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三章
3-110 何か、違和感がある
しおりを挟む「私に従え精霊共」
ぐらり、ぐらりと地面が揺れる。
唐突な現象に、精術師も管理官も、ベルも、皆体制を崩した。
これ、絶対真っ黒になったエーアトベーベンの精術だ! オレとスティアは、必死に耐えるように体制を立て直す。
ツークフォーゲルは「耐えろ」と言った。オレ達の予想は間違っていないはず――。
間違っていなかったのは、直ぐに証明された。
地面の揺れが収まるか収まらないかのタイミングで、突風が吹き荒れたのだ。
目も開けていられないくらいの強い風だが、何人かがすでに飛ばされたのが気配で分かる。
「――くっ」
必死に片眼を開くと、スティアがじりじりと後退し、やがて飛ばされた。
オレだって自分を支えるので精いっぱい何だから、女の子でオレよりも力のないスティアは、耐え切れなかったのだろう。
「ほらほら、どうしたの? 私の事止めるんでしょ?」
シュヴェルツェは更に精術を使おうとする。駄目だ、これ以上は!
「止めろ、シュヴェルツェ!」
オレは武器を構え、向かい風に抗いながらシュヴェルツェへと向かう。
これ以上強引に精術を使われてたまるか! スティアを傷つけられて、みんなみんな、こいつのせいで!
やがてたどり着いて武器をシュヴェルツェへと向けると、そいつはにやりと笑った。
急に悪寒が走り、オレは一瞬息を止めた。
何だろう、このまま斬りかかっちゃ駄目な気がする。おかしい。何か、違和感がある。
気付けば強風は止まっていた。
「どうしたの? 私を倒すんでしょ? 精術師のお仕事放棄ですかぁ?」
そうだ。精術師はシュヴェルツェを倒す義務がある。精術師の武器で、外側の人間ごと攻撃すれば、シュヴェルツェは倒せる。
そう、聞いた。
だがおかしい。最初におかしいと思ったのも同じ理由だった。どうしてこいつは、オレに殺させようとするんだ?
どう考えてもちぐはぐな行動だ。間違っている気がする。
落ち着け。深呼吸をしろ。どうやって倒せばいい? この方法以外、何がある?
「やはり貴様は、精術師としては出来損ないだな」
オレが停止していると、第三者の声が聞こえた。
管理官の声じゃない。聞き覚えのある、低くてちょっとしゃがれた、厭味ったらしい声。
ぞわぞわと嫌な予感が身体を這いまわるが、無理やりに声の方を見れば、テロペアのお祖父ちゃんが剣を片手にこちらに向かってきていた。
「シュヴェルツェ。精術師として、俺が引導を渡してくれるわ!」
細身の、水が揺蕩うような模様の入った青い剣は、精術師の武器なのだろう。テロペアのお祖父ちゃんがすごい勢いで、一直線にシュヴェルツェへと、いや、カラーへと向かう。
「駄目だ!」
オレは反射的にテロペアのお祖父ちゃんの剣を、槍で受け止めた。
このまま行かせたら、カラーが死んでしまう気がする。絶対にこの方法が正解ってわけでもないだろうし、何よりも、カラーを殺してでもっていうのは間違っている気がした。
そりゃあ、精術師の役目の中に、シュヴェルツェを倒す事は含まれている。含まれてはいるが、絶対にこれはおかしい!
「きゃっ、クルト君ったら私を守ってくれるんだね! 嬉しいよ!」
「別にお前を守りたいんじゃない!」
オレに庇われたシュヴェルツェは、わざとらしく明るい声を上げた。
「貴様、シュヴェルツェに与するつもりか、精術師の面汚しが! 流石はあいつの息子だな」
「オレは、シュヴェルツェを庇ったんじゃなくて、カラーを庇ったんだ!」
「同じ事だ!」
全然違うっつの!
テロペアのお祖父ちゃんは剣にさらに力を込めてくる。年齢よりもずっとずっと強い力で、オレは押されて膝をついてしまった。
で、でも、絶対に負けるわけにはいかない! ここでオレが折れたら、カラーが死んでしまう。
別にカラーの事が好きなわけじゃないけど、だからって殺したいわけじゃない。まして、また、何も出来ずに目の前で人が死ぬなんて、嫌だ。
「シュヴェルツェの倒し方は、本当に伝わってる方法で合ってるのか? 合ってるなら、こいつはもっと抵抗するはずだ。おかしいだろ!」
「黙れ、小童が! シュヴェルツェの退治方法を疑う事は、それを伝えている精霊を疑う事と同義! 精霊を疑うなど、恥を知れ!」
その精霊交えて、ちょっと喋ったし! こいつには伝えてなかったけど、多分精霊から聞いたんじゃないか!?
「今までずっと、シュヴェルツェに騙されてきた可能性だってあるだろう! 他の精霊はその可能性を認めてたんだ、ちゃんと考えなきゃ――」
「黙れ!」
「――ぐっ!」
必死に伝えようとするも、テロペアのお祖父ちゃんはオレを蹴り飛ばし、カラーへと向かう。止めろ、カラーに殺されなきゃいけないほどの罪は無いだろ!
シュヴェルツェの事は倒さなきゃいけない。でも、本当かどうかもわからない方法にしがみついて、なんでカラーが!
「止めろぉぉぉぉぉぉ!」
動け、身体! 今すぐに!
起き上がろうとして、あちこち軋むような痛みが走る。でも、構うものか。何とか身を起こすのに、その間にもテロペアのお祖父ちゃんは剣をカラーへと振りかぶった。
「黙って見ているがいい。精術師の正しき姿をな」
「黙るのは君のほうですよ、ワイアット」
もう駄目だ、と、目を瞑ったが、いつまでたっても嫌な匂いも、気配もなく、それどころか聞いた事の無い声も聞こえ、オレはおそるおそる目を開けた。
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