは止めてよ」
「ごめんね、ガイスラー先輩!」

 蛇が入ったって言う事は、ジギタリスの言う通りなのだろう。が、外野が煩い。

「野次馬のケンカは見て来たかと思います。シュヴェルツェに近づくと感情を増幅させられるという情報から、原因はそこにあるであろう事は、容易に想像できます」
「あの子、頭良くない?」
「他が馬鹿なだけじゃないの?」
「それもそうかー。あ、ねぇねぇ、ガイスラー先輩」

 あのケンカ祭りはそういう事か。煩い外野が、「頭良い」だの「馬鹿」だのと言いまくっているので、これも当たりなのだろう。
 つーかオレ、バカじゃねーし。

「ただ、今の現状として、そのケンカしている民間人をも盾に取られている状態。そこで、フィラさんには、民間人が怪我をするリスクを減らす為に、彼らから遠ざける為の働きをして頂きたい。場合によっては、自らの地位を使って下さい」
「そういう事でしたのね! 分かりましたわ!」
「あの子、誰かに似てるって思ってたんだけどさ」
「どの子?」
「チャラチャラしたメガネの子」
「ああ、銀髪の」

 ネモフィラが元気よく返事したのはいい。だが、シュヴェルツェとサフランの会話が不穏だ。

「ルースは、ベルさんを奪還出来次第、連れて逃げて下さい」
「……ッス。奪還できるまでは、置いて貰ってもいいッスか?」
「問題はないです。ただし、出来るだけ平静を保って下さい」
「ッス」

 ジギタリスの許可が出ると、ルースは大きく深呼吸をした。ちゃんと心のコンディションを整えたらしい。

「あの子、レヴィンの大親友に似てるんだ」
「へー。レヴィンって誰だっけ?」
「ザコキャラのパパ」
「ああ、ザコキャラの」
「誰がザコキャラだー!」
「黙って話を聞け」
「……おう」

 また叱られた! 何でオレが怒られなきゃならないんだよ。

「貴方の役割は――」
「あの子とザコ君、お友達同士なのかな?」
「君が胸に抱く1枚君に聞けば? 多分二人と友達なんでしょ? 状況的に」
「人の事を覚えていない割には、アイディアはいいね!」
「当たり前でしょ。この僕なんだから」

 その無駄な自信はどこからやってくるんだ。

「ねーねー、ベルきゅーん」
「聞いていますか、クルトさん」

 オレの意識は、ジギタリスからベルへと向かう。ベルは赤子のようにあやされながらシュヴェルツェに尋ねられている。

「ねー、何か言って貰えないとつまんなーい。つまんない、つまんない、つまんなーい」
「一回置けば? 蹴りでも入れれば喋るでしょ」
「いいの?」

 いいわけがない。すぐにでも止めようとしたオレの腕を、ジギタリスが掴んだ。

「いいよ。逃がさないならそれで」
「やっさしー。さすがはガイスラー先輩!」
「貴方の役割は、冷静さを保つことです! いいですか、冷静であれば、彼らにどんな手を使って捕縛しても構いません! 状況を見ながら動いて下さい!」
「おっしゃ、わかった!」

 オレはすぐにシュヴェルツェに向かって走り出すと、同時にルースはサフランの方へと向かった。
 背後でネモフィラは、民間人を安全な場所へと誘導するために、必死に声がけを始めたのがわかった。

「ねーねー」
「何だよ!」
「武器、出してないけどいいの?」

 ――しまった!
 どうしてオレは突撃してしまったのか。あわてて距離を取ろうとした頃には、シュヴェルツェはベルを放り出してオレへと蹴りを食らわせていた。

「聞くならこっちでもいいや」

 オレがごほごほと咳込んだまま動けずにいると、すぐにジギタリスのサーベルが横切った。ジギタリスが踏み込み、二撃、三撃とサーベルを突き出す。苦しくて涙目のまま見れば、彼は二本のサーベルを華麗に操っていた。
 そうしながら、今放り投げたベルからシュヴェルツェを離しているようだ。つまり、これを好機と捉え、攻撃からのがれる事まで見越して剣を突き出している。

「あーん、この子つよーい」
「そう? じゃ、僕の為にもそっちで暫く遊んでて」

 わざとらしい声をシュヴェルツェがあげると、サフランが後ろに飛びながら答えていた。こちらは、フルゲンスの攻撃をかわしたところらしい。
 フルゲンスは魔法を使わずに、腰に差していたサーベルを抜いている。
 そういえばこいつ、体力回復と明かりの魔法でほとんどの魔力を使っちまってるんだった。だから、傷ついた肉体をおして、接近戦を選んだ。
 ……オレは、何をしているんだ。頭に血が上って、武器を出す事を忘れ、精術を使うことすらしなかった。
 ダメだろ、これじゃ。誰の、何の役にも立たない。駄目だろ。

「ねーねー。レヴィンジュニア君」
「お、親父とオレは違う!」
「チャラ男君とは、最初からお友達だったの?」

 なに聞いてるんだ、こいつ!
 オレは身を起こして睨みつけながら「違う!」と叫んだ。近くに投げ捨てられて丸くなっていたベルが、ビクリと震えた。
 そうだ、こいつは大きな声が苦手だ。
 周りのケンカの声ですら、ビクっと反応している。わかっている。わかっているはずなのに、オレは押さえられなかった。

「傑作だ! かつては大親友だった二人の子は、最初から友達じゃなかったなんて!」
「はぁ? なんッスかそれ」
「僕との勝負中によそ見をしないでよ!」

 反応したルースに、サフランからの魔法が飛ぶ。
 目の前では、尚もジギタリスがシュヴェルツェを追いつめている。
 どうすりゃ、どうすりゃいいんだよ!

「……ルース」

 ずるり、と、ベルが起き上がる。

「ルース、に、にげっ」
「ベル、大丈夫ッスか?」

 ルースは渾身の力でサフランのいるあたりをサーベルで凪いで強制的に距離を取らせてから、すぐにベルの方へと向かってきた。

「ジス先輩、オレはベルを連れて逃げるッス!」
「お願いします」
「逃がすか!」

 逃がすか、と激怒したサフランは、体勢を崩していて、直ぐにはこちらに来れなそうだ。
 ルースはベルに駆け寄ると、「大丈夫ッス」と断言をして笑って見せた。それから、思いきりよく抱き上げる。ブチ、と、腹の傷が更に深くなるような音が聞こえ、その場にボタボタと血が滴る。

しおりを挟む

処理中です...