呂布の軌跡

灰戸礼二

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歴史書の読み方について

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『三国志』について
中国史においては新たに興った王朝が前王朝の記録を編纂して歴史書が作られるのが一般的でした。
そのため記述がその歴史書が編まれた当時の王朝寄りになることが指摘されています。『三国志』ができたのは晋の時代、そして晋は魏から帝位を譲り受けて成立した王朝ですから、魏が漢に続く正統王朝という前提で編まれています。


エピソードの読み方①(創作されるエピソードの典型例『出生譚』)
裏付けのないエピソードはその人物が歴史上、何らかの事績を残してから遡って付与されるという考え方が一般的です。
例えば出生譚などが典型的で、漢の初代皇帝劉邦の母は『劉邦が生まれる前、自分の上に龍が乗っていた(龍と交わった)夢を見た』三国の一国である呉を建国した孫権の父である孫堅の母は『孫堅が生まれる前、自分の内臓が飛び出して呉の城門に巻きつく夢を見た』というエピソードがあります。
本邦でいえば豊臣秀吉の母が『天に祈ったところ、日輪が腹に入り込む夢を見て、秀吉を産んだ』と言われています。
これらの話を嘘と言い切る材料はないですが、一般的には後で創作されたと捉えられています。
面白いことに元々尊い血を引く人物よりも、比較的身分が低い人物が大業を成した際にそのような出生譚が創作される例が多いようです。
功績を残す人物には蓋然性が必要であり、血筋にそれを見出せない場合は神性を付与してそれに代えるのであると私は理解しています。
史書だからといって史実だけが記載されるわけではありません。優れた人物を優れた人物としていわば『キャラ付け』することは非常に一般的なことです。
出生譚はどう読もうが別に大した影響を持ちませんが、後述のように史実と誤認しかねない内容も史書には混じっています。


エピソードの読み方②(記述の取捨選択)
出生譚以外に三国志では『予言』が目を引きます。例えば曹操の謀臣に郭嘉という人物がいます。『曹操と袁紹が戦っている際、孫策が曹操の本拠を突こうと画策していた。皆は恐れおののいたが、郭嘉は孫策は強引に勢力を拡張しているので近い内に暗殺されるはずだと予言した。そしてそれは的中した』というエピソードがあります。
当たり前ですが第三者が第三者を暗殺することなど、どれだけ優れた知能を持っていても察知できるはずがありません。
それに実際問題として当時の孫策には曹操の本拠を突く戦略的な意義はなく、史実では徐州攻略を画策しています。曹操は袁紹と開戦する際もその備えも怠っておらず、別に孫策の軍事的脅威は降って沸いたような話でもありません。要は郭嘉の智謀を際立たせるために創作された話ということになります。(自分で暗殺団を派遣していたから予言ができたのであると逆説的に考えると整合性は取れますが)
三国志の、特に注釈として引かれる史書にはそのような話が多くあります。こういった話を記述があるからというだけで内容を精査せずに他の確からしい記述と混同してしまうと当時の情勢や人間関係を誤認しかねないため注意が必要です。


人物を評価する言葉の捉え方
史書にある人物の性質を指す記述自体にあまり意味はありません。個人の性質は方向性が一致する言葉であればどうとでも表現できるためです。例えば猪突猛進と勇猛、臆病と慎重はそれぞれ同じ意味の言葉ではありませんが属性は同じです。言葉の属性から積極性に富む人物なのか、消極的な人物なのかくらいを読み取るに留めておく方がベターです。史書を読む上で肝心なのはその人物がいつ、どこで、どのようなことを行ったのかを読み取ることです。そこからのみ人物の性質を推し量るべきでしょう。


総括
要は史書を読むには記述を取捨選択し、バイアスを取り除くという作業が不可欠であるということです。基本的に史書は勝者にとって有利に、敗者にとって不利に描かれるものであるということを忘れないようにしなくてはなりません。
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