精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-72 可哀そうな人達ですね

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 気を取り直して、と、スティアとフルールは料理を取る。
 先程の腹立たしさは飲み込み、「あの手合は付き合ってやるとつけあがる」とスティアがこぼしてから無かったことにした。

「アリアの分はどのくらい盛ればいいんだ?」
「普通に盛ってしまっても、残りはテロペアくんが食べてくれそうですよね」
「確かにな。あいつはクソ野郎だが、アリアの食事係としては優秀だ」

 それを考えると、出来立ての料理だけではなく、他のものも一緒に持って行ってみてもいいかもしれない。そう思った時だった。

「あー、スティアじゃん」

 なんとなく耳障りな女の声で、名を呼ばれたのは。嫌な予感というか、不快な感情と言うか、そういった類の「良くないもの」を詰め合わせた気分が一気に身体を這ったが、声の方を振り向く。
 振り向いた先には、思い出したくもない見知った顔。丁度スティアと同じ年頃の女性が二人と、男性が三人いた。
 下卑た笑みを浮かべた五人組の中でも、特にリーダー格の女――名をドラセナというのだが、彼女が一歩前に出る。
 スティアの表情は見る見るうちに強張り、直ぐに異常に気が付いたフルールも警戒の色を濃くした。

「久しぶり!」

 さも親し気な言葉を発するが、全くもって親しくないどころか、どちらかと言わずとも関わり合いになりたくない相手。だが、相手はお構いなしに嫌な笑みを浮かべたまま「さっきの試合見たよー」と続ける。

「あんたみたいなのがよく出られたよね。いっつもピーピー泣いて、お兄ちゃーんって助けを求めてたのに。いやー、感心しちゃったわ」
「ていうか、大した活躍もせずに男に護られてただけだけどね」
「言えてるー」

 女性二人がキンと耳に響く声で笑い合った。

「スティアのくせに、いいご身分だよね。あーんないい男に護って貰ってさ」

 「あんないい男」とは、おそらくミリオンベルの事であるのは容易に想像がついたが、だからと言ってただ守って貰っていた覚えはない。反論はいくつか浮かぶが、どうしてか口から出る事は無かった。

「あ、そうだ! 友達のよしみで紹介してよ。あのイケメンくん」
「もう一人はいらないけどねー!」
「ねー。もう一人は大したことなかったし。目つき悪いし、背が高いだけって感じ?」
「言えてる言えてる」

 彼女たちはスティアとクルトの同郷の人なのだが、関係が良かった相手ではない。それどころか、スティアはかつて彼女たちに不当な扱いを受けてきたのだ。
 もう昔の、弱かった己ではない。必死に言い聞かせようとするも、いつの間にか起こっていた体の震え一つ止める事も出来ない。

「つーか、お前の兄ちゃんのクルトも出てたけどよぉ、相変わらず弱いし、ダセーよなあ。同じチームの奴に迷惑しかかけてねえじゃん。マジ足手まとい」
「お、そっちの娘そこそこ可愛いじゃん。精術師ってのがちょっと減点って感じだけど、可愛いし? オレ達に紹介しろよスティア」
「せっかく同郷のオトモダチが揃ったんだから、いっしょにメシ食おうぜ。もちろん、お前らの奢りでな。ダセー精術師はオレ達に尽くすのが当然だろ?」

 男性が三人、一気に続けると「ぎゃはは」と品のない笑い声を一斉に上げた。
 こんな風に精術師を馬鹿にされ、フルールまで変な目で見られて、たまったものではない。スティアは震えながらも「お前らとなれ合うつもりは無い」と声を絞り出す。

「連れを待たせているし、失礼させてもらう」
「だからー、その連れってクルトかあんたのチームメイトでしょ? イケメンの方を紹介してってば」
「もう一人の方はいらないけどねー」

 必死にこの場を去ろうとするスティアの進路を妨害しながら、彼女たちはまたしても耳障りな甲高い声で笑った。
 何故だろうか。言い返す事が出来ない。
 スティアは俯いて、ぎゅっと口を引き結ぶ。
 彼女たちに馬鹿にされ続けた学生時代だった。全く強くなく、クルトに助けて貰ってばかりであったが、それが嫌で必死に強くなった。
 強くなった、はずだ。どうしてこの場を切り抜けること一つ、出来ないのだろうか。悔しさがこみ上げるも、顔を上げられない。

『クルトにいってくる』
「いい、やめろ。ツークフォーゲル、私なら大丈夫だ」
『えー』
『でもなー。これはよくないしなー』

 クルトに現状を知らせに行こうとするツークフォーゲルを止めていると、またしても嫌な笑い声――馬鹿笑いと言っても差し支えは無い程の、大声で、品のない笑いが上がった。

「出た。せーれーと話してる風の独り言」
「そんなのいないのに、恥ずかしー」
「精霊はいる!」

 恐怖を振り払って、何とか反論する。精霊がいないという事をそのままには出来なかった。
 相手にとっては馬鹿にできる要素なのだろうが、精霊を重んじる精術師として、いや、それ以前にずっと一緒に生活してきた家族として、ツークフォーゲルの存在を否定する相手には、多少、無茶な心境であっても反論せずにはいられない。

「嘘だー。だっていないじゃん。見えないしー」
「いるって言うなら証拠見せてよー」
「精術っていうのも、所詮魔法の劣化版じゃん?」
「もしくは、こっそり魔陣符使ってるんでしょ? 手品じゃん」

 大声で笑い続ける彼女たちに、もっと反論してやりたい。けれども上手く言い返せず、スティアはぐっと眉根を寄せた。

「私のお友達を馬鹿にしないでください」

 そんなスティアの前に、ずっと静かにしていたフルールが出ると、キッとドラセナたちを睨みつける。

「スティアちゃんは、とっても強くて優しい子なんです。あなた達に馬鹿にされていいよな子じゃないんです」

 余程腹に据えかねたのだろう。以前のようなオドオドとした態度は何処にも感じられない、意志の強い顔で、ピンと背筋を伸ばし、続けた。

「それに、精霊はいます。自分の見えるものしか信じられないなんて、本当に恥ずかしい人達ですね」
「フルール、私なら平気だ。無理はするな」
「平気じゃありません。無理もしていません。わたしは、もうただ俯いて震えているだけのわたしじゃないんです。お友達を馬鹿にされて、黙ってはいられません」

 スティアがまだ震えている事は、フルールにも見えていた。彼女は頑として動かず、ずっと馬鹿笑いを繰り返す相手を見据える。

「精術師同士でかばい合ってるー。マジ受けるー」
「美しい友情でちゅねー」
「精霊はいるって必死だしさあ」

 スティアはフルールの服の裾を握ると、「もういいから」と、もう一度口にした。けれどもフルールは譲らず、それどころか相手に向ける視線を憐れみを含んだものへと変える。

「あなた達は、本当に恥ずかしくて、可哀そうな人達ですね」
「はぁ!?」

 精霊はいないもの。精術師は格下。そう思って生きてきた相手には、侮辱だと感じたらしい。
 ドラセナはずかずかと近づくと、フルールに掴みかかろうと手を伸ばしてきた。

「精術師のくせに生意気言ってんじゃねえよ!」

 友人にこんな事をさせてしまう程弱いのか。スティアは不安に押しつぶされそうになりながら、「フルール」と友人の名を呼ぶ。
 ――その瞬間だった。

「何やってんだ!」

 親愛なる兄の、怒りの声が届いたのは。

   ***

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