精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-3 クルト、頑張ってみない?

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「そいつは大魔法使いだろう。それでも、断られたりするものなのか?」
「僕は痣だけで見られたくないから、こうして隠してるんだよ」

 首元のマフラー的な何かをクイクイしながら、ラナンキュラスさんが笑った。暑そうなのに首をガードしているのは、そういう理由だったのか。

「……ふむ、納得はいくか」

 スティア的には問題がなかったらしい。

「それじゃあ、この件はクルトに頼みたいんだけど、いいかな?」
「でも、オレじゃ役に立たないし……」
「いやいや、こちらとしてはクルトさんにお願いしたいんです」

 所長がオレに仕事を振ったのを渋ると、なぜかディオンさんが食い下がった。

「……なんでオレ? 精術師ならスティアもいるのに」
「よく見て下さい」

 言われて、二人を見る。大きいムキムキと小さいムキムキ。略して大ムキ小ムキって感じの二人組だが……それがいったい何の関係があるというのか。

「無骨な男二人組み。ここに、可愛らしい妹さんを入れるのは……なんか、悪いな、って」
「あぁ……」

 確かに、この大小ムキにスティアが入っている様を想像すると、なんというか……うん、悪い、という反応がしっくりくる。

「クルト、頑張ってみない?」

 オレが頷いたからだろうか。所長はやんわりと、しかししっかりとオレの目を見ながら問いかけた。

「どの道大会には皆で行って観戦しようとは思ってたし、その応援する相手にクルトがいると、僕は嬉しいんだけど」

 シアが小さな声で「逃れられぬか」と呟いた。お前は何から逃げるつもりだ。

「でも、所長」
「何?」

 口を開けば、ネガティブな言葉が飛び出しそうだ。だが、口を開かずにはいられなかった。

「オレじゃ、きっと役に立たない。オレはこの前だって……」
「クルト」

 所長は優しい目をしている。何で、オレを責めないんだ。

「僕はね。あの件は決して君が悪かったとは思っていないし、君が役に立たないとも考えていない」

 続けられた言葉も、決してオレを責めるようなものではない。

「どうしてもクルトが嫌だというのなら、無理強いはしないよ。でも、少しだけでも動いてみない?」

 所長はオレの意志を優先してくれる。ありがたいが……この優しさを受ける価値がオレにはあるのだろうか?

「僕は君に元気になってほしい。それが、この依頼を君に任せる理由だというのは、可笑しな話かな?」
「……可笑しくない」

 いや、価値とか、そういう問題じゃない。
 というよりも、その価値を決めるのは所長だ。

「やってくれるかな?」
「うん、やってみる」

 オレは頷いた。この人に迷惑をかけたくない。この人の期待に応えたい。
 こんなオレの事も大切にしてくれる、この何でも屋という場所に立って、恥ずかしくない所員でありたい。

「こちらの事情が入ってしまって申し訳ありません。こんな感じなんですけど、そちらさえよければ是非、この依頼を受けさせて下さい」
「いやいや! むしろこちらがお願いした件ですし」

 所長はオレの返答に満足したように頷いた後で、改めてディオンさんに向き直った。

「むしろ、所員の事を考えてくれていて、こちらとしても安心しました」

 そうなのだ。ここは本当にいい職場なのだ。

「……あの、ベル、ごめんね?」
「いや、いい。所長の話を聞いたら納得したし」

 ギギギ、と、動きの渋いおもちゃのように、所長がベルの方を見た。先ほどベルがオレを誘おうとしていた事には気づいていたらしい。
 だが当のベルはそれほど気にしていないようで、肩を竦めるだけだ。

「でも、どうしようかな。俺達も一人足りないし……」
「ベユー、でにゃいっていう手もあゆよー」
「けど、ルースが……」

 大会に出るのを諦める方向でテロペアが動こうとするも、ベルは首を横に振った。
 先日病室でルースに出るように言われた事が引っかかっているようだ。
 だよなぁ……あんな状態の友達に言われたら、なんとか出たくもなるよな。

 オレは自らの考えなしの行動を振り返り、深いため息をついた。
 友達として、オレはベルの誘いに乗るべきだったんじゃないだろうか。

「ふん、一人戦える者が残っているではないか」

 なんとも言えない空気を壊したのは、スティアだった。椅子の上で足を組み替え、偉そうに鼻を鳴らす。
 いや、お前、何でそんなにここの主だ、みたいな顔をしてるんだ。

「は? あんたには話しかけてにゃいんですけどー」
「全員いるところで話しておいて、その言い草はないだろう」

 テロペアが唇を尖らせながら口を挟んだが、この状態のスティアが言い負かされるはずがない。

「安心しろ、ベル。私がそちらのチームに入ってやる」
「いいのか?」
「ああ」

 スティアはテロペアの事を無視したまま、ベルに話しかける。どうやら、珍しく無償で動くつもりらしい。

「えー? 無理じゃにゃい? 実力とかしゃー」
「はっ、果たしてその言葉は私に当てはまるものか? 案外貴様の方がどうだか」
「ま、待て。二人とも。ストップ」

 無視したのは幻だったのか。今度は二人そろってベルの前で言い争いを始めた。
 もしかして、相性が悪い?

「喧嘩、よくない」
「うん! ベユの前で喧嘩にゃんかしにゃいよー」
「私は売られた喧嘩をカウンターで返しただけだ」

 あ、相性が悪い。
 横でシアが小さな声で「あたし知ってる。これ、二人ともツンデレってやつなんだよ」とアリアさんに話しかけていた。そうか、これがツンデレってやつなのか。

「えーっと、じゃあ、まぁ、依頼料の話に入ろう! そうしよう!」
 所長がこの場の空気を無理やりぶち壊し、ディオンさんとラナンキュラスさんへと向き直る。それからアリアさんも交えて値段交渉を始めると、テロペアとの対決を放棄したスティアが現れ、間に入った。
 金銭関係は、ケンカよりも重要らしい。

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