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三章
3-32 ぎゅーっとして離さない
しおりを挟む長旅だった気がするが、列車が快適だったからか、はたまたフルールのハーブが効いたのか。それとも林檎の効果が絶大だったのかは不明だが、オレもアリアさんも酔う事なく、全員無事に王都ハイルへと降り立った。
クヴェルでも物凄いと思っていた駅は、ハイルは桁違い。最新の技術を結集させた建物の内側に、これは芸術品の間違いだろうという類の外側。
そこから一歩出ると、すでにお祭り騒ぎだった。
「はい、全員揃ってるー?」
大量の人でごった返す中、所長が声を張り上げる。そして再びの点呼。全員いる事を確認すると「じゃあ、今から本戦でのクジ引きの会場に向かうよ」と次の行動の説明を続けた。
「シア、両手は?」
「自由になりません!」
「よし」
シアの両手は、またスティアとアリアさんに握られている。こんなごった返した中で迷子になったら、多分こいつとは二度と会えない。
シアの方向音痴を舐めてはいけない。
ディオンが小声で「よし、なんだ」と言っていたから、オレは隣で大きく頷いておいた。
「はい、注目! クジ引きの会場は、管理局の前。ここからは中央の時計広場を通ったその先にあるよ」
所長はちょっと背伸びをして、皆に見えるように地図を掲げる。実際、全員に見えているのかはともかく、分かる人がいるのならそれについていけば何とかなるか。
オレはこっそりツークフォーゲルに「所長を見失ったら助けて」って頼んでおいた。
「ただ、時計広場には沢山の出店が出ているし、明日の大会の特設会場が出来ているはず。それぞれ、甘味とか、串焼きとか、施設とか、そういうのに引っかからずに、ひとまず管理局まで向かうように」
「だ、そうだ。シア」
「ドーナツ屋さんがいても、ひとまずスルーするんだぞ」
前科のあるシアには、スティアとオレとで注意をしておく。前になぁ……ドーナツに惹かれていなくなっちゃった事があるからなぁ。
「フーしゃん、一ついい?」
「何?」
はい、と、テロペアが手を上げた。
凄い、背が高いと腕も長い。足も長かったけど腕も長い。あとは何処が長いんだろう。胴とか?
「その辺りの出店で、飲み物だけは一つ買っておきたいにょ。アリアの」
「わ、わたしの?」
「あぁ、そうだね。ここで待ってるから、行ってきていいよ」
なるほど。列車は快適な温度だったが、ハイルは熱気が凄い。
純粋に天気がいいという事もあるだろうが、人が多い事も重なって暑いのだ。そうなると当然、水分の消耗も激しい。
このメンバーの中で「喉が渇いた」の自己主張もせずに大変な事になりそうなのは……アリアさんだ。
「すぐ戻ってくるからー」
「はーい」
「あの、わたし、大丈夫よ」
アリアさんは悪いと思っているのか、ゆるゆると首を横に振ったが、テロペアはシアの方を見る。
「ちびっこ、アリアの手は?」
「ぎゅーっとして離さない」
「よし」
なるほど。ちゃんと手を繋いでいるのかの確認か。アリアさんの逃げ場も、シアの暴走も止められるいい手だ。
テロペアは頷いてから、雑踏の中へと踏み込んだ。程なくして、姿すら見えなくなる。
「フーさん、俺達は別行動でもいい?」
そのタイミングでスーさんが口を開いた。
「いいけど、どうかしたの?」
「ほら、アレ」
指差した先には、ふわふわした服に包まれた大人しそうな女性と、なぜかその彼女の首根っこを捕まえている男性がいた。
「うちの両親が……いや、正確には母が、我慢できずに来ちゃったみたいで」
「えっと、スーさんのお母さんって確か」
「うん。激しいから」
……それは、コスモス的な意味での激しさか?
それにしても、あの若々しい人がスーさんとコスモスの両親か。言われてみれば確かに服装が独創的だ。
ん? オシャレって言うのか? よくわからなくなってきた。
あ、オシャレは似合えばオシャレなんだっけ。じゃあオシャレだわ。
「コモちゃーん! スーちゃーん!」
女性は元気に手を振っている。大人しそうな印象が霧散した。
「多分、また後で合流する事になるよ。明日の大会は一緒に応援する予定だしね」
「そうだね。久しぶりに会って積もる話もあるだろうし、そっちを優先して」
「ありがとう」
スーさんはお母さんに微笑んで軽く手を上げてから、再び所長に向き直った。
「すみませんが、少々失礼致します。ほら、コモちゃんも」
「また後でねー!」
それから、オレ達へと挨拶をする。
「と、その前に!」
コスモスはそこまで言うと、鞄の中からタオルのような何かを取り出してアリアさんの首にかけた。
「あら、ひんやりする?」
「シアちゃんに協力してもらって作ってたやつなの。まだまだ研究中だから、あんまり可愛くないけど、ちょっとは効果があると思うから使って」
「え? でも、これ……」
「いいのいいの。あたしは元気だから!」
コスモスの元気じゃない時って、全然想像つかない。強い。
「じゃ、またね!」
彼女はブンブンと手を振ってから、スーさんと一緒に両親の元へと駆けて行った。その先で、お母さんにつかまって全力の頬ずりを食らっている。
うん、激しい。
「シア、これ」
アリアさんは困ったようにシアの方を見ると、シアはシアでえへんと胸を張った。
「あのね、ちょっとひんやりするくらいの温度でタオルが保たれるような魔法陣を、コモちゃんが刺繍したの。あたしはそれに魔力注入してる、って感じ。まだ実用化出来る段階までには至ってないんだけど、コモちゃんのアイディアは面白いからちょくちょく協力してるんだよね。他にも色々やってるよ」
シア、本当は凄い奴だったんだな。簡単に言ってるけど、難しい事なんじゃないか?
特に、さっき死を刻む悪魔の話とか、列車の話とか聞いたからそう思うようになった。
「そうじゃなくて、これ、わたしが使ってもいいの?」
「むしろ使って。このメンバーでアリア以上に必要な人はいないと思うし」
「そうだな。黙って首にかけていろ」
うんうん。いい感じの効果があるようだし、危険性もないだろう。
アリアさんにはぜひとも使って貰いたい。
「おれも賛成。首にかけておきなしゃい」
と。後ろから声がかかった。飲み物を手にしたテロペアだ。
おかえり。
「フーしゃんおまたせ」
「揃ったね。じゃ、行こうか」
テロペアが合流したところで、オレ達は会場へと向かったのだった。
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