精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-1 ハイルで武術大会があるんだけど

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 当たり前のように毎日は訪れる。

 オレは事務所のテーブルに突っ伏したまま大きなため息をついた。
 早くこの暗い感情をどうにかしなければと思う反面、どうにもならずにまた息を吐き出してしまう。仕事が入ればその時は頑張れるが、それ以外はどうにもならない。
 皆に心配をかけている事はわかっているのだが……。

「とんとーん。こんにちはー」

 オレが突っ伏している間に、舌足らずな男の声が聞こえ、ドアが開いた。顔を上げなくてもわかる。絶対テロペアだ。

「ベユいましゅー?」
「テロペア!」
「ベユー!」

 オレの想像通りテロペアだったようだ。ゆっくりと顔を上げると、入り口の辺りでベルとテロペアが手を握り合っていた。

「あんにぇー、大会の事で来たんらけどー」
「うん。俺もその話、したかったんだ」

 ベルは答えながらテロペアに椅子を勧め、二人で隣り合って座った。
 ソファーの辺りでは、所長に今後の予定を音読させているアリアさんと、さっき依頼をこなしてきたスティアとシアがお茶を啜っている。
 今日はこの事務所の部分に全員揃っているようだ。

「ルーシュ、アレじゃん?」
「う、うん」
「大丈夫よー。ベユは悪くにゃいからねー」

 確かにあの件は、ベルは悪くない。それどころか、誰かが悪いというものではなかっただろう。
 いや、ルースを刺した奴は悪いか。でも、それだって精術師の待遇を良くしようと動いている過激派だったに過ぎない気さえする。

「おれ、ルーシュはいつか女に刺されると思ってたし」
「それはわかるけど」

 わかるのか。

「ルーシュの女癖がアレなのは置いておくとして、今回の大会、どうすゆ? 予選も、もう明日じゃん」

 ……大会。なんだったっけ、それ。

「三人一組らから、一人足りにゃいじゃん」
「それなんだけど」

 ベルの視線がオレに向けられた気がする。というのも束の間。ベルがオレに近付いてきた。

「クルト、ちょっといいか?」
「お、おう」

 話しかけられた瞬間、横でシアの「大会って第一のかぁ……」というため息交じりの声が聞こえた。そういえばあいつ、第一都市のハイル出身で、家出娘だっけ。忘れてた。

「もう少しで、ハイルで武術大会があるんだけど、一緒に出て貰えないか?」

 ベルはオレを誘ってくれたが、本当にこれに一緒に参加してもいいのだろうか。何しろ、オレは弱いのだ。
 一緒に出場したところで、弱いオレが入ったら上手くいくとは思えない。

「大会は三人一組で出るから、毎年、俺とテロペアとルースの三人で出てたんだけど、ルースは今年……」
「あ、あぁ、そうだよな」
「だから――」

 ベルが言いかけた時、ドアがトントンとノックされた。

 予定表を音読させられていた所長がすぐに立ち上がり、「はいはーい」とだらしなく返事をしてドアを開ける。音読から解放されたかったようにしか見えない。

「えっと、精術師のいる何でも屋さん、というのはここで合っていますか?」
「あ、はい。ここですよ」
「依頼があるのですが、いいでしょうか?」

 所長はドアの向こう側の人物に「どうぞどうぞ」とだらしなく返し、中へと招いた。
 その人は――いや、その人達は、ムキムキだった。

 一人は焦げ茶色の髪に、同色の優し気な瞳の青年。砂色のタンクトップには、精術師のバッヂがついている。
 そのムキムキの後ろには、一回り小さなムキムキ。多分オレと同じくらいの年頃のそいつは、茶桃の短い髪の毛に青色の優し気な目をしている。やっぱりこいつもタンクトップで、首の辺りにはマフラー? ショール? みたいなものをぐるりと巻いている。そして、胸元には精術師のバッヂ。暑くないのか。

 さらに驚く事に、そいつらの近くには大型犬サイズの、サングラスをしたモグラがいた。これ、精霊、だよな? というか、どう見ても大元だよな? えっ、こんなに若い人に大元がついているのか?
 オレの中で大元とは、精術師の家の……大人っていうか、オレと同じくらいの年齢ならその親についているものだと思っていたのだが。家によるのだろうか?
 よく見れば、周りにも小さなモグラが「へーい」「まねかれたぜー」などと言いながらふよふよと漂っていた。

 二人とも、精術師?
 所長は二人に空いている席を勧め、ベルは「お飲み物はコーヒーでいいですか?」と尋ねていた。

「ありがとうございます。コーヒー、お願いします」
「あ、僕もそれで」
 
 先に大きいムキムキが答え、次いで視線を感じたらしい一回り小さいムキムキが続ける。

「今持ってきます」
「ベユー、手伝うにょー」
「ありがとう、テロペア」

 ベルがテロペアと共にキッチンに向かうと、スティアが「あいつ、また」と小さく毒づいた。それをシアが「まぁまぁ、スッティー。どうどう」と宥め、「私は馬ではない」と頬を膨らませた。
 やはりすっかり仲が良くなっているようだ。

「えっと、お邪魔でした?」
「邪魔だなんてとんでもない。本日は、数ある中から当事務所をお選び頂き、誠にありがとうございます」

 スティアとシアの様子を見たからだろうか。遠慮がちに大きなムキムキが言ったが、所長が口を開くよりも先にアリアさんがにっこりと微笑んで続けた。
 心がすさんでいても、アリアさんの微笑みは美しく見える。

「所長、ちゃんとお話を聞いて下さい」
「わかってるよ」

 彼女はそのまま所長に注意を促すと、今度はスティアとシアの方へと向き直った。

「スティちゃん、シア」
「な、なんだ」
「な、なぁに?」

 アリアさんは口元に人差し指をあてる。か、可愛い。

「ちょっと、シー。出来る?」
「……わ、悪かった」
「ごめんなさい」

 しているのは注意だが、可愛い人って、何をしても可愛いのか。

「クルト君」
「は、はい!」

 今度は注意がオレに向いた。

「背筋ピシッ!」
「えっ、あっ、はい!」

 そうだ、今は仕事中。しっかりしないと。

「大変お騒がせしました。ご依頼内容をお伺いしても?」

 アリアさんが全員を注意したのを確認してから、最初に注意された所長が咳払いしてからムキムキに尋ねた。

「俺は、エーアトベーベン。ディオン・エーアトベーベンと申します」
「僕もエーアトベーベン。弟のラナンキュラス・ツヴェルフ・エーアトベーベンです」

 あ、やっぱり精術師だ。名乗られたのならすぐに名乗り返さないと。

「ツークフォーゲル。クルト・ツークフォーゲルです」
「ツークフォーゲル。スティア・ツークフォーゲルです」

 ムキムキ兄弟のディオンさんとラナンキュラスさんに続き、オレとスティアも名乗り返す。

「……遅れましたが、所長のフリチラリア・ドライツェーン・アルベルトです」
「事務のアルメリア・コルネリウスです」
「なんか、えっと、所員? うん、所員の、ネメシア・ツェーン・でぃしゅたーべく……ディ、チュタ……えっと……」

 シアは相変わらず自分の名前を言えないようで、眉間に皺を寄せてモゴモゴしていた。噛むって、大変だな。テロペアの噛んだフリとは違うっていうか。

「ディースターヴェーク」
「それ! それです!」

 結局スティアが代わりに言えば、彼女はピン、と片手を上げた。

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