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三章
3-82 これは、中止になるかな
しおりを挟む「バンクシア、アンスリウム」
短い息とともに、クレマチス様が後ろに仕えるムキムキ二人の名を呼ぶ。
「率直な意見を聞きたい」
ここから、管理官の偉い人の意見を聞く事になりそうだ。オレは真剣な顔をして、口を挟まぬように手で押さえたまま見つめた。
「オレとしては、中止にしたいですね」
口火を切ったのはアンスリウムさんだ。
「すでに昨日の時点で犠牲者が出ている上に、今日もモンステラという男が一人犠牲になってるわけじゃないですか」
「一人か?」
「あ?」
思いがけず、だったのだろう。バンクシアさんの横やりっぽいものに、行儀悪くジロっと見ながら返す。
「死を刻む悪魔の被害者が、本当に一人で済んでいると思うのか?」
「……多分、あと二人犠牲者が出ているわけじゃないですか」
管理官は悪い人を取り締まるのも仕事。ずっと死を刻む悪魔を追ってきたからこその発言だったのだろう。
テロペアも詳しかったけど、管理官もみんな凄く詳しそうだ。
「仮にまだ犠牲者が出ていなかったとしても、今回の発言と、前回のジギタリスからの報告を鑑みるに、他者にバレずに殺害する術を持っているから、未然に防ぐのは難しいでしょう。勿論警備は増やしてはいますけど」
……ジギタリスの、報告? あ、行きの列車でテロペアがそんな話してたかも。元気そうに大会に出てたから、無事だったんだな。よかった。
「と、なれば、二日目にして推定犠牲者は六人。明日何かやらかして、大会での犠牲者数を全部で十二人とか十三人に調節されたらたまったもんじゃありませんよ」
ありえそうな話だ。三日間で十三人、とか、好きそうなイメージはある。えーっと、もう一つくらい三に関連した何かもあるかもしれないが。
「大体にして、こんな危険人物が犯行予告をしているのに、そのまま続行なんて、オレは推奨出来かねます」
「私はアンスリウムの意見と対峙します」
「あ?」
今度はバンクシアさんの番だ。またしても行儀が悪い声がアンスリウムさんから出たが、バンクシアさんは全く気にせずに続ける。
「明日現れると分かっているのなら、この機に捕まえてしまう方が結果から言えば犠牲者は少なく済むと考えます。仮に明日、十二人や十三人に調節しようとしていても、それを封じ込められるのならそれでいいのでは?」
なるほど。こっちはあえて大会をやっておびき出して捕まえたい、って意見か。
「わざわざ犯行を予告した事から考えられるのは、大会の盛り上がっているタイミングで、試合中の会場に乗り込む可能性が高いという事です」
こ、怖い……。試合の最中に乗り込んでこられる可能性があるのか……。そうだよな。選手であるオレ達にわざわざ言ったんだもんな。あの殺人鬼。
「で、あれば、いっその事管理官だけで固め、市民には被害のないように万全を期して捕らえてしまった方がいい」
あ、ああ! 大会は続行だけど、オレ達には遠慮して貰おうって話か!
「長期的に考えれば犠牲者は少なくて済みますし、大会を中止するとなれば、今晩、入り込めるかもわからない死を刻む悪魔の結界とやらを探して駆けずり回るというあまり現実的ではない策が必要となります。明日の捕らえるチャンスが潰えるわけですから」
もう、あいつの残り二人の殺人は終わってるかもしれないけど、それでも大会を中止となれば、明日警備に当たる予定の管理官含めて全員での捜索になるのか。仕事とはいえ、とんでもない集団だ。
ちゃんと給料は見合ってるか? いっぱい貰えよ。
「ふむ、二人の意見は分かった」
クレマチス様はここまで聞くと、わずかに頷いた。
「その上で私の考えも聞いて貰いたい」
今度は後ろの二人が「はい」という番だ。きっとさっきと違って、どちらも途中で口を挟む事はないだろう。
「私としては、確実に明日捕らえられるという保証がない以上、中止にすべきではないかと思う」
これは、中止になるかな。
「大会を続行しても、被害者の件は伝えないわけにはいかないだろう。それは死を刻む悪魔が現れるハイルから、ほんの少しでも早く出てしまいたい市民の混乱を招く事になるのでは?」
そうか……。明日の事だし、どうなるかは分からないけど。観客がパニックでいなくなる可能性まで考えてる。
「その辺りを緩和するためにも、中止を早々に決定し、今日の夜からでも、遠方から来て下さった方々が帰りやすい体制に変えてしまった方がいい気がするのだ」
この時間から、もしかして列車や汽車のダイヤも見直すのか?
「明日は中止となれば、死を刻む悪魔も今晩の分で満足して去る可能性も高いだろう? 何しろ、あの殺人鬼の好みそうな三日やる大会、という部分が変わってしまうのだから」
大会三日間、って部分、本当に好きそう。テロペアも言ってたし。
その時だった。コンコンとノックがされ、返事を返してもいないのにドアが開いたのは。
ドアの辺りにいた従者のモルセラとかいうクソ野郎は、ぎょっとした顔で来訪者を見る。
「はいはーい、ごめん下さいね」
「……リリウム」
来訪者は、オレも知っている人だった。丁度昼に見たばかりの、ちょっと胡散臭い言付けお兄さん。
昼と違う所を上げるのなら、一緒にいるのがライリーさんではないところだろうか。ライリーさんとそっくりの髪色、髪形、目の色、顔立ち、年頃、佇まいで、制服に蕾のバッジをつけた男。
勿論性差はかなりあるが、それでも血縁者であるのは誰の目にも明らかだ。彼は複雑そうな表情を浮かべながら、リリウムさんと一緒に入室する。
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